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第10章 三浦屋

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 長谷川蔵人は、川上屋の前に立ち、建物を見上げた。

 狭い路地に面した二階建ての建物で、一見、ごく普通の茶屋に見えた。

 ただの茶屋ではないことは、ここが江戸芳町であることと、茶屋としての看板は出しているものの、「おだんご」やら「ところ天」というような、提供している食べ物の品名を書いた紙を貼り出していない点を踏まえて、客が察するしかないようだった。

 この辺りは日本橋と目と鼻の距離にあるだけあって、狭い路地でも人々の往来は絶え間なかった。

 蔵人は、仙千代を取り返すと勇み立って江戸に出てきたものの、これといったあてはなかった。

 彼は川上屋に背を向けて少し歩くと、角にある口入れ屋に入った。

 口入れ屋とは、職を求める者と、働き手を求める者とを繋ぐ斡旋屋であり、江戸のような大都市ともなると、たくさんの口入れ屋が町のあちこちに看板を出していた。

 数多あまたある口入れ屋の中から、ここを選んだのは、ひとえに川上屋からもっとも近いところにあるからだった。

「いらっしゃい」
 女亭主らしき中年の女が声を上げた。

「この辺りで働きたい、世話をしてくれるかい?」
 蔵人は率直に用件を切り出した。

「あんた、御浪人さんかい?」

「まあ、そんなところだ」

「どんな仕事がいいんだね?」

「料理茶屋かどこか、川上屋と付き合いのある店がいい。そういうところで働けるなら、用心棒でも下働きでもなんでもやる」

「川上屋の?」女将は眉をひそめた。「なんだい、お侍さん、もしかして、川上屋の蔭間にでも惚れ込んでしまったのではないだろうね?」

「どうでもいいだろう」

「いるんだよねぇ、そういう御人。蔭間に入れ上げちまって、蔭間と少しでも関わりのあるところで働きたいって御人がさ。そう稀にでもなくいるんだよ」

 蔵人は女将に疎ましげな目線を投げつけたが、彼女はおかまいなしに話し続ける。

「そういう御人を見つけるたびに、あたしゃ、よしなさいって言うんだけどね。蔭間や遊女に恋するなんて、実体のない月明かりに魅入るも同然。捕まらないばかりか、しまいにゃあ尻の毛も一本残らず毟られちまうってね」

「そんなんではない」

 ぶっきらぼうに言うと、蔵人は腕を組み、横目で女将を睨めつける。

「で、仕事はあるのか、ないのか、どっちなんだ?」

「あんた、遣い手かい?」
 女将は、両手で太刀を構える仕草をした。

「まあ、覚えがないことはない」

 蔵人は控えめに答えが、一刀流溝口派、免許皆伝の腕前であった。

「ちょうど三浦屋さんで用心棒を探しているよ。三浦屋さんってのは、この先にある料理茶屋で、川上屋とも取り引きがある。腕に覚えがあるなら、やってみるかい?」

「ああ、頼む。その三浦屋さんを紹介してくれ」

「口入れ代は、最初の一月ひとつき分のお給金の一割五分。いいね?」

「わかった。それでいい」

「じゃあ、ここに、あんたの名前と、住んでいるところを書いておくれ。以前、どこかに仕官していたのなら、その経歴も書いておくと、採用されやすいよ」

 女将は帳面を差し出し、蔵人は筆を取った。
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