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第3章 奉仕者
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高島さんとの別れは突然だった。
僕が精通を迎えて一ヶ月後、高島さんと保護官が部屋に入ってきた。
見たこともない保護官で、IDを見せてくれたので保護官だとわかった。
「十分、待ちます。荷物をまとめてください」
「どういうことです?」
僕は高島さんと保護官の顔を交互に見た。
高島さんは薄笑いを浮かべて、部屋を出て行った。
「聞いてなかったの?」
「なにをです?」
「ここでの奉仕は終了したんだよ」
「お払い箱になったってことですか?」
保護官の目は一瞬、同情に揺らいだが、それを払いのけるように首を振った。
「さあ、早く支度をして」
僕はクローゼットを開けて、カバンを手にした。
五分もかからなかった。
自分の持ち物と呼べるのは、ホームから持ってきたカバンひとつしかなかった。
ネイビーブルーの生地で出来ていて、前面は大きな二つのポケットになっており、ポケットの下側に波のような模様がある。
ホームで支給されるものは、服も教科書も、ほとんどが他のだれかが使ったお下がりだったが、センターへの移送を知らされたとき、校長先生が新品のカバンを手ずから渡してくれた。
「スグル君、生まれてくれてありがとう」
校長先生は、僕をぎゅっと抱きしめた。
性的な意味はないハグだったが、彼女とこんなふうに触れ合うのは初めてで、僕は少し驚くと同時に、くすぐったいような気分になった。
「私も、ほかの先生がたも。皆、あなたが大好きです。あなたは人類のために生まれてきました。その生を祝福され、愛されて育ちました。このことは、決して忘れないでください」
先生はいつものようにほほえみながら涙をためているような目で僕を見つめ、わきにあったカバンを手渡した。
僕が受け取ると、今度は励ますように両手を僕の肩に乗せて、もう一度、「ありがとう。大好きよ」と言った。
そのカバンに、僕は当座の生活に必要な服と下着と身のまわりのものを詰めた。
保護官に連れられて部屋を出ると、リビングに高島さんがいた。
「お願いします」
高島さんは保護官に会釈をしたが、僕のほうには目もくれなかった。
保護官と僕、その後に高島さんがついてくる形で、僕たちは玄関に向かった。
「では、失礼します」
靴をはいて玄関の外に出ると、保護官は内側にいる高島さんのほうに振り向き、一礼した。
高島さんはなにも言わずにうなずいた。
それが、僕が彼を見た最後だった。
僕が精通を迎えて一ヶ月後、高島さんと保護官が部屋に入ってきた。
見たこともない保護官で、IDを見せてくれたので保護官だとわかった。
「十分、待ちます。荷物をまとめてください」
「どういうことです?」
僕は高島さんと保護官の顔を交互に見た。
高島さんは薄笑いを浮かべて、部屋を出て行った。
「聞いてなかったの?」
「なにをです?」
「ここでの奉仕は終了したんだよ」
「お払い箱になったってことですか?」
保護官の目は一瞬、同情に揺らいだが、それを払いのけるように首を振った。
「さあ、早く支度をして」
僕はクローゼットを開けて、カバンを手にした。
五分もかからなかった。
自分の持ち物と呼べるのは、ホームから持ってきたカバンひとつしかなかった。
ネイビーブルーの生地で出来ていて、前面は大きな二つのポケットになっており、ポケットの下側に波のような模様がある。
ホームで支給されるものは、服も教科書も、ほとんどが他のだれかが使ったお下がりだったが、センターへの移送を知らされたとき、校長先生が新品のカバンを手ずから渡してくれた。
「スグル君、生まれてくれてありがとう」
校長先生は、僕をぎゅっと抱きしめた。
性的な意味はないハグだったが、彼女とこんなふうに触れ合うのは初めてで、僕は少し驚くと同時に、くすぐったいような気分になった。
「私も、ほかの先生がたも。皆、あなたが大好きです。あなたは人類のために生まれてきました。その生を祝福され、愛されて育ちました。このことは、決して忘れないでください」
先生はいつものようにほほえみながら涙をためているような目で僕を見つめ、わきにあったカバンを手渡した。
僕が受け取ると、今度は励ますように両手を僕の肩に乗せて、もう一度、「ありがとう。大好きよ」と言った。
そのカバンに、僕は当座の生活に必要な服と下着と身のまわりのものを詰めた。
保護官に連れられて部屋を出ると、リビングに高島さんがいた。
「お願いします」
高島さんは保護官に会釈をしたが、僕のほうには目もくれなかった。
保護官と僕、その後に高島さんがついてくる形で、僕たちは玄関に向かった。
「では、失礼します」
靴をはいて玄関の外に出ると、保護官は内側にいる高島さんのほうに振り向き、一礼した。
高島さんはなにも言わずにうなずいた。
それが、僕が彼を見た最後だった。
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