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第10章 毒
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桜のつぼみが膨らみかけた頃、信長からの三度目の使者がやってきた。
堀秀政が正使で、長谷川秀一と名乗る青年が副使だった。
長谷川は十八歳で、少年の名残りを色濃くとどめた、眉目秀麗な顔立ちをしている。
これみよがしに美形の使者をよこしてくる信長に、神職らが歯軋りをしたのは言うまでもなかった。
「神子様は病が治らず、まだ床に臥せっております」
宮司はにこやかに使者に対応した。
「おや、それはまことに心配ですな。いったい何の病なのですか?」
「はっきりしないのですが、おそらく、肺の病かと思われます」
「はっきりしない?」堀は大げさに目を見張った。「はっきりしないとは、つまり、見立てる薬師がいないのですか?」
「あ、いや、薬師はおります。薬師が、おそらく肺の病だろうと申しており……」
「それは奇妙な話でありますな」口を挟んだのは長谷川だった。「薬師の見立てがさように曖昧ですと、じゅうぶんな治療ができないのではありませぬか?」
この生意気な若造め──と、宮司は長谷川を睨みつけそうになるのをこらえ、ひきつった笑みを浮かべる。
「治療のほうは、じゅうぶんにしております」
「しかし、治っておらぬのは真でありましょう?」
「はぁ……肺の病というのは、不治の病とも言われておりますように……」
「上さまのもとには、帝や公方を治療し、医聖と呼ばれる名師、曲直瀬道三どのがおります。神子様を岐阜にお招きし、曲直瀬どのを治療にあたらせましょうぞ」
「し、しかし、神子様は歩くのもやっとのお体、旅に堪えられないかと……」
「宮司どの」
そう言った堀の声は、これまでの穏やかさを脱ぎ捨てて、低く険しかった。
堀秀政が正使で、長谷川秀一と名乗る青年が副使だった。
長谷川は十八歳で、少年の名残りを色濃くとどめた、眉目秀麗な顔立ちをしている。
これみよがしに美形の使者をよこしてくる信長に、神職らが歯軋りをしたのは言うまでもなかった。
「神子様は病が治らず、まだ床に臥せっております」
宮司はにこやかに使者に対応した。
「おや、それはまことに心配ですな。いったい何の病なのですか?」
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「治療のほうは、じゅうぶんにしております」
「しかし、治っておらぬのは真でありましょう?」
「はぁ……肺の病というのは、不治の病とも言われておりますように……」
「上さまのもとには、帝や公方を治療し、医聖と呼ばれる名師、曲直瀬道三どのがおります。神子様を岐阜にお招きし、曲直瀬どのを治療にあたらせましょうぞ」
「し、しかし、神子様は歩くのもやっとのお体、旅に堪えられないかと……」
「宮司どの」
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