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第6章 逃亡
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立浪は太い縄を木の幹に結びつけ、その傍らで、雪千代は弟を膝の上に抱いて座っていた。
冬の冷たく乾いた外気が気道を刺激したのか、鶴千代は激しく咳き込み、喀血する。
白い狩衣に、衾に、鮮やかな赤い飛沫が散った。
「鶴、苦しゅうないか?」
雪千代は弟の背中をさする。
「あにうえ、わたくしは……もう、だめかと……」
「なにを言うんだ、一緒に故郷に帰ろう」
雪千代はやさしく叱責して、血で汚れたくちびるを、己の着ているもののの袂で拭いてやった。
「もし、なにかあったら……わたくしをすてて……あにうえひとりで、にげて……」
鶴千代は弱々しい微笑を浮かべた。
「滅相なことを申すな、ずっと一緒だ、ずっと」
「やくそくして、あにうえ……しぬなら、うみで、しにたい……」
苦しげな息をつきながらも、鶴千代にしてはめずらしく、畳みかけるように主張した。
「もう、やしろには、もどりたくない……あそこで、しにたくない……やくそくして……」
「……わかった、約束する」
雪千代は再度、弟をきつく抱きしめた。
「鶴神子様をこちらに」
立浪は促した。
雪千代が「鶴」と促し、しがみつく弟の腕を剥がして、立浪のほうに向かせる。
「鶴神子様、失礼します」
立浪は子守り女のように鶴千代を背負い、落とさぬように紐で己の体にきつく縛りつける。
「では、先に行きます」
鶴千代を背負った立浪は、縄を伝って崖を下りはじめた。
雪千代は不安な表情で見守る。
意外にも早く、するすると器用に立浪は崖をくだり下の岩場に到着すると、雪千代を手招きした。
雪千代も、立浪をまねて、縄をつかむと崖に身を乗り出した。
立浪は目をすがめて雪千代を注視しながら、おんぶ紐を解いて背中の鶴千代を一旦おろすと、前に抱きかかえる。
雪千代は崖を下るのは初めての経験だったが、この島に来るまでは武家の男子として、日々、体を鍛えていた。
立浪を手本に、壁面の所々にある岩の出っ張りを足場にして、崖の下の岩場までおりることができた。
そのとき──
「神子様! 立浪!」
男たちの怒鳴り声がした。
見上げると、見知ったいくつもの顔が、崖の上からこちらを見下ろしていた。
冬の冷たく乾いた外気が気道を刺激したのか、鶴千代は激しく咳き込み、喀血する。
白い狩衣に、衾に、鮮やかな赤い飛沫が散った。
「鶴、苦しゅうないか?」
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「あにうえ、わたくしは……もう、だめかと……」
「なにを言うんだ、一緒に故郷に帰ろう」
雪千代はやさしく叱責して、血で汚れたくちびるを、己の着ているもののの袂で拭いてやった。
「もし、なにかあったら……わたくしをすてて……あにうえひとりで、にげて……」
鶴千代は弱々しい微笑を浮かべた。
「滅相なことを申すな、ずっと一緒だ、ずっと」
「やくそくして、あにうえ……しぬなら、うみで、しにたい……」
苦しげな息をつきながらも、鶴千代にしてはめずらしく、畳みかけるように主張した。
「もう、やしろには、もどりたくない……あそこで、しにたくない……やくそくして……」
「……わかった、約束する」
雪千代は再度、弟をきつく抱きしめた。
「鶴神子様をこちらに」
立浪は促した。
雪千代が「鶴」と促し、しがみつく弟の腕を剥がして、立浪のほうに向かせる。
「鶴神子様、失礼します」
立浪は子守り女のように鶴千代を背負い、落とさぬように紐で己の体にきつく縛りつける。
「では、先に行きます」
鶴千代を背負った立浪は、縄を伝って崖を下りはじめた。
雪千代は不安な表情で見守る。
意外にも早く、するすると器用に立浪は崖をくだり下の岩場に到着すると、雪千代を手招きした。
雪千代も、立浪をまねて、縄をつかむと崖に身を乗り出した。
立浪は目をすがめて雪千代を注視しながら、おんぶ紐を解いて背中の鶴千代を一旦おろすと、前に抱きかかえる。
雪千代は崖を下るのは初めての経験だったが、この島に来るまでは武家の男子として、日々、体を鍛えていた。
立浪を手本に、壁面の所々にある岩の出っ張りを足場にして、崖の下の岩場までおりることができた。
そのとき──
「神子様! 立浪!」
男たちの怒鳴り声がした。
見上げると、見知ったいくつもの顔が、崖の上からこちらを見下ろしていた。
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