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1巻
1-3
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如月はレオンがシンを狙っていたことを知っていたのだ。そう思うと、如月の瞳を見てなどいられなくて、シンは再び視線を下に向けた。
「そ……なところに俺が行ったら、恭介さんは……っ」
大きな手が、シンのまだ水に濡れたままの髪に触れる。
「俺のことは気にするな。お前がいようがいまいがそう長くは保たない。それにレオンみたいな男の側で危険な仕事ばかりしているほうが、心配で早死にしそうだ」
「俺はレオンのものなんかにはなりません。恭介さん、体力だけは普通の人と段違いなんだから、きっと病気も治ります。俺は病気がよくなるのを諦めて、恭介さんを置いていくなんてできない」
「体力だけは、って。お前、失礼だな、俺は体力だけじゃねぇよ」
くくっと低い声で如月は笑う。
「そうでしたっけ? 誰かさんは面倒くさい仕事を俺に押し付けてばっかりじゃないですか」
「おかげでハッキング、得意になっただろ?」
如月は珍しく声を上げて笑った。
だが、一度瞬きをすると、真顔になって言葉を続けた。
「俺の名前を国王の王宮に仕える高官に伝えれば、国に入れてもらえる。ただ今は反王政派であるブレジ派の動きも活発になってきて情勢はあまりよくないから、気を付けて入国しないといけないが、お前なら何とでもなるだろう」
そう言った如月の顔をシンはまっすぐに見ることはできなかった。でも、如月がどんな瞳をしているかなんて、見なくともわかる。
「俺が王族の後宮なんて、柄に合いませんよ」
シンが俯きがちに言う。如月を置いて行けるはずなんてない。何を置いても側にいたい。
「今じゃなくても構わない。レオンから逃げるときに利用すればいい。とにかく話をつけてあることは覚えておけ」
シンは溜め息を吐いたが、これ以上話して言い争いにでもなれば、如月の体に障ることを懸念して、静かに頷いた。
◆
「北西部の警察が特に武器の密輸関連に目を光らせているみたいですね。しばらくは北西地域で取引しないのが無難だと思いますよ」
淡々とシンが告げると、報告書をぱらりと捲りながらレオンが鋭い視線をシンへ向けた。
思わずひくりと喉が震えそうになるのを耐える。今日は多目に薬を飲んできた。
現にレオンに屈したシンの艶かしい姿を目撃したDomたちが、シンに向かってグレアを飛ばしてきたが、何の影響もなかった。
レオンだって同じだ。きっと大丈夫だ。
そう思うのに汗が背筋を流れ落ちる。
「北西地域に流しすぎたか。ルートとして使うのも止めたほうがよさそうか?」
シンに問いかける青い瞳。今は性的な色香などのせてはいない。
『Kneel……』
だがその視線だけで、艶のある低い声の記憶が頭にこだまする。
深く息を吸い込み、ゆっくりと吐き出す。
大丈夫だ、落ち着け。忘れろ。
「シン?」
返事をしないシンにレオンが呼び掛けると、その肩がびくん、と反応した。
「あ……すみません。ルートとして使うのを止めるかどうかは、警察の捜査状況をコピーしたものがこれに入っているんで、それを見たうえで判断したほうがいいかと」
「シン、お前ならどうする?」
「え……」
思わず動揺して顔を上げると、青い瞳と視線が交じり合ってしまった。
「お前ならどう判断する?」
「俺、ですか……」
青い瞳の強さにどくり、と心臓が高鳴った。
「北西での利益は惜しいですが摘発されると色々と面倒なので、俺なら取引もルートとして使うのも止めますね」
動揺を表に出さないように、極力冷静になるよう自身に言い聞かせて話す。
「相変わらずお前は慎重派だな。まぁだからこそお前に依頼した仕事は信用できるんだが。でも」
レオンは喉の奥で低く笑うと、ほんのわずかにDomの力を見せつけるグレアを発した。
「俺はスリルを冒すのがイイ」
その低い声は、ずくり、とシンの性感を刺激する。
――支配、サレタイ……
Subとしての本能が目の前の王に跪きたいと疼き始める。シンは全てを振り切るようにばっと立ち上がると、手に持っていたUSBをテーブルに叩きつけた。
「……っ……とりあえず今回の依頼については全てここに入ってますっ……」
そう言うと逃げるようにレオンの香りが濃厚に香る室内から出た。
疾風の如く部屋から消えたシンの背を見て、くつくつとレオンは笑った。
「あいつ、肝心の金を受け取らないで帰りやがった」
「シンが小切手を受け取らずに帰るなんて、このあとは嵐にでもなりそうですね」
シルバーフレームの眼鏡を指で押し上げながらユンファンはレオンを見る。
「俺が渡してくる」
レオンは小切手を軽く掲げると、そう言って立ち上がった。
「捕まりますかね?」
ユンファンが尋ねる声にレオンは再び低く笑った。
「俺が失敗したこと、あるか?」
悪辣な笑みを浮かべて言い残すと、レオンは部屋を出ていく。
「シンも本当に、運が悪い」
誰に聞かせるともなくユンファンは呟いた。
◆
「よぅ、シン」
組織の幹部が集う部屋を逃げるように後にしたシン。彼がアジトの出口に一心不乱に向かっていると、ふいに声が掛かった。
振り返るとそこにはニヤニヤと笑ってシンを見る数人の集団がいた。組織の構成員たちであるようだが、集団の中心にいる男だけは、顔を見たことがある。幹部の一人だ。
「知らなかったぜ、お前がSubだったとはなぁ」
シンの周囲を囲んだ男たちは、中心にいる男以外は末端の構成員。
だが、その男だけは、あの日レオンに跪かされたシンを、幹部が集う部屋で見ていた。
「それがどうした? 急いでいるからどいてくれ」
シンは表情一つ変えず言い放った。
「何様のつもりだ」
「Domの犬のくせに」
「生意気だ」
シンの発言に周囲の男たちは口々に勝手なことを喚き立てた。
男は片手を挙げて周囲を制止するような動きを見せると、騒めきは収まった。
「シン、ボスに抱いてもらって開花したSubの味はどうだった? だが、俺のグレアも中々いいだろう? 跪けよ。『Kneel』」
男は自身の持ちうる限りのフェロモンを用いて、シンを誘惑してきた。
「……るせぇ」
「は? 何て?」
シンが低い声でぼそりと呟いた言葉に、男は意表を突かれたような顔をした。
「うるせぇっつったんだよ、死にたくなかったら退け」
睨みつけるような、黒い瞳の光に男はたじろぐ。
「何だこいつ、Subじゃなかったのか?」
「Domにどうして従わない?」
抑制剤を飲んでいるにしろ、Domのグレアが全く効かないどころか、ぞっとするほどの冷たさを孕んだシンの声に、男たちはざわざわと狼狽えだした。
「気は長いほうじゃねぇんだよ」
ちっ……と小さな舌打ちと共に、シンが苦々しく吐き捨てるように言った次の瞬間のことだった。男はあっという間にシンに殴り飛ばされ、壁に後頭部を打ち付けた。男の意識が飛びそうになったところで、大きな笑い声がアジトの廊下に響いた。
「また暴れてんのか、シンは」
全くとんだじゃじゃ馬だ、と低く艶かしい声。今度はシンの背筋がギクリと震えた。大抵のDomならば打ち負かせるが、この男だけは、レオンだけは……
――圧倒的な王者に従いたい……
「俺のもんに手ぇ出そうとして生きていられると思うなよ」
コツコツと革靴を響かせながら近づいてくる長身の美丈夫。ダークブラウンの髪はセクシーに纏めあげられ、少しだけ額に零れ落ちているのが艶かしい。そこから覗く青い瞳はサファイアのように美しいが、ぞっとするほど冷たい。そして一目で高級品だとわかるスーツの下にある肉体は、完璧なまでに鍛え上げられている。
それがまるで美術品のようであることを、シンは自分の体でもって嫌というほど知っている。
レオンは意識を失いかけた男の頭を躊躇いもなく踏みつけて、楽しそうに笑った。
「俺はあなたのものではありませんので、誤解しないでください。それと、部下の管理くらいきっちりしといてくださいよ」
地面に崩れ落ちた男には何一つ心動かされなかったというのに、この男は目の前に現れたというだけでシンを煽り立てる。
屈しないために精一杯嫌味を言ったはずなのに、シンの声ははっきりとわかるほどに掠れた。シンの声を聞いて全てを悟ったのだろう、レオンは唇をにやりと歪ませた。
「シン、ついてこい」
レオンは足もとの男の頭を、道端の石のように蹴飛ばすと踵を返した。アジトの奥に向かう男の背中に逆らえなかった。レオンはコマンドどころかグレアさえも放っていなかったというのに。
◆
「……っ……」
――早くここを離れなければ。
そう思っていたのに。
気づけばレオンに導かれるようにここにいた。それはまるで逆らえない鎖に引かれているようだ。
すでにシンの本能はレオンを主と認めてしまっているのだから、会ったら逆らえないとわかっていたはずだ。
ほんの一週間ほど前に囚われたレオンの隠し部屋の前に、シンは佇んでいた。
ここにいてはいけない。一刻も早く離れなければ。
――走れ。とにかくレオンのグレアが届かないところまで。
ピピっと電子音がしたかと思うと、目の前の扉が開いた。
「自分からついてくるか? それとも………また命令されたいか?」
男の低く艶かしい声がシンの鼓膜に触れると、そこから熱が蕩けて体の中心部まで伝わった。
ひくり、とシンの喉が震えて引き攣れ、足は廊下に縫いつけられたように動けない。
動かないシンを見て男の瞳が淫蕩に染まった、と思った瞬間、レオンの纏う空気がぶわりと変わった。
あ、と思ったときにはレオンから強烈なグレアが立ち上っていた。
「『Come』」
レオンは囁くように、しかし、逆らうことを許さない圧倒的な支配者の声で、自分のほうへ来るようにコマンドを出した。
そして、シンにそのまま背を向けて、隠し部屋の扉に手を掛けた。
コマンドにシンが逆らえると思ってもいないのか、振り返りもせずに彼は室内に入った。
ついて行きたくなどないのに、シンの足は磁石のプラスとマイナスが引き合うように、レオンの後に続いてしまった。
シンが室内に入ると扉は静かに閉まる。再び施錠された音で我に返るも、その室内には彼の香りが染み付いていて、シンの体はあからさまな熱を帯び始めた。
レオンは奥のベッドにまで進むと、ゆったりと腰掛けた。ギシリ、とベッドが沈んだ音があの日の情交を思い出す。
男は青い瞳を眇めると、所在なさげに佇むシンを見つめて酷薄な笑みを深くする。
「シン、『Kneel』だ」
男の残酷な命令が下る。
自分がただの命令に従う人形にでもなったような、最悪な気分だ。
だが逆らうことなどできずシンの体は命令に従う。気分は最悪なのにレオンの足もとに跪くと、体は支配される悦びに熱くなる。Kneelだけで達してしまう醜態はなんとしても曝したくなくて、辛うじて耐えてみせた。
「何とか我慢したって感じだな、シン?」
シンの体を支配する王は愉しそうに笑った。レオンと二人きりになってはいけないなんて、わかりきっていたことなのに。一度蜜の味を知ってしまえば、知らない頃に戻るなんてできない。
「『Lick』」
「は……?」
レオンの言ったことが理解できないとでもいうように、シンはぽかんと惚けたような顔を向けた。
「なんだ、わからないのか?」
上からくくっと笑い、彼は呆れたような視線を向ける。
「わ……わかります……っ」
きっ、と睨み付けて答えると、レオンはじゃあ黙ってやれ、とでも言うように片眉を軽く上げた。コマンドを聞いた体は男の膝の間に座り込み、スラックスのジッパーに手を掛ける。
理性ではこれ以上ないくらい嫌で抗いたいのに、ジリジリとジッパーを下ろし、レオンの雄を感じると体の芯は蕩けそうになる。
スラックスと下着の隙間から、勃ちあがった凶悪なほど大きい男根が現れる。
こんなものを身に受けられるものかと思いながらも、これで一晩中揺さぶられた快楽が脳をよぎり、ずくりとした甘ったるい感覚が体の奥にじわりと滲んだ。
男のものを銜えたことなどあるはずもない。
それどころか銜えられたこともないというのに、どうしたらいいかわかるはずもない。
男のものを前に躊躇っていると、濡れたシンの唇に煽られた男は苛立ったように早くしろ、とグレアを飛ばしてくる。
どうとでもなれ、というように男のものを口に含んだ。
口内に入れてしまえば、Domを迎えるようにできている体は悦んで主を迎え入れたいと、喉の奥までも開く。不思議なことに、レオンの男根がまるで至極の媚薬を含んだキャンディのような味に感じた。極上の甘味に逆らえず、味わうように舌を絡めて、淫らな音を立てて吸い付いてしまう。
温かなぬかるみに吸い付くように包まれて、レオンも息が上がる。
「………っ……」
レオンの吐息が乱れた気配は、シンの快楽中枢を直接刺激する。
喉の奥まで銜え込んでも全ては含みきれないが、主であるDomに満足してもらいたいというSubの本能が、含みきれなかった根元の部分を、零れた唾液のぬめりを使って指で愛撫させる。
「……っくぅ……ぁ」
じわり、とレオンの先走りの体液が滲んでシンの舌に蕩けたとき、危うくシンの屹立は白濁を零しかけた。
Domの許可なく達することはSubには許されない。
すんでの所で自身の根元をきつく押さえて、何とか耐える。達しそうな体はさらにレオンのペニスを求めて、きつく舌を絡めて吸い付いた。
「……上手いもんだな……Subの本能か? それとも如月のもんでもしゃぶってたのか?」
その瞬間、強い光でシンの目が鋭く光った。
数えきれないほどの死線を潜ってきたはずのレオンの背がシンの瞳を見て慄くように波打ち、圧倒されたかのように動きが止まった。
他者に負けることなどありえない王は、驚いたように瞠目し、深く息を吸い込んだ。
そして訪れた一瞬の静寂の後。
自身を銜えるシンの腕を強引に取って、まるで嵐のように乱暴にベッドの上へ押し倒した。
レオンの男根が口から抜ける前に喉奥に刺さったせいで、シンは涙目で噎せる。しかしそんなことなどお構いなしに、レオンは、シンの下衣を破るような勢いで取り去る。
「ちょ……破れるっ……自分で脱ぐから……っ」
そう言ったシンの声も喘ぐような声だ。
シンの声など無視して取り去られた衣類から、ボタンが弾けたような音と布が裂ける音が聞こえた。レオンはあっという間に裸にしたシンの下肢をこれでもかというほど大きく開き、後孔に節くれだった太い指を潜り込ませた。
「や……っ」
SubはDomを受け入れるために濡れやすくほぐれやすい体質であるとはいえ、男の身で体の中に受け入れるのはどうしても抵抗が伴う。
強引な指の感覚にぞわりと鳥肌が立つ。そして滅多に見せない怯えた様子がレオンの劣情を催すとも知らず、シンはひどく動揺した姿を無防備に曝した。
ぐ……と、指がゆっくりとシンの中を、レオンを期待して濡れた粘膜を撫でながら進んでいく。
ぐちゅ、という濡れた粘膜を擦る音のたびに羞恥で赤く染まるシンを、あざ笑うかのようにレオンが喉を鳴らした。
「指が溶けそうだな」
からかわれたシンがぎゅっと目を瞑ると、途端、シンの体中に法悦が迸った。
「ひっ……ぁ……そこ、やめ……っ」
目の前の男が、先日散々暴かれたシンの酷く感じる場所を押したのだ。
そこを刺激されるとあっという間に訪れる射精感に、シンのぎゅっと閉じた瞼の裏がチカチカと瞬いた。
シンの瞼を縁取る睫毛がしっとりと濡れているのを見て、レオンは再び喉を鳴らし乱暴に指を引き抜いた。
そして、代わりに燃えるほど熱いものを、しっとりと濡れた穴に押し当てた。その押し当てられたもののあまりの熱量に、シンはひゅっと息を呑んだ。
「ま……待ってくださ……」
みしりと太い先端部分が入ってくると、シーツに零れてしまうほど濡れていたとはいえ、そこは悲鳴を上げだす。
「きつっ……無理だ……って……抜いて……っ」
あまりのきつさに、潤んでいた瞳からぽろりと涙が零れた。それを見たレオンは加虐心を触発されたのだろうか、うっすらと笑いを浮かべながらペロリと自らの唇を湿らせた。
それから、ガリ……と音がするくらい乱暴にシンの耳を噛む。
「い……った……」
シンから悲鳴のような声が上がる。
その隙にきつい体内の奥までレオンは凶悪な屹立を捩じ込んだ。
「うぁぁ………っ」
あまりの衝撃にシンは悲鳴を上げた。
そして、これからさらに起こるであろう痛みに、シンは身を固くして身構えた。
きっと恐ろしく乱暴に暴かれる……そう思ったのに、いつまで経ってもその衝撃は襲ってこなかった。
一番奥まで挿入すると、レオンは満足したのか、そのまま動かず、先刻噛み痕を残した耳朶を、ゆったりと舐め上げた。
「ん……っ」
思わずレオンのものを締め上げて声を漏らしても、男は嫣然と笑うだけで、挿入したものを動かさない。
――どういうつもりだ? 痛くないから助かるけれど。
そんなことを考えていられたのも、挿入されてからほんの数分のことだけだった。
「え……っ?」
ぴたりと奥まで挿入されたところが、擦られているわけでもないのに、じゅわじゅわと熱を孕んで、体液が滲み出てきたのだ。
「あ……ん……ん」
喉の奥に蜂蜜でも絡めたかのように、甘ったるい声と吐息が漏れる。
奥に差し入れたものを動かしてほしい。熟れた粘膜を思いっきり擦り立ててほしい。
「……っ」
あさましい考えが脳裏をよぎり、思わず息を呑んだ。
――俺は今……何を……っ!?
羞恥と欲望の狭間で混乱するシンは、どんな瞳でレオンが見ているのか気付いていなかった。
そんな恥ずかしいことを望みたくないのに、まるで強請っているように腰を揺らしてしまうと、ぐっと強い力で押さえ込まれた。
「誰が動いていいと言った?」
ひどく冷酷な声にはっとして顔を上げると、レオンは冷たい顔でシンを見下ろしていた。溢れる彼のフェロモンに、壊れそうなほど強く心臓が脈打った。
「俺にどうされたいか、自分でちゃんとお願いしないとなぁ、シン?」
ぴたりと奥まで嵌められたそれが熱くて、気が狂いそうだった。濡れて火照った粘膜を思いっきり掻き回された快楽の記憶が、脳裏をよぎる。
けれど、言葉に出して強請るなんてしたくない。汗で濡れた前髪を振ってシンは拒む。レオンは喉の奥で低く笑ってそんなシンを見ると、そのまま一番奥に挿入したまま微動だにしなかった。
レオンのものを呑み込んだままの粘膜はひくひくと痙攣し、シンの意に反して甘く強請っているみたいだった。
「ん……っく……ぅう」
どれくらいの時間が過ぎたのか、シンには見当もつかなかった。実際には短い時間であったのかもしれないが、シンにはとてつもなく長い時間に感じられた。
シンの隘路が、レオンのペニスの先の膨れたところの形まですっかり覚えこんでしまったころ、腹の奥が熱くて、一つのことしか考えられなくなった。
「ぁ……も……やだぁ……動いてくださ……っ」
我慢できなくて、強請るような言葉を吐いてしまった……それなのに。
「そんなお強請りじゃ聞く気になれねぇな。どうやってお願いすればいいのか、まだわかんないのか?」
冷淡な声で告げられて、涙がぽろりと火照った頬に流れたが、そんなことでレオンは許してくれるような男ではない。
「レ……レオンので、俺の奥……掻き回してほし……っお……おねが……しま……す……ああっ」
甘く掠れたシンの声が言い終わったかどうかも分からないうちに、焦れてじゅくじゅくに熟れたシンの粘膜をぐちゃぐちゃに掻き回すようにレオンが動き始めた。
「勝手にイくなよ……っ?」
「ひぁぁぁ……っ」
興奮しきった低い声で命じられたが、あまりの快感にシンは我慢などできずに、絶頂に達してしまった。
シンは激しく達したばかりでまだ呼吸が乱れているのにも構わず、レオンは快楽を求めて激しく動く。
「あぁっ……いや、やだ……んぅ……」
「嫌だ? 随分気持ちよさそうに見えるがな」
達したばかりの粘膜を掻き回されるのが辛くて零したのに、レオンは腰を一番奥で揺らす。その時に体の奥から聞こえる濡れた淫らな音までも、敏感になった感覚を刺激する。
そして、シンの柔らかな膝裏をぐっと持って、少しも逃げることが許されない体勢を取らせると、レオンは熟れた粘膜に精を放った。
「勝手にイった罰を与えないとなぁ? シン?」
男が残酷に笑う。
「え……?」
問い返したシンの細い顎を骨張った指で掴み上げると、濡れた唇を噛みつくように覆った。
興奮で熱く柔らかく濡れたシンの舌に、きつく自身のそれを絡めて吸い上げる。濡れた音を立てて存分にそれを吸うと、満足そうに唇を離した。
口付けでとろりと蕩けたシンの瞳を満足そうに見遣ると、そのしなやかな体から音を立てて屹立を抜いた。
「『Crawl』、後ろ向いて、腰を上げろ」
そして、ひどく恥ずかしい姿勢を命じるコマンドを艶かしい声で発した。恥ずかしくて嫌なのに。したくないのに。逆らえない体はのろのろと起き上がり、命じられるまま俯せになり、腰を上げた。
理性は拒んでいるのに本能は歓喜に叫んでいて、Domのコマンドに従う快感で腰が震えた。
「もっとだ、シン。もっと腰上げろ」
「や……できな……っ恥ずかしい……っ」
「俺が、『やれ』と命じている」
逆らえない青い瞳は、俯せになっているため見えない。言われるままに恥ずかしいほどに腰を上げると、もっと強い快感が押し寄せて視界が歪む――次の瞬間。
「うぁっ……っ」
バシン、と臀部に熱いほどの鋭い痛みが襲い、シンは大きな声を上げてしまった。
その衝撃が何かと認識する前に、もう一度乾いた音と痛みがシンを襲う。
「勝手にイった罰だ」
レオンは愉しそうにシンの臀部にもう一度手を振り下ろす。
シンは身を固くする。痛いのなんて平気だ。痛みには強いはずだ。訓練だって積んできた。それなのに。どうして。
まるで心を叩かれているように、痛い。
レオンに与えられる罰は痛くて痛くて、気持ち、いい……
「ああっ……ご、めんな、さいっ」
シンの唇から謝罪の言葉が漏れた。
「何が悪かったんだ? シン?」
「勝手に……っ……勝手にイって……ごめんなさいっ……んっ」
曇り一つない真っ白な美しい双丘に、赤い手の痕が残る。そして、レオンがもう一度強く臀部を叩いたそのとき。
「あああっ」
シンの体がびくんと不自然に痙攣した。レオンがシンの股間に手をやると、生暖かい体液で濡れていた。
「堪え性がないな、シン」
「あ……あ……ごめんなさいっ……俺、また……っ」
レオンの囁きに、シンは幼い口調で涙を零し、しゃくり上げて泣き出した。
言いつけを守れなくてごめんなさい、とひくひく喉を震わせて泣く姿を見て、レオンはシンを広い胸の中に抱き寄せた。
「叩かれてイく姿、可愛かったから特別に許してやるよ、シン。『Good Boy』」
黒い艶やかな髪を撫でながらレオンはシンを誉めた。感じたことのないような多幸感がシンの中に広がるが、達してしまったことが恥ずかしくレオンの視線から逃げるように、シンは体を丸めた。
「『Present』だ、シン。隠すな」
だが隠したいものを全て曝け出させるコマンドを出され、シンはおずおずと仰向けになり、無防備な姿をレオンに曝した。
「入れさせろ、『足開け』」
仮初めの幸福感で蕩けたシンの体はレオンのために全てをその眼前に曝し、そして素直に足を大きく開いた。
先ほど一度レオンのもので拡げられたそこは、再び主人によって拡げられるのを、今か今かと待ちわびるかのようにひくついていた。
全てを捧げるかのようなシンの姿に、レオンは笑みを深くする。
そして受け入れやすいように開かれた腰に誘われるように、レオンは熱く滾る先端を押し当てた。
すると、いとも容易くぬるりと太い先端を呑み込む。
「あ…っあ………」
入り口の蕩けきったとこばかりをぐずぐずと掻き回されて、シンはレオンの逞しい腰に脚を絡ませ「奥まで欲しい、お願い」と我を忘れて懇願する。
レオンの額にも汗が滲んだところで、一番奥まで満たしてもらえた。
シンが快楽混じりの安堵の息を吐いたところで、レオンはベッドの端に飛ばされていた羽毛入りの枕をシンの腰の下に入れた。
「……っなに?」
狼狽えるシンに、一際悪い声でレオンは囁いた。
「シンの一番奥まで入れさせろ」
「うあっ……」
もうすでに一番奥まで呑み込まされていると思っていたシンは、彼の囁きを理解できずにいた。だがそんなことも知らず、レオンは先走りで濡れたペニスでシンのさらに奥を抉じ開けた。
「ぐ……ぅ……あっ……も、無理…………」
「無理じゃねぇだろ? まだ奥に入る……『入れさせろ』」
「あっ……やだ……入れ、な……で……ああっ」
「……っ……凄いな……っ……喰われちまいそうだ……」
これ以上ないと思っていたところの、さらに奥まで埋め込まれる。
「奥、やだ……っ……しないで……入んな……っあ……っ」
レオンも蕩けきった内部にきつく締め付けられて、息が上がる。
「いいぜ、シン……気持ちいいよ、お前……」
残酷な感覚も快楽にどろりと溶け込む。
「たまんねぇ……」
低く呟くと体の奥の奥、剥き出しになった神経のようなそこを、激しい勢いで何度も擦りたてる。
「あ……あ……壊れ……る……うぁぁ……」
悲鳴のような声とともに、きつく内部が締まる。
薄く濁った精液がとぷりと溢れたが、レオンの動きは止まらない。
獣のように犯されては、レオンの逞しい背中に縋り付くしかなかった。
「出すぞ」
散々に奥を蹂躙され、何度も熱いものを奥に出された。そして、最後に意識を手離す直前にご褒美の言葉は聞こえた。
「『Good Boy』」
大きな掌で優しく頭を撫でられて、頬に口付けされた。あまりに優しい仕草は現実だったのか、それとも夢だったのか。
だからシンは自分が何を最後に口走ってしまったのか、覚えていなかった。
◇
そして、再びの情事から一週間ほどが過ぎた。その頃には、思いもよらないほどにレオンの頭の中はシンのことで埋めつくされていた。
シンの体は、こんなにも滑らかなものには触れたことがないと思えるほど柔らかくて、レオンの体に馴染む肌であった。
白人の肌の白さとは違い、蜂蜜を吸ったような温かみのある白い肌。柔らかなそれの内側から立ち上るような甘い香りをもっと吸い込みたくて、鼻先を肌に埋めながら、興奮のままに体の奥を抉った。
『……っうあ………も、やだ………っ』
首を振ると、漆黒の髪から汗が滴り肌を濡らす。
シンの体内に押し込んだレオンの屹立は、どうしようもなくシンを気に入ったようで、何度果ててもそこから出たがらなかった。
誰にも抱かれたことのない体の隘路はキツかったが、精を搾り取るようにうねり、レオンを奥へと誘う動きを見せていた。黒い瞳は生理的に溢れた涙で潤んで、この世に二つとない宝石のように見えた。
『たすけて』
いつもは取りつく島もない唇からは、甘ったるい声が零れてレオンの耳の奥を滲ませた。彼のしなやかな体はきつく己に縋り付く。
「ちっ………」
先日の情事に思考が侵食されていたことに気付き、黒い革張りの椅子に凭れながら書類に目を通していたレオンは、思わず舌打ちした。
一度支配下に置けば、満足するだろうと思っていた。それがもう一度抱いてみたいと思い、もう一度抱いてからは頭の中から一時だってシンが抜けていかない。
四六時中彼の姿が脳内にあり、自分がシンを支配したように見えて、実際は支配されているような感覚。
そして行為の終わりを告げるDomの合言葉でもある『Good
Boy』を半分意識の途切れたシンに囁いたとき、シンが漏らした言葉が頭の中を反響する。
初めて抱いたときには聞き取れなかった言葉。
『た……け、て……き……ょう……すけ、さ…………っ』
レオンの首筋に腕を絡めて、逞しい腰にしなやかな脚を絡めた。
そしてあのクールな黒い瞳をとろとろに蕩けさせ、まるで愛を囁くような声色でシンは確かに――如月の名を呼んだのだ。
レオンに奥まで貫かれて、レオンを求めたくせに、如月に助けを求めた。
シンのものとは思えないほどの頼りなく子供じみた声。
その声を耳にしたとき、レオンが感じたものは熱く燃え滾るドロリとしたもの。完全に支配したと思ったのはとんだ思い違いだったのだ。
支配されているのは己かもしれない……いやそんなはずはない。
確かにレオンはシンを支配したはずだ。どちらが支配しているのか明らかにするためだと、いつもシンを呼び出す電話の画面に触れた。
『……はい』
電話の向こうから聞こえる声は、腕の中で甘ったるい声を漏らした男と同一人物とは思えないほど、面倒くさそうなことを隠しもしない。
「今夜十時に俺の部屋に来い」
端的に用件を言い、レオンは口角を上げた。
『今夜は無理です。すみませんが今日は忙しいので、任務の依頼ならまた改めます』
だが、支配したはずの彼はそれだけ言い、ぷつり、と通話を切った。
瞬時に頭に血が上り、椅子から立ち上がって乱暴に電話を叩きつけたところで、部屋の扉がノックされた。
「そ……なところに俺が行ったら、恭介さんは……っ」
大きな手が、シンのまだ水に濡れたままの髪に触れる。
「俺のことは気にするな。お前がいようがいまいがそう長くは保たない。それにレオンみたいな男の側で危険な仕事ばかりしているほうが、心配で早死にしそうだ」
「俺はレオンのものなんかにはなりません。恭介さん、体力だけは普通の人と段違いなんだから、きっと病気も治ります。俺は病気がよくなるのを諦めて、恭介さんを置いていくなんてできない」
「体力だけは、って。お前、失礼だな、俺は体力だけじゃねぇよ」
くくっと低い声で如月は笑う。
「そうでしたっけ? 誰かさんは面倒くさい仕事を俺に押し付けてばっかりじゃないですか」
「おかげでハッキング、得意になっただろ?」
如月は珍しく声を上げて笑った。
だが、一度瞬きをすると、真顔になって言葉を続けた。
「俺の名前を国王の王宮に仕える高官に伝えれば、国に入れてもらえる。ただ今は反王政派であるブレジ派の動きも活発になってきて情勢はあまりよくないから、気を付けて入国しないといけないが、お前なら何とでもなるだろう」
そう言った如月の顔をシンはまっすぐに見ることはできなかった。でも、如月がどんな瞳をしているかなんて、見なくともわかる。
「俺が王族の後宮なんて、柄に合いませんよ」
シンが俯きがちに言う。如月を置いて行けるはずなんてない。何を置いても側にいたい。
「今じゃなくても構わない。レオンから逃げるときに利用すればいい。とにかく話をつけてあることは覚えておけ」
シンは溜め息を吐いたが、これ以上話して言い争いにでもなれば、如月の体に障ることを懸念して、静かに頷いた。
◆
「北西部の警察が特に武器の密輸関連に目を光らせているみたいですね。しばらくは北西地域で取引しないのが無難だと思いますよ」
淡々とシンが告げると、報告書をぱらりと捲りながらレオンが鋭い視線をシンへ向けた。
思わずひくりと喉が震えそうになるのを耐える。今日は多目に薬を飲んできた。
現にレオンに屈したシンの艶かしい姿を目撃したDomたちが、シンに向かってグレアを飛ばしてきたが、何の影響もなかった。
レオンだって同じだ。きっと大丈夫だ。
そう思うのに汗が背筋を流れ落ちる。
「北西地域に流しすぎたか。ルートとして使うのも止めたほうがよさそうか?」
シンに問いかける青い瞳。今は性的な色香などのせてはいない。
『Kneel……』
だがその視線だけで、艶のある低い声の記憶が頭にこだまする。
深く息を吸い込み、ゆっくりと吐き出す。
大丈夫だ、落ち着け。忘れろ。
「シン?」
返事をしないシンにレオンが呼び掛けると、その肩がびくん、と反応した。
「あ……すみません。ルートとして使うのを止めるかどうかは、警察の捜査状況をコピーしたものがこれに入っているんで、それを見たうえで判断したほうがいいかと」
「シン、お前ならどうする?」
「え……」
思わず動揺して顔を上げると、青い瞳と視線が交じり合ってしまった。
「お前ならどう判断する?」
「俺、ですか……」
青い瞳の強さにどくり、と心臓が高鳴った。
「北西での利益は惜しいですが摘発されると色々と面倒なので、俺なら取引もルートとして使うのも止めますね」
動揺を表に出さないように、極力冷静になるよう自身に言い聞かせて話す。
「相変わらずお前は慎重派だな。まぁだからこそお前に依頼した仕事は信用できるんだが。でも」
レオンは喉の奥で低く笑うと、ほんのわずかにDomの力を見せつけるグレアを発した。
「俺はスリルを冒すのがイイ」
その低い声は、ずくり、とシンの性感を刺激する。
――支配、サレタイ……
Subとしての本能が目の前の王に跪きたいと疼き始める。シンは全てを振り切るようにばっと立ち上がると、手に持っていたUSBをテーブルに叩きつけた。
「……っ……とりあえず今回の依頼については全てここに入ってますっ……」
そう言うと逃げるようにレオンの香りが濃厚に香る室内から出た。
疾風の如く部屋から消えたシンの背を見て、くつくつとレオンは笑った。
「あいつ、肝心の金を受け取らないで帰りやがった」
「シンが小切手を受け取らずに帰るなんて、このあとは嵐にでもなりそうですね」
シルバーフレームの眼鏡を指で押し上げながらユンファンはレオンを見る。
「俺が渡してくる」
レオンは小切手を軽く掲げると、そう言って立ち上がった。
「捕まりますかね?」
ユンファンが尋ねる声にレオンは再び低く笑った。
「俺が失敗したこと、あるか?」
悪辣な笑みを浮かべて言い残すと、レオンは部屋を出ていく。
「シンも本当に、運が悪い」
誰に聞かせるともなくユンファンは呟いた。
◆
「よぅ、シン」
組織の幹部が集う部屋を逃げるように後にしたシン。彼がアジトの出口に一心不乱に向かっていると、ふいに声が掛かった。
振り返るとそこにはニヤニヤと笑ってシンを見る数人の集団がいた。組織の構成員たちであるようだが、集団の中心にいる男だけは、顔を見たことがある。幹部の一人だ。
「知らなかったぜ、お前がSubだったとはなぁ」
シンの周囲を囲んだ男たちは、中心にいる男以外は末端の構成員。
だが、その男だけは、あの日レオンに跪かされたシンを、幹部が集う部屋で見ていた。
「それがどうした? 急いでいるからどいてくれ」
シンは表情一つ変えず言い放った。
「何様のつもりだ」
「Domの犬のくせに」
「生意気だ」
シンの発言に周囲の男たちは口々に勝手なことを喚き立てた。
男は片手を挙げて周囲を制止するような動きを見せると、騒めきは収まった。
「シン、ボスに抱いてもらって開花したSubの味はどうだった? だが、俺のグレアも中々いいだろう? 跪けよ。『Kneel』」
男は自身の持ちうる限りのフェロモンを用いて、シンを誘惑してきた。
「……るせぇ」
「は? 何て?」
シンが低い声でぼそりと呟いた言葉に、男は意表を突かれたような顔をした。
「うるせぇっつったんだよ、死にたくなかったら退け」
睨みつけるような、黒い瞳の光に男はたじろぐ。
「何だこいつ、Subじゃなかったのか?」
「Domにどうして従わない?」
抑制剤を飲んでいるにしろ、Domのグレアが全く効かないどころか、ぞっとするほどの冷たさを孕んだシンの声に、男たちはざわざわと狼狽えだした。
「気は長いほうじゃねぇんだよ」
ちっ……と小さな舌打ちと共に、シンが苦々しく吐き捨てるように言った次の瞬間のことだった。男はあっという間にシンに殴り飛ばされ、壁に後頭部を打ち付けた。男の意識が飛びそうになったところで、大きな笑い声がアジトの廊下に響いた。
「また暴れてんのか、シンは」
全くとんだじゃじゃ馬だ、と低く艶かしい声。今度はシンの背筋がギクリと震えた。大抵のDomならば打ち負かせるが、この男だけは、レオンだけは……
――圧倒的な王者に従いたい……
「俺のもんに手ぇ出そうとして生きていられると思うなよ」
コツコツと革靴を響かせながら近づいてくる長身の美丈夫。ダークブラウンの髪はセクシーに纏めあげられ、少しだけ額に零れ落ちているのが艶かしい。そこから覗く青い瞳はサファイアのように美しいが、ぞっとするほど冷たい。そして一目で高級品だとわかるスーツの下にある肉体は、完璧なまでに鍛え上げられている。
それがまるで美術品のようであることを、シンは自分の体でもって嫌というほど知っている。
レオンは意識を失いかけた男の頭を躊躇いもなく踏みつけて、楽しそうに笑った。
「俺はあなたのものではありませんので、誤解しないでください。それと、部下の管理くらいきっちりしといてくださいよ」
地面に崩れ落ちた男には何一つ心動かされなかったというのに、この男は目の前に現れたというだけでシンを煽り立てる。
屈しないために精一杯嫌味を言ったはずなのに、シンの声ははっきりとわかるほどに掠れた。シンの声を聞いて全てを悟ったのだろう、レオンは唇をにやりと歪ませた。
「シン、ついてこい」
レオンは足もとの男の頭を、道端の石のように蹴飛ばすと踵を返した。アジトの奥に向かう男の背中に逆らえなかった。レオンはコマンドどころかグレアさえも放っていなかったというのに。
◆
「……っ……」
――早くここを離れなければ。
そう思っていたのに。
気づけばレオンに導かれるようにここにいた。それはまるで逆らえない鎖に引かれているようだ。
すでにシンの本能はレオンを主と認めてしまっているのだから、会ったら逆らえないとわかっていたはずだ。
ほんの一週間ほど前に囚われたレオンの隠し部屋の前に、シンは佇んでいた。
ここにいてはいけない。一刻も早く離れなければ。
――走れ。とにかくレオンのグレアが届かないところまで。
ピピっと電子音がしたかと思うと、目の前の扉が開いた。
「自分からついてくるか? それとも………また命令されたいか?」
男の低く艶かしい声がシンの鼓膜に触れると、そこから熱が蕩けて体の中心部まで伝わった。
ひくり、とシンの喉が震えて引き攣れ、足は廊下に縫いつけられたように動けない。
動かないシンを見て男の瞳が淫蕩に染まった、と思った瞬間、レオンの纏う空気がぶわりと変わった。
あ、と思ったときにはレオンから強烈なグレアが立ち上っていた。
「『Come』」
レオンは囁くように、しかし、逆らうことを許さない圧倒的な支配者の声で、自分のほうへ来るようにコマンドを出した。
そして、シンにそのまま背を向けて、隠し部屋の扉に手を掛けた。
コマンドにシンが逆らえると思ってもいないのか、振り返りもせずに彼は室内に入った。
ついて行きたくなどないのに、シンの足は磁石のプラスとマイナスが引き合うように、レオンの後に続いてしまった。
シンが室内に入ると扉は静かに閉まる。再び施錠された音で我に返るも、その室内には彼の香りが染み付いていて、シンの体はあからさまな熱を帯び始めた。
レオンは奥のベッドにまで進むと、ゆったりと腰掛けた。ギシリ、とベッドが沈んだ音があの日の情交を思い出す。
男は青い瞳を眇めると、所在なさげに佇むシンを見つめて酷薄な笑みを深くする。
「シン、『Kneel』だ」
男の残酷な命令が下る。
自分がただの命令に従う人形にでもなったような、最悪な気分だ。
だが逆らうことなどできずシンの体は命令に従う。気分は最悪なのにレオンの足もとに跪くと、体は支配される悦びに熱くなる。Kneelだけで達してしまう醜態はなんとしても曝したくなくて、辛うじて耐えてみせた。
「何とか我慢したって感じだな、シン?」
シンの体を支配する王は愉しそうに笑った。レオンと二人きりになってはいけないなんて、わかりきっていたことなのに。一度蜜の味を知ってしまえば、知らない頃に戻るなんてできない。
「『Lick』」
「は……?」
レオンの言ったことが理解できないとでもいうように、シンはぽかんと惚けたような顔を向けた。
「なんだ、わからないのか?」
上からくくっと笑い、彼は呆れたような視線を向ける。
「わ……わかります……っ」
きっ、と睨み付けて答えると、レオンはじゃあ黙ってやれ、とでも言うように片眉を軽く上げた。コマンドを聞いた体は男の膝の間に座り込み、スラックスのジッパーに手を掛ける。
理性ではこれ以上ないくらい嫌で抗いたいのに、ジリジリとジッパーを下ろし、レオンの雄を感じると体の芯は蕩けそうになる。
スラックスと下着の隙間から、勃ちあがった凶悪なほど大きい男根が現れる。
こんなものを身に受けられるものかと思いながらも、これで一晩中揺さぶられた快楽が脳をよぎり、ずくりとした甘ったるい感覚が体の奥にじわりと滲んだ。
男のものを銜えたことなどあるはずもない。
それどころか銜えられたこともないというのに、どうしたらいいかわかるはずもない。
男のものを前に躊躇っていると、濡れたシンの唇に煽られた男は苛立ったように早くしろ、とグレアを飛ばしてくる。
どうとでもなれ、というように男のものを口に含んだ。
口内に入れてしまえば、Domを迎えるようにできている体は悦んで主を迎え入れたいと、喉の奥までも開く。不思議なことに、レオンの男根がまるで至極の媚薬を含んだキャンディのような味に感じた。極上の甘味に逆らえず、味わうように舌を絡めて、淫らな音を立てて吸い付いてしまう。
温かなぬかるみに吸い付くように包まれて、レオンも息が上がる。
「………っ……」
レオンの吐息が乱れた気配は、シンの快楽中枢を直接刺激する。
喉の奥まで銜え込んでも全ては含みきれないが、主であるDomに満足してもらいたいというSubの本能が、含みきれなかった根元の部分を、零れた唾液のぬめりを使って指で愛撫させる。
「……っくぅ……ぁ」
じわり、とレオンの先走りの体液が滲んでシンの舌に蕩けたとき、危うくシンの屹立は白濁を零しかけた。
Domの許可なく達することはSubには許されない。
すんでの所で自身の根元をきつく押さえて、何とか耐える。達しそうな体はさらにレオンのペニスを求めて、きつく舌を絡めて吸い付いた。
「……上手いもんだな……Subの本能か? それとも如月のもんでもしゃぶってたのか?」
その瞬間、強い光でシンの目が鋭く光った。
数えきれないほどの死線を潜ってきたはずのレオンの背がシンの瞳を見て慄くように波打ち、圧倒されたかのように動きが止まった。
他者に負けることなどありえない王は、驚いたように瞠目し、深く息を吸い込んだ。
そして訪れた一瞬の静寂の後。
自身を銜えるシンの腕を強引に取って、まるで嵐のように乱暴にベッドの上へ押し倒した。
レオンの男根が口から抜ける前に喉奥に刺さったせいで、シンは涙目で噎せる。しかしそんなことなどお構いなしに、レオンは、シンの下衣を破るような勢いで取り去る。
「ちょ……破れるっ……自分で脱ぐから……っ」
そう言ったシンの声も喘ぐような声だ。
シンの声など無視して取り去られた衣類から、ボタンが弾けたような音と布が裂ける音が聞こえた。レオンはあっという間に裸にしたシンの下肢をこれでもかというほど大きく開き、後孔に節くれだった太い指を潜り込ませた。
「や……っ」
SubはDomを受け入れるために濡れやすくほぐれやすい体質であるとはいえ、男の身で体の中に受け入れるのはどうしても抵抗が伴う。
強引な指の感覚にぞわりと鳥肌が立つ。そして滅多に見せない怯えた様子がレオンの劣情を催すとも知らず、シンはひどく動揺した姿を無防備に曝した。
ぐ……と、指がゆっくりとシンの中を、レオンを期待して濡れた粘膜を撫でながら進んでいく。
ぐちゅ、という濡れた粘膜を擦る音のたびに羞恥で赤く染まるシンを、あざ笑うかのようにレオンが喉を鳴らした。
「指が溶けそうだな」
からかわれたシンがぎゅっと目を瞑ると、途端、シンの体中に法悦が迸った。
「ひっ……ぁ……そこ、やめ……っ」
目の前の男が、先日散々暴かれたシンの酷く感じる場所を押したのだ。
そこを刺激されるとあっという間に訪れる射精感に、シンのぎゅっと閉じた瞼の裏がチカチカと瞬いた。
シンの瞼を縁取る睫毛がしっとりと濡れているのを見て、レオンは再び喉を鳴らし乱暴に指を引き抜いた。
そして、代わりに燃えるほど熱いものを、しっとりと濡れた穴に押し当てた。その押し当てられたもののあまりの熱量に、シンはひゅっと息を呑んだ。
「ま……待ってくださ……」
みしりと太い先端部分が入ってくると、シーツに零れてしまうほど濡れていたとはいえ、そこは悲鳴を上げだす。
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あまりのきつさに、潤んでいた瞳からぽろりと涙が零れた。それを見たレオンは加虐心を触発されたのだろうか、うっすらと笑いを浮かべながらペロリと自らの唇を湿らせた。
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シンから悲鳴のような声が上がる。
その隙にきつい体内の奥までレオンは凶悪な屹立を捩じ込んだ。
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あまりの衝撃にシンは悲鳴を上げた。
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「そんなお強請りじゃ聞く気になれねぇな。どうやってお願いすればいいのか、まだわかんないのか?」
冷淡な声で告げられて、涙がぽろりと火照った頬に流れたが、そんなことでレオンは許してくれるような男ではない。
「レ……レオンので、俺の奥……掻き回してほし……っお……おねが……しま……す……ああっ」
甘く掠れたシンの声が言い終わったかどうかも分からないうちに、焦れてじゅくじゅくに熟れたシンの粘膜をぐちゃぐちゃに掻き回すようにレオンが動き始めた。
「勝手にイくなよ……っ?」
「ひぁぁぁ……っ」
興奮しきった低い声で命じられたが、あまりの快感にシンは我慢などできずに、絶頂に達してしまった。
シンは激しく達したばかりでまだ呼吸が乱れているのにも構わず、レオンは快楽を求めて激しく動く。
「あぁっ……いや、やだ……んぅ……」
「嫌だ? 随分気持ちよさそうに見えるがな」
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「え……?」
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悲鳴のような声とともに、きつく内部が締まる。
薄く濁った精液がとぷりと溢れたが、レオンの動きは止まらない。
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大きな掌で優しく頭を撫でられて、頬に口付けされた。あまりに優しい仕草は現実だったのか、それとも夢だったのか。
だからシンは自分が何を最後に口走ってしまったのか、覚えていなかった。
◇
そして、再びの情事から一週間ほどが過ぎた。その頃には、思いもよらないほどにレオンの頭の中はシンのことで埋めつくされていた。
シンの体は、こんなにも滑らかなものには触れたことがないと思えるほど柔らかくて、レオンの体に馴染む肌であった。
白人の肌の白さとは違い、蜂蜜を吸ったような温かみのある白い肌。柔らかなそれの内側から立ち上るような甘い香りをもっと吸い込みたくて、鼻先を肌に埋めながら、興奮のままに体の奥を抉った。
『……っうあ………も、やだ………っ』
首を振ると、漆黒の髪から汗が滴り肌を濡らす。
シンの体内に押し込んだレオンの屹立は、どうしようもなくシンを気に入ったようで、何度果ててもそこから出たがらなかった。
誰にも抱かれたことのない体の隘路はキツかったが、精を搾り取るようにうねり、レオンを奥へと誘う動きを見せていた。黒い瞳は生理的に溢れた涙で潤んで、この世に二つとない宝石のように見えた。
『たすけて』
いつもは取りつく島もない唇からは、甘ったるい声が零れてレオンの耳の奥を滲ませた。彼のしなやかな体はきつく己に縋り付く。
「ちっ………」
先日の情事に思考が侵食されていたことに気付き、黒い革張りの椅子に凭れながら書類に目を通していたレオンは、思わず舌打ちした。
一度支配下に置けば、満足するだろうと思っていた。それがもう一度抱いてみたいと思い、もう一度抱いてからは頭の中から一時だってシンが抜けていかない。
四六時中彼の姿が脳内にあり、自分がシンを支配したように見えて、実際は支配されているような感覚。
そして行為の終わりを告げるDomの合言葉でもある『Good
Boy』を半分意識の途切れたシンに囁いたとき、シンが漏らした言葉が頭の中を反響する。
初めて抱いたときには聞き取れなかった言葉。
『た……け、て……き……ょう……すけ、さ…………っ』
レオンの首筋に腕を絡めて、逞しい腰にしなやかな脚を絡めた。
そしてあのクールな黒い瞳をとろとろに蕩けさせ、まるで愛を囁くような声色でシンは確かに――如月の名を呼んだのだ。
レオンに奥まで貫かれて、レオンを求めたくせに、如月に助けを求めた。
シンのものとは思えないほどの頼りなく子供じみた声。
その声を耳にしたとき、レオンが感じたものは熱く燃え滾るドロリとしたもの。完全に支配したと思ったのはとんだ思い違いだったのだ。
支配されているのは己かもしれない……いやそんなはずはない。
確かにレオンはシンを支配したはずだ。どちらが支配しているのか明らかにするためだと、いつもシンを呼び出す電話の画面に触れた。
『……はい』
電話の向こうから聞こえる声は、腕の中で甘ったるい声を漏らした男と同一人物とは思えないほど、面倒くさそうなことを隠しもしない。
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端的に用件を言い、レオンは口角を上げた。
『今夜は無理です。すみませんが今日は忙しいので、任務の依頼ならまた改めます』
だが、支配したはずの彼はそれだけ言い、ぷつり、と通話を切った。
瞬時に頭に血が上り、椅子から立ち上がって乱暴に電話を叩きつけたところで、部屋の扉がノックされた。
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