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第5章 苦界
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「昨夜、あいつに買われたんやって?」
鏡の前で身支度をしていると、お雪が仙千代に近づいてきた。
お雪は十七歳で、川上屋で一番の稼ぎ頭である。
やわらかな京訛りの言葉を話し、その名のとおり雪のように白く透き通る肌をしていた。
化粧をする前の素顔も本物の女子より美しく、彼が首や目線をちょっと動かすだけで、かおるような色香がわきたつ。
おそらくは仙千代のように、今は落ちぶれてしまったものの、もともとは上方の上流階級に属する家に生まれ育ったに違いない。
なにげない所作や言葉遣いから、隠しきれない育ちの良さを漂わせていた。
「お雪さん、あいつを知っているんですか?」
「ようは知らへんけど、幕府の旗本みたいや。あの人、痛いことするから、よう好かん」
「お雪さんも、あいつに買われたことあるんですか?」
「三年くらい前にいっぺんだけなぁ。目隠しをされて怖かったわ」
お雪は嫌なものを見るように顔をしかめるが、そんな表情さえ可愛らしく見えた。
「お尻にな、痛くなるものを入れられて……あいつは『気持ちようなる薬』て言うとったけど……えらい痛くて、めずらしゅう本気で泣いてもうた」
本気でなくても泣くことがあるのか、本気で泣くことのほうが珍しいのかと、仙千代はむしろそっちのほうに感心した。
「そやさかい、頭に来て、あいつに糞をつけたったわ」
「糞?」
「あいつの顔に糞をしたってん」
「……」
お雪の上品さとは正反対の言葉に、仙千代は呆気にとられた。
「もちろん、旦那はんにはこってり絞られたけど……またあいつに買われるくらいなら、ご飯を食べられへんほうがマシやもの」
お雪の話によると、蔭間が客を怒らせたり何か粗相をすると、懲らしめとして食事を抜かれたり、ほかの蔭間に嫌われている客を取らされたりするという。
しかし、商品である肉体に傷をつけないように、体罰が加えられることは滅多にないそうだ。
ただ一つの例外は、足抜けをした場合だ。
鏡の前で身支度をしていると、お雪が仙千代に近づいてきた。
お雪は十七歳で、川上屋で一番の稼ぎ頭である。
やわらかな京訛りの言葉を話し、その名のとおり雪のように白く透き通る肌をしていた。
化粧をする前の素顔も本物の女子より美しく、彼が首や目線をちょっと動かすだけで、かおるような色香がわきたつ。
おそらくは仙千代のように、今は落ちぶれてしまったものの、もともとは上方の上流階級に属する家に生まれ育ったに違いない。
なにげない所作や言葉遣いから、隠しきれない育ちの良さを漂わせていた。
「お雪さん、あいつを知っているんですか?」
「ようは知らへんけど、幕府の旗本みたいや。あの人、痛いことするから、よう好かん」
「お雪さんも、あいつに買われたことあるんですか?」
「三年くらい前にいっぺんだけなぁ。目隠しをされて怖かったわ」
お雪は嫌なものを見るように顔をしかめるが、そんな表情さえ可愛らしく見えた。
「お尻にな、痛くなるものを入れられて……あいつは『気持ちようなる薬』て言うとったけど……えらい痛くて、めずらしゅう本気で泣いてもうた」
本気でなくても泣くことがあるのか、本気で泣くことのほうが珍しいのかと、仙千代はむしろそっちのほうに感心した。
「そやさかい、頭に来て、あいつに糞をつけたったわ」
「糞?」
「あいつの顔に糞をしたってん」
「……」
お雪の上品さとは正反対の言葉に、仙千代は呆気にとられた。
「もちろん、旦那はんにはこってり絞られたけど……またあいつに買われるくらいなら、ご飯を食べられへんほうがマシやもの」
お雪の話によると、蔭間が客を怒らせたり何か粗相をすると、懲らしめとして食事を抜かれたり、ほかの蔭間に嫌われている客を取らされたりするという。
しかし、商品である肉体に傷をつけないように、体罰が加えられることは滅多にないそうだ。
ただ一つの例外は、足抜けをした場合だ。
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