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第8章 新入り

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「痛いよぉ」

 最後の客を送り出して、部屋に戻ってきたお蘭は、涙ぐんでいた。

 彼は自分の引き出しから小瓶を取り出すと、部屋の隅でしゃがみこみ、「痛い、痛い」とぐずりながら、局部に馬油を塗り込んだ。

 このようなことは、めずらしくはなかった。

 蔭間の現実であり、日常である。

 川上屋の蔭間たちは、皆、痛みに苦しんでいた。

「どうして大人の男たちは、わざわざ銭を払って、あんなことをするんだろう?」

 自分の布団に入ると、お蘭はため息まじりに呟いた。

「後腐れがないし……なにより、若衆にとっては、よほど好いた人じゃなければ、やりたいと思わないから……。好き合っている若衆がいない人が、買いにくるんじゃないかな」

 仙千代も、わざわざ安くはない銭を払って蔭間を買いに来る客の気持ちはわからなかったが、憶測で答えた。

「お仙ちゃんは、好き合った念者がいるんでしょう?」

「まあ……以前はね」

 適当に誤魔化して流そうとするが、

「その人が好きだから、痛いのを我慢できたの?」

 お構いなしにお蘭は訊ねた。

「痛いけど……最初は痛いけど、よくなるんだよ、好いてる人となら」

 仙千代が蔵人と初めて情を交わしたのは、仙千代が江戸へ奉公に行くと決まった日のことである。

 江戸に行ったら、沢山の男と寝なければならない。

 汚れていない清らかな体を、一生に一度だけの初物を、蔵人に受けとってほしいと、仙千代が頼んでのことだった。

「好いてる人のことを考えると、体の芯から熱くなって、欲しくなるんだ。好いてる人が欲しくて、体が泣くんだよ」

「お仙ちゃんも、そうなる時があるの?」

「前はね。今はもうないよ」

 仙千代は、お蘭は十一歳で蔭間になったことを思い出した。

 相手が男であれ女であれ、誰かと好き合う経験もないうちに、こんな色地獄に沈められた少年。
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