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しおりを挟む『北村……? 企画部の』
『はい。そうですけど』
『な、なんで俺の名前……』
『なんでって……定例会議でいつも一緒じゃないですか』
『いや、そうだけど』
本部の定例会議は100人近くが参加している。本部1のモテ男と呼ばれる北村は有名人だから俺の方はもちろん顔と名前は知っていたが、向こうがこちらの顔を知っていたのが驚きだった。
外回りで一日中外出していることも多く、オフィスに滞在する時間はごくわずかだ。
不思議に思っていると、北村は呆れたように言った。
『俺が新人だったころ、よく会議の設営手伝ってくれてましたよね?』
『そうだったか?』
色々な会議に参加をしているから、どの会議準備を手伝ったかはよく覚えていない。
『手伝ってくれたの、篠崎さんだけだったんでよく覚えてます』
『そ、そうか』
『仕事熱心で真面目な人っていうイメージがあったんで、篠崎さんがこんなことしてるのは驚きでした』
北村は、落とした俺のスマホを拾い上げ、そこに映った画面を見ながら言った。
顔こそ映していないが、裸同然の際どい写真と共に「今夜抱いてくれる相手を募集しています」と書かれてあり、羞恥に震えた。
『……か、会社には、その……』
自業自得とはいえ、もしこんなことが会社にバレてクビになったらおしまいだ。ただでさえ、貯金のほとんどを持ち去られ、一文無しに近い状態になってしまったのに。
『言いません。言っても俺にメリットはありませんから』
『……あ、ありがとう』
震えながら礼を言うと、北村は深い溜息を吐いた。
『バレちゃまずいのに、なんでこんな会社の近くのホテルでヤッてるんですか? 大体、いくらその日限りの相手でも、SNSなんかで探したらヤバいやつしか来ないと思いますよ』
『……そうだな』
最初からちゃんとした相手など探すつもりはなかった。自暴自棄の果ての自傷行為みたいなものだった。誰でもいいから体温を感じたかった。そうしなければ怒りと苦しみと悲しみで狂ってしまいそうだった。
『もう絶対しない。手軽に男とセックスがしたかっただけなんだけど、代償が大きすぎるな』
同棲していた男にフラれて、金を全て奪われたなどと言いたくなくて、わざと性に放埒な風を演じる。
すると北村は、しばらく何か考え込んだ後に不意に言った。
『俺で良かったら相手になりましょうか』
『え?』
正気で言っているのかと目を見張った。
『俺もそういう相手を探してたんです。割り切った関係の相手』
『いや、でも俺……男だけど……』
『ああ、俺別にゲイじゃないですよ。……でも、篠崎さんならいけるんで』
いける気がするではなく、いけると言い張ったことに違和感を覚える。
『なんでだよ。俺中肉中背の普通の男だぞ』
女性みたいに綺麗とか可愛い系とかならともかく、元交際相手にも綺麗だと言われたことも一度もない。
これほど顔のいい男ならわざわざ対象外の男を抱かなくても、相手は引く手あまただろう。
『お前なら、いくらでも相手はいるだろ? なんでわざわざ……対象外の男なんか抱こうとするんだ』
また騙されているのではないかと思うと、ズキズキと胸が痛くなる。
こちらの警戒を察知すると、北村は大した理由ではないというように肩を竦める。
『身内は関係が拗れた時に面倒でしょう。匿名の相手だとリスクがありますし。その点、俺達は程ほどの距離感です。同じ会社の人なら身元もしっかりしてるし。篠崎さんなら仕事ぶりも知ってるから、根っから変な人じゃないっていうのは分かってますから』
北村は再度スマホに映った俺の際どい写真を見ながら『その方があなたにとっても安全だ』と言った。
『篠崎さん的にはどうなんですか? 俺は。生理的に無理ですか?』
『……むしろカッコイイと思うけど』
『じゃあいいじゃないですか。誰でも良いっていうなら俺が相手でも』
ね、と笑った顔が凶悪なぐらい整っていて綺麗で、俺は思わず反射的に頷いていた。誰でもいいから、体温を感じたい。
その日を境に、俺は北村と、いわゆるセフレという関係になった。
関係を持つ日は本部の定例会議のある金曜だけ。どこで会うかは定例会議の日にメモで直接伝えることにして、LINEの交換もメールアドレスの交換もしていない。
本当に身体だけの後腐れない関係だ。
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