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第1章 秘儀
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柳原雪千代と鶴千代は、志磨国に所領を有する、土豪の長男と次男だった。
鶴千代が生まれた後、母は産後の肥立ちが悪く、この子が二歳になるのを待たずに鬼籍に入った。
すぐに母のいとこが後釜に入り、はじめのうちは謙虚にふるまって雪千代と鶴千代を立てていたが、二人の男子を含む五人の子宝に恵まれると、先妻の子供が邪魔になったのだろう。
父が病で急死すると、後妻は待ってましたとばかりに、雪千代と鶴千代を騙して周旋屋に売り飛ばした。
この兄弟を買ったのが、立浪だった。
神子にする少年を探して、大湊の町に来ていた立浪は、市場で見つけた二人の身柄を引き取ると、すぐに島に連れて帰った。
この時代、人身売買は半ば公におこなわれていた。
市場では、男も女も子供も、ときには目が見えない者や耳が聞こえない者まで、働き手となれば老若男女、美醜を問わず売り買いされている。
雪千代と鶴千代は、当初はひどく緊張していたが、立浪が怒鳴ったり殴ったりしないとわかると、だいぶ打ち解けて、言葉を交わすようになっていた。
まわりを切り立った崖に囲まれた島は、その大半が山地で、神職らは標高の高いところにある社殿に、庶民は港近くにあるわずかばかりの平地に集落を作って暮らしている。
この社の最高位にある宮司、四淵藤成のいる館、紅葉殿は、山頂にある奥宮に隣接して建てられていた
「ただいま戻りましてございます」
宮司の居室で、立浪は深々とこうべを垂れた。
その後ろにいた雪千代と鶴千代も、そろって丁寧にお辞儀をする。
上座にいる宮司は、紫色に白紋の袴を身に着けていた。
「立浪、よう戻られた。して」
その子らは?──と、宮司は目で問うた。
「継母に売られた、土豪の長男と次男でございます」
「ほう、まれにみる美童、しかも兄弟とはそちも趣味がよい。武家の子とあらば、読み書きはできるのだろうの?」
「読み書き、古典などの教養は無論、しつけも身についております。まこと、お誂え向けと存じます」
「生童なのか?」
「無論でございます」
生童とは、汚れを知らない無垢な少年のことである。
「今宵、例の儀を行う。その子らの支度をせよ」
宮司は細い目をさらに細めて、にんまりとした。
「かしこまりましてございます」
立浪も心得たもので、表情ひとつ変えずにうなずくと、ふたたび頭を垂れた。
鶴千代が生まれた後、母は産後の肥立ちが悪く、この子が二歳になるのを待たずに鬼籍に入った。
すぐに母のいとこが後釜に入り、はじめのうちは謙虚にふるまって雪千代と鶴千代を立てていたが、二人の男子を含む五人の子宝に恵まれると、先妻の子供が邪魔になったのだろう。
父が病で急死すると、後妻は待ってましたとばかりに、雪千代と鶴千代を騙して周旋屋に売り飛ばした。
この兄弟を買ったのが、立浪だった。
神子にする少年を探して、大湊の町に来ていた立浪は、市場で見つけた二人の身柄を引き取ると、すぐに島に連れて帰った。
この時代、人身売買は半ば公におこなわれていた。
市場では、男も女も子供も、ときには目が見えない者や耳が聞こえない者まで、働き手となれば老若男女、美醜を問わず売り買いされている。
雪千代と鶴千代は、当初はひどく緊張していたが、立浪が怒鳴ったり殴ったりしないとわかると、だいぶ打ち解けて、言葉を交わすようになっていた。
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「ただいま戻りましてございます」
宮司の居室で、立浪は深々とこうべを垂れた。
その後ろにいた雪千代と鶴千代も、そろって丁寧にお辞儀をする。
上座にいる宮司は、紫色に白紋の袴を身に着けていた。
「立浪、よう戻られた。して」
その子らは?──と、宮司は目で問うた。
「継母に売られた、土豪の長男と次男でございます」
「ほう、まれにみる美童、しかも兄弟とはそちも趣味がよい。武家の子とあらば、読み書きはできるのだろうの?」
「読み書き、古典などの教養は無論、しつけも身についております。まこと、お誂え向けと存じます」
「生童なのか?」
「無論でございます」
生童とは、汚れを知らない無垢な少年のことである。
「今宵、例の儀を行う。その子らの支度をせよ」
宮司は細い目をさらに細めて、にんまりとした。
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立浪も心得たもので、表情ひとつ変えずにうなずくと、ふたたび頭を垂れた。
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