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第17章 潜入
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仙千代が、二人の門衛が死んだことを知ったのは、翌朝だった。
大黒屋の屋敷は、門衛や見張り役、用心棒として、浪人や腕っぷしの強い男を何人も抱えている。
いくら裕福な商人の屋敷で、強盗や物盗りに狙われる危険はあるとは言え、警備は過剰であるかのように見えるが、この屋敷の秘密を知る者には、大黒屋が用心を重ねるのは無理もないことだった。
事件について、仙千代に説明する者はいなかったが、座敷牢を見張る男たちの会話から、おおよその事情は把握できた。
二人の門衛は斬殺され、閉ざされた門の外側と内側、つまり、屋敷の敷地の中と外の両方に倒れていたこと。
彼らは元は足軽で、剣や武術の心得はあること。
殺された時、彼らは刀を持っていたが、鞘から抜いた形跡はなく、反撃する間もないほど瞬く間に斬られたと思われること。
朝、薄明るくなってから、見まわりの男が遺体を発見したが、傷の状態から、夜明け前に何者かに襲われたと思われること。
昨夜も、いつものように用心棒の男たちが屋敷の中を見まわっていたが、新月の夜で真っ暗だったせいもあり、誰も不審人物を見たり異変に気づく者はいなかったことなど。
「正面からの一刀が致命傷だとよ」
「犯人は手練れの者だな」
座敷牢の前に立った男たちが話すのを、仙千代は無感心を装って聞いていた。
この事件を受けて、大黒屋は警戒を強めた。
口入れ屋に頼んで、腕の立つ男たちを次々に雇い入れた。
仙千代の見張りは交代制で、用心棒の中でも、大黒屋に信用されている者たちが務めているようだが、門衛が斬殺されて以降、見張り役の人数が増えて、ちらほらと初めて見る顔が混ざるようになった。
見張り役の交代は、朝、昼、夕、そして夜にあった。
ある日、仙千代のもとに下男が昼餉の膳を運び、食べ終わってしばらくすると、また同じ下男がやって来て膳を下げた。
それを待っていたかのように、昼番の四人の男が座敷牢の前に来て、朝番の見張り役たちと交代する。
仙千代は、目を見開いた。
やって来た見張り役の男の一人が、蔵人だったのだ。
黒っぽい小袖に小袴を着て、浪人風の身なりをしているが、見間違えようもなく長谷川蔵人その人だった。
蔵人は、横目でちらりと仙千代を見たが、興味がないように格子に背を向け、廊下に立った。
仙千代は、あまり蔵人ばかりを見つめると、他の者たちに疑われると思い至り、いつもと同じように、彼らの目線を避けるように格子に背を向けた。
平静を装ってはいたが、内心は激しく動揺していた。
何故、こんなところに蔵人がいるのか。
あれから──川上屋で一夜を共にしてから、会津に帰っていないのか。
彼は何を考えているのか。
当初の驚愕が過ぎると、様々な疑問が次々に浮かんでくる。
時おり、ちらりと蔵人に目をやるが、その背中からは、あらゆる感情も読み取ることは出来なかった。
大黒屋の屋敷は、門衛や見張り役、用心棒として、浪人や腕っぷしの強い男を何人も抱えている。
いくら裕福な商人の屋敷で、強盗や物盗りに狙われる危険はあるとは言え、警備は過剰であるかのように見えるが、この屋敷の秘密を知る者には、大黒屋が用心を重ねるのは無理もないことだった。
事件について、仙千代に説明する者はいなかったが、座敷牢を見張る男たちの会話から、おおよその事情は把握できた。
二人の門衛は斬殺され、閉ざされた門の外側と内側、つまり、屋敷の敷地の中と外の両方に倒れていたこと。
彼らは元は足軽で、剣や武術の心得はあること。
殺された時、彼らは刀を持っていたが、鞘から抜いた形跡はなく、反撃する間もないほど瞬く間に斬られたと思われること。
朝、薄明るくなってから、見まわりの男が遺体を発見したが、傷の状態から、夜明け前に何者かに襲われたと思われること。
昨夜も、いつものように用心棒の男たちが屋敷の中を見まわっていたが、新月の夜で真っ暗だったせいもあり、誰も不審人物を見たり異変に気づく者はいなかったことなど。
「正面からの一刀が致命傷だとよ」
「犯人は手練れの者だな」
座敷牢の前に立った男たちが話すのを、仙千代は無感心を装って聞いていた。
この事件を受けて、大黒屋は警戒を強めた。
口入れ屋に頼んで、腕の立つ男たちを次々に雇い入れた。
仙千代の見張りは交代制で、用心棒の中でも、大黒屋に信用されている者たちが務めているようだが、門衛が斬殺されて以降、見張り役の人数が増えて、ちらほらと初めて見る顔が混ざるようになった。
見張り役の交代は、朝、昼、夕、そして夜にあった。
ある日、仙千代のもとに下男が昼餉の膳を運び、食べ終わってしばらくすると、また同じ下男がやって来て膳を下げた。
それを待っていたかのように、昼番の四人の男が座敷牢の前に来て、朝番の見張り役たちと交代する。
仙千代は、目を見開いた。
やって来た見張り役の男の一人が、蔵人だったのだ。
黒っぽい小袖に小袴を着て、浪人風の身なりをしているが、見間違えようもなく長谷川蔵人その人だった。
蔵人は、横目でちらりと仙千代を見たが、興味がないように格子に背を向け、廊下に立った。
仙千代は、あまり蔵人ばかりを見つめると、他の者たちに疑われると思い至り、いつもと同じように、彼らの目線を避けるように格子に背を向けた。
平静を装ってはいたが、内心は激しく動揺していた。
何故、こんなところに蔵人がいるのか。
あれから──川上屋で一夜を共にしてから、会津に帰っていないのか。
彼は何を考えているのか。
当初の驚愕が過ぎると、様々な疑問が次々に浮かんでくる。
時おり、ちらりと蔵人に目をやるが、その背中からは、あらゆる感情も読み取ることは出来なかった。
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