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第5章 苦界

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 その日の午後、おらんから驚くような話を聞いた。

 書き入れ時に備えて、蔭間たちが交代で早めの夕餉をとっている時だった。

 白米、大根の漬物、大根の葉っぱの味噌汁という献立だが、貧しい寒村などから売られてきた少年たちにとっては、毎日ご飯を腹いっぱい食べられるだけでも、ありがたいことであっただろう。

 川上屋の亭主は、ドがつくケチではあったが、体が資本であると同時に、仕事で嫌なことが多く鬱憤をためやすい蔭間に、白い飯を腹いっぱい食べさせることは了としているようだった。

 もっとも、彼の心根が優しいというわけではなく、商売人として遺漏がなく、目先の小銭にとらわれずに長期的な利益を追求しているだけではあるのだが。

「お雪さんね、足抜けしたことがあるんだよ」

 仙千代の耳に、お蘭がささやいた。

「あのお雪さんが?」

 驚いた仙千代に、お蘭はくちびるに人差し指を当てて、「しっ」と声をひそめるように促した。

 お蘭は十三歳で、仙千代より一つ年下だが、川上屋に売られて来たのは十一歳の時で、蔭間としては先輩である。

「あれはまだ、私が仕込み中の頃──ここに来て一月ひとつきくらいのときだったかな」

 彼の話によると、二年前の冬、お雪は客が寝ている隙に、揚げ屋から逃げようとしたらしい。

 無論、すぐに追手に捕まり、川上屋に連れ戻された。

 その当時、お雪はすでに一番の売れっ子で、何人も上客がついていたため、鞭や棒を使っての吊るし叩きのような、後先を考えない折檻にはかけられなかった。

 そのかわり、できるだけ肉体を傷つけずに、痛めつけ苦しめることを目的にした、陰惨な見せしめが行われたという。

「私も見させられたけど……痛そうなんてものじゃなかったよ」

 お蘭の顔は暗かった。
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