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第7章 折檻
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梁から垂れる縄に手首を吊るされた雪千代に、竹根鞭を手にした五人の出仕が歩みより、半円を描いて取り囲む。
最年長の出仕が、雪千代の背を鞭打ったのを皮切りに、出仕らは次々と神子の体を打擲した。
「アアアアアア──!」
絹を裂くような悲鳴があがる。
これは「祓い落としの儀」と呼ばれ、社から逃げようとした神子は、悪しき霊が憑いたと見なして、打ち叩いて禊ぎ祓うことを趣旨とする儀式だ。
たとえ逃走をはかったり、言うことを聞かぬからとはいえ、魚民の信仰の対象である神子をいたずらに折檻するわけにはいかないため、かような神事の名目を付けて、痛めつけ懲らしめてきた歴史があった。
五人の出仕は代わる代わる立て続けに雪千代を打ち叩き、その尻に、背中に、大腿に、真っ赤な筋が刻まれていく。
途中から、雪千代は悲鳴を上げる力がなくなり、弱々しくすすり泣くだけになった。
大祓詞の合唱が終わると、儀式は終了となった。
雪千代は、出仕の松沖に抱きかかえられて部屋に戻ると、褥にうつぶせに寝かされた。
肌着を剥くと、ぬめるように滑らかだった柔肌は、無残にも打たれた赤い痕が縦横に折り重なり、ところどころ皮膚が破れて出血していた。
松沖が冷水で濡らした布を、背中に当てた。
「うう……」
その刺激に、雪千代は痛みに顔を歪め、呻き声を漏らした。
冷たい布地は、すぐに疼く素肌の熱を吸収してぬるくなる。
松沖は再度それを冷水につけて絞ると、今度は臀部に当てた。
「神子様、失礼いたしまする」
宮司が四人の禰宜を連れて入室し、その場にいた者はこうべを垂れた。
「神子様、ご気分は如何ですかな? 悪しきものは落ちましたか?」
「はい……」
雪千代は掠れた声でこたえた。
「われらの神子様の御心が、悪しきものに乗っ取られたかと肝を冷やしましたが、禊ぎ祓うことができて、まことにようございました」
宮司はほほえみながら雪千代の背に手を置いた。
「珠のお肌が傷だらけ。まこと、おいたわしい」
真っ赤な炎症の線が幾筋も走り、熱をもつ背の上を、宮司の手がゆっくりと滑る。
「神子様は依代であらせられます。神子様の悪しき行いは、悪しき憑き物のせい。われらの祈祷はあれど、悪しきものを払いのけたるは、神子様ご自身の御力でございます」
宮司は、雪千代の臀部を冷やす布をめくりあげ、手を伸ばした。
「あいにくながら、鶴神子様はお隠れになりましたが……雪神子様、そなたはお強い。その御力で、これからは紅葉殿と松葉殿、両方の者に、より多くの恵をお与えくださいませ」
細い目をさらに細めて、打擲の痕が折り重なる双丘をいやらしく撫でまわす。
──許すものか。
雪千代はくちびるを噛んだ。
──鶴千代の無念、私のこの怨み、絶対に許すものか。
腹の内を焼きこがす熱い怒りを、雪千代は腸をつかむ思いで飲み込んだ。
最年長の出仕が、雪千代の背を鞭打ったのを皮切りに、出仕らは次々と神子の体を打擲した。
「アアアアアア──!」
絹を裂くような悲鳴があがる。
これは「祓い落としの儀」と呼ばれ、社から逃げようとした神子は、悪しき霊が憑いたと見なして、打ち叩いて禊ぎ祓うことを趣旨とする儀式だ。
たとえ逃走をはかったり、言うことを聞かぬからとはいえ、魚民の信仰の対象である神子をいたずらに折檻するわけにはいかないため、かような神事の名目を付けて、痛めつけ懲らしめてきた歴史があった。
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肌着を剥くと、ぬめるように滑らかだった柔肌は、無残にも打たれた赤い痕が縦横に折り重なり、ところどころ皮膚が破れて出血していた。
松沖が冷水で濡らした布を、背中に当てた。
「うう……」
その刺激に、雪千代は痛みに顔を歪め、呻き声を漏らした。
冷たい布地は、すぐに疼く素肌の熱を吸収してぬるくなる。
松沖は再度それを冷水につけて絞ると、今度は臀部に当てた。
「神子様、失礼いたしまする」
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「神子様、ご気分は如何ですかな? 悪しきものは落ちましたか?」
「はい……」
雪千代は掠れた声でこたえた。
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宮司はほほえみながら雪千代の背に手を置いた。
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真っ赤な炎症の線が幾筋も走り、熱をもつ背の上を、宮司の手がゆっくりと滑る。
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宮司は、雪千代の臀部を冷やす布をめくりあげ、手を伸ばした。
「あいにくながら、鶴神子様はお隠れになりましたが……雪神子様、そなたはお強い。その御力で、これからは紅葉殿と松葉殿、両方の者に、より多くの恵をお与えくださいませ」
細い目をさらに細めて、打擲の痕が折り重なる双丘をいやらしく撫でまわす。
──許すものか。
雪千代はくちびるを噛んだ。
──鶴千代の無念、私のこの怨み、絶対に許すものか。
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