上 下
32 / 71
第5章 苦界

しおりを挟む
「昨夜、あいつに買われたんやって?」

 鏡の前で身支度をしていると、おゆきが仙千代に近づいてきた。

 お雪は十七歳で、川上屋で一番の稼ぎ頭である。

 やわらかな京訛りの言葉を話し、その名のとおり雪のように白く透き通る肌をしていた。

 化粧をする前の素顔も本物の女子より美しく、彼が首や目線をちょっと動かすだけで、かおるような色香がわきたつ。

 おそらくは仙千代のように、今は落ちぶれてしまったものの、もともとは上方の上流階級に属する家に生まれ育ったに違いない。

 なにげない所作や言葉遣いから、隠しきれない育ちの良さを漂わせていた。

「お雪さん、あいつを知っているんですか?」

「ようは知らへんけど、幕府の旗本みたいや。あの人、痛いことするから、よう好かん」

「お雪さんも、あいつに買われたことあるんですか?」

「三年くらい前にいっぺんだけなぁ。目隠しをされて怖かったわ」

 お雪は嫌なものを見るように顔をしかめるが、そんな表情さえ可愛らしく見えた。

「おいどにな、痛くなるものを入れられて……あいつは『気持ちようなる薬』て言うとったけど……えらい痛くて、めずらしゅう本気で泣いてもうた」

 本気でなくても泣くことがあるのか、本気で泣くことのほうが珍しいのかと、仙千代はむしろそっちのほうに感心した。

「そやさかい、頭に来て、あいつに糞をつけたったわ」

「糞?」

「あいつの顔に糞をしたってん」

「……」

 お雪の上品さとは正反対の言葉に、仙千代は呆気にとられた。

「もちろん、旦那はんにはこってり絞られたけど……またあいつに買われるくらいなら、ご飯を食べられへんほうがマシやもの」

 お雪の話によると、蔭間が客を怒らせたり何か粗相をすると、懲らしめとして食事を抜かれたり、ほかの蔭間に嫌われている客を取らされたりするという。

 しかし、商品である肉体に傷をつけないように、体罰が加えられることは滅多にないそうだ。

 ただ一つの例外は、足抜けをした場合だ。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

木曜日生まれの子供達

BL / 連載中 24h.ポイント:1,888pt お気に入り:1,180

支配者達の遊戯

BL / 連載中 24h.ポイント:887pt お気に入り:868

〜歪みの中で咲く花〜

恋愛 / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:1

クラス転移したけど能力が低いのでリセマラされる前にバックレる

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:63pt お気に入り:539

【R18】ヤリ過ぎ性教育を思う存分楽しみたいと思います。

大衆娯楽 / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:12

旦那様! 愛し合いましょう!

I.Y
恋愛 / 連載中 24h.ポイント:2,180pt お気に入り:514

いじっぱりなシークレットムーン

恋愛 / 完結 24h.ポイント:78pt お気に入り:854

処理中です...