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第18章 脱出
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最後の一人は、燭台を持っているせいで、太刀を抜くのが遅れた。
彼が燭台を床に置こうとした刹那、上から蔵人が太刀を振り下ろした。
蔵人は蝋燭の火を踏み消すと、仙千代を力強く抱き寄せた。
今宵は新月、中庭と廊下は漆黒の闇に沈んでいる。
仙千代は当初、何が起きたのかわからなかったが、暗闇の中で蔵人の腕に抱かれていると、だんだんと意識が覚醒して、今のこの状況を理解した。
「蔵──」
「しっ」
名を呼ぼうとすると、蔵人が制した。
仙千代は息を殺して、闇の奥へと耳を澄ます。
行燈や蝋燭の明かりに頼って生きている時代の人々にとって、月は明るいものであり、夜闇に慣れた目なら、月明かりで人がどこにいるか視認することが出来た。
ただし、新月の夜は話が別で、蝋燭などの人工の明かりがなければ、視覚をあてに行動するのは不可能だった。
屋敷の中は静まり返り、異変に気づいた者はいないようだ。
「このまま八歩歩いて、左に曲がり、十四歩だ」
蔵人は囁き、仙千代はうなずいた。
月のない夜の闇にまぎれて屋敷を抜け出すために、人知れず蔵人は脱出経路を調べ、歩数で距離を測り、目をつぶって動く訓練を重ねてきたようだった。
仙千代は幼少の頃は自邸に手習いや論語などの師を招いて学んでいたため、藩学で蔵人と一緒になったことはなかったが、藩学で蔵人の後輩だった者──仙千代を手籠めにしようとした上級生らが、蔵人を畏怖していたことを思い出した。
それは、蔵人は決して己の力をひけらかすことはなかったが、際立って剣の腕が立つなど、戦う能力が極めて高いことを意味している。
そうでなければ、会津藩の下級藩士の悪童どもを畏れさせ、従わせることは不可能だろう。
蔵人に導かれて、仙千代は廊下を進み、納戸の天井から屋根裏に侵入し、屋根を伝って敷地の外れまで来ると、塀を降りて屋敷の外に出た。
その頃、ようやく異変に気付いた大黒屋の用心棒の男たちが、木戸を開けて次々に外に走り出て来た。
が、彼らの手にした提灯の明かりが格好の目印になった。
蔵人と仙千代は物陰に隠れ、彼らが遠ざかるのを待って、駆け足で逃げ去った。
彼が燭台を床に置こうとした刹那、上から蔵人が太刀を振り下ろした。
蔵人は蝋燭の火を踏み消すと、仙千代を力強く抱き寄せた。
今宵は新月、中庭と廊下は漆黒の闇に沈んでいる。
仙千代は当初、何が起きたのかわからなかったが、暗闇の中で蔵人の腕に抱かれていると、だんだんと意識が覚醒して、今のこの状況を理解した。
「蔵──」
「しっ」
名を呼ぼうとすると、蔵人が制した。
仙千代は息を殺して、闇の奥へと耳を澄ます。
行燈や蝋燭の明かりに頼って生きている時代の人々にとって、月は明るいものであり、夜闇に慣れた目なら、月明かりで人がどこにいるか視認することが出来た。
ただし、新月の夜は話が別で、蝋燭などの人工の明かりがなければ、視覚をあてに行動するのは不可能だった。
屋敷の中は静まり返り、異変に気づいた者はいないようだ。
「このまま八歩歩いて、左に曲がり、十四歩だ」
蔵人は囁き、仙千代はうなずいた。
月のない夜の闇にまぎれて屋敷を抜け出すために、人知れず蔵人は脱出経路を調べ、歩数で距離を測り、目をつぶって動く訓練を重ねてきたようだった。
仙千代は幼少の頃は自邸に手習いや論語などの師を招いて学んでいたため、藩学で蔵人と一緒になったことはなかったが、藩学で蔵人の後輩だった者──仙千代を手籠めにしようとした上級生らが、蔵人を畏怖していたことを思い出した。
それは、蔵人は決して己の力をひけらかすことはなかったが、際立って剣の腕が立つなど、戦う能力が極めて高いことを意味している。
そうでなければ、会津藩の下級藩士の悪童どもを畏れさせ、従わせることは不可能だろう。
蔵人に導かれて、仙千代は廊下を進み、納戸の天井から屋根裏に侵入し、屋根を伝って敷地の外れまで来ると、塀を降りて屋敷の外に出た。
その頃、ようやく異変に気付いた大黒屋の用心棒の男たちが、木戸を開けて次々に外に走り出て来た。
が、彼らの手にした提灯の明かりが格好の目印になった。
蔵人と仙千代は物陰に隠れ、彼らが遠ざかるのを待って、駆け足で逃げ去った。
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