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第8章 魔王の使者
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さて、玉宮神社に対する信長公の要求は、織田家に恭順し、九鬼水軍の配下に入れば、社領や社が有する様々な特権は安堵するというものだった。
「織田ごときが、われらに指図するとは図々しい!」
宮司は、使者の前ではお追従を言ってへりくだっていたが、会談が終わって部屋に戻ってくると、織田家への敵意をあらわに地団駄を踏んだ。
「成り上がりの、尾張の田舎大名の分際で!」
権宮司も怒りに顔を紅潮させて、手にした笏をへしおりそうになっている。
彼らが、信長公をよく思っていないのは、雪千代にも大変よく理解できた。
今の紅葉殿の宮司は、足利将軍家の縁戚にある幕臣の家の出身である。
松葉殿の権宮司は、公家の出であると聞いている。
この社の主祭神である玉依姫命は、神武天皇の母親であると言い伝えられており、かつては朝廷より遣わされた皇族の男性が御杖代として社の頂点に君臨した時代もあるという。
時代の流れと共に、権力の在り処は大きく変わり、それに伴って朝廷と寺社、そのほかの勢力との関係は忙しく移り変わってきた。
室町幕府が成立して以降は、公家の者と武家の者が交互に宮司を務めることで、政治的な均衡を保っている。
「しかし、いまや織田家は破竹の勢い。使いの者にむやみに悪感情を抱かれるのは悪手かと思われまする」
最年長の禰宜が、現実的な進言をした。
「そうじゃのう」
どれほど蔑み、忌み嫌っていても、織田家の権力に逆らうことはできぬと認めざるを得ず、宮司も権宮司もしょんぼりとうなだれた。
「致し方ない、使者は手厚くもてなし、銀子を握らせて穏便に帰っていただこう」
宮司は、じろりと雪千代を見やった。
「神子様、客人らのお世話をしていただいてよろしいですかな?」
「はい、かしこまりました」
「夜のほうも……わかっておられますのう?」
「はい、承知いたしましてございます」
雪千代は神妙にうなずいた。
「織田ごときが、われらに指図するとは図々しい!」
宮司は、使者の前ではお追従を言ってへりくだっていたが、会談が終わって部屋に戻ってくると、織田家への敵意をあらわに地団駄を踏んだ。
「成り上がりの、尾張の田舎大名の分際で!」
権宮司も怒りに顔を紅潮させて、手にした笏をへしおりそうになっている。
彼らが、信長公をよく思っていないのは、雪千代にも大変よく理解できた。
今の紅葉殿の宮司は、足利将軍家の縁戚にある幕臣の家の出身である。
松葉殿の権宮司は、公家の出であると聞いている。
この社の主祭神である玉依姫命は、神武天皇の母親であると言い伝えられており、かつては朝廷より遣わされた皇族の男性が御杖代として社の頂点に君臨した時代もあるという。
時代の流れと共に、権力の在り処は大きく変わり、それに伴って朝廷と寺社、そのほかの勢力との関係は忙しく移り変わってきた。
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「しかし、いまや織田家は破竹の勢い。使いの者にむやみに悪感情を抱かれるのは悪手かと思われまする」
最年長の禰宜が、現実的な進言をした。
「そうじゃのう」
どれほど蔑み、忌み嫌っていても、織田家の権力に逆らうことはできぬと認めざるを得ず、宮司も権宮司もしょんぼりとうなだれた。
「致し方ない、使者は手厚くもてなし、銀子を握らせて穏便に帰っていただこう」
宮司は、じろりと雪千代を見やった。
「神子様、客人らのお世話をしていただいてよろしいですかな?」
「はい、かしこまりました」
「夜のほうも……わかっておられますのう?」
「はい、承知いたしましてございます」
雪千代は神妙にうなずいた。
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