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番外その3-ギル編『かっこいいままでいさせて』
3.
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(あ、悪魔め……)
ただでさえ飲みたい酒を我慢しているというのに、こんなに可愛い顔で誘惑してくるとは。
だが、己の剣にかけて誓ったのだ。シュリの前で絶対に酒は飲まないと。
シュリもすでに少し酔っているのだろう。
「なあなあギルー」と、肉球をギルベルトの腕の上に乗せて揺さぶってくる。
とろーんとした目で見つめられ、プニッとした肉球を押し付けられた途端、鋼鉄の意思が、まるで粘土のようにぐにゃりと曲がった。
「チッ、しょうがねえな。……一杯だけだからな」
(しょうがなくねえだろおおお)
耳を下げて上目遣いにお願いされただけで、己の剣との誓いをいともたやすく破ってしまった。
心の中で反射的に自分の頬をぶん殴る。
「よっしゃーー! そうこなくっちゃ! すみませーん! 大ジョッキ1つお願いしまーす!」
コンラートが大声で店主に声をかけた。
「お客さん、よく来てくれるから大サービスだよ」
店主はコンラートに余計な気配りをして、大ジョッキを人数分の3つ運んできた。
「せっかくだから、カンパイしよう」
シュリが赤い顔でジョッキを掲げ、コンラートがそれに景気よく自分のジョッキをぶつけた。
「ほらー、センパイも」
「………」
ゴンッと音を立ててぶつけるようにコンラートのジョッキに八つ当たりをすると、ヤケになってそれを飲み干した。
「キャー! センパイかっこいいー! 男らしいー!」
「お、俺も負けないぞ!」
「いや、シュリたんはやめときな……もう目が座ってるよ。店員さんすみませーん、水くださーい!」
コンラートは慌ててシュリの手から大きなジョッキを取り上げると、机の上に置き、代わりにシュリには水の入った大ジョッキを持たせた。
アルコールが喉を嚥下していく度に、ギルベルトは長いこと我慢していた理性がどろどろと溶かされていくような気がした。
■
──二時間後
霞む視界と意識の中、ギルベルトは目の前に並んだ二つの肉球をひたすら揉み続けていた。
ここは一体どこだろう。酒場ではないようだ。街灯明かりが二重に見えて、川沿いの冷たい風が酒で熱くなった頬を冷やしていく。
二つの肉球はギルベルトを導くように、どこかにグイグイと引っ張って歩いている。
「ギル、しっかりしろ。大丈夫かー?」
「センパイ、潰れすぎですって。シュリの肉球擦り切れちゃうんでその辺にしときましょーよ」
誰かが前後不覚の自分の体を支えていた。背の高さ的におそらくコンラートだろう。
わんわんと耳鳴りがする中で、シュリ達の話声が聞こえてきた。
「シュリ、とりあえずその辺の宿に運び込もう。こんな泥酔王子をお城に返したら大問題になっちゃう」
「寮に運び込む訳にもいかないしな。悪い。俺がギルに飲めなんて言っちゃったから」
「いや、むしろ俺が調子乗っちゃったのが悪いから……ごめんね。……センパイはシュリたんが目の前にいるときに絶対に酔わせちゃダメだって学んだよ」
「……………」
「センパイ酔ってるときの記憶飛ぶタイプだから、忘れてくれるといいけど……覚えてたら俺、リンデンベルクからアルシュタットの領地ごと消されちゃうかも。〝あんなコト〟聞いちゃったらなぁ」
コンラートが声を震わせて言うと、シュリはたちまち真っ赤になり、尻尾を膨らませて首を横に振った。
「あ、あれは俺達だけの秘密にしておこう」
(〝あんなコト〟ってなんだ……?)
この二時間の記憶が一切ない。
朧げな記憶の中で、シュリに肉球を揉ませろとか、尻尾触らせろとか迫ったのは覚えている。だが、何を話したかは全く覚えていなかった。
やがて二人は近くに宿屋を見つけると、ギルベルトを引きずるようにして連れて行った。
宿屋の亭主が「その酔っ払いの兄ちゃん、ちょっと我が国の王子達に似てるな」と笑っていて、シュリとコンラートが慌てふためいている。
それなりにちゃんとした宿のようで、清掃は行き届いており、寝かされた長椅子も心地いい。
そして何より、両手の中にある、温かく固い肉球の感触にどこまでも気持ちが良かった。
「あーあー、幸せそうな顔しちゃってまぁ……。あ、万が一城でセンパイがいないって大騒ぎになるとまずいから、ジークフリート様にピグルテ飛ばしてくる」
「悪いなぁ、コンラート」
「いいよ。シュリたんは当分肉球解放してもらえそうにないからね」
コンラートが笑いながら言って部屋を出て行く足音がする。
ギルベルトはそれからもしばらく、夢心地で寝転がったまま目の前の肉球を揉んでいたが、徐々に酔いが醒めてくるにつれて状況を思い出すと、真っ青になって飛び起きた。
ただでさえ飲みたい酒を我慢しているというのに、こんなに可愛い顔で誘惑してくるとは。
だが、己の剣にかけて誓ったのだ。シュリの前で絶対に酒は飲まないと。
シュリもすでに少し酔っているのだろう。
「なあなあギルー」と、肉球をギルベルトの腕の上に乗せて揺さぶってくる。
とろーんとした目で見つめられ、プニッとした肉球を押し付けられた途端、鋼鉄の意思が、まるで粘土のようにぐにゃりと曲がった。
「チッ、しょうがねえな。……一杯だけだからな」
(しょうがなくねえだろおおお)
耳を下げて上目遣いにお願いされただけで、己の剣との誓いをいともたやすく破ってしまった。
心の中で反射的に自分の頬をぶん殴る。
「よっしゃーー! そうこなくっちゃ! すみませーん! 大ジョッキ1つお願いしまーす!」
コンラートが大声で店主に声をかけた。
「お客さん、よく来てくれるから大サービスだよ」
店主はコンラートに余計な気配りをして、大ジョッキを人数分の3つ運んできた。
「せっかくだから、カンパイしよう」
シュリが赤い顔でジョッキを掲げ、コンラートがそれに景気よく自分のジョッキをぶつけた。
「ほらー、センパイも」
「………」
ゴンッと音を立ててぶつけるようにコンラートのジョッキに八つ当たりをすると、ヤケになってそれを飲み干した。
「キャー! センパイかっこいいー! 男らしいー!」
「お、俺も負けないぞ!」
「いや、シュリたんはやめときな……もう目が座ってるよ。店員さんすみませーん、水くださーい!」
コンラートは慌ててシュリの手から大きなジョッキを取り上げると、机の上に置き、代わりにシュリには水の入った大ジョッキを持たせた。
アルコールが喉を嚥下していく度に、ギルベルトは長いこと我慢していた理性がどろどろと溶かされていくような気がした。
■
──二時間後
霞む視界と意識の中、ギルベルトは目の前に並んだ二つの肉球をひたすら揉み続けていた。
ここは一体どこだろう。酒場ではないようだ。街灯明かりが二重に見えて、川沿いの冷たい風が酒で熱くなった頬を冷やしていく。
二つの肉球はギルベルトを導くように、どこかにグイグイと引っ張って歩いている。
「ギル、しっかりしろ。大丈夫かー?」
「センパイ、潰れすぎですって。シュリの肉球擦り切れちゃうんでその辺にしときましょーよ」
誰かが前後不覚の自分の体を支えていた。背の高さ的におそらくコンラートだろう。
わんわんと耳鳴りがする中で、シュリ達の話声が聞こえてきた。
「シュリ、とりあえずその辺の宿に運び込もう。こんな泥酔王子をお城に返したら大問題になっちゃう」
「寮に運び込む訳にもいかないしな。悪い。俺がギルに飲めなんて言っちゃったから」
「いや、むしろ俺が調子乗っちゃったのが悪いから……ごめんね。……センパイはシュリたんが目の前にいるときに絶対に酔わせちゃダメだって学んだよ」
「……………」
「センパイ酔ってるときの記憶飛ぶタイプだから、忘れてくれるといいけど……覚えてたら俺、リンデンベルクからアルシュタットの領地ごと消されちゃうかも。〝あんなコト〟聞いちゃったらなぁ」
コンラートが声を震わせて言うと、シュリはたちまち真っ赤になり、尻尾を膨らませて首を横に振った。
「あ、あれは俺達だけの秘密にしておこう」
(〝あんなコト〟ってなんだ……?)
この二時間の記憶が一切ない。
朧げな記憶の中で、シュリに肉球を揉ませろとか、尻尾触らせろとか迫ったのは覚えている。だが、何を話したかは全く覚えていなかった。
やがて二人は近くに宿屋を見つけると、ギルベルトを引きずるようにして連れて行った。
宿屋の亭主が「その酔っ払いの兄ちゃん、ちょっと我が国の王子達に似てるな」と笑っていて、シュリとコンラートが慌てふためいている。
それなりにちゃんとした宿のようで、清掃は行き届いており、寝かされた長椅子も心地いい。
そして何より、両手の中にある、温かく固い肉球の感触にどこまでも気持ちが良かった。
「あーあー、幸せそうな顔しちゃってまぁ……。あ、万が一城でセンパイがいないって大騒ぎになるとまずいから、ジークフリート様にピグルテ飛ばしてくる」
「悪いなぁ、コンラート」
「いいよ。シュリたんは当分肉球解放してもらえそうにないからね」
コンラートが笑いながら言って部屋を出て行く足音がする。
ギルベルトはそれからもしばらく、夢心地で寝転がったまま目の前の肉球を揉んでいたが、徐々に酔いが醒めてくるにつれて状況を思い出すと、真っ青になって飛び起きた。
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