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番外その3-ギル編『かっこいいままでいさせて』

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「うわっ、びっくりした!」

手を両手を握られたまま困ったように立ち尽くしていたシュリが、突然身を起こしたギルベルトに驚いて毛を逆立てた。

やばい、悪い、ごめん。

そんな言葉が一斉に噴き出してきたが、それよりも先に襲われた物凄い頭痛にうめき声が漏れる。

「いてえ……」
「大丈夫か!?」

シュリが心配そうに水差しの水をコップに注いでくれた。

「悪い……」
「俺が飲め、なんて言ったのが悪いんだ」

シュン、と耳を下げてシュリがコップを差し出す。結露のついたコップに、二つの肉球の跡がくっきりとついていることに気づくと、こんな状況にも関わらず胸がときめいた。

冷たい水を飲み干すと、もういっそ捨ててしまいたい記憶がじわじわと思い出されてくると、自己嫌悪のあまりこのままどこかに亡命したいような気になった。

「ごめんな。具合、平気か?」

心配そうにのぞき込んでくるシュリは、耳がなくなったのではないかと思うほどぺたんこになっていて、尻尾はせわしなく揺れていた。

(可愛すぎて押し倒したくなる……)

まだ酒が完全に抜けきっていない緩んだ思考が、率直な感想を述べた。そして、今更ながら二人きりだということを思い出し、急に心臓がドクンと大きな音を立てた。

(あのへらへら野郎、ピグルテ飛ばしにどこまで言ってやがるんだよ)

このタイミングで自分達を二人きりにしたコンラートに逆恨みしながら、視界の端でゆらゆらと誘惑するように動く尻尾から目を逸らした。

(とにかく、今沈黙はまずい。なんでもいいから、何か話題はないか?)

無言になったら、その途端に妙な気を起こしそうで、ギルベルトは必死に話題を探した。

「あ、あー……そう言えば、ミショー先生は元気か?」
「えっ? ああもちろん」

シュリは突然、全然違う話題を振ってきたギルベルトに一瞬驚いたが、大好きな恩師の話になると小さな牙をちらりと見せて笑い、頷いた。

「最近はトロピックダンスっていう南国のダンスにはまってるみたいで、俺もよく一緒にやるんだ。こうやってリズムよく踊るんだぞ」

手を叩いても、肉球のせいか音が出ないのだが、シュリは拍手でワンツーとリズムを取りながら目の前で尻尾を揺らして可愛らしいダンスを踊った。

(あー……やべー可愛いすぎる……ヤりてー……)

ダメだ。全ての思考が下半身に直結してしまう。気を取り直して話題を変えることにした。

「……じゃあ、エルンスト先生は?」
「……エルンスト先生は、最近、聖魔法の研究をしてるぞ」
「え? なんでまた」

するとシュリは少しだけ顔を俯けて言った。

「〝あの時〟俺が失ったもの全部、リュカが聖魔法の代償で取り返してくれただろ? 多分……ミショー先生の顔と体を、取り返したいんだと思う。俺も今、一緒に勉強してる。適性はないけど……なにか、手がかりがあるんじゃないかって、リュカにも色々教えて貰ってる」
「………」

闇魔法士の第一人者であるエルンストが、聖魔法を学ぶ。並大抵のことではないと思うが、彼の気持ちは痛い程分かった。

「そうか。……俺も、時間を見つけて勉強してみる」
「ありがとう。ギルは俺より適正あるからな」
「まあ、そうだな。一番得意ってワケでもねーけど。ミショー先生は恩人だから、俺も出来る限りのことをしたい」

それからどうにかぎこちなくも、普通に会話を続けられてホッとしていると、途中でシュリの大きな耳がピコピコとせわしなく動き出し、どこか落ち着かない様子になった。よく見ると少し頬も赤い。

(?)

どうしたのだろう。真面目で真摯な彼は、いつも会話中上の空ということがないため珍しい。
だが、すぐにギルベルトはその理由が分かった。

「……っ、アン! だ、め……っ」

隣の部屋からだろう。ギシギシとベッドが揺れる音と共に、女の嬌声が聞こえてきた。
カップルか娼婦か分からないが、とにかく、隣の部屋で確実にセックスが始まったらしい。しかもそれが、こっちに筒抜けで聞こえてきている。
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