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第5章 苦界
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「たしかに腫れてるが、腫れてるだけだ。客を取れないなんて大袈裟なことを言うな」
亭主はじろりと佐吉を睨んだ。
「佐吉、お前まさか、こいつにほだされちまったのか?」
「いいえ、まさか、そんなことはありません」
「お仙、お前も胸を弄られたくなければ、上手いこと言って客をあしらうんだ、いいな?」
「は、はい……」
「佐吉も、この子があんまり痛がるようなら、良い塩梅に調整してやりな。床を怖がる蔭間なんて興醒めだからな」
「へい」
いつもどおり不機嫌になった亭主に追い出されるように、仙千代と佐吉はその場を後にした。
蔭間部屋へと続く廊下を奥に進むと、突き当たりに牢屋のような格子戸があった。
頑丈な南京錠が下ろされており、内側からは自由に外に出ることはできない。
佐吉は鍵を使って錠前を外し、格子戸を開いた。
仙千代がその中に入ると、佐吉は格子戸を閉ざし、ガチャリと重々しい音を立てて錠前をおろして鍵を閉めた。
「お仙ちゃん、ゆっくりお休み」
格子戸の向こうから、佐吉はほほえんだ。
「お休みなさい」
仙千代も微笑を返すが、格子戸を挟んだこちら側と向こう側で、決して越えることのできない身分の差、立場の違いをひしひしと感じた。
──佐吉は、あっち側の人なんだ……。
上級武士の子として生まれた仙千代は、生まれたときから家臣や使用人がいつも周囲にいて、なにくれとなく世話をしてもらえるのを当たり前のこととして育った。
それ故に、川上屋に来てから、佐吉が身の回りの世話をしてくれることを、ごく自然に受け入れていた。
しかし、佐吉は仙千代の使用人などではなかった。
むしろ、仙千代が売られてきた奴隷であり、格子戸の中の囚人であり、佐吉は外側にいる人間なのだ。
自分の立場に改めて気がついて、仙千代の胸は惨めさに塞がれた。
もう武士ではない、男ではない、人間ですらないと何度も自分に言い聞かせ、己の置かれた立場の弱さ、惨めさを、短い間に何度も舐めさせられたにも関わらず、それでもまだ傷つく「人としての心」が残っていた。
仙千代はまたしても込み上げてきた涙を飲み込むと、蔭間部屋に向かった。
亭主はじろりと佐吉を睨んだ。
「佐吉、お前まさか、こいつにほだされちまったのか?」
「いいえ、まさか、そんなことはありません」
「お仙、お前も胸を弄られたくなければ、上手いこと言って客をあしらうんだ、いいな?」
「は、はい……」
「佐吉も、この子があんまり痛がるようなら、良い塩梅に調整してやりな。床を怖がる蔭間なんて興醒めだからな」
「へい」
いつもどおり不機嫌になった亭主に追い出されるように、仙千代と佐吉はその場を後にした。
蔭間部屋へと続く廊下を奥に進むと、突き当たりに牢屋のような格子戸があった。
頑丈な南京錠が下ろされており、内側からは自由に外に出ることはできない。
佐吉は鍵を使って錠前を外し、格子戸を開いた。
仙千代がその中に入ると、佐吉は格子戸を閉ざし、ガチャリと重々しい音を立てて錠前をおろして鍵を閉めた。
「お仙ちゃん、ゆっくりお休み」
格子戸の向こうから、佐吉はほほえんだ。
「お休みなさい」
仙千代も微笑を返すが、格子戸を挟んだこちら側と向こう側で、決して越えることのできない身分の差、立場の違いをひしひしと感じた。
──佐吉は、あっち側の人なんだ……。
上級武士の子として生まれた仙千代は、生まれたときから家臣や使用人がいつも周囲にいて、なにくれとなく世話をしてもらえるのを当たり前のこととして育った。
それ故に、川上屋に来てから、佐吉が身の回りの世話をしてくれることを、ごく自然に受け入れていた。
しかし、佐吉は仙千代の使用人などではなかった。
むしろ、仙千代が売られてきた奴隷であり、格子戸の中の囚人であり、佐吉は外側にいる人間なのだ。
自分の立場に改めて気がついて、仙千代の胸は惨めさに塞がれた。
もう武士ではない、男ではない、人間ですらないと何度も自分に言い聞かせ、己の置かれた立場の弱さ、惨めさを、短い間に何度も舐めさせられたにも関わらず、それでもまだ傷つく「人としての心」が残っていた。
仙千代はまたしても込み上げてきた涙を飲み込むと、蔭間部屋に向かった。
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