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1巻
1-2
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――やばい、気付かれた。
他のDomも気付き始めたようで、部屋を見回している。
絶体絶命なのに、Domのグレアにあてられて、「支配してくれ」と跪いて請いそうになるのをギリギリで堪える。体が熱くて燃えそうだ。
――逃げられるか?
じりじりと少しずつ後退りしながら、唯一の出口である扉に近づく。
トン……っ。
何かに当たって恐る恐る振り返ると、運が悪いことにぶつかったのは、アビスの中でもかなり腕の立つ、もう何年もレオンの護衛を務めている男だった。そういえばこの護衛の男も、Domだったはず。
シンから流れ出るSub特有のとろりとしたフェロモンのせいか、男の目は濁り虚ろになっていた。はぁはぁと息を乱し、まさに涎を垂らさんばかりの様子に、シンの心臓がどくりと跳ね上がる。
実にまずい状況だ。ここで理性を失ったDomであるこの男の口から、コマンドが出てしまえば全てはおしまいである。シンがSubであることが明らかになってしまう。
男の唇がシンにコマンドを出すべく、ゆっくりと開いた。もう迷っている場合ではない。シンは一か八かで身を翻した。
「ぐぁぁ……」
目にも止まらぬ早業でシンは男の首を蹴りつける。ぐらりと巨大な体が倒れ伏した。これで外に出るための障害はなくなった。
――よし、とりあえず今逃げられれば、Subであることは隠し通せる。
だが、ドアノブに手をかけようとしたところで、仕立てのいいスーツと、黒のシャツに合わせたシルバーのネクタイで、シンの視界は遮られた。
「コイツを一発で仕留めるとは、さすがだな」
愉しそうに笑うレオンがそこにいた。
「しかし、お前がこんなところで突然本気を出すなんてどういうことだ、シン?」
先ほどまでの不機嫌さは鳴りを潜め、レオンはその唇を愉しそうに歪める。そしてその甘美な低音で訊ねた。
「誰から逃げる気だった?」
冷や汗が背を伝う。
「くっ…………」
シンは腰を落として、渾身の力を込めた拳をレオンに向かって繰り出す。
これ以上ないほどの完璧なスピードとパワーだったが、パシッと音がして難なく手首を押さえ込まれてしまう。そして、ぐいっとレオンに向かって手首を引かれた。
次の攻撃に備えてシンが体を強張らせたところで、シンの耳に唇を寄せたレオンは、これ以上なく愉しそうな笑みを浮かべた。
「『Kneel』」
レオンは腰に響くほど低く色っぽい声で、コマンドを発した。
「……っく………ぅ」
シンはそれに精神力でもって抗おうとするが、圧倒的なDomによるコマンドに体が従いたくてたまらない。全身の血が沸騰しそうに熱くなり、心臓がドクドクと苦しそうに音を立てる。
――やだ、やだ……っいや、なのに……
理性では拒否しているのに。
――支配、されたい……
全身に震えが走りガクリと膝から崩れ、まるで王に仕える下僕のようにレオンの足もとに跪いた。
その屈辱感に体が悦び、全身が熱くなる。
「は……っは……」
やがてシンは跪いた姿勢から膝を開き、床にぺたんと尻をついて座る姿勢を取った。
これはSubがDomに支配されるときにとる基本の姿勢である。
Domのコマンドに従った興奮のあまり、シンの唇から甘ったるい吐息が零れる。屈辱的なこの姿勢が、たまらなく気持ちいい。
美しく黒光りするレオンの靴の先に口付けて、縋りつきたい。
欲求の邪魔をする理性のせいで素直に従えない自分を、ひどくお仕置きしてほしい。
Domを受け入れるために、後孔から体液がとろりと滲み出したのが自分でもわかり、それがさらに体の熱を高める。汗が体を伝う。
コマンドを使われてしまったら、もうダメだった。
生まれて初めてまともに受けたコマンドは、シンにとって甘美すぎた。それもDomの中でも強い力を持つ王のコマンド。とてもじゃないが逆らえないし、抗えない。
レオンの危険性をきちんと理解していなかった自分を呪いたいが、もう遅い。彼の、王の全てを受け入れたいと本能が叫んでいる。
「はは、Kneelだけでこんなに反応するとはな。随分と可愛らしいじゃねぇか、シン。普段の生意気なお前からは想像つかねぇな」
ぐり、と服の上から明らかにわかるほど膨らんだシンの屹立を、レオンは艶やかに磨かれた靴先で押した。
その屈辱的な刺激さえも、シンの体を甘く痺れさせるだけだった。
「ぅあ………」
シンの唇から漏れたわずかな喘ぎは、固唾を呑んで見守る部屋の幹部たちの劣情だけでなく、王であるレオンの火を点けるのにも充分だった。
「まさかシン、お前がSubだったとはな。今の今までまんまと騙されていた。さすがだよ」
そう言うとレオンは、満足そうに高らかに笑った。
「お前を従わせられるのかと思うとゾクゾクするな。俺は優しいから選ばせてやるよ、シン。このまま色んなやつらの目の前で滅茶苦茶に犯されるか、俺と二人きりで優しく抱かれるか……どっちが好みだ?」
「っ……あなたに抱かれるなんて冗談っ」
「はははっ、Subのくせに口がなってねぇな? お前の気の強いところも好みだが、Subとしては躾が必要だな」
笑っているとは思えないくらいその瞳は暗く冷たいのに、燃えるような欲望も見てとれて、シンの鼓動は胸を破りそうなほど強く速まる。
レオンは顔こそ笑っていたが、Subに口答えされてグレアをシンに向けて発していたのだ。それを受けたシンの体はさらに熱く火照る。
言うことを素直に聞けない自分を、お仕置きしてほしい。
「あっ…………」
再び、レオンは足もとに跪くシンの股間に当てた靴の先に、ぐっと力を込めた。痛みと共に甘い感覚が全身に走り、シンの身が震えた。今にも屹立は爆発しそうに張りつめている。
シンから発せられる嬌声とSubのフェロモンに、部屋にいる幹部たちがごくりと唾液を呑み込む音が聞こえてくるようだった。
欲望に塗れたDomたちの視線に曝されて、シンは達してしまうギリギリを耐えていた。
「シン、もう一度選ばせてやる。このまま衆人環視のまま犯されてイかされるか、二人きりで抱かれるか選べ」
――だめだ、もう逃げられない……
本能がどうしようもなく王に従いたいと、切なく訴えてくる。
「ひ……人前は嫌……」
「それがお願いする態度か?」
絞り出すように出されたシンの声にレオンは満足そうに笑うと、悠然と言い放った。シンの本能はどうすればいいのか、知っていた。目の前にある艶やかな靴の先に口付ける。
「……っ誰もいないところで……抱いてくださ……い」
普段の強くてクールなシンを知っている幹部たちは、そのギャップに各々の瞳に劣情を濃く映していた。
「まぁ初めてのおねだりだ。今回は特別にそれで勘弁してやる」
レオンは満足そうにシンに言ったあと、ギラギラとシンを見つめていた幹部たちに振り返った。
「お姫様はこう言っているからな、悪いがお前ら部屋から出てくれ。ユンファン、こいつらにプロのSubを呼んでやれ。俺名義で構わん」
――こんな上等なSubを見せつけられたら治まらんだろう?
そう妖しく笑った。
◆
レオンの部下たちが出ていって二人きりになると、レオンはいつもの革張りの椅子にゆったりと腰を下ろした。
「『Come』だ、シン」
側に来いというコマンドを発せられて、シンは這いつくばっていた床からノロノロと立ち上がりレオンの前までやって来た。
「『Strip』」
「なっ……」
服を脱げという意味のコマンドを冷淡な声で出されて、シンは動揺した声を漏らした。
「命令だ。シン、『Strip』だ。下まで全部脱げ」
更に強めの口調でコマンドを出され、シンの体はレオンに逆らえず、ベルトのバックルを緩めた。羞恥心でことさらゆっくり服を脱いでいるシンを、レオンは面白そうに眺める。
こんなにも屈辱的なのに、コマンドに従うことにシンは深い快楽を得ていた。
「早く脱いじまえ、濡れたままで気持ち悪いだろう?」
シンがノロノロと下着に手を掛けたところで、レオンはくくっと笑う。羞恥でシンの白い肌が桃色に染まるのを、レオンは欲情に満ちた瞳で見つめている。
「俺におねだりした興奮だけでイっちまうとはな。可愛いが、勝手にイくのはお仕置きものだ」
するり、とシンは濡れて不快な下着を脱ぐ。すると黒いシャツの裾から、白く濡れた屹立と太ももを伝う愛液が詳らかになる。
「っ……ぅ……」
恥ずかしいのに、屈辱的なのに、先ほどまでならこんなことは嫌で耐えられないと思っていたはずなのに、今やその理性はどこかに消えてしまった。
どうしても逆らえない。いや、逆らいたくない。体が火照って気持ちいい。
シンが快楽に身を震わせていると、レオンの長い危険な指先がシンの秘処に伸びる。そして何の迷いもなくシンの双丘の狭間に指を挿し込んだ。
「うぁ……っ」
Domを受け入れるためなのか、性感が高まりすぎていたのか、そこは恥ずかしいほどに濡れてレオンの長い指を容易く根元まで呑み込んだ。
「はは、ぐちゃぐちゃに濡れてるぞ、やらしいな。シン」
シンを感じさせるためではなく、ただ己の欲望を受け入れさせるためだけに、レオンは、二本の指を突き入れ乱暴に掻き回す。だが、そこに生じる痛みまでもがたまらなく気持ちいい。
早く自分の全てを支配されたいと思うのが悔しいのに、逆らえない。
「あっ……あっ……」
中を滅茶苦茶に掻き回されて立っていられなくなったシンが縋れるのは、シンを追い詰める圧倒的な王だけ。
がくり、と膝が崩れたシンは今にも達しそうで、思わずレオンの逞しい胸に縋った。
「随分と悦さそうだが、俺の許可なしにイくんじゃねぇぞ」
「あっ……でも……んんっ我慢できな……っ」
レオンは満足そうに口角を上げ、シンの細い指先を手に取る。
一見してどんな屈強な男でさえも倒せるとは思えないほど繊細なシンの指先を、今にもはち切れそうなシン自身の屹立まで導く。
「イかないように自分で根元を押さえておけ」
言われるままに根元を押さえたシンが、涙で濡れた黒曜石のような黒い瞳をレオンに向ける。
イきたくて、おかしくなりそうだ、と訴えるその瞳。
そんな瞳を無視したレオンは、シンの熱く熟れた体内を長く節くれだった指で掻き回す。
「や……イきたいっ……」
「おねだりの仕方を教えたはずだが?」
冷酷に言われ、ぶるりと腰が震えた。
「イかせてくださいっ……お願いしま……す」
シンは抗おうとする理性を抑えてお願いする。しかしレオンは酷薄な笑みを浮かべて、先ほどより一層奥を擦りたてた。ずくり、と奥の堪らなく感じる場所を責められ、シンは何度も身体を震わせた。
「だめだ、シン。『Stay』、このまま我慢しろ」
「な……っ……」
しかしレオンは屈辱に耐えたシンのお願いを、コマンドで一蹴する。
王の命令に逆らえない体はイきたくてたまらないのに、どんなに酷いと思っても自らの屹立を押さえつける手を緩めることができない。
レオンの長い指は、熱く爛れたシンの内部の感触を楽しむように掻き回す。
「ああっやぁ……あっ……」
声を我慢することのできなくなったシンを、レオンは満足そうに見た。
「随分可愛い声で啼くじゃねぇか。これが氷のアサシンと恐れられている奴とはな」
シンがきつく指で根元を押さえるそこからは、先走りの蜜が止めどなく溢れていて、まるで泣いているみたいだ。
「大分柔らかくなったな」
レオンはそう呟くとぬめる隘路からずるり、と指を引き抜いた。
革張りのゆったりとした椅子に腰かけていた男が自身のスーツのスラックスを寛げると、凶悪と言ってもいいほど大きく熱く猛る屹立が現れた。
そして、ゆったりと冷酷に笑ってシンに命じた。
「シン、俺の膝に乗って『自分で入れろ』」
ひゅ……とシンは息を呑んで、否、と首を振った。
いやだ。できない。怖い。
それなのに、シンの火照った体は、男の命令に従いたくて仕方ないようだった。シンの体はギシリと音を立てて、黒革のゆったりとした椅子に腰かけるレオンの腰に跨がった。
許してほしいと潤みきった黒い瞳でレオンの瞳を覗き込むが、許されるはずなどなかった。
「腰、落としてそのまま『入れろ』」
できないとゆるゆると首を振るのに、シンの腰はレオンの言葉どおりにゆっくりと落ちていく。嫌なはずなのに、王のコマンドに従うことはこれ以上ないほどの快感をシンの体に与えていた。
ずっ……と熱く膨らむ先端部分が、濡れそぼった内部に呑み込まれていく。
「あっ……キツいっ」
「っ……狭いな……初めてってわけじゃないだろう?」
ひくり、とシンの体が脈打ち体内のレオンを締め付けた。
「ああっ……」
「答えろ、シン。お前初めてなのか?」
「っ……うぁ」
聞かれながら下から軽く突き上げられ、誰も通ったことのない隘路を少しずつ拓かれる。
「命令だ、『答えろ』」
羞恥で頬に血が上り、命じられたことによる快感がシンの体を包む。
「は、はじ……めて……っあああっ」
シンが答えると、ぐっ……とまた突き上げられた。
「はは、如月の奴、こんな上等なSubを手もとに置いて手ぇ出してなかったのかよ。大事に大事にとっておいて俺に奪われるなんざ、さぞかしベッドの上で悔しがるだろうなぁ」
酷薄な笑みを崩さないレオンは、シンの顎を大きな手で掴み、顔を近づけた。
「処女なんて面倒くせぇと思っていたが、他の野郎のもんが入ったことないオンナだと思うと、気分がいいもんだぜ」
「俺は……っオンナじゃ……ない」
「そんなお前がこれからもっと俺に縋りついてくると思うと、ぞくぞくするくらい痺れるな。初めてお前の『仕事』を見たときも、こんな美人がやったのかと思うと痺れた。全くシン、お前は俺を退屈させない奴だよ」
珍しく高らかに嗤う。
「うぁ……っ」
ずんっ……と下から乱暴に突き上げられ、最奥まで強引に拓かれた。初めての行為に激しい痛みを伴っていたはずなのに、奥まで支配される悦びで我慢できずにシンは達してしまった。
「は……っ……は」
目の裏がチカチカ白く弾けた。
体の奥深くに支配者のものを受け入れる悦びは、無垢なシンには強烈だった。息を紡ぐのが精一杯なシンは、レオンの纏う雰囲気が変わったことに気付くのが遅れてしまった。
「誰がイっていいって言った?」
「あ……あ……」
ぶわり、と立ち上がるレオンのグレア。
「お仕置き、だな」
言いつけを守れなかったSubに対する怒りを纏ったそれに、シンは腰から下が砕けたように力が入らなくなってしまう。
レオンは繋がったままシンを抱えあげたかと思うと、乱暴に執務用の机の上にシンを押し倒し、上にのし掛かるような体勢をとった。
「うあああっ」
脚を大きく割り開かれ、その体勢のまま容赦なく奥まで貫かれた。
レオンは、シンの引き締まった脚を掴み、奥を滅茶苦茶に犯す。
男であってもDomを受け入れるようにできているSubの体は、初めての行為のはずなのにそれすらも受け入れてしまう。
苦しいほどに奥を拡げられているのに、おびただしい量の愛液が溢れる。
奥まで貫いたと思うとずるりと先端のギリギリまで引き抜き、そしてまた一気に奥まで拓く激しい動き。
しかも勝手にイかないようにと、シンの屹立の根元はネクタイできつく縛られてしまった。
「ひ、あっ ……ああっ……」
濡れて艶やかな唇から快感のあまり零れる喘ぎ声を、抑えることができない。
「俺がイくまでイくんじゃねぇぞ……っ」
初物特有のきつさがあるにもかかわらず、支配を受け入れたいという本能から、シンの内部は濡れてうねって精を搾り取るような動きをみせる。
「完璧なお前らしく、ナカまで極上、だな……っイイぜ、シン。癖になっちまいそうだ……っ」
シンの心地よさに酔いしれたようなレオンの声が、シンを狂わせる。
「あ……っ……や……」
職人に作らせた一点ものらしい豪奢な執務用の机が、ガタガタと音を立てるほど激しく揺さぶられる。
これ以上ないくらい嫌いな男の逞しい背中に、助けを求めるようにシンはきつくしがみついた。
「熱………っ………おなか、あつい……ひ、っうぁ……」
イきたいのに、イけなくて……
苦しいのに……
レオンに従っているのが、この男の腕の中で痴態を曝しているのが、たまらなく気持ちいい。
「あ……っあ……」
閉じることができない唇から、美しい透明の雫が零れる。
「ん、ぐぅ……」
零れたシンの唾液に誘われたのか、レオンは噛みつくように唇を奪い、痛いほどに舌を吸った。食べられてしまうのではないかと思うほど、口付けは荒々しく噛みつくようなものだった。
「っく…………」
レオンもあまりの快感に口付けの隙間から快楽の声を漏らす。
「んっ……ぐ、ぅあ……」
レオンの長い美しい指がするり、とシンの根元をきつく縛っていたネクタイを解くと、勢いよく白濁が噴き出した。
同時に、最奥に火傷しそうに熱いものが放たれて、体の奥を汚された。
全てを出しきると、レオンの掌が信じられないくらい優しい手付きでシンの頭を撫で、聞いたことのないような甘ったるい声で囁いた。
「シン、『Good Boy』だ。合格だよ、お前」
その言葉を聞いて、シンは体の先から髄まで快感と悦びが染み渡るのを感じる。
きついお仕置きに耐えたSubへの『ご褒美』はシンの体だけでなく、心まで完全に支配してしまったようだ。
汚されて支配されるというあまりに強すぎる快楽の衝撃に、シンはこれ以上なく危険な男の腕の中で意識を失った。
「ああっ……あっ……」
「随分と気持ち良さそうだな、シン?」
シンはアジトにあるレオンの執務用の机で犯され意識を失ったあと、おそらくレオンが普段使用していると思われる寝室に運ばれ、柔らかなベッドの上で再び繋がっていた。
普段はくっきりとしているはずの思考が滲んで、混ざりあった絵の具のようにぐちゃぐちゃだ。
腹の中に銜えこまされたもので与えられる快感と、圧倒的に支配される快感以外、何も考えられない。
「きもち、いいっ……あっ……」
「いつものお前からは考えられないくらい素直だな。シン、何がイイんだ?」
「レオンのっ……レオンのきもち、いい……んっもっと欲し……っ」
シンの答えはレオンを非常に満足させたようで、にぃっとレオンは口角を上げた。
「上手に言えたな。最高だよ、シン」
「ふぁ……」
汗で湿った髪を撫でられると、猫が喉を鳴らすようにシンの体が甘く震え、シンのものから体液が少し零れた。褒められて達してしまった様子に、レオンは目を細める。
「完全にサブスペースに入ったな。今まで抑制剤で抑えつけていた反動か」
サブスペースというのは、本来ならば信頼のおけるパートナーとでの行為でなければ陥ることはない。信頼するDomに全てを任せ、Subは支配されるがままになるからだ。
だが今、レオンの腕の中で可愛らしく体を摺り寄せるシンは、パートナーどころか、ひどく警戒している対象であるレオンとの行為で、完全にサブスペースに陥ってしまっていた。
抑制剤で長らく本能を抑えつけていたことと、レオンに完全に支配されてしまったことで、シンのSubとしての本能が暴走し、サブスペースに陥ってしまったのだとレオンは推測したようだった。
「ほら、ココと奥、どっち突かれるのがイイ?」
入り口付近の感じるところを、甘やかすようにずくずくと突きながらレオンは尋ねる。
「ああっ……奥……奥、ほし……っレオンの熱いの、もっと……」
サブスペースに入ってしまったシンに、理性など残っていない。
支配されて悦びに震えるシンの濡れた睫毛に、レオンが上手に堕ちたことを褒めるように唇を落とす。
すると、うっとりと閉じられていた瞼が静かに開いた。
いつもは鋭く勝気な光を放つ瞳が快楽に蕩けているのを見て、レオンは満足そうに吐息を漏らす。
「いい子だ、シン。俺もイイ……お前のナカは蕩けそうだ。全部受け止めろよ?」
「あああっ……っ」
全て、王の支配のもとに。
命じられるままにシンは全てを受け止めた。
◆
柔らかで暖かな布団に包まれて、欲求が満たされた幸福感の中、シンは目覚めた。
意識がハッキリしてくるに従って、シンの気持ちは反比例して重く沈んでいった。
「ちっ……」
シンは当然のように裸で隣に眠る美しい獣のような男を見て、苦々しく舌打ちをした。
彼はまるで心ゆくまで食事をした肉食獣のようだ。
自分の記憶力の良さが嫌になるくらい鮮明に、昨夜のことは覚えている。
支配される悦びに負けて散々痴態を曝したあと、意識がない間にレオンの寝室に運ばれた。
自分の口から出た信じられないくらい羞恥に塗れた言葉の数々に、あのときの自分も隣で眠っているレオンも殺してしまいたい。
だが、完全に支配されてしまった体は勝手にレオンを主とみなしているようで、どうやらシンはレオンを殺すことはできなくなってしまったらしい。
Subが本能で主とみなしてしまえば、そのDomに対して殺意を持って攻撃することができなくなってしまう。
それをレオンは知っているのであろう。
警戒心が強いはずの男が、危険なシンの隣でぐっすりと眠っている。
一矢報いたい思いもあるが、男の目が覚めたら何をされるかわかったものではない。
――とにかく、ここから逃げなければ。それで帰って薬を飲まないと。
立ち上がるとドロリとおびただしい量の精液が後ろから零れた。
「……っう……」
――くそっ……レオンの野郎、どんだけ……
枕元のティッシュを引き抜いて拭っても拭っても、白濁は溢れてくる。
何とか流れ出ない程度に処理を終えると、気配を消して自分の衣類を探すが見当たらない。
この際なんでもいい。早く服を着て家に帰り、シャワーを浴びたい。
シンは服を探すことは諦めて、落ちていたレオンのスラックスとシャツに袖を通した。袖も裾も大分余るしウエストもガバガバだけど、裸で帰るわけにも、レオンを起こして服の在りかを聞くわけにもいかない。
気配を消したまま身支度を終え、部屋の扉の暗証番号を迷いなく一度で解除するとシンは部屋から逃げるように飛び出た。するり、と猫のようにしなやかな身のこなし。
我を失ったような状態でここへ運び込まれたが、辛うじて暗証番号を押すレオンの指先は追っていたのだ。
――よし。レオンの側から逃げられれば、あとは楽勝だ。
隠されている部屋とはいえ、何度もこのアジトに来ているシンにとっては、そこから逃げ出すのはそう難しいことではなかった。
しかし忌々しいことに、身に纏ってしまったレオンの衣服のせいで、彼のアジトから抜け出すときでさえも、抱かれているような感覚から逃れることはできなかった。
◇
レオンが目覚めると、隣にシンはいなかった。
「くくっ……シーツに染みいっぱい作って、下着まで置いていったうえに、俺の服着て帰りやがった……ははっ」
シンが逃げたことを知ったのだろう、怯えた様子でユンファンがレオンのもとにやってきた。しかし彼の目に映ったのは、今までで一度も見たことがないほど上機嫌なレオンだった。何なら芸術品のように整った肢体を惜しげもなく曝して、大笑いしている。
「俺に気付かれずにここから出るとは、さすがだよ、シンのやつ」
屈強な男をなぎ倒すことのできるシンを、易々と組み敷いたレオン。いっそ恐ろしいものでも見るような瞳で、ユンファンはレオンを見た。
たしかに、レオンはいついかなるときも敵の刺客や警察に狙われる可能性が高い。ゆえに眠っていても、微細な気配を敏感に察知して目を覚ます。
Domのコマンドを聞き入れ一度主従関係を結んでしまったSubは、本能がそのDomを主であると認識して殺すことができなくなってしまう。
そのことをわかっていたレオンが油断していたことを差し引いても、レオンを出し抜けるやつなどほとんどいやしない。
シンの能力の高さが、そんなところからも窺えた。
「あのぐらいの跳ねっ返りを従わせるほうが、興奮するじゃねぇか」
「ボス、シンを連れ戻しますか?」
くつくつと笑うレオンに、眼鏡のシルバーフレームを指で押し上げながらユンファンが問う。
「いや、構わない……今はまだ」
――今度は何を命じてやろうか。
レオンは暗い悦びに低く笑った。
第二章
頭がおかしくなるほど支配されたあとで、如月と二人で暮らす家に帰ってからは、シンは努めて冷静に振舞った。
そうすることで忌まわしい記憶を消し、レオンとの間に起こったことをなかったことにしてしまいたかった。同時に如月に余計な心労を掛けたくない気持ちも強く、その気力で何とか平静を保っていた。
だが作業部屋に籠り、一人で作業しているともう駄目だった。
『シン、イけ……』
シンの脳内でレオンの命令がリフレインする。
その言葉を思い出すだけで、脳髄まで溶けてしまいそうな快感に襲われたことが蘇る。自身を押さえつけていた指が命令に従って力を失ったと同時に、白濁が溢れだしたときの快感。
『ひ……っ……ぅあ……ぅ』
全てを支配されてイかされながら、体の奥深くに、火傷しそうなほど熱い体液を流し込まれたときの記憶は鮮明だった。そして、最後に大きな手で頭を撫でられ褒められた時の悦楽。
『イイ子だ……シン……』
あのレオンのものとは思えない優しい声で、支配される快楽を体に埋め込まれた。
「っくそ……っ」
如月が寝る隣の部屋で、カタカタと小さな音を鳴らしてパソコンのキーを打っていたシンだが、バンッ、と大きな音を立ててキーボードを叩いた。
情報屋であるシンは、暗殺などの後ろ暗い仕事もこなせるが、実は一番得意なのはハッキングだ。何の痕跡も残さず、どんなコンピューターにも入り込める自信がある。今夜もその仕事を淡々とこなしていたところだった。
それなのに、仕事中にふ……と吐いた自分の息一つで記憶が蘇り、津波のようにシンの体を襲って苦しめる。
圧倒的な快楽の記憶。思い出すだけで体の奥がジンと疼いてどろりと愛液が溢れ、シン自身もゆるりと反応してしまう。
「あ……」
自身の絹糸のような艶やかな髪にシンは両手を突っ込み、ぐしゃぐしゃと掻いた。初めての快楽に沈んだ記憶は家の中で、街の中で、突然現れてはシンを苦しめる。
シンは乱暴にパソコンデスクの引き出しを開けるとアルミシートの錠剤を取り出し、それをミネラルウォーターで流し込んだ。
だがこの抑制剤も効かなくなっているようで、Subのフェロモンは軽減されるものの、綺麗に消えるということがなくなった気がしていた。
――駄目だ、集中できない。
いくつも並ぶモニター画面を乱暴にシャットダウンすると、シンはシャワールームに向かった。
季節外れの冷たいシャワーは不必要な欲望を冷ましてはくれるけど、それが一時的なものに過ぎないことをシンは知っている。
そうだとわかっていても、冷まさずにはいられないほどの欲望に苛まれるのだ。
一度覚えてしまったSubの欲を満たす悦びを忘れたいのに、忘れられない。
「シン」
シャワーを浴び、着替えてハーブティーをカップに注いだところで、如月の声が聞こえた。スリッパの音をパタパタと響かせながら、シンは如月の部屋に滑り込んだ。
「ごめんね恭介さん、うるさかった?」
「大丈夫だ。お前こそまだ起きているのか?」
「ん。ちょっとね。恭介さんもお茶飲みます? ハーブティーだからカフェインレスです」
「貰おうか」
少し掠れた声で呟いた如月の分もカップに注いで用意する。それからベッドの側まで行き、如月の体にそっと手を回して彼の体を起き上がらせた。
腰の辺りにクッションを差し込んで座り心地を良くしてから、お茶の入ったカップを手渡す。
稀代の暗殺者と言われた如月の逞しい腕も、何でも器用にこなす指先も、病のためにすっかり痩せ細ってしまった。
そろそろ入院したほうが良いのはわかっているけれど、お尋ね者の如月を診てくれる闇医者の病院には入院施設などない。
随分と血色が悪くなってしまった唇にカップを当てて、ゆっくりと如月は温かい飲み物を口にする。
「相変わらずこういうの淹れるの、上手いな。シンがいなけりゃこんな体に良さそうなもん一生飲むこともなかった」
如月は静かに笑う。こういう雰囲気は、元気な頃と変わらなくてシンはほっとした。
「恭介さん、酒以外飲み物と思ってなかったですからね」
シンもつられて笑顔になる。
「なぁ、シン」
「なに、恭介さん?」
「お前のSubのフェロモンを抑えるのは、もう限界なんじゃないか?」
気を抜いた瞬間に核心を突くテクニックも相変わらずだ。
不意打ちに、ポーカーフェイスが得意なはずのシンの顔が思わずぎくり、と固まった。
「そ……なこと、は……」
「Subの本能は薬で抑えつけるには限度があるんだよ。だから皆ある程度のところで妥協して、相性がよくて無茶な命令をしないDomをパートナーに選んで発散させている」
「まだ薬も効いているよ、大丈夫」
如月に嘘なんて通じないとわかっているから、シンの視線はどうしても下に向いてしまう。
「……カルディア王国を知っているか?」
「小さいけれど資源が豊かな島国ですよね? それが何か?」
突然の如月の問いかけにシンは頷いて答えた。
「あそこの王室に連絡を取った。俺がお前と会う前に、現国王が王に即位するために手助けしたことがあってな。いつでもお前を引き受け王宮に匿える王子がいる、と返事をもらった」
たしかあの国は未だに一人のDomに大勢のSubが従う文化が残っている。
「行くとしたらその王子とやらのSubとして引き取られるってことですよね? それに連絡を取ったってそんな体でどうやって……」
言葉を途中まで発し、思わずばっとシンが伏せていた顔を上げた。すると、如月の変わらぬ強い瞳と視線が交わる。
「あそこならレオンからも逃げられるだろう」
「……っ……」
他のDomも気付き始めたようで、部屋を見回している。
絶体絶命なのに、Domのグレアにあてられて、「支配してくれ」と跪いて請いそうになるのをギリギリで堪える。体が熱くて燃えそうだ。
――逃げられるか?
じりじりと少しずつ後退りしながら、唯一の出口である扉に近づく。
トン……っ。
何かに当たって恐る恐る振り返ると、運が悪いことにぶつかったのは、アビスの中でもかなり腕の立つ、もう何年もレオンの護衛を務めている男だった。そういえばこの護衛の男も、Domだったはず。
シンから流れ出るSub特有のとろりとしたフェロモンのせいか、男の目は濁り虚ろになっていた。はぁはぁと息を乱し、まさに涎を垂らさんばかりの様子に、シンの心臓がどくりと跳ね上がる。
実にまずい状況だ。ここで理性を失ったDomであるこの男の口から、コマンドが出てしまえば全てはおしまいである。シンがSubであることが明らかになってしまう。
男の唇がシンにコマンドを出すべく、ゆっくりと開いた。もう迷っている場合ではない。シンは一か八かで身を翻した。
「ぐぁぁ……」
目にも止まらぬ早業でシンは男の首を蹴りつける。ぐらりと巨大な体が倒れ伏した。これで外に出るための障害はなくなった。
――よし、とりあえず今逃げられれば、Subであることは隠し通せる。
だが、ドアノブに手をかけようとしたところで、仕立てのいいスーツと、黒のシャツに合わせたシルバーのネクタイで、シンの視界は遮られた。
「コイツを一発で仕留めるとは、さすがだな」
愉しそうに笑うレオンがそこにいた。
「しかし、お前がこんなところで突然本気を出すなんてどういうことだ、シン?」
先ほどまでの不機嫌さは鳴りを潜め、レオンはその唇を愉しそうに歪める。そしてその甘美な低音で訊ねた。
「誰から逃げる気だった?」
冷や汗が背を伝う。
「くっ…………」
シンは腰を落として、渾身の力を込めた拳をレオンに向かって繰り出す。
これ以上ないほどの完璧なスピードとパワーだったが、パシッと音がして難なく手首を押さえ込まれてしまう。そして、ぐいっとレオンに向かって手首を引かれた。
次の攻撃に備えてシンが体を強張らせたところで、シンの耳に唇を寄せたレオンは、これ以上なく愉しそうな笑みを浮かべた。
「『Kneel』」
レオンは腰に響くほど低く色っぽい声で、コマンドを発した。
「……っく………ぅ」
シンはそれに精神力でもって抗おうとするが、圧倒的なDomによるコマンドに体が従いたくてたまらない。全身の血が沸騰しそうに熱くなり、心臓がドクドクと苦しそうに音を立てる。
――やだ、やだ……っいや、なのに……
理性では拒否しているのに。
――支配、されたい……
全身に震えが走りガクリと膝から崩れ、まるで王に仕える下僕のようにレオンの足もとに跪いた。
その屈辱感に体が悦び、全身が熱くなる。
「は……っは……」
やがてシンは跪いた姿勢から膝を開き、床にぺたんと尻をついて座る姿勢を取った。
これはSubがDomに支配されるときにとる基本の姿勢である。
Domのコマンドに従った興奮のあまり、シンの唇から甘ったるい吐息が零れる。屈辱的なこの姿勢が、たまらなく気持ちいい。
美しく黒光りするレオンの靴の先に口付けて、縋りつきたい。
欲求の邪魔をする理性のせいで素直に従えない自分を、ひどくお仕置きしてほしい。
Domを受け入れるために、後孔から体液がとろりと滲み出したのが自分でもわかり、それがさらに体の熱を高める。汗が体を伝う。
コマンドを使われてしまったら、もうダメだった。
生まれて初めてまともに受けたコマンドは、シンにとって甘美すぎた。それもDomの中でも強い力を持つ王のコマンド。とてもじゃないが逆らえないし、抗えない。
レオンの危険性をきちんと理解していなかった自分を呪いたいが、もう遅い。彼の、王の全てを受け入れたいと本能が叫んでいる。
「はは、Kneelだけでこんなに反応するとはな。随分と可愛らしいじゃねぇか、シン。普段の生意気なお前からは想像つかねぇな」
ぐり、と服の上から明らかにわかるほど膨らんだシンの屹立を、レオンは艶やかに磨かれた靴先で押した。
その屈辱的な刺激さえも、シンの体を甘く痺れさせるだけだった。
「ぅあ………」
シンの唇から漏れたわずかな喘ぎは、固唾を呑んで見守る部屋の幹部たちの劣情だけでなく、王であるレオンの火を点けるのにも充分だった。
「まさかシン、お前がSubだったとはな。今の今までまんまと騙されていた。さすがだよ」
そう言うとレオンは、満足そうに高らかに笑った。
「お前を従わせられるのかと思うとゾクゾクするな。俺は優しいから選ばせてやるよ、シン。このまま色んなやつらの目の前で滅茶苦茶に犯されるか、俺と二人きりで優しく抱かれるか……どっちが好みだ?」
「っ……あなたに抱かれるなんて冗談っ」
「はははっ、Subのくせに口がなってねぇな? お前の気の強いところも好みだが、Subとしては躾が必要だな」
笑っているとは思えないくらいその瞳は暗く冷たいのに、燃えるような欲望も見てとれて、シンの鼓動は胸を破りそうなほど強く速まる。
レオンは顔こそ笑っていたが、Subに口答えされてグレアをシンに向けて発していたのだ。それを受けたシンの体はさらに熱く火照る。
言うことを素直に聞けない自分を、お仕置きしてほしい。
「あっ…………」
再び、レオンは足もとに跪くシンの股間に当てた靴の先に、ぐっと力を込めた。痛みと共に甘い感覚が全身に走り、シンの身が震えた。今にも屹立は爆発しそうに張りつめている。
シンから発せられる嬌声とSubのフェロモンに、部屋にいる幹部たちがごくりと唾液を呑み込む音が聞こえてくるようだった。
欲望に塗れたDomたちの視線に曝されて、シンは達してしまうギリギリを耐えていた。
「シン、もう一度選ばせてやる。このまま衆人環視のまま犯されてイかされるか、二人きりで抱かれるか選べ」
――だめだ、もう逃げられない……
本能がどうしようもなく王に従いたいと、切なく訴えてくる。
「ひ……人前は嫌……」
「それがお願いする態度か?」
絞り出すように出されたシンの声にレオンは満足そうに笑うと、悠然と言い放った。シンの本能はどうすればいいのか、知っていた。目の前にある艶やかな靴の先に口付ける。
「……っ誰もいないところで……抱いてくださ……い」
普段の強くてクールなシンを知っている幹部たちは、そのギャップに各々の瞳に劣情を濃く映していた。
「まぁ初めてのおねだりだ。今回は特別にそれで勘弁してやる」
レオンは満足そうにシンに言ったあと、ギラギラとシンを見つめていた幹部たちに振り返った。
「お姫様はこう言っているからな、悪いがお前ら部屋から出てくれ。ユンファン、こいつらにプロのSubを呼んでやれ。俺名義で構わん」
――こんな上等なSubを見せつけられたら治まらんだろう?
そう妖しく笑った。
◆
レオンの部下たちが出ていって二人きりになると、レオンはいつもの革張りの椅子にゆったりと腰を下ろした。
「『Come』だ、シン」
側に来いというコマンドを発せられて、シンは這いつくばっていた床からノロノロと立ち上がりレオンの前までやって来た。
「『Strip』」
「なっ……」
服を脱げという意味のコマンドを冷淡な声で出されて、シンは動揺した声を漏らした。
「命令だ。シン、『Strip』だ。下まで全部脱げ」
更に強めの口調でコマンドを出され、シンの体はレオンに逆らえず、ベルトのバックルを緩めた。羞恥心でことさらゆっくり服を脱いでいるシンを、レオンは面白そうに眺める。
こんなにも屈辱的なのに、コマンドに従うことにシンは深い快楽を得ていた。
「早く脱いじまえ、濡れたままで気持ち悪いだろう?」
シンがノロノロと下着に手を掛けたところで、レオンはくくっと笑う。羞恥でシンの白い肌が桃色に染まるのを、レオンは欲情に満ちた瞳で見つめている。
「俺におねだりした興奮だけでイっちまうとはな。可愛いが、勝手にイくのはお仕置きものだ」
するり、とシンは濡れて不快な下着を脱ぐ。すると黒いシャツの裾から、白く濡れた屹立と太ももを伝う愛液が詳らかになる。
「っ……ぅ……」
恥ずかしいのに、屈辱的なのに、先ほどまでならこんなことは嫌で耐えられないと思っていたはずなのに、今やその理性はどこかに消えてしまった。
どうしても逆らえない。いや、逆らいたくない。体が火照って気持ちいい。
シンが快楽に身を震わせていると、レオンの長い危険な指先がシンの秘処に伸びる。そして何の迷いもなくシンの双丘の狭間に指を挿し込んだ。
「うぁ……っ」
Domを受け入れるためなのか、性感が高まりすぎていたのか、そこは恥ずかしいほどに濡れてレオンの長い指を容易く根元まで呑み込んだ。
「はは、ぐちゃぐちゃに濡れてるぞ、やらしいな。シン」
シンを感じさせるためではなく、ただ己の欲望を受け入れさせるためだけに、レオンは、二本の指を突き入れ乱暴に掻き回す。だが、そこに生じる痛みまでもがたまらなく気持ちいい。
早く自分の全てを支配されたいと思うのが悔しいのに、逆らえない。
「あっ……あっ……」
中を滅茶苦茶に掻き回されて立っていられなくなったシンが縋れるのは、シンを追い詰める圧倒的な王だけ。
がくり、と膝が崩れたシンは今にも達しそうで、思わずレオンの逞しい胸に縋った。
「随分と悦さそうだが、俺の許可なしにイくんじゃねぇぞ」
「あっ……でも……んんっ我慢できな……っ」
レオンは満足そうに口角を上げ、シンの細い指先を手に取る。
一見してどんな屈強な男でさえも倒せるとは思えないほど繊細なシンの指先を、今にもはち切れそうなシン自身の屹立まで導く。
「イかないように自分で根元を押さえておけ」
言われるままに根元を押さえたシンが、涙で濡れた黒曜石のような黒い瞳をレオンに向ける。
イきたくて、おかしくなりそうだ、と訴えるその瞳。
そんな瞳を無視したレオンは、シンの熱く熟れた体内を長く節くれだった指で掻き回す。
「や……イきたいっ……」
「おねだりの仕方を教えたはずだが?」
冷酷に言われ、ぶるりと腰が震えた。
「イかせてくださいっ……お願いしま……す」
シンは抗おうとする理性を抑えてお願いする。しかしレオンは酷薄な笑みを浮かべて、先ほどより一層奥を擦りたてた。ずくり、と奥の堪らなく感じる場所を責められ、シンは何度も身体を震わせた。
「だめだ、シン。『Stay』、このまま我慢しろ」
「な……っ……」
しかしレオンは屈辱に耐えたシンのお願いを、コマンドで一蹴する。
王の命令に逆らえない体はイきたくてたまらないのに、どんなに酷いと思っても自らの屹立を押さえつける手を緩めることができない。
レオンの長い指は、熱く爛れたシンの内部の感触を楽しむように掻き回す。
「ああっやぁ……あっ……」
声を我慢することのできなくなったシンを、レオンは満足そうに見た。
「随分可愛い声で啼くじゃねぇか。これが氷のアサシンと恐れられている奴とはな」
シンがきつく指で根元を押さえるそこからは、先走りの蜜が止めどなく溢れていて、まるで泣いているみたいだ。
「大分柔らかくなったな」
レオンはそう呟くとぬめる隘路からずるり、と指を引き抜いた。
革張りのゆったりとした椅子に腰かけていた男が自身のスーツのスラックスを寛げると、凶悪と言ってもいいほど大きく熱く猛る屹立が現れた。
そして、ゆったりと冷酷に笑ってシンに命じた。
「シン、俺の膝に乗って『自分で入れろ』」
ひゅ……とシンは息を呑んで、否、と首を振った。
いやだ。できない。怖い。
それなのに、シンの火照った体は、男の命令に従いたくて仕方ないようだった。シンの体はギシリと音を立てて、黒革のゆったりとした椅子に腰かけるレオンの腰に跨がった。
許してほしいと潤みきった黒い瞳でレオンの瞳を覗き込むが、許されるはずなどなかった。
「腰、落としてそのまま『入れろ』」
できないとゆるゆると首を振るのに、シンの腰はレオンの言葉どおりにゆっくりと落ちていく。嫌なはずなのに、王のコマンドに従うことはこれ以上ないほどの快感をシンの体に与えていた。
ずっ……と熱く膨らむ先端部分が、濡れそぼった内部に呑み込まれていく。
「あっ……キツいっ」
「っ……狭いな……初めてってわけじゃないだろう?」
ひくり、とシンの体が脈打ち体内のレオンを締め付けた。
「ああっ……」
「答えろ、シン。お前初めてなのか?」
「っ……うぁ」
聞かれながら下から軽く突き上げられ、誰も通ったことのない隘路を少しずつ拓かれる。
「命令だ、『答えろ』」
羞恥で頬に血が上り、命じられたことによる快感がシンの体を包む。
「は、はじ……めて……っあああっ」
シンが答えると、ぐっ……とまた突き上げられた。
「はは、如月の奴、こんな上等なSubを手もとに置いて手ぇ出してなかったのかよ。大事に大事にとっておいて俺に奪われるなんざ、さぞかしベッドの上で悔しがるだろうなぁ」
酷薄な笑みを崩さないレオンは、シンの顎を大きな手で掴み、顔を近づけた。
「処女なんて面倒くせぇと思っていたが、他の野郎のもんが入ったことないオンナだと思うと、気分がいいもんだぜ」
「俺は……っオンナじゃ……ない」
「そんなお前がこれからもっと俺に縋りついてくると思うと、ぞくぞくするくらい痺れるな。初めてお前の『仕事』を見たときも、こんな美人がやったのかと思うと痺れた。全くシン、お前は俺を退屈させない奴だよ」
珍しく高らかに嗤う。
「うぁ……っ」
ずんっ……と下から乱暴に突き上げられ、最奥まで強引に拓かれた。初めての行為に激しい痛みを伴っていたはずなのに、奥まで支配される悦びで我慢できずにシンは達してしまった。
「は……っ……は」
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「誰がイっていいって言った?」
「あ……あ……」
ぶわり、と立ち上がるレオンのグレア。
「お仕置き、だな」
言いつけを守れなかったSubに対する怒りを纏ったそれに、シンは腰から下が砕けたように力が入らなくなってしまう。
レオンは繋がったままシンを抱えあげたかと思うと、乱暴に執務用の机の上にシンを押し倒し、上にのし掛かるような体勢をとった。
「うあああっ」
脚を大きく割り開かれ、その体勢のまま容赦なく奥まで貫かれた。
レオンは、シンの引き締まった脚を掴み、奥を滅茶苦茶に犯す。
男であってもDomを受け入れるようにできているSubの体は、初めての行為のはずなのにそれすらも受け入れてしまう。
苦しいほどに奥を拡げられているのに、おびただしい量の愛液が溢れる。
奥まで貫いたと思うとずるりと先端のギリギリまで引き抜き、そしてまた一気に奥まで拓く激しい動き。
しかも勝手にイかないようにと、シンの屹立の根元はネクタイできつく縛られてしまった。
「ひ、あっ ……ああっ……」
濡れて艶やかな唇から快感のあまり零れる喘ぎ声を、抑えることができない。
「俺がイくまでイくんじゃねぇぞ……っ」
初物特有のきつさがあるにもかかわらず、支配を受け入れたいという本能から、シンの内部は濡れてうねって精を搾り取るような動きをみせる。
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シンの心地よさに酔いしれたようなレオンの声が、シンを狂わせる。
「あ……っ……や……」
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「熱………っ………おなか、あつい……ひ、っうぁ……」
イきたいのに、イけなくて……
苦しいのに……
レオンに従っているのが、この男の腕の中で痴態を曝しているのが、たまらなく気持ちいい。
「あ……っあ……」
閉じることができない唇から、美しい透明の雫が零れる。
「ん、ぐぅ……」
零れたシンの唾液に誘われたのか、レオンは噛みつくように唇を奪い、痛いほどに舌を吸った。食べられてしまうのではないかと思うほど、口付けは荒々しく噛みつくようなものだった。
「っく…………」
レオンもあまりの快感に口付けの隙間から快楽の声を漏らす。
「んっ……ぐ、ぅあ……」
レオンの長い美しい指がするり、とシンの根元をきつく縛っていたネクタイを解くと、勢いよく白濁が噴き出した。
同時に、最奥に火傷しそうに熱いものが放たれて、体の奥を汚された。
全てを出しきると、レオンの掌が信じられないくらい優しい手付きでシンの頭を撫で、聞いたことのないような甘ったるい声で囁いた。
「シン、『Good Boy』だ。合格だよ、お前」
その言葉を聞いて、シンは体の先から髄まで快感と悦びが染み渡るのを感じる。
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「ああっ……あっ……」
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汗で湿った髪を撫でられると、猫が喉を鳴らすようにシンの体が甘く震え、シンのものから体液が少し零れた。褒められて達してしまった様子に、レオンは目を細める。
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いつもは鋭く勝気な光を放つ瞳が快楽に蕩けているのを見て、レオンは満足そうに吐息を漏らす。
「いい子だ、シン。俺もイイ……お前のナカは蕩けそうだ。全部受け止めろよ?」
「あああっ……っ」
全て、王の支配のもとに。
命じられるままにシンは全てを受け止めた。
◆
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◇
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Domのコマンドを聞き入れ一度主従関係を結んでしまったSubは、本能がそのDomを主であると認識して殺すことができなくなってしまう。
そのことをわかっていたレオンが油断していたことを差し引いても、レオンを出し抜けるやつなどほとんどいやしない。
シンの能力の高さが、そんなところからも窺えた。
「あのぐらいの跳ねっ返りを従わせるほうが、興奮するじゃねぇか」
「ボス、シンを連れ戻しますか?」
くつくつと笑うレオンに、眼鏡のシルバーフレームを指で押し上げながらユンファンが問う。
「いや、構わない……今はまだ」
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レオンは暗い悦びに低く笑った。
第二章
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シンの脳内でレオンの命令がリフレインする。
その言葉を思い出すだけで、脳髄まで溶けてしまいそうな快感に襲われたことが蘇る。自身を押さえつけていた指が命令に従って力を失ったと同時に、白濁が溢れだしたときの快感。
『ひ……っ……ぅあ……ぅ』
全てを支配されてイかされながら、体の奥深くに、火傷しそうなほど熱い体液を流し込まれたときの記憶は鮮明だった。そして、最後に大きな手で頭を撫でられ褒められた時の悦楽。
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言葉を途中まで発し、思わずばっとシンが伏せていた顔を上げた。すると、如月の変わらぬ強い瞳と視線が交わる。
「あそこならレオンからも逃げられるだろう」
「……っ……」
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今迄のお話で完結はしています。なので以降はレイの心情深堀の形となりますので、章を分けて表示します。
1話目はちょっと暗めですが………。
宜しかったらお付き合い下さいませ。
多分、10話前後で終わる予定。軽く読めるように、私としては1話ずつを短めにしております。
ストックが切れるまで、毎日更新予定です。
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