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第8章 魔王の使者
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その若者が島を訪れたのは、正月が過ぎ、寒さの中にも少しずつ春の便りが混ざりはじめた頃だった。
堀秀政と名乗る織田家の家臣が、信長公の朱印状を携えてやってきた。
いまや「天下人」としてその名を轟かせている織田信長からの突然の使いとあって、社には緊張が走り、上に下にの大騒ぎだった。
「失礼いたします」
雪千代は茶碗を捧げもって、座敷に入った。
正使である堀と、副使の矢部家定が、二人ならんで手持ち無沙汰に座っている。
「どうぞ」
雪千代は客人たちの前に茶碗を出した。
「かたじけない」
堀は雪千代に笑みを向けた。
年の頃は二十代前半、かつての美童の面影が色濃く残る顔は凛々しく、笑顔はさわやかだった。
矢部は、堀と同年代と思われ、こちらもやはり顔立ちの整った好青年だ。
雪千代は深々と頭を下げて退室し、元いた部屋に戻ると、宮司と権宮司、禰宜らが詰め寄ってきた。
「客人は、なにか言っておりましたか?」
「いいえ、とくになにも……」
「どんな様子で?」
「おだやかでした」
そう答えながら、雪千代は内心、いたずらに客人を待たせていないで、自分らで行って見てくればいいのに、と意地悪く考えた。
「今ごろ使者をよこすとは……信長はなにをたくらんでおるのやら」
宮司の言葉に、
「まったく、忌々しい」
権宮司は吐き捨てる。
「しかし、これ以上、待たせるわけにはいかぬ。なにを言われても上辺だけ従うふりをして、さっさと追い返そうぞ」
宮司は覚悟を決めたように述べた。
客人は二人で、供回りに最小限の小者を連れているだけで、その小者らも今は離れた別室にいる。
それに対する社側は、宮司を先頭に、権宮司、禰宜らがもったいぶってぞろぞろと列をなして座敷に向かっていくのを、雪千代は冷ややかに見送った。
堀秀政と名乗る織田家の家臣が、信長公の朱印状を携えてやってきた。
いまや「天下人」としてその名を轟かせている織田信長からの突然の使いとあって、社には緊張が走り、上に下にの大騒ぎだった。
「失礼いたします」
雪千代は茶碗を捧げもって、座敷に入った。
正使である堀と、副使の矢部家定が、二人ならんで手持ち無沙汰に座っている。
「どうぞ」
雪千代は客人たちの前に茶碗を出した。
「かたじけない」
堀は雪千代に笑みを向けた。
年の頃は二十代前半、かつての美童の面影が色濃く残る顔は凛々しく、笑顔はさわやかだった。
矢部は、堀と同年代と思われ、こちらもやはり顔立ちの整った好青年だ。
雪千代は深々と頭を下げて退室し、元いた部屋に戻ると、宮司と権宮司、禰宜らが詰め寄ってきた。
「客人は、なにか言っておりましたか?」
「いいえ、とくになにも……」
「どんな様子で?」
「おだやかでした」
そう答えながら、雪千代は内心、いたずらに客人を待たせていないで、自分らで行って見てくればいいのに、と意地悪く考えた。
「今ごろ使者をよこすとは……信長はなにをたくらんでおるのやら」
宮司の言葉に、
「まったく、忌々しい」
権宮司は吐き捨てる。
「しかし、これ以上、待たせるわけにはいかぬ。なにを言われても上辺だけ従うふりをして、さっさと追い返そうぞ」
宮司は覚悟を決めたように述べた。
客人は二人で、供回りに最小限の小者を連れているだけで、その小者らも今は離れた別室にいる。
それに対する社側は、宮司を先頭に、権宮司、禰宜らがもったいぶってぞろぞろと列をなして座敷に向かっていくのを、雪千代は冷ややかに見送った。
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