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第5章 苦界
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川上屋の亭主は、めずらしく機嫌がよかった。
「えらいじゃねぇか、お仙、よく頑張った」
笑みを浮かべて励ますように仙千代の肩をポンと叩く。
「そういや福文屋の饅頭があったな、ひとつしかないから、今ここでささっと食べちまいな」
亭主は棚の奥から饅頭を取り出し、仙千代に手渡した。
「旦那さま、かたじけのうございます」
仙千代は目を泣きはらし、その顔は一晩でげっそりとやつれていたが、礼儀正しく亭主に頭を下げると、両手で饅頭を受けとった。
「おい佐吉、なにをぼさっとしてる、お仙にお茶をいれてやりな」
「はい、すぐに」
川上屋権兵衛は、抜け目のない吝嗇家で知られているが、文字どおり体を張って、たった一晩で揚げ代と心付けを合わせて六両も稼いできた蔭間に、饅頭ひとつ振る舞う程度の余地は残っていた。
仙千代は食欲はなかったが、主人の心づかいを無下にしては失礼だと、饅頭を口に運んだ。
「お仙ちゃん、どうぞ」
佐吉が煎茶を差し出した。
「かたじけない」
仙千代は佐吉に疲れた笑みを向けた。
「六両も稼げば、お仙ちゃん、今日と明日は休みを取れますね」
その佐吉の言葉に、
「お前はなにを言ってるんだい、それとこれとは別だ」
亭主はぴしゃりと言った。
「で、でも、お仙ちゃんは怪我をしてるんです」
「怪我だと?」
「はい、乳首がひどく腫れちまって──」
「そんなの怪我のうちに入らねぇ、お前もわかってるだろ」
「腫れ方が尋常じゃないんです、客は取れないと思います。今日明日は休ませてやらないと……」
「どれ、お仙、見せてみろ」
仙千代は一瞬、躊躇した。
自分はもう武士ではない、蔭間なのだと頭では理解していても、こういう場面でこういう扱いをされると、やはり胸の奥が疼いた。
それでも、せっかく機嫌のよい主人を怒らせるのは得策ではないと悟り、すぐに言われたとおりに着物の胸元を自らはだけて乳首を見せた。
「えらいじゃねぇか、お仙、よく頑張った」
笑みを浮かべて励ますように仙千代の肩をポンと叩く。
「そういや福文屋の饅頭があったな、ひとつしかないから、今ここでささっと食べちまいな」
亭主は棚の奥から饅頭を取り出し、仙千代に手渡した。
「旦那さま、かたじけのうございます」
仙千代は目を泣きはらし、その顔は一晩でげっそりとやつれていたが、礼儀正しく亭主に頭を下げると、両手で饅頭を受けとった。
「おい佐吉、なにをぼさっとしてる、お仙にお茶をいれてやりな」
「はい、すぐに」
川上屋権兵衛は、抜け目のない吝嗇家で知られているが、文字どおり体を張って、たった一晩で揚げ代と心付けを合わせて六両も稼いできた蔭間に、饅頭ひとつ振る舞う程度の余地は残っていた。
仙千代は食欲はなかったが、主人の心づかいを無下にしては失礼だと、饅頭を口に運んだ。
「お仙ちゃん、どうぞ」
佐吉が煎茶を差し出した。
「かたじけない」
仙千代は佐吉に疲れた笑みを向けた。
「六両も稼げば、お仙ちゃん、今日と明日は休みを取れますね」
その佐吉の言葉に、
「お前はなにを言ってるんだい、それとこれとは別だ」
亭主はぴしゃりと言った。
「で、でも、お仙ちゃんは怪我をしてるんです」
「怪我だと?」
「はい、乳首がひどく腫れちまって──」
「そんなの怪我のうちに入らねぇ、お前もわかってるだろ」
「腫れ方が尋常じゃないんです、客は取れないと思います。今日明日は休ませてやらないと……」
「どれ、お仙、見せてみろ」
仙千代は一瞬、躊躇した。
自分はもう武士ではない、蔭間なのだと頭では理解していても、こういう場面でこういう扱いをされると、やはり胸の奥が疼いた。
それでも、せっかく機嫌のよい主人を怒らせるのは得策ではないと悟り、すぐに言われたとおりに着物の胸元を自らはだけて乳首を見せた。
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