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第10章 三浦屋
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しおりを挟む前日から、手持ちがないのに蔭間を呼び、景気よく飲み食いした者がいて、訝しんだ三浦屋の亭主が座敷に行って、お代を払ってくれと催促すると、亭主にお膳をぶん投げて店から逃げ出そうとしたという。
蔵人と楠木が犯人を捕まえて、縄を打った。
犯人は京橋にある乾物屋の入り婿で、能登屋助三郎という者だった。
助三郎は、能登屋の跡取り娘と結婚し、婿入りしたものの、隠れて吉原や蔭間遊びなどの遊興に耽り、借金を重ねていた。
それが妻の両親に露見し、離縁されて、身一つで能登屋を追い出された。
この時代、夫婦が離縁するには、夫が書いた去状──いわゆる「三行半」と呼ばれる離縁状が必要で、妻からは離縁できないとされている。
しかし、江戸の商人はしたたかで、娘の婿を取るときは、気に入らなければいつでも離縁して追い出せるようにと、夫となる男に事前に三行半を書かせてから祝言をあげるのが常であった。
婿入り先を追い出され、無一文になった助三郎は、自暴自棄になり、川に身投げしようと考えた。
が、その前に、せめて冥土の土産にと、三浦屋に遊びに来たのだと語った。
ここは色街、江戸芳町。
なにか事が起これば、公の道理ではなく、店の主人の裁量による私刑がまかりとおる、非ずの場である。
三浦屋の亭主の指示によって、見せしめに蔵人は助三郎を斬った。
犯人に同情の余地はなく、彼を斬ったことに悔いはなかった。
しかし、ひとつ納得がいかないのは、未払いのお座敷代や料理代は、蔭間が弁償する形で蔭間茶屋から三浦屋に支払われ、蔭間の借金になるという点だった。
「悪いのは助三郎だ。蔭間も被害者なのに、なぜ蔭間が肩代わりするんだ?」
蔵人は言った。
「若い娘や美少年なら売れば金になるが、犯人は無一文の中年男。売り物にならないし、支払い能力もないときた。こういう場合、芳町のしきたりで、蔭間に払わせることになってるんだよ」
答えたのは、楠木兵右衛門だった。
「何故そんなことになってるんだ?」
「何故といっても、それがしきたりだからよ」
そう言って楠木は蔵人の肩に腕を回すと、耳元でささやいた。
「忠告するが、俺たちのような揚げ屋の雇われ者も、蔭間のお尻にぶらさがっておまんま食ってる。同情は禁物だ。情をかけたらきりがない、地獄まで持っていかれるぞ」
蔵人はハッと楠木の顔を見、楠木はニヤリと笑った。
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