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番外編SS
レオンの出産レポート1
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『病院に行く。レンは町長に預けた』
先月から喫茶店は休みにしているため、がらんとした店内。
そこに海から戻ったレオンが戻ると、いつもはいるはずのシンとレンの姿は無く、殴り書きされたメモ用紙がキッチンカウンターの上に残されているだけだった。
そろそろだと思っていたが、いざその文字を目の当たりにすると、幾多の修羅場を通ってきたレオンの心臓も忙しなく脈打った。
このメモを見たら預け先からレンを引き取り、自宅で待っていてくれとシンは何度も言っていた。
だがレオンは預かり先である町長宅に一本の電話を入れた後、車に乗り込んだ。
向かった先はシンに言われたとおりの町長の家ではなく、海沿いにある小さな病院。人がたくさん住んでいるとは言い難いこの町には、一人の医師が内科も整形外科も小児科も産科も診てしまう、そんな病院が一つあるだけだ。
病院前にある空き地に車を停めると、本日休診という札が掛けられているにもかかわらず、レオンは病院の扉に手を掛けた。
病院の扉は拍子抜けするくらいあっさりと開いた。不用心な病院だが、こんな田舎の病院で悪事を働こうとするものもそうそういないのだろう。そう思って中に入り、医院を見渡す。
壁に掛けられているプレートの表示から、産科以外の診療科は入り口そばの診察室を使うようだが、産科だけが一番奥にある別の診察室を使用しているということを読み取る。
短い廊下を歩くと『産科』と書かれたプレートがすぐに見えた。
その先の廊下沿いにはいくつかの扉があったが、人がいる気配を感じないため素通りする。
すると突き当たりの一番奥に『分娩室』と書かれた大きな扉があった。廊下には誰もいなかったが、それらの扉の向こうでは忙しなく人が動く気配が感じられる。
レオンは廊下に置かれた簡素な長椅子に座った。
大きな扉の向こうには忙しなく動く気配の他に、すっかり隣に馴染んだ気配が感じられた。
だが、その気配は、彼らしくなく弱弱しかった。
レオンは息を吐き出し静かに目を閉じた。
どれくらいそうしていたのだろうか。
とても長かった気もするし、案外短い時間だったのかもしれない。
不意に目の前の扉が開き、青い術着を身に付けた女が姿を見せた。
女は廊下に居たレオンを驚いたように見た。
「あの……もしかして『レオン』さんですか?」
そして恐る恐るといった体で尋ねてきた。
レオンは少しだけ思案したのち、頷いた。
「やっぱり。レン君とお顔がそっくり。あ、私今日は産科のお手伝いしていますが、普段は小児科の看護師なのでよくレン君と会うんです」
看護師と名乗った女にレオンはもう一度頷いた。
「立ち合いできますから是非中へどうぞ」
看護師は嬉しそうに笑って、分娩室の中へ促すような仕種を見せた。
「いや……」
実はここには来るなとシンに言われている。
レオンは看護師に苦く笑いながらそのことを打ち明けた。
「あらぁ」
看護師は話を聞くと笑った。
「でもレオンさんはシンさんが呼んでいると思ったからここへ来たんでしょう? 思ったとおりで大丈夫なんじゃないかな。私がどうしてあなたがレン君の父親というだけでなく、名前まで分かったと思う?」
看護師はそうレオンに問いかけたが、答えを求めようとしていたのではないらしく、すぐに続けた。
「痛みが強くなってくると無意識にあなたの名前呼んでるの。今もだし、レン君を産んだときも。多分もうすぐ産まれるから今が一番辛いときなの。そばにいてあげて」
レンのときも、と聞いてレオンの胸の奥は絞られたように切なく疼いた。
先月から喫茶店は休みにしているため、がらんとした店内。
そこに海から戻ったレオンが戻ると、いつもはいるはずのシンとレンの姿は無く、殴り書きされたメモ用紙がキッチンカウンターの上に残されているだけだった。
そろそろだと思っていたが、いざその文字を目の当たりにすると、幾多の修羅場を通ってきたレオンの心臓も忙しなく脈打った。
このメモを見たら預け先からレンを引き取り、自宅で待っていてくれとシンは何度も言っていた。
だがレオンは預かり先である町長宅に一本の電話を入れた後、車に乗り込んだ。
向かった先はシンに言われたとおりの町長の家ではなく、海沿いにある小さな病院。人がたくさん住んでいるとは言い難いこの町には、一人の医師が内科も整形外科も小児科も産科も診てしまう、そんな病院が一つあるだけだ。
病院前にある空き地に車を停めると、本日休診という札が掛けられているにもかかわらず、レオンは病院の扉に手を掛けた。
病院の扉は拍子抜けするくらいあっさりと開いた。不用心な病院だが、こんな田舎の病院で悪事を働こうとするものもそうそういないのだろう。そう思って中に入り、医院を見渡す。
壁に掛けられているプレートの表示から、産科以外の診療科は入り口そばの診察室を使うようだが、産科だけが一番奥にある別の診察室を使用しているということを読み取る。
短い廊下を歩くと『産科』と書かれたプレートがすぐに見えた。
その先の廊下沿いにはいくつかの扉があったが、人がいる気配を感じないため素通りする。
すると突き当たりの一番奥に『分娩室』と書かれた大きな扉があった。廊下には誰もいなかったが、それらの扉の向こうでは忙しなく人が動く気配が感じられる。
レオンは廊下に置かれた簡素な長椅子に座った。
大きな扉の向こうには忙しなく動く気配の他に、すっかり隣に馴染んだ気配が感じられた。
だが、その気配は、彼らしくなく弱弱しかった。
レオンは息を吐き出し静かに目を閉じた。
どれくらいそうしていたのだろうか。
とても長かった気もするし、案外短い時間だったのかもしれない。
不意に目の前の扉が開き、青い術着を身に付けた女が姿を見せた。
女は廊下に居たレオンを驚いたように見た。
「あの……もしかして『レオン』さんですか?」
そして恐る恐るといった体で尋ねてきた。
レオンは少しだけ思案したのち、頷いた。
「やっぱり。レン君とお顔がそっくり。あ、私今日は産科のお手伝いしていますが、普段は小児科の看護師なのでよくレン君と会うんです」
看護師と名乗った女にレオンはもう一度頷いた。
「立ち合いできますから是非中へどうぞ」
看護師は嬉しそうに笑って、分娩室の中へ促すような仕種を見せた。
「いや……」
実はここには来るなとシンに言われている。
レオンは看護師に苦く笑いながらそのことを打ち明けた。
「あらぁ」
看護師は話を聞くと笑った。
「でもレオンさんはシンさんが呼んでいると思ったからここへ来たんでしょう? 思ったとおりで大丈夫なんじゃないかな。私がどうしてあなたがレン君の父親というだけでなく、名前まで分かったと思う?」
看護師はそうレオンに問いかけたが、答えを求めようとしていたのではないらしく、すぐに続けた。
「痛みが強くなってくると無意識にあなたの名前呼んでるの。今もだし、レン君を産んだときも。多分もうすぐ産まれるから今が一番辛いときなの。そばにいてあげて」
レンのときも、と聞いてレオンの胸の奥は絞られたように切なく疼いた。
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