それはとても、甘い罠

ゆなな

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番外編

a few years later3

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  悠の意識がふわふわと浮上していく。
「ん………」
 ゆっくりと目を開けると、スタッフルームに置かれたソファの上に悠は横たわっていた。
「大丈夫か?」
 大きな掌が汗で湿った悠の前髪をゆっくりと掻き上げるように優しく撫でる。
「あ……俺……?」
「少し酸欠で気を失ってた。無理させすぎたな。悪かった。 気分はどう?」
「大丈夫……っぁ」
 汚れてしまったであろう衣服は替えられていて、躯の表面も拭いてもらったようでさっぱりとしていたが、身動ぎすると躯の奥からどろりとリョウの体液が伝わってくるのがわかる。
 リョウの香りがするシャツに包まれて、頭の中は快楽の名残でぽわぽわしている。
「仕事……」
 戻らなければ従業員の皆に示しが付かないと言いたいのだろう。生真面目な悠がちいさく口の中で呟いた。
「今日6連勤目だろう?本来ならば休みを取ってもいいはずだ。悠の代わりにラストまで入れるバイトがいるそうだから今日は帰るよ?」
 こんな状態で人前に出せないな、と悠の火照った頬をするりと撫でて、濡れたくちびるを啄む。
「ん……」
 ちゅ、と音を立ててくちびるを離すと
「帰るよ?いいね?」
と、言われてリョウのシャツだけ羽織った躯に肌触りのいい柔らかいブランケットを巻き付けられて抱き上げられた。
「リョウさん……」
 リョウの首筋に腕を回しながら言う。
「どうした?」
「あのさ……上島さんのこと遠くに異動させたりとか東京に居られなくなるようなことしないよね?俺、上島さん来たら裏方の仕事に回るようにするから」
 腕の中で、他の男の名前を出され、リョウの秀麗な眉が軽く顰められた。
「そんなに、あの男が心配?」
 そんなリョウの問いを悠は軽く頭を横に振って否定した。
「違うよ。上島さんじゃなくて…… リョウさんが、心配なんだよ」
「俺が?」
 意外な答えにリョウは軽く目を見開いた。
 快楽の名残でまだ躯が重い中、何とか言葉を紡ごうとする。
「うん。リョウさんが悪いことすると、いつかリョウさんに返ってきちゃうんじゃないかって心配なんだよ」
 ちゃんと、気を付けるから……だから悪いことはしないで。
 母親に言われたことをそのまま言う子供の ような台詞にリョウは思わず笑ってしまった。だが、至って悠の瞳は真剣で。
 幾つになっても真っ白な部分がたまらなくリョウには眩しい。
「わかってんのかな。そういうとこがたまんなくて、俺だけのものにしたくなる」
リョウの言葉に
「もうずっとリョウさんだけのものだって言ってるのに」
  腕に抱かれて安心したのか、眠たそうに悠が返す。
「生まれたてのヒヨコに刷り込みしたいなもんだからな」
 いつ、  目が覚めるのかと思うと怖いんだよ。
 軽く目を瞑った悠を見てから、独り言のようにリョウは呟いた。
 世の中のことなんか何もわかってない純真無垢だった悠を蜘蛛の糸に絡めるように自分のものにした。 気付いて逃げたがっても、逃がしてやれない。
「もう何年経ってると思うんですか。いくらなんでもとっくにヒヨコじゃないし、刷り込みなんて消えてますよ」
 眠ってしまったかと思った悠がふ、と腕の中で笑った。
「起きてたのか」
 リョウの綺麗な蒼い瞳が悠を覗き込む。
 リョウの瞳のあまりの美しさに悠は胸の奥がきゅうっと引き絞られるようだった。
 過敏な悠を圧倒的な大人の力で守り、息を抜く方法を教えてくれたこの男がどうしようもなく好きなのだ。
 怖い一面があると知ってしまっても、もうずぶずぶに嵌まって、逃げられない。いや、この男に逃げられないように、雁字搦めにされ、彼の世界に囲われるのが嬉しいのだ。
 それが、伝わるといいのに、と思いリョウの首に回した腕にぎゅっと力を込めて躯を密着させて、逞しい首筋に火照ったくちびるを当てた。
 あまいミルクを舐める仔猫のようにリョウの首筋の皮膚を舌で味わうとリョウが軽く息を飲んだのが密着している躯から伝わった。
  リョウはがちゃり、と従業員専用の出入口を開けて悠を抱き上げたまま店を出る。
 恐らく地下一階にある店舗より更にワンフロア下の駐車場に停めてあるリョウの愛車に向かってるんだろうな、とぼんやりと思いながらも、リョウの首筋から香る艶かしい誘惑に勝てず、柔らかい舌でチロチロと舐めてはちゅ、と吸い付いて、を繰り返している。
 駐車場に行くにはDeep blue の扉の前を通過するのだが、悠がリョウに抱きかかえられたまま其処に差し掛かったとき、ちょうど店の扉が開いた。
「悠、君………?」
 呆然としたような声で名を呼ばれ、悠はゆっくりと呼ばれた方を向き、リョウも脚を止めた。
 男の腕の中でとろりと蕩けて潤んだ瞳を向けられて、 悠を呼んだ男、上島は金縛りにでもあったようにその場に固まった。
 上島が目が離せないほどに艶かしい瞳に呼吸することも忘れて魅入っていると、やがて悠は上島に興味を失ったかのように、視線を元に戻し、再びリョウの首筋にくちびるを当てた。リョウも駐車場に向かい再び歩き始める。
 此処で上島と鉢合わせるタイミングさえもリョウの計算だったのかもしれないと思うも、リョウから立ち上る色香に逆らえず、悠は彼の肌にくちびると鼻先を押し当てる。
 可愛らしい仕草なのに、とてつもなくいやらしくてリョウを堪らなく刺激する。
 
 車に辿り着くと、助手席に悠を下ろして、運転席にリョウは座る。
 車を発進させる前に、我慢出来ず、濡れた悠のくちびるを塞ぐ。
 先ほどまで愛らしくリョウの首筋を舐めていた舌がリョウの舌に絡み付く。
  誘われるままに助手席を倒して覆い被さって、くちびるを貪る。
「随分、悪い子になったもんだ」
 キスの合間に囁くと、返事をするように、悠の脚がそっと開いた。


 深い、深い、海の底。
 二人はそこで甘やかに溺れ続ける。


      end


最後までお読み下さりありがとうございました!
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みんなの感想(24件)

ayan
2024.08.23 ayan

楽しく読ませていただきました!
なんかもう、この二人は出会うべくして出会ったというか、満ちるってこうなのかなと思いました。
学生時代の悠くんは、ほんとガラスの少年というか。ピュアでキラキラして透明で、儚くて鋭い。惑わされた同級生とか多そうですね。
完結してらっしゃいますが、同級生から見た悠くんも読んでみたいです。

ゆなな
2024.09.01 ゆなな

ayanさん、こんにちは☺️
悠の持つ雰囲気を美しく読み取っていただけて嬉しいです✨
リクエストも嬉しいです✨
中々お応えはできないんですが、リクエストいただくことによって私の中で世界が広がってお応えすることもあります☺️
悠の学校での雰囲気は私の中でもイメージがあるのでいつか形にできたらと思います✨
温かいコメントをお寄せ下さいましてありがとうございました!

解除
アキママ
2024.05.09 アキママ

ナイトプール読んでたら急にこちらも読み返したくなっちゃいました。いつか全員集合みたいなお話読んでみたいです

ゆなな
2024.05.10 ゆなな

アキママさんー😭
読み返してくださったんですかー✨
嬉しい✨
そのうちに全員集合でうみが皆に総愛されな番外編上げたいと思っています💕
いつも温かな応援を細やかにしていただき力になっています✨ありがとうございます✨

解除
たまご
2022.10.07 たまご

久しぶりに読みたくなって最初から一気にまた読んできました♪
やっぱり好きなお話でした(*´ω`*)
番外編になってから悠くんがリョウさんの黒い溺愛ぶりを受け入れて?理解して?いる様子がいいですよね( ´∀`)
ハヤトさん視点のお話も読んでみたいです!
近ごろ気温の変化が激しいのでご自愛くださいませ。

ゆなな
2022.10.09 ゆなな

たまごさん、こんにちは🥰久しぶりにまた読んでいただけるの嬉しいです✨
番外編は成長(笑)して大人になった悠を高校生の悠と対比して楽しんでもらいたくて😂
ほんと、近頃気温の変化がすごいですよね💦
たまごさんもお気を付けてお過ごしください。
また作品読んでいただけたら嬉しいです✨

解除

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