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大好きだよ、だからさよならと言ったんだ
3話
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「だーかーらー、部屋まで付いて来なくて大丈夫だっつてんじゃん」
「結人がちゃんと眠るのを見届けるまでが俺の仕事だと思っているから気にするな」
「高ちゃんもう33歳だろー、俺の面倒ばっか見てたら結婚できないぞー?」
笑いながら結人が言うと
「結婚したかったらこんな仕事に就いてない」
幾度となく繰り返されたやり取りを交わしながら、玄関を解錠する。
都内にあるセキュリティが万全なマンションの最上階の角部屋。リビングからは東京の夜景が臨めるスタイリッシュな雰囲気の部屋だが
「相変わらず、何も無い部屋だな」
「あー?高ちゃん、何か言ったー?」
高俊が思わず呟いたのが聞こえたのか、シャワーを浴びるためにバスルームに向かった結人が聞き返す。
「何でもない。遅いんだから早く風呂入ってこい」
答えてから、勝手知ったるでキッチンに入る。マグカップ一杯分なら一分ほどで沸くケトルにスイッチを入れて、インスタントコーヒーを取り出す。
キッチンにあるものは見かねた高俊が持ち込んだものばかりで、結人が用意したものは殆ど無かった。さすがに仕事柄、ワードローブの数は比較的多いが、それも3LDKの部屋のうちの一つに収まる程度。
リビングなどはインテリアを凝れば相当洒落たものになるだろうが、大きなテレビとブルーレイディスクを収納した棚が置いてあるだけだ。テーブルもソファもない。そんな部屋には勿論ラグなどが敷いてあるはずもない。高俊が持ち込んだクッションが二つばかり転がるだけだ。
流行りのミニマリストというわけでもない。その部屋からは、結人の生きる楽しみのようなものが一切感じられない冷たい部屋。
高俊は、コーヒーを淹れたマグカップを手に、リビングに向かう。それから無造作に放られたクッションの上に高俊は座り、テレビのスイッチを入れた。忙しくとも仕事柄テレビ番組のチェックは欠かさない結人は、様々な番組を録画している。録画の一覧を開くと、ずらりとAceのメンバーが出演している番組が並ぶ。細かくフォルダ分けなどされてはいないが、一つだけフォルダが分けてあるのを高俊は知っている。そのフォルダを見る度に高俊は、重苦しい溜め息を吐く。
まだ、好きなのだ。結人は。
「あれからもうすぐ、八年だぞ……」
極端に物の少ない結人の家だが、テレビの横にある棚にだけは、ずらりと並ぶブルーレイディスク。結人が誰のものを集めているかなんて、見なくても分かる。
インスタントのコーヒーは分量を間違えなかったはずなのに、ひどく苦かった。
高俊は録画リストから先日収録したAceの冠番組を、選ぶ。ゲストとミニサッカーで対戦する五人が、眩しい笑顔で笑っている。其処からは、メンバーの間に何の蟠りも感じられない。どうやって見ても、仲が良さそうで、心からサッカーを楽しんでいるように見えた。ゲームにはAceが勝利して、喜びを表すために征弥が結人に駆け寄り、結人を軽々と肩車した。
「台本どおり、なんだけどな」
思わず言葉を漏らすと
「めっちゃ仲良さそうで、台本どおりには見えないただろ」
この演技こそ、最優秀主演男優賞ものだよなぁと笑う結人が、高俊のすぐ後ろに居た。
バスルームから出てきた結人が、柔らかそうな茶色の髪をタオルで拭っていた。
「相変わらず烏の行水だな」
「あ、高ちゃんコーヒー飲んでる。俺にもちょうだい」
「だめだ。眠れなくて睡眠導入剤飲んでるのに、コーヒー飲む奴があるか」
夜眠り辛くなってしまった結人。ただでさえもハードワークで殆ど睡眠時間が取れていないところに、不眠が重なり、倒れてしまったことがある。そのときから睡眠導入剤を処方されるようになっていた。
「ちぇー」
「喉乾いたならホットミルク作ってやる。ちょっと待ってろ」
立ち上がった高俊に
「ホットミルクねぇ……子供じゃないんだからさー」
と、唇を尖らせる結人。
「子供じゃないんだから、言うこときいてくれ」
そう言って、キッチンに立とうとした高俊を結人は軽く右手で制する。
「あー、今日はホットミルクはいいや。水飲んで寝る。ちゃんと寝るからベッドに入るまで見てなくても大丈夫だよ。コーヒー飲んだら高ちゃん帰って大丈夫よ?」
冷蔵庫の中からミネラルウォーターのボトルを取り出しながら結人が言う。
「……わかった。これ飲んだら帰るから、お前はもうベッドに入れ。明日朝早いぞ?6時には下に車着けるから」
「了解」
高俊は眠れない結人のことばかり気にしているが、もうとっくに日付を超えている。朝から晩まで結人に付き添う高俊だってかなりのハードワークだ。結人がちゃんと眠るまで結人の家に居たのでは、高俊だって体がもたないだろう。マネージャーの仕事だとしたら、自宅マンションのエントランスまで送るまで充分だ。
「……高ちゃんのせいじゃないんだから、罪悪感なんて感じること、ないのに」
そう言って結人は笑う。テレビでは終ぞ御目にかかれないような、笑顔。笑ってるのに笑っていない。まるで、泣いているみたいだ。
でも、それでいい。
テレビと同じ完璧な笑顔を向けられたら堪らない。
「罪悪感でやってるわけじゃないよ。もうこんな時間だ。そんなこと気にしないで、寝ろ」
高俊がシャツの袖を捲って、カップを洗っていると、その横で結人は白い錠剤を幾つか飲んだ。それから
「おやすみ」
と、言って寝室に入っていく。
深夜から早朝まで仕事で埋まった結人のスケジュール。この前オフだったのはいつだったか。すぐには思い出せないくらい、働きづめだ。この業界休みが無いほどに仕事があるのは良いことであるが、結人の生活は余りにもAce一色だ。
『それでいいんだよ、Aceだけが俺の全てだ』
そう言って、細い躯で全てを背負う結人の痛みが自分に移ればいいのに。高俊は結人の寝室の扉を見つめながら思った。
「結人がちゃんと眠るのを見届けるまでが俺の仕事だと思っているから気にするな」
「高ちゃんもう33歳だろー、俺の面倒ばっか見てたら結婚できないぞー?」
笑いながら結人が言うと
「結婚したかったらこんな仕事に就いてない」
幾度となく繰り返されたやり取りを交わしながら、玄関を解錠する。
都内にあるセキュリティが万全なマンションの最上階の角部屋。リビングからは東京の夜景が臨めるスタイリッシュな雰囲気の部屋だが
「相変わらず、何も無い部屋だな」
「あー?高ちゃん、何か言ったー?」
高俊が思わず呟いたのが聞こえたのか、シャワーを浴びるためにバスルームに向かった結人が聞き返す。
「何でもない。遅いんだから早く風呂入ってこい」
答えてから、勝手知ったるでキッチンに入る。マグカップ一杯分なら一分ほどで沸くケトルにスイッチを入れて、インスタントコーヒーを取り出す。
キッチンにあるものは見かねた高俊が持ち込んだものばかりで、結人が用意したものは殆ど無かった。さすがに仕事柄、ワードローブの数は比較的多いが、それも3LDKの部屋のうちの一つに収まる程度。
リビングなどはインテリアを凝れば相当洒落たものになるだろうが、大きなテレビとブルーレイディスクを収納した棚が置いてあるだけだ。テーブルもソファもない。そんな部屋には勿論ラグなどが敷いてあるはずもない。高俊が持ち込んだクッションが二つばかり転がるだけだ。
流行りのミニマリストというわけでもない。その部屋からは、結人の生きる楽しみのようなものが一切感じられない冷たい部屋。
高俊は、コーヒーを淹れたマグカップを手に、リビングに向かう。それから無造作に放られたクッションの上に高俊は座り、テレビのスイッチを入れた。忙しくとも仕事柄テレビ番組のチェックは欠かさない結人は、様々な番組を録画している。録画の一覧を開くと、ずらりとAceのメンバーが出演している番組が並ぶ。細かくフォルダ分けなどされてはいないが、一つだけフォルダが分けてあるのを高俊は知っている。そのフォルダを見る度に高俊は、重苦しい溜め息を吐く。
まだ、好きなのだ。結人は。
「あれからもうすぐ、八年だぞ……」
極端に物の少ない結人の家だが、テレビの横にある棚にだけは、ずらりと並ぶブルーレイディスク。結人が誰のものを集めているかなんて、見なくても分かる。
インスタントのコーヒーは分量を間違えなかったはずなのに、ひどく苦かった。
高俊は録画リストから先日収録したAceの冠番組を、選ぶ。ゲストとミニサッカーで対戦する五人が、眩しい笑顔で笑っている。其処からは、メンバーの間に何の蟠りも感じられない。どうやって見ても、仲が良さそうで、心からサッカーを楽しんでいるように見えた。ゲームにはAceが勝利して、喜びを表すために征弥が結人に駆け寄り、結人を軽々と肩車した。
「台本どおり、なんだけどな」
思わず言葉を漏らすと
「めっちゃ仲良さそうで、台本どおりには見えないただろ」
この演技こそ、最優秀主演男優賞ものだよなぁと笑う結人が、高俊のすぐ後ろに居た。
バスルームから出てきた結人が、柔らかそうな茶色の髪をタオルで拭っていた。
「相変わらず烏の行水だな」
「あ、高ちゃんコーヒー飲んでる。俺にもちょうだい」
「だめだ。眠れなくて睡眠導入剤飲んでるのに、コーヒー飲む奴があるか」
夜眠り辛くなってしまった結人。ただでさえもハードワークで殆ど睡眠時間が取れていないところに、不眠が重なり、倒れてしまったことがある。そのときから睡眠導入剤を処方されるようになっていた。
「ちぇー」
「喉乾いたならホットミルク作ってやる。ちょっと待ってろ」
立ち上がった高俊に
「ホットミルクねぇ……子供じゃないんだからさー」
と、唇を尖らせる結人。
「子供じゃないんだから、言うこときいてくれ」
そう言って、キッチンに立とうとした高俊を結人は軽く右手で制する。
「あー、今日はホットミルクはいいや。水飲んで寝る。ちゃんと寝るからベッドに入るまで見てなくても大丈夫だよ。コーヒー飲んだら高ちゃん帰って大丈夫よ?」
冷蔵庫の中からミネラルウォーターのボトルを取り出しながら結人が言う。
「……わかった。これ飲んだら帰るから、お前はもうベッドに入れ。明日朝早いぞ?6時には下に車着けるから」
「了解」
高俊は眠れない結人のことばかり気にしているが、もうとっくに日付を超えている。朝から晩まで結人に付き添う高俊だってかなりのハードワークだ。結人がちゃんと眠るまで結人の家に居たのでは、高俊だって体がもたないだろう。マネージャーの仕事だとしたら、自宅マンションのエントランスまで送るまで充分だ。
「……高ちゃんのせいじゃないんだから、罪悪感なんて感じること、ないのに」
そう言って結人は笑う。テレビでは終ぞ御目にかかれないような、笑顔。笑ってるのに笑っていない。まるで、泣いているみたいだ。
でも、それでいい。
テレビと同じ完璧な笑顔を向けられたら堪らない。
「罪悪感でやってるわけじゃないよ。もうこんな時間だ。そんなこと気にしないで、寝ろ」
高俊がシャツの袖を捲って、カップを洗っていると、その横で結人は白い錠剤を幾つか飲んだ。それから
「おやすみ」
と、言って寝室に入っていく。
深夜から早朝まで仕事で埋まった結人のスケジュール。この前オフだったのはいつだったか。すぐには思い出せないくらい、働きづめだ。この業界休みが無いほどに仕事があるのは良いことであるが、結人の生活は余りにもAce一色だ。
『それでいいんだよ、Aceだけが俺の全てだ』
そう言って、細い躯で全てを背負う結人の痛みが自分に移ればいいのに。高俊は結人の寝室の扉を見つめながら思った。
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