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大好きだよ、だからさよならと言ったんだ

7話

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「今日はすいませんでした」
 東城が好む焼肉屋のVIPルームで、結人は東城の好みの具合に肉を焼いては、東城の皿に放り込みながら、謝罪の言葉を口にする。
「気にすんなよ、よくあることだ。それより孝太郎、ちゃんと病院行かせろよ」
「大丈夫です。さっき夜間でも診て貰えるとこ連絡して行かせましたから」
 結人が答えると東城はさも可笑しそうに笑った。
「さっきの件もそうだけど、お前ホントにAceのリーダーってより、マネージャーみたいだな」
「東城さんもリーダーは征弥の方が相応しいってどうせ思ってるんでしょ」
結人が拗ねたように言うと
「そうじゃねぇよ。リーダーはお前だよ。北原は細々面倒見るのには向いてないからな、そういや北原って言えばさ、すっげぇよな」
「何がですか?」
 焼肉に舌鼓を打つ東城に、グレープフルーツを絞ったチューハイを飲みながら結人は首を傾げる。
 東城はわかってるくせに、と意味深長に結人を見遣る。『デートでも使える焼肉屋』として有名なこの店は、シルバーとブラックを基調としたスタイリッシュな雰囲気で、ぐっと搾られた間接照明の橙色の灯りが東城の長い睫の影を妖艷に照らしていた。
「二年連続最優秀主演男優賞」
「あぁ、それですか」
「あれ、憧れるよな。前年に最優秀主演男優賞取った人が今年の受賞者の名前発表するだろ?ヤツが『最優秀主演男優賞は……北原征弥』って照れながら自分の名前言うの、最高に羨ましかったなぁ」
 肩にかかりそうなほどの長い髪と、甘いマスクを持ち、30歳を過ぎても衰えない人気を持つ東城が笑う。
 結人だって忘れはしない。授賞式の様子は、仕事の合間にロケバスの中で、固唾を飲んでスマホから見ていた。征弥の映画は何度も何度も繰り返し観ている結人には、今年の最優秀主演男優賞も征弥に間違いは無いと確信はしていたが、それでもやはり発表の瞬間はかなりドキドキしてしまった。そして、その瞬間、嬉しくて、嬉しくて思わず「やった!」と呟いてしまったのだ。
「結人、お前さぁ、あれからずっと何にもないの?」
「何がですか?」
「北原とだよ」
逃した魚は大きかったんじゃないかと嘯く東城の問いに
「今更……もう何年経ったと思ってるんです?」
何を馬鹿なことを、と笑う結人。
「それがなぁ、結人。俺、未だに北原に会うとすげぇ怖い目で睨まれるんだよな」
 東城は結人に焼いてもらった肉を口に運びながら、ちらり、と結人を見る。セクシーな上目遣い。ファンが見たら悲鳴をあげて倒れてしまうかもしれない。
「東城さん、あいつに何かしたんでしょ」
と結人がくすくす笑って誤魔化す。
「俺が北原にした意地悪は、お前に頼まれて北原の前で態とお前とキスしたアレだけだぞ。意地悪しようにもあの件以降、あいつ俺に寄り付かないし、挨拶も無し。擦れ違おうもんなら殺されそうな目で睨まれる」
 思いの外真剣な眼差しをしていた東城に結人も笑うのを止める。
「あのときは……変なこと頼んですみませんでした」
「結人に今更謝らせたいわけじゃねぇよ。まぁ、お前とキスできるなんて、俺も役得だったし」
「また、そんな冗談」
「冗談じゃねえよ。結人が付き合ってくれるなら、今すぐこの場で女全部と手ぇ切ってお前だけと真面目に付き合うっていつも言ってるだろうが」
 沢山の女の子を虜にしてきた淡い彩の瞳にまっすぐに見つめられて、結人は思わず下を向いてしまった。結人が口を開く前に
「でもまぁ、俺とは付き合ってくれないよな、結人は。だってまだ北原のこと、好きだもんな」
「違……っ」
「違う?違わないだろ。顔に書いてあるんだよ、北原征弥に恋してますってな」
「ええっ?!」
驚いて自分の顔を思わず触った結人に東城は吹き出す。
「冗談だよ。結人のそれこそ主演男優賞並みの完璧な演技で、傍目からはぜんっぜんわかりません」
「からかわないで下さいよ……まぁ、俺がどう想ってようが、もうアイツの中ではとっくに終わったことですから」
 ぐいっと仄かに濁るグラスを煽る。
 そう、結人があまりに酷いことをしたから、結人が徹底的に征弥を拒絶したから、もう征弥は昔のように恋い焦がれる熱い瞳を結人に向けなくなってしまった。別れてから暫くの間は、じりじりと焼かれて溶けてしまいそうな激しい視線を感じたが、あるときから、それはぷつりと途切れた。
 もう、愛されていないかもしれないと悟ったときから、結人はその事実を目の当たりにするのが怖くて、征弥のあの強い瞳を真っ直ぐに見れなくなった。

「なぁ、結人。北原事務所辞めて、アメリカに留学するって噂、あれ本当なのか?」

「え?」

 つるり、とグラスが結人の指先から零れ落ちた。グラスは床にぶつかって、砕けた。            
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