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24.警告
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そこからのことは本当に何も記憶になかった。
目が覚めると、伊織は衛士の家のベッドに寝かされていた。
一体自分は、あれからどうなったのだろう。
全身が重く、吐き気がして、体中が痛くて、高い熱があるような気がした。
『伊織……目、覚めたのか』
傍らの椅子に腰かけていた衛士が蒼白な顔で声をかけてきた。その顔を見上げながら、伊織はブルブルと震え、口に手を当てて吐き気を堪えながら言った。
『ど、しよ……、衛士……っ、俺、何があったのか思い出せなくて……で、でも、多分、四ノ宮に、ヤられた、と思う……それ、全部、撮られた。裏サイトに流すって……アイドル、終わりだ……もう、ダメだ……どうしよう……ごめん、衛士……Lamentこれからなのに……っ』
声を震わせていると衛士は伊織をきつく抱きしめた。彼は肩を震わせて泣いていた。後にも先にも、衛士が泣いているのを見たのはあの時が初めてだった。
『……大丈夫だ。間に合ったから』
『間に合った?』
『そう。何もない。伊織はなにもされてない。撮られてもいない。間一髪で俺が助けてやったんだ。ったく……だから散々忠告したんだ。今回は大丈夫だったから良かったけど、今度から気を付けろよ』
『何も……無かったのか……』
『ああ。素っ裸は見ちゃったけど、まあもうガキの頃から伊織の裸は見てるから今更だろ』
衛士は涙を手の甲で拭っていつものように笑いながら言った。
その言葉に、伊織は心底ほっとした。良かった。何も無かった。ギリギリのところで、衛士が助けてくれた。
『衛士……ありがとう、ごめん、ごめんな』
繰り返し謝っていると、衛士は「もういいって」と笑いながら伊織の頭をポンと叩いた。
『四ノ宮さんは……?』
『薬物所持と、違法猥褻動画多数所持で通報した』
『俺の……、俺のことは?』
レイプ未遂のことが週刊誌に出たらと思うと、手が震えた。その手を握り締めながら、衛士が言った。
『大丈夫だ。三浦のおっさんがその辺は完璧に隠蔽した。ただ……四ノ宮のバックに色々ついてるだろうし、薬物関係は芸能界で関わってる奴いっぱいいるから、もみ消されるかもしれないな』
『……捕まらないのか?』
もしまた、テレビ局で連れ違ったりしたらと思うと、胃の奥から酸っぱい物がこみ上げてくる。
「捕まらなくても、俺が絶対近づかせない。死んでもあいつを許さないから、伊織は今まで通りでいい」
何もなかったんだと、衛士は強調した。
本当に、そうだったのだろうか。
ふと、そんな不安が頭をよぎった。
記憶がないが、体の感覚に、何か言いようのない違和感があった。
本当に、何も無かったのだろうか。
だが、衛士がそういうのなら、何も無かったのだろう。だって彼は、いつも無神経なぐらいに本当のことしか言わないのだから。
未遂に終わったとは言え、伊織はその一件から、なかなか立ち直れなかった。
信じていた人から、ぐちゃぐちゃに踏み躙られ、上手く笑うことも出来なくなり、撮影現場で叱られることが増えた。
笑えなくなってしまったら、本当にアイドルとして終わりなのではないかと塞ぎ込んでいた頃、「A」と名乗る人物からファンレターが届くようになった。
その人の手紙はいつも、伊織の「今」を見てくれていた。「今」の伊織にどれだけ元気を貰えているかということを、丁寧で温かい言葉で並べられていて、傷ついた伊織の心を少しずつ癒していった。
(そうだ……あの手紙で、立ち直れたんだ)
ゆっくりと浮上する意識の中、伊織は「A」から来た最初の手紙を思い出した。
『三笠伊織様
こういった手紙を書くのは初めてなので、何か失礼があったらお許し下さい。私は子供の頃から伊織さんの大ファンですが、年月を重ねるごとに、ますます好きになっていきます。伊織さんはどんな時でも明るい笑顔が印象的ですが、私は驚いた顔も、怒っている顔も大好きです。いつもファンを気遣い、誰よりも努力家な伊織さんを見ていると、自然と元気が出ます。昨日放送された歌番組でも──…』
畏まった丁寧な文章で綴られた手紙の声が、なぜだろうか。
衛士の声で再生された。
(えーし……えーくん……)
──伊織、目を覚ませ。逃げろ。
──死ぬぞ。死ぬぞ。死ぬぞ。死ぬぞ。死ぬぞ。
A
警鐘のように反響し、頭の中で鳴り響いた声に、伊織は深い眠りの底から目を覚ました。
目が覚めると、伊織は衛士の家のベッドに寝かされていた。
一体自分は、あれからどうなったのだろう。
全身が重く、吐き気がして、体中が痛くて、高い熱があるような気がした。
『伊織……目、覚めたのか』
傍らの椅子に腰かけていた衛士が蒼白な顔で声をかけてきた。その顔を見上げながら、伊織はブルブルと震え、口に手を当てて吐き気を堪えながら言った。
『ど、しよ……、衛士……っ、俺、何があったのか思い出せなくて……で、でも、多分、四ノ宮に、ヤられた、と思う……それ、全部、撮られた。裏サイトに流すって……アイドル、終わりだ……もう、ダメだ……どうしよう……ごめん、衛士……Lamentこれからなのに……っ』
声を震わせていると衛士は伊織をきつく抱きしめた。彼は肩を震わせて泣いていた。後にも先にも、衛士が泣いているのを見たのはあの時が初めてだった。
『……大丈夫だ。間に合ったから』
『間に合った?』
『そう。何もない。伊織はなにもされてない。撮られてもいない。間一髪で俺が助けてやったんだ。ったく……だから散々忠告したんだ。今回は大丈夫だったから良かったけど、今度から気を付けろよ』
『何も……無かったのか……』
『ああ。素っ裸は見ちゃったけど、まあもうガキの頃から伊織の裸は見てるから今更だろ』
衛士は涙を手の甲で拭っていつものように笑いながら言った。
その言葉に、伊織は心底ほっとした。良かった。何も無かった。ギリギリのところで、衛士が助けてくれた。
『衛士……ありがとう、ごめん、ごめんな』
繰り返し謝っていると、衛士は「もういいって」と笑いながら伊織の頭をポンと叩いた。
『四ノ宮さんは……?』
『薬物所持と、違法猥褻動画多数所持で通報した』
『俺の……、俺のことは?』
レイプ未遂のことが週刊誌に出たらと思うと、手が震えた。その手を握り締めながら、衛士が言った。
『大丈夫だ。三浦のおっさんがその辺は完璧に隠蔽した。ただ……四ノ宮のバックに色々ついてるだろうし、薬物関係は芸能界で関わってる奴いっぱいいるから、もみ消されるかもしれないな』
『……捕まらないのか?』
もしまた、テレビ局で連れ違ったりしたらと思うと、胃の奥から酸っぱい物がこみ上げてくる。
「捕まらなくても、俺が絶対近づかせない。死んでもあいつを許さないから、伊織は今まで通りでいい」
何もなかったんだと、衛士は強調した。
本当に、そうだったのだろうか。
ふと、そんな不安が頭をよぎった。
記憶がないが、体の感覚に、何か言いようのない違和感があった。
本当に、何も無かったのだろうか。
だが、衛士がそういうのなら、何も無かったのだろう。だって彼は、いつも無神経なぐらいに本当のことしか言わないのだから。
未遂に終わったとは言え、伊織はその一件から、なかなか立ち直れなかった。
信じていた人から、ぐちゃぐちゃに踏み躙られ、上手く笑うことも出来なくなり、撮影現場で叱られることが増えた。
笑えなくなってしまったら、本当にアイドルとして終わりなのではないかと塞ぎ込んでいた頃、「A」と名乗る人物からファンレターが届くようになった。
その人の手紙はいつも、伊織の「今」を見てくれていた。「今」の伊織にどれだけ元気を貰えているかということを、丁寧で温かい言葉で並べられていて、傷ついた伊織の心を少しずつ癒していった。
(そうだ……あの手紙で、立ち直れたんだ)
ゆっくりと浮上する意識の中、伊織は「A」から来た最初の手紙を思い出した。
『三笠伊織様
こういった手紙を書くのは初めてなので、何か失礼があったらお許し下さい。私は子供の頃から伊織さんの大ファンですが、年月を重ねるごとに、ますます好きになっていきます。伊織さんはどんな時でも明るい笑顔が印象的ですが、私は驚いた顔も、怒っている顔も大好きです。いつもファンを気遣い、誰よりも努力家な伊織さんを見ていると、自然と元気が出ます。昨日放送された歌番組でも──…』
畏まった丁寧な文章で綴られた手紙の声が、なぜだろうか。
衛士の声で再生された。
(えーし……えーくん……)
──伊織、目を覚ませ。逃げろ。
──死ぬぞ。死ぬぞ。死ぬぞ。死ぬぞ。死ぬぞ。
A
警鐘のように反響し、頭の中で鳴り響いた声に、伊織は深い眠りの底から目を覚ました。
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