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第3章 淫欲の島
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故郷の志摩国は、豊かなところではあるが、政治的に安定しているとは言い難い。
雪千代たちの生家のような、小規模な領主一族は、権力の所在が変わるたびに、前の主家を裏切り、新しい勢力に従うことで生き延びてきた。
風見鶏のように時勢を読んで、節操なくあちらに靡いたり、こちらに尻尾を振ったりしながら、先祖代々の領地を守ってきたのだ。
士分だからといって家柄の上に胡座をかいていられる時代ではなく、常に破滅と隣り合わせにあることは、幼い頃から肌で理解していた。
また、家では継母に気をつかう暮らしだった。
日々の生活の節々に、自分たちと異母弟妹らとの扱いに、微妙な差別があるのを感じながら成長した。
それでも父が生きている間は、これみよがしに粗末な扱いはされなかった。
しかし、父が病で急死すると、継母は豹変した。
雪千代と鶴千代の兄弟は、親戚の家に行くと騙されて、人買いに売られた。
そんな嫌な記憶の結びついた故郷の家に、鶴千代は帰りたがっていた。
いや、そんな故郷に帰りたいと思うほど、ここでの暮らしが辛いのだ。
「今頃は、田畑が青々としているだろうな」
その言葉につられるように、雪千代の脳裏に、豊かな田畑の広がる人里の風景があざやかに思い出された。
夕映えに燃える空を横切るカラスの影、蛙の声、風にそよぐ稲穂のさざ波。
ともすると、それは故郷の村の記憶ではなく、この時代に生きる人々が抱いている「人里」の概念のような心象風景だったのかも知れない。
それがなんであれ、雪千代の心はなつかしさでいっぱいになった。
この島には田畑がない。
漁で採れる海産物以外の食糧は、本土から船で定期的に運ばれてくる。
しかし、彼の人生の土台をなすのは、土地に根付き、泥にまみれて田畑を耕し、それを糧に生きる人々が暮らす村里の、その営みである。
「いつか帰ろう、一緒に」
雪千代は弟に顔を向けていたものの、その言葉は自分に言い聞かせるものだった。
「はい、兄上」
鶴千代は返事をしたが、目線はぼんやりと遠い空に置かれたままだった。
雪千代たちの生家のような、小規模な領主一族は、権力の所在が変わるたびに、前の主家を裏切り、新しい勢力に従うことで生き延びてきた。
風見鶏のように時勢を読んで、節操なくあちらに靡いたり、こちらに尻尾を振ったりしながら、先祖代々の領地を守ってきたのだ。
士分だからといって家柄の上に胡座をかいていられる時代ではなく、常に破滅と隣り合わせにあることは、幼い頃から肌で理解していた。
また、家では継母に気をつかう暮らしだった。
日々の生活の節々に、自分たちと異母弟妹らとの扱いに、微妙な差別があるのを感じながら成長した。
それでも父が生きている間は、これみよがしに粗末な扱いはされなかった。
しかし、父が病で急死すると、継母は豹変した。
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いや、そんな故郷に帰りたいと思うほど、ここでの暮らしが辛いのだ。
「今頃は、田畑が青々としているだろうな」
その言葉につられるように、雪千代の脳裏に、豊かな田畑の広がる人里の風景があざやかに思い出された。
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ともすると、それは故郷の村の記憶ではなく、この時代に生きる人々が抱いている「人里」の概念のような心象風景だったのかも知れない。
それがなんであれ、雪千代の心はなつかしさでいっぱいになった。
この島には田畑がない。
漁で採れる海産物以外の食糧は、本土から船で定期的に運ばれてくる。
しかし、彼の人生の土台をなすのは、土地に根付き、泥にまみれて田畑を耕し、それを糧に生きる人々が暮らす村里の、その営みである。
「いつか帰ろう、一緒に」
雪千代は弟に顔を向けていたものの、その言葉は自分に言い聞かせるものだった。
「はい、兄上」
鶴千代は返事をしたが、目線はぼんやりと遠い空に置かれたままだった。
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