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第11章 虐待
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「毎度お世話になってます、川上屋です」
揚げ屋の女将に佐吉が告げ、二階に案内される。
座敷に入ると、仙千代は目を見張った。
客は中年の男で、武士ではないが、見るからに質の良い紬の長着と羽織を着ている。
その隣にいるのは、お雪だった。
金糸銀糸に色とりどりの雪丸模様の刺繍が施された振袖姿で、客にもたれかかるように座っている。
その顔は蒼白で、うつろな目をしており、仙千代を見ても表情を変えなかった。
「お雪、ご挨拶をしないか」
客は、お雪の背を叩いた。
「はい、旦那様……」
お雪は四つん這いになり、のろのろと仙千代のほうに這いずって来た。
「お雪さん……!」
仙千代は驚いて声を上げた。
かつて川上屋で一番の人気者で、芳町──いや、江戸中でも、一、二位を争う美貌を誇るお雪。
その彼が、犬のように畳の上を這って来るのだ。
わずかな距離だが、お雪は苦しそうに顔をしかめ、せわしなく浅い息をついている。
「そこの淫売、立ちなさい」
客は仙千代に命じた
言われたとおりにすると、お雪は仙千代の足もとで三つ指ついて、まるで罪を犯した使用人が主人に謝罪をするかのように深々と頭を下げた。
そして、仙千代の足に接吻した。
「うちは淫売にも劣る雌犬どす。どうか可愛がっておくれませ」
「……」
仙千代は驚きのあまり声が出なかった。
豪華な振袖の袖口からのぞく細い手首は、縄目の痕が紫色のアザとなって刻まれ、ところどころ皮膚が裂けてかさぶたになっている。
この客は普段から、お雪を虐待しているのか。
お雪がひどく怯えていることは態度から察せられた。
つづいて、お雪は佐吉の足にも口づけをして、同じ口上をした。
ややあって上げた顔は、苦しげに歪んでいる。
体調が悪いのか、どこか怪我でもしているのか。
お雪が普通の状態ではないのは、明らかだった。
「ほら、お雪、挨拶が上手にできたご褒美だ」
客はお膳の上から何かをつまみあげ、それを放り投げた。
床の上に落ちたのは、かまぼこだった。
お雪はそのほうに這っていくと、箸も手も使わず、まるで犬のように床の上から直に口をつけて食べ始めた。
仙千代は、うずくまるお雪の足首にも、手首と同じ縄目の痕があるのを見とめた。
ただ縄で縛っただけでは、ここまで酷いアザはできない。
きつく縛った上で、吊るし上げるか、なにか強い力が加わったのだ。
お雪が、彼自身が「地獄穴」と呼んだ川上屋から出られるにもかかわらず、泣いて身請けを嫌がった理由を、仙千代は理解した。
おそらく、常日頃から、この男はお雪を虐待し、縛り上げ、苦痛と恐怖で支配して、こうして犬のように扱っているのだろう。
仙千代は、美しく上品なお雪にはふさわしからぬ悲惨な境遇に衝撃を受けると同時に、自分は一体なにをされるのだろうと考えて、目の前が暗くなった。
揚げ屋の女将に佐吉が告げ、二階に案内される。
座敷に入ると、仙千代は目を見張った。
客は中年の男で、武士ではないが、見るからに質の良い紬の長着と羽織を着ている。
その隣にいるのは、お雪だった。
金糸銀糸に色とりどりの雪丸模様の刺繍が施された振袖姿で、客にもたれかかるように座っている。
その顔は蒼白で、うつろな目をしており、仙千代を見ても表情を変えなかった。
「お雪、ご挨拶をしないか」
客は、お雪の背を叩いた。
「はい、旦那様……」
お雪は四つん這いになり、のろのろと仙千代のほうに這いずって来た。
「お雪さん……!」
仙千代は驚いて声を上げた。
かつて川上屋で一番の人気者で、芳町──いや、江戸中でも、一、二位を争う美貌を誇るお雪。
その彼が、犬のように畳の上を這って来るのだ。
わずかな距離だが、お雪は苦しそうに顔をしかめ、せわしなく浅い息をついている。
「そこの淫売、立ちなさい」
客は仙千代に命じた
言われたとおりにすると、お雪は仙千代の足もとで三つ指ついて、まるで罪を犯した使用人が主人に謝罪をするかのように深々と頭を下げた。
そして、仙千代の足に接吻した。
「うちは淫売にも劣る雌犬どす。どうか可愛がっておくれませ」
「……」
仙千代は驚きのあまり声が出なかった。
豪華な振袖の袖口からのぞく細い手首は、縄目の痕が紫色のアザとなって刻まれ、ところどころ皮膚が裂けてかさぶたになっている。
この客は普段から、お雪を虐待しているのか。
お雪がひどく怯えていることは態度から察せられた。
つづいて、お雪は佐吉の足にも口づけをして、同じ口上をした。
ややあって上げた顔は、苦しげに歪んでいる。
体調が悪いのか、どこか怪我でもしているのか。
お雪が普通の状態ではないのは、明らかだった。
「ほら、お雪、挨拶が上手にできたご褒美だ」
客はお膳の上から何かをつまみあげ、それを放り投げた。
床の上に落ちたのは、かまぼこだった。
お雪はそのほうに這っていくと、箸も手も使わず、まるで犬のように床の上から直に口をつけて食べ始めた。
仙千代は、うずくまるお雪の足首にも、手首と同じ縄目の痕があるのを見とめた。
ただ縄で縛っただけでは、ここまで酷いアザはできない。
きつく縛った上で、吊るし上げるか、なにか強い力が加わったのだ。
お雪が、彼自身が「地獄穴」と呼んだ川上屋から出られるにもかかわらず、泣いて身請けを嫌がった理由を、仙千代は理解した。
おそらく、常日頃から、この男はお雪を虐待し、縛り上げ、苦痛と恐怖で支配して、こうして犬のように扱っているのだろう。
仙千代は、美しく上品なお雪にはふさわしからぬ悲惨な境遇に衝撃を受けると同時に、自分は一体なにをされるのだろうと考えて、目の前が暗くなった。
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