かきまぜないで

ゆなな

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1章

8話

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 やけにうるさいテレビの音で目が覚めた。
 テレビ番組の内容からしてもう深夜だ。
「まだ居たんすか……」
 ベッドの側面を背凭れにして座っていた男が高弥を振り返る。
「誰かさんが、帰らないでぇって泣くもんだからさぁ」
「はぁ? んなこと言うわけないです。適当なこと言わないで下さい」
 高弥が返すと男は特に反論せず、低い声で嗤った。
 身を起こすとテーブルの上には宅配ピザの箱とコーラの缶。
「つーさぁ、ビールくらい買っておけよ。何っにもねぇからピザ取っちまった。残り食う?」
  テーブルの上には冷えきったピザが数切れ。あまり美味しそうに見えなかったが、今日は1日殆んど食事が出来ていなかったので何でも良かったので「食べます」と高弥は食いぎみに答えた。
 残りのピザを皿に取って小さなキッチンで温め直している間に、買い置きのコーンスープにお湯を入れる。
 それらを手に部屋に戻る。
「いただきます」
 温めると先程より随分美味しそうに見えるピザとインスタントのコーンスープで夕食を取る。
「つーかさぁ、何でこんなボロいとこ住んでるわけ?」 
 ごろり、と床に寝そべってテレビを見ながら沢村が聞く。
「奨学金のせいですよ。奨学金。返済が大変なんです」
「奨学金の支払いそんなやばいわけ? お前国立じゃん」
「バイトしながら勉強できなかったんで、国立でも六年間の学費とその他諸々となると結構なるんですよ」
 「ふーん」
 自分で聞いたくせに興味を失ったのか、どうでもよさそうに沢村は返事をするとテレビリモコンを手に好きにチャンネルを変え始めた。
「人んちで図々しい……」
「あ? 何か言ったか?」
「いーえ、なーんにも」
 つまらなそうにザッピングしていた沢村が、手を止めて視聴し始めた番組は、毎週高弥が楽しみにしていた深夜のお笑い番組だったので、文句を言うのはやめた。
 意外なことに好きな芸人の趣味は合うらしく、あーだ、こーだと好き勝手互いに言いながら一緒にテレビを見た。
 二人にとっては珍しいとも言える穏やかな時間が流れていたときだった。
 「そういや、お前さ、緊急避妊用のピル飲んだ?」
 まるで何でもないことのように。天気の話でもしているかのように。穏やかな空気を立ち切るような台詞を唐突に言ったので、食事中だった高弥は思わずゴホゴホと噎せてしまった。慌てて飲み物で流し込む。
「いえ……薬を貰うついでに検査してもらったところ、発情期はきているけれど、子宮がまだ未熟で妊娠は出来そうにないってことでした。なので緊急避妊薬は処方されてません」
 高弥がボソボソと答える。なんだかんだで今日も送ってくれたし、一応こっちの体の心配をするくらいの良心はあったのかと高弥が思ったが、
「んだよ。じゃああんなに中出ししたのにお前妊娠しねぇの? つまんねーの」
沢村は酷くつまらなさそうに言い放った。
「つまんねーって……あんな行きずりのセックスで妊娠させたらどうするつもりだったんですか?」
 高弥は思わず眉を顰める。
「さぁなぁ? お前生意気だから孕ませたら面白いと思っただけ」
 テレビから目を離すこともせずに沢村は言う。
「ホントまじ最っ低っ」
 見直した俺が馬鹿だった。
 高弥は溜め息を吐いて、調度品食べ終わった食器を片付けるために立ち上がった。 食器を小さなキッチンに下げたついでに、救急箱から発情抑制剤を取り出す。水道を捻って、グラスに水を注いでいると
「もう、甘い匂いしてんじゃん。抑制剤ってあんな副作用あんのに、効果短ぇな」
 いつの間に後ろに立っていたのか、キッチンで背後から腕を掴まれた。
「ちょ……っと……!止めてください!」
「すげぇ、やらしい発情期の匂いプンプンさせて何言ってんだか」
「だから……っ今から薬飲むんじゃないですかっ……離せっ」
 腕を振りほどくにも圧倒的な力の差がありすぎて、高弥は逃れられない。
「抑制剤の代わりになってやるよ」
「はぁ?」
 高弥の手にあった抑制剤を、まるで子供のいたずらのように沢村は取り上げた。
「他に頼めるアルファいねぇんだろ? 俺ならお前に番になりたいアルファが出来たら後腐れなく、さっと終わりにもしてやれるぜ?都合いいときに、薬代わりにすりゃいいだろ」
 背の高い沢村がからかうように高い位置に薬を掲げるのを、腕を伸ばして高弥は取ろうとする。
「男より女が好きなあんたにはメリットないじゃないっすか。別に俺でなくても相手に困ってないんでしょ?」
「あるぜ、メリット」
 沢村はにやりと嗤って続ける。
「妊娠しないオメガなんて最高じゃん」
「はぁ?」
「発情期のオメガのナカってさぁ、めっちゃくちゃ気持ちいーわけ。でもオメガってすぐ妊娠すっから、避妊面倒くせぇんだよな。だから妊娠しないオメガなら生でヤれて俺にもメリットばっちりってわけ」
 ニヤニヤと嗤う沢村に高弥は顔を顰める。
「ほんと、最悪。結構です。抑制剤飲みますから」
「これから抑制剤飲んで、副作用でゲーゲー吐いたり、頭痛で動けなくなったりすんのと、俺とセックスしてめちゃめちゃ気持ちよくなって、すっきり発情期の症状抑えられんのと、どっちがいいと思う? んなの、考えるまでもねぇだろ」
「は……何言って……」
「発情期に俺とセックスしちまったら、忘れらんなくねぇ?……奥、掻き回したとき、お前超気持ちよさそうだったし」
 普段より少し低い声を流し込まれたとき、熱で爛れた粘膜を、 深く穿たれたときの感覚がリアルに奥から蘇った。
 「やめとけって、こんなん飲むの。な?」
  思いがけないほど優しい声で言われ、顔を上げると
「んんっ……」
 くちびるを塞がれた。噛みつくように激しいのに、絡められる舌の熱さに腰から下の力が抜ける。
 あ、と思ったときには抱き抱えられ、狭い室内。あっという間にベッドの上に下ろされた。
 くちゅ、と音がしてくちびるが離れたが、触れるほどに近く。
「ほら、どうする?」
 意地悪な男の脚が高弥の膝を割って入り脚の間をぐっ……と刺激した。
 抗い難いほどのアルファのフェロモンがこれ以上ないほどに強く香っている。沢村も興奮しているのだと思った瞬間、高弥の腹の奥が熱くなり、とろり、と愛液が溢れた。
(だめ、なのに)
 だめだと分かっているのに、どうしても抗えない。
 でも言葉で返事をすることなんて出来なくて、些か乱暴に沢村の背に腕を回した。
 沢村は高弥の仕種に満足そうに口角を上げると
「交渉、成立」
 そう言って、高弥の子供のように柔らかい肌に指を滑らせた。
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