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番外編SS
猫
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※あなたのものにはなりたくない本編完了後シオンが生まれる少し前の話になります。
朝の光が眩しく店内に注ぎ込む時間。漁を終えた漁師達が続々と休憩を取りに小さな喫茶店にやってくる。
「今日は大漁だったな」
「潮の流れがレオンの言うとおりだったよ」
賑やかな漁師達の声。
作業が手早いレオンはいつもなら他の漁師達より一足早く帰ってきて、静かに定位置で新聞に目を通しながら珈琲を飲んでいる。
そのレオンが珍しくシンと並んでカウンターの奥に立っていた。
仲睦まじい様子かと思いきや。
「本当に邪魔なんですけど……いつもどおり偉そうに座ってて下さいよ……」
漁師達は耳にしたことがないようなシンの苦々しい声。
「……いい加減言うこと聞いたらどうだ? 椅子に座りながらやれ」
「俺に言うこと聞かせようとするのやめてもらえます? 自分で判断でやりますから。そもそも椅子に座りながらなんて仕事出来るかっつーの」
いつもは耳に甘いデシベルのシンの声がぐっと低く響く。
「言うこときかねぇなら、店休業にさせるぞ?」
「はぁ? あなたに何の権限があって? 店を開けるか閉めるかあなたに指図される覚えはないですから」
入り口で固まっている客達に、彼らの小さな息子が寄ってくる。
「いつものおせき、どうぞ」
二人の険悪な様子は嵐の海も超えてきた漁師達をも震え上がらせるほどで、出来れば回れ右して帰りたいところだが、小さく可愛い店員さんに席を勧められては断り難く、皆のろのろと席に着いた。
「皆さん、お疲れ様。モーニングどれにします?」
不機嫌の塊と化したレオンを他所に、夏バテなのか、少し痩せてぐっと色気を増したシンがにっこりと微笑んだ。
「今日のモーニングはトーストと珈琲のセット一択だ」
シンの声に被せるようにレオンが言った。
「通常どおりスクランブルエッグもパンケーキもフレンチトーストもやってます。飲み物も珈琲、紅茶、カフェラテ、アイスでもホットでも大丈夫です」
ブリザードのような空気を纏わせて言ったレオンを更に遮るように、シンが滔々と言う。
チッとレオンから舌打ちが聞こえて、その恐ろしさに客達は震え上がった。
唯一レオンの怒気を気にしない可愛い小さな店員が、客達の前に水の入ったグラスをニコニコと置いて回る。
「あ……じゃあトーストと珈琲で……」
一人が震える小さな声でオーダーすると「俺も……」と皆後に続いた。
今度はシンからチッと舌打ちが聞こえた。
「あなたが余計なこと言うから皆さん遠慮して好きに注文出来なくなっちゃったじゃないですか」
「全員トーストが食いたかっただけだろうが」
しれっと言い返したレオンがシン拘りのトースターの中に近所のパン屋から仕入れている厚切りトーストを入れながら言う。レオンに「なぁ?」と同意を求められては全員必死に縦に首を降るしかなかった。
「すみません。お客様に気を使わせるなんて」
言いながら珈琲をテーブル席に運ぼうとするシンを遮ってレオンが珈琲を運んだ。
「だから……っ出来ますって」
「珈琲零れる。大人しくしてろ」
珈琲を奪い返そうとするシンを、レオンは片手でいなしながらそう返した。
レオンが珈琲を運んでいるうちに、小さなレンがレオンに続いてバターやジャムを小皿にセッティングしてバターナイフと共に並べていく。
その様子を見て、拗ねたようにくちびるを尖らせたシンが、ちょうどよくこんがりと焼けたパンを皿に載せる。
冷えきった空気がわずかに和らいだような気がして、客達がほっと息を吐いたときだった。
ガタンっ
大きな音がカウンターから聞こえた。
「シンっ……」
くらりと倒れかけたシンの躯が床に叩きつけられる前に何とかレオンが支えた。
「だから無理すんなっつったろうが」
腕の中にすっぽりとおさまったシンの顔色は真っ青だ。
「……すいません……」
シンの消え入りそうな声が心配する空気で包まれた店の中に小さく弾けた。
「レン、パン全部焼けたからお前が運んでおけ」
「はぁい」
レオンに応えるレンの元気な声が店に響いた。
「今日は悪かったな。悪いがシンを休ませてくるからここを空ける。今日の代金はいらない。適当に食って喋ってってくれ。帰るときも皿はそのままで構わん」
そう言うとレオンはシンを抱き上げて2階の部屋に上がって行った。
*****
思ったよりずっとずっと優しくふわりとベッドの上に置かれた。
それさえもシンは面白くなくて、ぷいっとレオンに背を向ける。
完全な八つ当たりだと分かってる。
今日は店を閉めて休んだ方がいいとレオンは言ってから漁に出た。
言うことを聞けばよかったのに、聞きたくなくて無理に店を開けた。
その結果客の前で倒れるし、本当に最悪だ。
イライラするし、ムカムカする。
「今朝は何か食えたのか?」
未だにイライラして仕方がない。レオンの声はいつもより角を優しく削ぎ落としたような柔らかい。それさえもシンは気に入らない。
「別に。食っても吐くし。だったら食わない方がマシです」
思いっきり刺々した声で返事すると、レオンは一旦部屋を出て行ってしまった。
一人にして欲しかったけど、一人も嫌だった。でも一緒にいて欲しいなんて、口が裂けても言えない。
苛々と枕に八つ当たりをしていると、再び扉が開いてレオンが現れた。
シンの苛々した様子など全く気にも止めずに、手にしていたピッチャーからグラスに水を注いだ。
「飲めるか?」
輪切りのレモンとミントを浮かべたグラスを目の前に掲げられる。
シンは何もかも気に入らなくてイライラしてしまうが、すっきりと涼やかな見た目をしたグラスには思わず指が伸びた。
「ぬるい」
礼も言わずにひと口水を飲んでシンは顔を顰めた。
「お前の手も足も氷みてぇに冷たい。ぬるいので我慢しろ」
ぬるいけれどレモンとミントでさっぱりするそれ。
氷でキンキンに冷えたものを飲みたかったが、ぬるいそれは穏やかに体に染み入った。
少しずつ水を飲むシンの姿に、レオンがらしくなく静かに安堵の吐息を吐いた。
「別にしばらく飲み食いしねぇくらいで死にません」
また尖った声と言葉をシンは吐き出すと、グラスをベッドサイドに置いてブランケットにくるりとくるまって、再びレオンに背を向けるように横たわった。
「ちょっ……入ってくんなっ……」
ブランケットを捲って、レオンがベッドの中に潜り込んできた。
「うるせぇな。静かにしろ」
言葉は乱暴なくせに、その声はひどく甘くて、この男もこんな声を出せたのかと驚くほど。
レオンの温かい掌が躯に回される。首と布団の隙間に右腕が差し込まれちょうど心地よい場所にぴたりと落ち着く。反対の左手は、シンのボトムスを緩めて下腹にそっと充てられる。
「ふ、ぅぅ……」
掌の温かさが冷えた体にじんわりと滲むのがたまらなく気持ち良くて、シンは思わず声を漏らしてしまった。
その声にレオンが静かに笑った気配が感じられて、シンの顔の傍にあったレオンの右手を取るとその長い指に軽く噛みついた。
「お前は猫か」
幸せそうな甘味を帯びるレオンの声。
「うるさい、うるさい、うぅ……むかつく」
嫌になるほど男らしい色気を纏った指をまたカブリ、と噛んでやった。
軽く歯形が付いたのに、シンは満足して歯形のところにちろちろと舌を這わす。
「……誘ってんのか?」
低い声で尋ねられる。
「そうかも」
シンが投げ槍にそう返すと、掌がいっそう優しく下腹を撫でた。
「もう少し食えるようになったらな」
ぴたりと隙間なく抱き締められているとゆるりと兆したものがシンの尻に当たっているのがわかるのに、砂糖をまぶしたような声でそんなことを言うレオン。
「やだ。今ヤりたい。めちゃくちゃにされたい」
イライラして胸の中が苦しい。気持ち悪いし目眩もする。何もかもわからなくして欲しい。
「本当に今めちゃくちゃにヤったら泣くくせに」
諭すような声も気に食わない。
「泣かねぇし。ばぁか」
もう一度レオンの指にシンは噛みついた。
「いて……ほら、イイコにしてろ。少し寝るぞ」
すり……と下腹を撫でられて、掌が温かいせいで、じわっとシンの目に涙が浮かんだ。
「眠くない」
「俺は眠ぃ。付き合え」
顔を見てないくせに涙が滲んだのがわかったのか、軽い歯形の付いた指先が目尻に触れて滴を掬った。
「……俺が昨夜吐いて面倒見るのが大変だったからですよね」
「別に大変じゃねぇよ。あんときは素直で可愛かったしな」
「今は可愛くなくて悪かったですね」
「これはこれで……なんかぐっとクる……」
耳の奥にレオンの低音が甘く響く。
「はぁ? 訳わかんね。八つ当たりされてんのに? 変態」
「俺がノーマルに見えるか?」
甘い声が笑いを帯びる。
「……見えない……」
シンが言うと楽しそうにレオンは今度こそ声を出して笑った。
「ほら、寝るぞ。目ぇ閉じてるだけでも休まるから、目瞑れ」
「でも……下にレン置いてきたままだし……」
「あ? 誰か面倒見てんだろ。一人だったとしても、レンなら皿でも洗って適当に遊んでるだろうしな」
そのとき階下の店から楽しそうな笑い声が聞こえてきた。
下腹に触れている掌はいっそう優しくなり、冷えた体を包む体温が温かく心地よくてシンは躯が求めるままに重たい瞼を下ろした。
頬や耳に唇の感触が下りてきたのを感じながら、シンは温かい眠りの海にゆっくりとその身を沈めていった。
「シンどこか体調悪いのか?」
レオンがシンを二階に抱き抱えて上がったのち、心配そうな表情を浮かべた常連客の一人がレンからトーストを受け取って尋ねた。
「ううん。シンいっぱい吐いてご飯食べられないけど病気じゃないよ」
レンが無邪気に答える。
「いや、でも食事もできずに吐いてるって……」
そういえば、ここのところ大分ほっそりとしたシンの体のラインを思い出しながら男達はレンには分からないように視線で会話する。
そんな客達の様子に気付くことなくレンは満面の笑みを浮かべて言った。
「ぼく、もうすぐお兄ちゃんになるんだよ! お腹に赤ちゃんいるからシン気持ち悪いんだって。つわりだってレオン言ってた!」
「あぁ……そういうこと!」
客達は全てのことを納得したというように皆静かに何度も頷いた。
*******
いつも作品を読んで下さりありがとうございます。
近況ボードやTwitterにて既にお知らせ済みですが、
2016年にpixiv、2020年にアルファポリスに掲載して以来、長い間皆様に愛していただきました『あなたのものにはなりたくない』は『孤狼のSubは王に愛され跪く』と改題し、アルファポリスのBLレーベルであるアンダルシュ様より2022年9月に書籍化することとなりました。
番外編含めまして9万字ほどの作品ですが、こちらに掲載しているもののおよそ倍の文量に加筆し、よりスリリングでセクシーな作品に仕上げることができたと思います。新しいエピソードをたっぷり加えたので、これまでこの作品を愛して下さり、何度も読んでいただいた方にも十分に楽しんでいただけると自信を持って言えます。
また、今回書籍化が決まりましたが、今後の活動につきましては、書きたいものをweb上にフリーで上げていくこれまでのスタイルと変わりないと思います。引き続きアルファポリスやTwitterなどフォローしていただき、新作チェックしていただけたら嬉しいです。
本文はもう少しだけこちらに掲載予定ですが、時期がきましたら書籍掲載部分は下げることになります。
ご了承下さい。
2022.8ゆなな
朝の光が眩しく店内に注ぎ込む時間。漁を終えた漁師達が続々と休憩を取りに小さな喫茶店にやってくる。
「今日は大漁だったな」
「潮の流れがレオンの言うとおりだったよ」
賑やかな漁師達の声。
作業が手早いレオンはいつもなら他の漁師達より一足早く帰ってきて、静かに定位置で新聞に目を通しながら珈琲を飲んでいる。
そのレオンが珍しくシンと並んでカウンターの奥に立っていた。
仲睦まじい様子かと思いきや。
「本当に邪魔なんですけど……いつもどおり偉そうに座ってて下さいよ……」
漁師達は耳にしたことがないようなシンの苦々しい声。
「……いい加減言うこと聞いたらどうだ? 椅子に座りながらやれ」
「俺に言うこと聞かせようとするのやめてもらえます? 自分で判断でやりますから。そもそも椅子に座りながらなんて仕事出来るかっつーの」
いつもは耳に甘いデシベルのシンの声がぐっと低く響く。
「言うこときかねぇなら、店休業にさせるぞ?」
「はぁ? あなたに何の権限があって? 店を開けるか閉めるかあなたに指図される覚えはないですから」
入り口で固まっている客達に、彼らの小さな息子が寄ってくる。
「いつものおせき、どうぞ」
二人の険悪な様子は嵐の海も超えてきた漁師達をも震え上がらせるほどで、出来れば回れ右して帰りたいところだが、小さく可愛い店員さんに席を勧められては断り難く、皆のろのろと席に着いた。
「皆さん、お疲れ様。モーニングどれにします?」
不機嫌の塊と化したレオンを他所に、夏バテなのか、少し痩せてぐっと色気を増したシンがにっこりと微笑んだ。
「今日のモーニングはトーストと珈琲のセット一択だ」
シンの声に被せるようにレオンが言った。
「通常どおりスクランブルエッグもパンケーキもフレンチトーストもやってます。飲み物も珈琲、紅茶、カフェラテ、アイスでもホットでも大丈夫です」
ブリザードのような空気を纏わせて言ったレオンを更に遮るように、シンが滔々と言う。
チッとレオンから舌打ちが聞こえて、その恐ろしさに客達は震え上がった。
唯一レオンの怒気を気にしない可愛い小さな店員が、客達の前に水の入ったグラスをニコニコと置いて回る。
「あ……じゃあトーストと珈琲で……」
一人が震える小さな声でオーダーすると「俺も……」と皆後に続いた。
今度はシンからチッと舌打ちが聞こえた。
「あなたが余計なこと言うから皆さん遠慮して好きに注文出来なくなっちゃったじゃないですか」
「全員トーストが食いたかっただけだろうが」
しれっと言い返したレオンがシン拘りのトースターの中に近所のパン屋から仕入れている厚切りトーストを入れながら言う。レオンに「なぁ?」と同意を求められては全員必死に縦に首を降るしかなかった。
「すみません。お客様に気を使わせるなんて」
言いながら珈琲をテーブル席に運ぼうとするシンを遮ってレオンが珈琲を運んだ。
「だから……っ出来ますって」
「珈琲零れる。大人しくしてろ」
珈琲を奪い返そうとするシンを、レオンは片手でいなしながらそう返した。
レオンが珈琲を運んでいるうちに、小さなレンがレオンに続いてバターやジャムを小皿にセッティングしてバターナイフと共に並べていく。
その様子を見て、拗ねたようにくちびるを尖らせたシンが、ちょうどよくこんがりと焼けたパンを皿に載せる。
冷えきった空気がわずかに和らいだような気がして、客達がほっと息を吐いたときだった。
ガタンっ
大きな音がカウンターから聞こえた。
「シンっ……」
くらりと倒れかけたシンの躯が床に叩きつけられる前に何とかレオンが支えた。
「だから無理すんなっつったろうが」
腕の中にすっぽりとおさまったシンの顔色は真っ青だ。
「……すいません……」
シンの消え入りそうな声が心配する空気で包まれた店の中に小さく弾けた。
「レン、パン全部焼けたからお前が運んでおけ」
「はぁい」
レオンに応えるレンの元気な声が店に響いた。
「今日は悪かったな。悪いがシンを休ませてくるからここを空ける。今日の代金はいらない。適当に食って喋ってってくれ。帰るときも皿はそのままで構わん」
そう言うとレオンはシンを抱き上げて2階の部屋に上がって行った。
*****
思ったよりずっとずっと優しくふわりとベッドの上に置かれた。
それさえもシンは面白くなくて、ぷいっとレオンに背を向ける。
完全な八つ当たりだと分かってる。
今日は店を閉めて休んだ方がいいとレオンは言ってから漁に出た。
言うことを聞けばよかったのに、聞きたくなくて無理に店を開けた。
その結果客の前で倒れるし、本当に最悪だ。
イライラするし、ムカムカする。
「今朝は何か食えたのか?」
未だにイライラして仕方がない。レオンの声はいつもより角を優しく削ぎ落としたような柔らかい。それさえもシンは気に入らない。
「別に。食っても吐くし。だったら食わない方がマシです」
思いっきり刺々した声で返事すると、レオンは一旦部屋を出て行ってしまった。
一人にして欲しかったけど、一人も嫌だった。でも一緒にいて欲しいなんて、口が裂けても言えない。
苛々と枕に八つ当たりをしていると、再び扉が開いてレオンが現れた。
シンの苛々した様子など全く気にも止めずに、手にしていたピッチャーからグラスに水を注いだ。
「飲めるか?」
輪切りのレモンとミントを浮かべたグラスを目の前に掲げられる。
シンは何もかも気に入らなくてイライラしてしまうが、すっきりと涼やかな見た目をしたグラスには思わず指が伸びた。
「ぬるい」
礼も言わずにひと口水を飲んでシンは顔を顰めた。
「お前の手も足も氷みてぇに冷たい。ぬるいので我慢しろ」
ぬるいけれどレモンとミントでさっぱりするそれ。
氷でキンキンに冷えたものを飲みたかったが、ぬるいそれは穏やかに体に染み入った。
少しずつ水を飲むシンの姿に、レオンがらしくなく静かに安堵の吐息を吐いた。
「別にしばらく飲み食いしねぇくらいで死にません」
また尖った声と言葉をシンは吐き出すと、グラスをベッドサイドに置いてブランケットにくるりとくるまって、再びレオンに背を向けるように横たわった。
「ちょっ……入ってくんなっ……」
ブランケットを捲って、レオンがベッドの中に潜り込んできた。
「うるせぇな。静かにしろ」
言葉は乱暴なくせに、その声はひどく甘くて、この男もこんな声を出せたのかと驚くほど。
レオンの温かい掌が躯に回される。首と布団の隙間に右腕が差し込まれちょうど心地よい場所にぴたりと落ち着く。反対の左手は、シンのボトムスを緩めて下腹にそっと充てられる。
「ふ、ぅぅ……」
掌の温かさが冷えた体にじんわりと滲むのがたまらなく気持ち良くて、シンは思わず声を漏らしてしまった。
その声にレオンが静かに笑った気配が感じられて、シンの顔の傍にあったレオンの右手を取るとその長い指に軽く噛みついた。
「お前は猫か」
幸せそうな甘味を帯びるレオンの声。
「うるさい、うるさい、うぅ……むかつく」
嫌になるほど男らしい色気を纏った指をまたカブリ、と噛んでやった。
軽く歯形が付いたのに、シンは満足して歯形のところにちろちろと舌を這わす。
「……誘ってんのか?」
低い声で尋ねられる。
「そうかも」
シンが投げ槍にそう返すと、掌がいっそう優しく下腹を撫でた。
「もう少し食えるようになったらな」
ぴたりと隙間なく抱き締められているとゆるりと兆したものがシンの尻に当たっているのがわかるのに、砂糖をまぶしたような声でそんなことを言うレオン。
「やだ。今ヤりたい。めちゃくちゃにされたい」
イライラして胸の中が苦しい。気持ち悪いし目眩もする。何もかもわからなくして欲しい。
「本当に今めちゃくちゃにヤったら泣くくせに」
諭すような声も気に食わない。
「泣かねぇし。ばぁか」
もう一度レオンの指にシンは噛みついた。
「いて……ほら、イイコにしてろ。少し寝るぞ」
すり……と下腹を撫でられて、掌が温かいせいで、じわっとシンの目に涙が浮かんだ。
「眠くない」
「俺は眠ぃ。付き合え」
顔を見てないくせに涙が滲んだのがわかったのか、軽い歯形の付いた指先が目尻に触れて滴を掬った。
「……俺が昨夜吐いて面倒見るのが大変だったからですよね」
「別に大変じゃねぇよ。あんときは素直で可愛かったしな」
「今は可愛くなくて悪かったですね」
「これはこれで……なんかぐっとクる……」
耳の奥にレオンの低音が甘く響く。
「はぁ? 訳わかんね。八つ当たりされてんのに? 変態」
「俺がノーマルに見えるか?」
甘い声が笑いを帯びる。
「……見えない……」
シンが言うと楽しそうにレオンは今度こそ声を出して笑った。
「ほら、寝るぞ。目ぇ閉じてるだけでも休まるから、目瞑れ」
「でも……下にレン置いてきたままだし……」
「あ? 誰か面倒見てんだろ。一人だったとしても、レンなら皿でも洗って適当に遊んでるだろうしな」
そのとき階下の店から楽しそうな笑い声が聞こえてきた。
下腹に触れている掌はいっそう優しくなり、冷えた体を包む体温が温かく心地よくてシンは躯が求めるままに重たい瞼を下ろした。
頬や耳に唇の感触が下りてきたのを感じながら、シンは温かい眠りの海にゆっくりとその身を沈めていった。
「シンどこか体調悪いのか?」
レオンがシンを二階に抱き抱えて上がったのち、心配そうな表情を浮かべた常連客の一人がレンからトーストを受け取って尋ねた。
「ううん。シンいっぱい吐いてご飯食べられないけど病気じゃないよ」
レンが無邪気に答える。
「いや、でも食事もできずに吐いてるって……」
そういえば、ここのところ大分ほっそりとしたシンの体のラインを思い出しながら男達はレンには分からないように視線で会話する。
そんな客達の様子に気付くことなくレンは満面の笑みを浮かべて言った。
「ぼく、もうすぐお兄ちゃんになるんだよ! お腹に赤ちゃんいるからシン気持ち悪いんだって。つわりだってレオン言ってた!」
「あぁ……そういうこと!」
客達は全てのことを納得したというように皆静かに何度も頷いた。
*******
いつも作品を読んで下さりありがとうございます。
近況ボードやTwitterにて既にお知らせ済みですが、
2016年にpixiv、2020年にアルファポリスに掲載して以来、長い間皆様に愛していただきました『あなたのものにはなりたくない』は『孤狼のSubは王に愛され跪く』と改題し、アルファポリスのBLレーベルであるアンダルシュ様より2022年9月に書籍化することとなりました。
番外編含めまして9万字ほどの作品ですが、こちらに掲載しているもののおよそ倍の文量に加筆し、よりスリリングでセクシーな作品に仕上げることができたと思います。新しいエピソードをたっぷり加えたので、これまでこの作品を愛して下さり、何度も読んでいただいた方にも十分に楽しんでいただけると自信を持って言えます。
また、今回書籍化が決まりましたが、今後の活動につきましては、書きたいものをweb上にフリーで上げていくこれまでのスタイルと変わりないと思います。引き続きアルファポリスやTwitterなどフォローしていただき、新作チェックしていただけたら嬉しいです。
本文はもう少しだけこちらに掲載予定ですが、時期がきましたら書籍掲載部分は下げることになります。
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2022.8ゆなな
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