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Long distance
4話
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あの後、結局止まれるはずもなく……
ぐったりと意識を失うように眠ってしまった結人をベッドに運んだ。
ベッドの上で眠る結人の横に寝そべり、柔らかな髪を撫で、なめらかな頬や額にキスを落とすと、胸の中の情慾が混じる狂おしい熱は落着き、代わりにどうしようもなく愛おしい暖かい気持ちが押し寄せる。こんなにも一緒にいると満たされて幸せでたまらない。
結人だって同じように共に居ると幸せを感じているように見える。でもいつだって結人の思考は征弥の想像を超えているのだ。
一年半もの間来てくれなかったのに、結人はどうして突然来てくれたのだろうか。そのことだって征弥にはわからなかった。聞いたところで休みが取れなかったからと申し訳なさそうに言われるだけだ。
夏期休暇や冬期休暇は、短編映画の撮影もあったので丸々とはいかないが、かなり長い間日本に戻り、その殆どを結人の家で過ごした。結人は仕事があったので、ずっと一緒というわけではなかったが、それは凄く凄く幸せな時間であったと思う。このまま一緒に暮らせたらどんなにか幸せと思うほどに二人の相性はぴったりだと思う。
それなのに、いくら誘っても征弥の住むLAには会いに来てくれなかった。一年半もだ。それが、どうして突然やってきたのだろうか。
結人は征弥より一歳年上だ。でも、大した差ではないし、征弥は年齢よりずっと大人びていると言われていたせいもあって、10代に結人と付き合っているときは、自分がリードして包み込んでやっているつもりでいた。
だが、それはとんだ思い違いだった。征弥は自分のことばかりだった。結人より上に立っていたくて必死だったし、結人と居るのが何より幸せだったから自分の気持ちばかりを優先させていた。
別れて随分と時が過ぎて、少しずつ周囲が見え始めたとき、自分が如何に子供であったかを痛切に思い知った。結人と自分とでは背負っているもの、大切にしたいものが全く違ったのだ。
結人の細い肩はまだ幼いと言ってもいい年下メンバーの人生も負っていた。そして何よりも征弥を大切に思ってくれていたのだ。結人は自身よりも征弥が大切だったのだ。
別れた直後。窶れるほどに痩せてしまったことも、何処かおかしいのではないかと思うほどに命がけで仕事に邁進していたことも、あのキス以外は東城と恋人同士であったような形跡がなかったことも、全部自分を愛していた証拠の欠片だったのに。その欠片を拾わないで、ただただ自分から東城に気持ちが移ったのだと思って落ちこみ、恨んでばかりだった。
そうではなかったのだと、愛されていたから離れていったのだと、結人の気持ちが漸く分かったのは別れてから既に数年経過してからだった。
子供であったのだ。だから、一緒に居られなかった。あのまま一緒に居たら遠くないうちに全てを白日のもとに曝されて、破滅に向かっていただろう。
離れることが征弥を守る結人の唯一の手段だった。涙を流さないからといって、泣いていないわけではなかった。ずっと結人は涙を流さずに泣いていたのに、気付かなかった。
征弥が漸く気付いたときにはもう征弥の瞳を結人は見てくれなくなってしまった。征弥の底の浅さに嫌気がさしてしまったのだろう。
だからせめて結人が信じてくれた自分の才能と、守ってくれた夢を叶えるために必死に前に向かって生きてきた。結人への恋心は捨てられるようなものではなかったが、結人はもう二度と触れることは許されない宝物だと諦めていた。
それなのに。
征弥が出立する直前。
いつものように、結人が恋しくなると訪れる公園に足を運んだ。日本では何処に行っても騒ぎになるのに、此処だけは誰にも暴かれることがなかった。
アメリカに行ってしまったら、此処にも来れなくなる。最後に公園を訪れようと、向かっていた。
タクシーから降りるとき、ポケットの電話が震えた。
絶対に鳴るはずがない、携帯電話の方で、征弥は驚きで動きが止まった。
タクシーを降り、震える指で携帯をタップした。
繋がった瞬間、電話向こう側から息をのんだ気配が伝わった。それだけで、間違いなく結人だとわかった。でも、俄には信じられなくて。
「……まさか……結人……なのか?」
みっともないほどに震えてしまった。
そのとき、見えたのだ────
公園の中に。電話を耳に当てた愛しい人のシルエットが。
『あぁ、俺だよ』
結人の声が聞こえた。
「結人……!!!」
矢も盾もたまらず叫んでいた。
征弥の声に顔を上げた結人の瞳が、頬が、涙で濡れていた。
別れてから初めて見る、涙だった───
当時のことをまた思い出しながら、目の前で結人の目元に触れる。
沢山泣かしてしまったので、うっすらと赤い目元はあのときと重なる。
目元に、唇にキスを落とすと、結人の目が開いた。
「……一回だけって言ったくせに」
少し掠れた声が色っぽい。
「ごめん……やっぱり止まらなかったな」
「お腹すいた」
「夕飯、持ってくる」
「お腹すいたけど、重たいのは無理。軽いもんにして」
「はいはい」
「カフェラテも飲みたい」
「ミルク多目のやつな?」
「うん……あと……」
ゆるり、と征弥に向かって伸ばされた腕に応えて、ぎゅっと抱き締めて、キスを落としてから征弥はキッチンに向かった。
ぐったりと意識を失うように眠ってしまった結人をベッドに運んだ。
ベッドの上で眠る結人の横に寝そべり、柔らかな髪を撫で、なめらかな頬や額にキスを落とすと、胸の中の情慾が混じる狂おしい熱は落着き、代わりにどうしようもなく愛おしい暖かい気持ちが押し寄せる。こんなにも一緒にいると満たされて幸せでたまらない。
結人だって同じように共に居ると幸せを感じているように見える。でもいつだって結人の思考は征弥の想像を超えているのだ。
一年半もの間来てくれなかったのに、結人はどうして突然来てくれたのだろうか。そのことだって征弥にはわからなかった。聞いたところで休みが取れなかったからと申し訳なさそうに言われるだけだ。
夏期休暇や冬期休暇は、短編映画の撮影もあったので丸々とはいかないが、かなり長い間日本に戻り、その殆どを結人の家で過ごした。結人は仕事があったので、ずっと一緒というわけではなかったが、それは凄く凄く幸せな時間であったと思う。このまま一緒に暮らせたらどんなにか幸せと思うほどに二人の相性はぴったりだと思う。
それなのに、いくら誘っても征弥の住むLAには会いに来てくれなかった。一年半もだ。それが、どうして突然やってきたのだろうか。
結人は征弥より一歳年上だ。でも、大した差ではないし、征弥は年齢よりずっと大人びていると言われていたせいもあって、10代に結人と付き合っているときは、自分がリードして包み込んでやっているつもりでいた。
だが、それはとんだ思い違いだった。征弥は自分のことばかりだった。結人より上に立っていたくて必死だったし、結人と居るのが何より幸せだったから自分の気持ちばかりを優先させていた。
別れて随分と時が過ぎて、少しずつ周囲が見え始めたとき、自分が如何に子供であったかを痛切に思い知った。結人と自分とでは背負っているもの、大切にしたいものが全く違ったのだ。
結人の細い肩はまだ幼いと言ってもいい年下メンバーの人生も負っていた。そして何よりも征弥を大切に思ってくれていたのだ。結人は自身よりも征弥が大切だったのだ。
別れた直後。窶れるほどに痩せてしまったことも、何処かおかしいのではないかと思うほどに命がけで仕事に邁進していたことも、あのキス以外は東城と恋人同士であったような形跡がなかったことも、全部自分を愛していた証拠の欠片だったのに。その欠片を拾わないで、ただただ自分から東城に気持ちが移ったのだと思って落ちこみ、恨んでばかりだった。
そうではなかったのだと、愛されていたから離れていったのだと、結人の気持ちが漸く分かったのは別れてから既に数年経過してからだった。
子供であったのだ。だから、一緒に居られなかった。あのまま一緒に居たら遠くないうちに全てを白日のもとに曝されて、破滅に向かっていただろう。
離れることが征弥を守る結人の唯一の手段だった。涙を流さないからといって、泣いていないわけではなかった。ずっと結人は涙を流さずに泣いていたのに、気付かなかった。
征弥が漸く気付いたときにはもう征弥の瞳を結人は見てくれなくなってしまった。征弥の底の浅さに嫌気がさしてしまったのだろう。
だからせめて結人が信じてくれた自分の才能と、守ってくれた夢を叶えるために必死に前に向かって生きてきた。結人への恋心は捨てられるようなものではなかったが、結人はもう二度と触れることは許されない宝物だと諦めていた。
それなのに。
征弥が出立する直前。
いつものように、結人が恋しくなると訪れる公園に足を運んだ。日本では何処に行っても騒ぎになるのに、此処だけは誰にも暴かれることがなかった。
アメリカに行ってしまったら、此処にも来れなくなる。最後に公園を訪れようと、向かっていた。
タクシーから降りるとき、ポケットの電話が震えた。
絶対に鳴るはずがない、携帯電話の方で、征弥は驚きで動きが止まった。
タクシーを降り、震える指で携帯をタップした。
繋がった瞬間、電話向こう側から息をのんだ気配が伝わった。それだけで、間違いなく結人だとわかった。でも、俄には信じられなくて。
「……まさか……結人……なのか?」
みっともないほどに震えてしまった。
そのとき、見えたのだ────
公園の中に。電話を耳に当てた愛しい人のシルエットが。
『あぁ、俺だよ』
結人の声が聞こえた。
「結人……!!!」
矢も盾もたまらず叫んでいた。
征弥の声に顔を上げた結人の瞳が、頬が、涙で濡れていた。
別れてから初めて見る、涙だった───
当時のことをまた思い出しながら、目の前で結人の目元に触れる。
沢山泣かしてしまったので、うっすらと赤い目元はあのときと重なる。
目元に、唇にキスを落とすと、結人の目が開いた。
「……一回だけって言ったくせに」
少し掠れた声が色っぽい。
「ごめん……やっぱり止まらなかったな」
「お腹すいた」
「夕飯、持ってくる」
「お腹すいたけど、重たいのは無理。軽いもんにして」
「はいはい」
「カフェラテも飲みたい」
「ミルク多目のやつな?」
「うん……あと……」
ゆるり、と征弥に向かって伸ばされた腕に応えて、ぎゅっと抱き締めて、キスを落としてから征弥はキッチンに向かった。
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