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温泉の国 オールス

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「それで、皆さんはこれからオールスに向かうんですよね」

「なんでミールが知ってるの?」

「お姉ちゃんたちを追いかけてきたからですよ。聞き込みしたら皆さん教えてくれました。勲章貰えるなんてすごいですね」

 ミールの偶に見せる情報収集能力に驚かされながらも、少しずつ日常が戻っていく感じがしている。

「となると早めの出発ですか? それとももう少し買い物をしていくのでしょうか?」

「俺達の買い物は終わってるから、ミールに欲しい物が無ければ荷造りが終わり次第出発だな」

 そう言うミールに俺は答える。
 なにせ今回は、ミールに合わせて出発が遅れたと言っても過言ではない。

「荷造りは終わりましたよ、ミールさんも手伝ってくれたおかげで荷造りも早く終わりましたし」

「アルシェ先輩の動きが早いからですよねフィル先輩」

 荷造りをしていたらしいアルシェとミールが声をかけると、ちょうど最後の荷物を積んできたフィルに話を振る。

「今ので終わったよ、後はいつでも出発できる」

「じゃあ、そろそろ出発するか」

 馬車に乗ると操舵席にはアルシェではなくミールが座った。

「ミールが操舵するのか?」

「はい、実はやったこと無くて」

 ロックスだと、基本的には使用人がやってくれるしな。できなくてもおかしくはないか。

「そっか、じゃあアルシェ見ててくれるか?」

「え? はい、大丈夫だと思います」

 昨日の暴れっぷりを見てアルシェは少しだけ動揺しているみたいだ。
 だけど、一緒に旅をするなら少しくらい打ち解けてもらいたいので俺は頼むことにした。

「じゃあ頼んだ」

 俺が後ろに乗り込み、馬車が出発すると、ルリーラが膝の上の乗ってくる。

「移動中にお尻が痛くないのは久しぶりだよ」

「じゃあ、あたしはご主人の膝借りるね」

 そう言うとフィルまで俺の膝に頭を乗せる。
 膝の上は渋滞、ルリーラがフィルの頭の場所を確保しないといけない状態だった。

「狭すぎだろ」

「いいんだよ」

 ふと視線を感じ視線の先に目を向ける。
 するとこちらが騒いでいるのを羨ましそうに眺めるアルシェがいた。

「アルシェさんもあの中に行きたいんですか?」

「えっ、あ、はいそうですね」

 こちらを見ていたアルシェにミールが声をかけた。
 少しは仲が良くなるかもしれないと、見守ることにした。

「やめた方がいいですよ兄さんはお姉ちゃんと結ばれてるしそこの間に挟まれるのは私だけですから」

 仲良くなるのは無理そうだ。
 見守ろうと決めた瞬間にミールがアルシェに喧嘩を売りだした。

「それは違いますよ、ミールさん」

「違うって何がですか? 自分が一番だとでも?」

 急に殺気立つミールにアルシェは告げる。

「違います。クォルテさんは、ルリーラちゃんも私もフィルさんもそしてミールさんも選ぶ気はないですから」

「それはどうしてですか? こんなに仲睦まじく見えますが」

「それは俺がみんなの父親役をやるって決めてるからだよ」

 二人の会話に口を挟む。
 このままだとあーだこーだといがみ合ってしまいそうだったからだ。

「兄さんがですか?」

 操舵しているミールはこちらを見ないで前だけを見ている。

「最終的にどうなるかはわからないけど、今現在はこの中の誰とも付き合うつもりはない」

「そうですか」

 そうしてミールは何も言わなくなった。
 ミールの操舵で進む馬車に揺られながら俺はまどろみに沈んでいった。

「皆さん起きてください」

 ミールの言葉で夢の中から引き上げられる馬車の外を見る。
 熱気によって蒸し暑く、草木が無くなったらしく馬車はガタガタと音を出して揺れる。
 足元は灰色の岩が成形され道として置かれている。
 遠くにそびえる山の頂上ではモクモクと煙が立っている。
 生物が生きて居れそうにない不毛の地だ。

「入ったんだな」

「はいここから温泉の国オールスです」

「凄い、煙だらけだ」

「ちょっと臭い?」

「そうだこの国の特徴はこういうところだ湯気と温泉の匂い」

 草木がない土と岩の道。
 舗装されている道は走りやすいが道が蛇行しているのが難点だ。
 蛇行している理由は舗装されていない部分にある。
 舗装されていない荒れ地には、所々に湯気と呼ばれる煙が出ている。触れたことはないが、この湯気に触れると火傷するほどに高温の可能性があるとのことだ。
 その湯気がなぜ出ているかと言うと、地下に温泉が埋まっていてその蒸気らしい。
 これほどに地下に温泉が湧いているのがこの国の特色で、他の所も湯気が出る場所もあるが、あくまで数える程度でこれほどの量はないらしい。

「この匂いってなんなの?」

「詳しくは専門外だから知らないが、温泉の匂いらしい。ちなみにこのきつい匂いは掘る前の状態が一番強いらしいから、街に行けば匂いは収まるぞ」

「よかった、いくら気持ちよくても臭すぎたらゆっくりできないもんね」

 ルリーラの質問に答えると、ミールが補足ですが。と続けた。

「この国の宿は二つに分かれています。一つは普通の宿他の国と大差ありません。そしてもう一つが温泉宿、こちらは温泉が最低一種類は設置されています」

「温泉って何種類かあるの?」

「それは効能の問題だな。怪我に効いたり病気に効いたり呪いに効いたりするらしい」

 みんなの手前言わないが、豊乳や安産なんかに効く温泉もある。
 それを言わなかったのは確実にそのどちらかになってしまうからだ。

「凄いねー、どこに泊まったらいいかわからないよ」

「どこに泊まっても変わらないぞ、泊っている宿ならいつでも入れるが、泊っていない宿のは日のあるうちだけだ。だから基本的にどこに泊まっても問題ない」

 どこに泊まっても他の宿のサービスを受けられるのは嬉しいところだ。
 結構あっちにしておけばなんてことがあったりするしな。

「ではまず街に向かいましょう。当然ですが首都なら種類も規模も大きいですよ」

「じゃあそこに向かおう」

 そう言い走り出してから結構経ったが、未だに首都にはたどり着かない。
 たどり着くどころか、湯気と臭いにみんなやられている。

「全然つかないけど」

「しかも熱い」

 首都の姿は見えているが、道が蛇行しているおかげで一向にたどり着く気配がない。
 そして湯気は暑いだけでなく、湿度も無駄に引き上げる。
 おかげで俺達全員がほぼ下着姿で過ごしている。

「クォルテーあついー」

「暑いならくっつくな」

「うー」

 荷台では周りから見えないように膜を張っているので、後ろに移動した女性陣はみんな上下に布を一枚巻いて過ごしている。
 操舵席にいる俺は上半身裸で、腰に布を巻いて操舵している。

「これってもう一直線にいけないのか?」

「いけませんよ、変に湯気の出ている場所に衝撃を与えたら温泉が噴き出てしまいます」

「だよなぁ」

 俺の馬鹿げた一言を一蹴するミール。
 その言葉はフィルの様に間が伸びている。

「よし、絶対次の町で今日は休む! じゃないと俺達が死んでしまう!」

 こういう時は本当に機械馬でよかったと思う。
 機械馬以外だと馬が先にへばってしまう。
 そして更に少し馬を走らせると町が見えてきた。

「やった町だぞ」

 みんなが大喜びして操舵席に詰め寄る。
 しっとりした汗ばんだ柔らかな肌が俺に張り付く。普段なら邪念に囚われてしまいそうな感触だが、熱でやられている脳には快楽として届かない。

「暑い離れろ後は服を着てろ」

 自分の恰好を見て急に恥ずかしくなったのか、操舵席と荷台を繋ぐ布を閉じる。
 そしてようやく最初の町についた。
 町の中は外と同じくらい湯気があるにもかかわらず外より涼しく服を着ていても問題はない。
 町の中は変わった造りで荒野の中に木製の建物がまばらに建っている。
 街に走っている川は、温泉の国にも関わらず涼しげな音をたてていた。

「とりあえずどこでもいいから宿を探そう」

 できれば疲労回復とかの効能の宿はないだろうか。
 何とか近くにあった温泉宿を探し部屋を取る。

「こちらになります」

 案内された部屋は六人用の大部屋で見たことのない木製の造りになっていた。
 長年使われてきたらしい大きなテーブル、部屋を仕切っている紙のように薄い扉、部屋の中には壁に埋め込まれ絵が描かれている扉のクローゼット。
 他の国にはめったにない装飾品の数々に俺は驚いた。

「この床って何ですか?」

 流れがあるようで、触り方次第で感触が違っていて面白く、硬いのにどこか柔らかい。

「それは乾燥した草を編んでいるんですよ」

「そうなんですか」

 草を編むのかそれを床に敷くとこんな感じなのか。
 あえて流れを揃えていない床、ここの文化は他と違っていて面白い。

「それでは当宿の説明をさせていただきます」

「俺が聞いておくから、荷物を頼む」

 四人がそれぞれ荷物の移動を開始させる中俺は店員に話を聞く。

「温泉は宿泊のお客様でしたらいつでも入浴可能です。それとは別に、お部屋にも小さいですが浴槽がついております」

「あの扉の向こうですか?」

 奥が透けている扉の向こうが浴室になっているらしい。

「さようです。お食事はこちらの部屋にお持ちいたしますので、受付にご連絡ください」

「わかりました」

「お布団の方は私共が敷きますか?」

「それはこっちでやります」

「かしこまりました。不明点がありましたらお気軽にフロントにご連絡ください」

「ありがとうございます」

 妙に恭しい態度に気分が良くなる。これもサービスの一環なのだろう。
 店員が出て行くと、説明中から気になっていたのかルリーラはすぐに浴室の扉を開く。

「凄い!」

「本当だな」

 全員が口を揃えて凄いと絶賛した。
 大部屋だからなのか大きな木製の浴槽にはお湯が溢れ続け、体を洗うスペースも広い。
 浴室は確かに六人全員が入れるほどに大きい。これで小さいとはどういうことなのかさっきの人に問いただしたい。
 そしてなにより驚きなのが浴室なのに外にあることだ。
 そして除き防止なのか目隠しの柵がある。

「これって中が見られたりしませんか?」

「それは大丈夫だろ、一番背の高いフィルの頭が辛うじて出るくらいだし柵に隙間もない」

 他の三人とは違いアルシェだけが覗きの心配をしていることに、このパーティの危機感の無さがうかがえる。

「それじゃあ、汗でべたべただからお風呂入っちゃおう」

 そう言って男らしくルリーラが脱ぎだすと、他のみんなも服を脱ぎだす。

「俺が出るまで待てないのか……」

「クォルテは一緒に入らないの?」

「俺は大浴場の方に行ってみるよ」

 視線を逸らしながら浴室から出て行った。

「はふぅー、気持ちいいー」

「本当だね、疲れが取れるよ」

「まったりするねー」

「フィルさんはいつもじゃないですか」

「そういうミールもねー」

 四人が団らんする声を聞きながら俺も風呂に行く準備をする。

「やっぱりクォルテも入ろうよー」

「そうですよ、気持ちがいいですよ」

「だから俺は大浴場に行くってば」

 透ける扉の奥では肌色の塊が動いているのが見える。
 正直あの中に入って行って自我を保てる気がしない。

「そっちも入ってみたいです」

「後で入りに行こうね」

「はいー」

 四人が完全に骨抜きにされている今のうちに俺は準備を終え大浴場に向かう。

「おおー」

 大浴場は名前の通り確かに大きい、店員の言っていた部屋の風呂が小さいと言ったのに納得する。
 木製の浴槽ではなく岩でかたどられた大きな浴槽には、数十人単位で入れるほどに大きい。
 浴槽の脇に立っている立て札に従って、体をお湯で流してから浴槽に浸かる。
 熱すぎないお湯がじんわりと体に染みわたる。

「ふぅ」

 ルリーラ達じゃないが体から力が抜ける。
 さっきのみんなの言葉がわかるほどに疲れが取れていく。
 このまま寝てしまいたい。
 目を閉じて肩まで浸かっていると脱衣所の扉が開く音がする。
 そうだった、ここは誰でも入れるんだったよな。

「ご主人いる?」

「いるぞ」

 フィルの声に返事をする。

「よかったいた」

 ちゃぷっと温泉に浸かる音まで聞こえ、ここの温泉がつながっていることを知った。
 水の揺れる音が聞こえこちらまでその振動が波紋になって伝わる。

「隣いいよね」

「いいぞ……、ん?」

 隣?
 そう思い目を開けると隣にフィルがいた。
 いつもはふわふわとした髪をを一本に纏め体にタオルを巻いて俺の隣に座っていた。

「なんでいるんだ!?」

「ここ混浴だよー」

「マジか」

 脱衣所くらいしか確認しなかったからな、てっきり男女別だと思っていた。
 振り返ると確かに俺が出てきた扉から少し離れたところに同じように扉がある。

「それでフィルだけか?」

「アルシェの方がよかった?」

「そういう意味じゃない」

 アルシェは規格外だがフィルも十分に魅力的な肉体をしている。
 出る所はしっかりと出ているし凹むところはしっかりと凹んでいる。
 気を使ってくれているのかタオルで体を隠してはいるが、
 湿ったタオルは大人っぽいフィルの体を隠しきれずにより誇張している。

「うるさかったからね、主にルリーラとミールがね」

「大体想像つくよ」

 二人のじゃれている様子を想像するだけで苦笑いしか出てこない。
 ついこの前殺し合いしてたはずなのにな。

「あたし、この時間が好きなんだー」

 大きく伸びをし体をこちらに預けてくる。
 温泉の効能なのか上気している肌が熱っぽく色っぽい。
 ルリーラ達にはない大人っぽさにフィルだとわかっていても緊張してしまう。

「何がだ?」

 緊張は隠せただろうか。
 わざとらしくいつも通りに言葉を返す。

「ご主人はあんまり騒がしくないし」

 フィルの緑のような爽やかな匂いが鼻を触る。

「まあ、もと研究者だからな」

「だから落ち着く」

「そりゃあ、よかったな」

 いつもルリーラやアルシェがやっている行動よりも控えめで肌も腕同士しか触れていない。
 それなのにいつもよりも心臓が高鳴る。
 温泉のせいかお互いの熱が溶け合っているような錯覚すら感じてしまう。

「ルリーラ達といるのは嫌か?」

「嫌じゃない、疲れるけど嫌いじゃないよ」

 はっきりと断言する。

「特に、みんなでご主人誘惑するのは好きだよ」

 そう言って更に体の密着するのを高めこちらを見つめる。
 垂れた目は見つめていると飲み込まれそうになり視線を反らす、
 反らした先の薄褐色の肌、首筋か汗が流れ鎖骨をなぞるように進み、程よく膨らんだ胸の谷間に飲み込まれる。

「ご主人なら見てもいいよ」

「なっ」

 流石に俺が見ているのに気が付いており、フィルがタオルに手をかける。
 解けないタオルからは、柔らかく熟れた果実が締め付けていたタオルか逃れようと動く。
 見えそうで見えない限界を知っている様なフィルの動きに、目線が離せなくなる。

「どうする?」

 ルリーラとアルシェのように、直接的に欲求に訴えかけられているわけでもない。
 寧ろいつもより露出は少ないのにいつもよりも蠱惑的に見えてしまう。
 その蠱惑的な魅力から視線を反らしても煽情的に見つめる二つの眼。

「やっぱり面白いね」

 そう言って目を閉じて俺の肩に頭を置く。
 しっとりと湿った髪が俺の肩に掛かる。

「わざとか」

「見てもいいっていうのは本当だよ」

「ああ、そうかよ」

 からかわれたことに気が付き少し不機嫌な対応をしてみせる。

「本当だよ、望むならご主人の好きにしていいし、してほしい」

 今度は顔が見えないように頭の位置を調整した。

「それはルリーラもアルシェも一緒。選ばれたいんだよご主人に、だからあたしもたまに誘惑してるの」

「こっちの気も知らないでお前らは」

「お互い様だよ、だから交わらなくてもいいから、少しだけでも誘惑されてあげてね」

 奴隷達の年長者としての言葉、自分に魅力があることを伝えてあげて欲しいという俺への叱責。
 確かに自分に自信を持つということは大事だよな。

「そうだな、そうしようかな」

「後は、あたしには甘えてもいいんだよ」

「疲れたらな」

「膝枕してあげるよー」

「溺れろと?」

「じゃあ、膝枕のために先に部屋に戻ってるよ」

「一緒に戻るぞ」

 微笑みを残して立ち上がるフィルの後について行こうとしたが、すぐに制止されてしまう。

「一緒に戻ったらルリーラ達とまた温泉に連れていかれるよ」

「それもそうか」

「だから少し経ってから来てねー」

「わかった。ありがとうな」

「どういたしまして―」

 ひらひらと手を振りながらフィルは脱衣所に入っていった。

「さてもう少しゆっくりしていくか」

 俺は十分に温泉を堪能した。



 俺が温泉から上がって部屋に戻ると、みんなは同じ服を着ていた。

「なんだその服」

「浴衣って言うんだって」

「なんじゃそりゃ」

「なんでもこの国の普段着らしくて服を脱ぐ手間を省くそうです」

「なるほど」

 確かにこの格好ならすぐに服は脱げるだろう。
 大きな模様の入った布が一枚。前が大きく開いていてそれを細い布で縛るだけの簡単な服。

「兄さん、似合いますか?」

「おう、みんな似合ってるぞ」

 ルリーラ達はみんな嬉しそうにするが、俺としてはどうも落ち着かない。
 簡易的で脱ぎやすくするために作られているため前面が危ない。
 ルリーラとミールの体型なら少しはだけても問題はないが、アルシェとフィルに関して言えば正直この服だと心もとない。
 胸元の膨らみが浴衣を持ち上げ本来よりも裾が上がっている。
 それに加え膨らみが前面だけでなく横にも多少広がるために胸元が緩く零れそうで不安になる。

「どうかしましたか?」

「いや何でもない」

 当然なんでもないわけがない。
 床に直接座るため、足を崩すときわどい所まで裾がめくれ上気した足が外気に触れる。
 これが普段着とは温泉の国恐るべし。

「ご主人、ちょっといい」

「どうした?」

 呼ばれて隣に行くとフィルは顔を寄せてくる。
 体を洗った石鹸の匂いがフィルの匂いに混ざり、湿った髪、上気した頬、浴衣から覗く薄褐色の谷間。
 俺はどうしていいかわからなくなり視線を外す。

「実はこの服の下って下着をつけないんだって」

 不意打ちの言葉に視線が元に戻る。
 近寄る際にはだけた浴衣から現れる足は浴衣を寄せ太腿まで見えている、そこから外しても薄布一枚で守られる守りの薄い胸部が目に入る。

「アルシェとか無防備だからね」

 つい視線がアルシェの胸元に行ってしまう。
 普段から結構見ているはずなのだがそれでもつい見てしまう。
 白磁の様な胸元はすでに大きく開いている。

「冗談だよ、顔に出過ぎ」

「このっ!」

 手玉に取られた俺はそのままフロントに行って夕食の準備をしてもらう。

「豪華だ」

「食べていいんでしょうか」

「すごーい」

「温泉の国凄いです」

 宿の飯は質素な物が多い中ここの温泉宿はとんでもなく豪華だ。
 魚料理に肉料理、米に汁物に野菜。
 考えられる料理がより取り見取りで食卓に並ぶ。

「これ頂き」

 ルリーラが我先に箸を伸ばしアルシェは今後のことを考えて味を覚えるようにしっかりと味わい、
 フィルとミールはマイペースに食べ続ける。
 文句のつけようのない食事に舌鼓を打ちながら和やかに食事を終える。

「さて、話だと首都まではまだ一日くらいかかるらしい」

「もう見えてるのに?」

「国の方針で全部の町を巡るように道を作ったらしい」

「はた迷惑な話ですね」

「あたしはまだ温泉に浸かれるならいいと思うよ」

「そこはフィル先輩に同意します」

「じゃあ目的はゆっくり首都を目指すってことでいいか」

 元から急ぐ旅ではないと、ゆっくりと首都を目指すことにした。

「まさか飲み物があんなに高いと思わなかった」

 出発前に昨日の教訓を得て飲み物を大量に買いに行くと、他の国と倍近く高い金額を取られた。
 まとめ買いで安くなるのが基本のはずなのにまとめ買いすればするほど高くなる。

「こうやって国を維持してるんですね」

 今日は限界が来るまで操舵して見せますと宣言したミールの隣で俺は愚痴を言っていた。

「こまめに町で休憩するのとどっちがいいのか」

「きっと変わらないと思いますよ。そうなるように水の値段を上げてるんだと思います」

「やっぱりそうだよな」

 どっちでも値段が変わらないように料金を調整する。
 それなら泊っても泊まらなくても町に落ちる金は変わらない。

「じゃあもう少し町を回りながら行くか」

「お金は大丈夫なんですか?」

「大丈夫だ。伊達に特級討伐してないからな」

 超大型と特級の討伐報酬はそれなりに貰った。
 テルトアルレシアで結構買ったがそれでも余裕で金は余っている。
 さて後は荷台で死にかけているルリーラ達が大丈夫かだな。

「なら兄さんの指示通りで問題ありませんね」

「ああ」

 仲間が増えてから役割が決まってきた気がする。
 ルリーラは荷物持ち担当、アルシェが家事をこなしてミールはなぜか金銭の管理をしてくれている。
 フィルに関してはなぜか交渉とか相談とかを受け持ってくれている。独特のテンポと物怖じしない姿は実に合っている。

「何の、お話?」

 気に入ったらしい浴衣を着て顔を出すフィルが話に入ってくる。

「首都までに町を回ったらいいか、ため込んだ水で一気に目指すかだな」

「町を回って行こう」

「温泉が気に入ったのか?」

「そうそう、それにクォルテもそう決めたんでしょ?」

「聞いてたんじゃないか」

「あたし達は温泉に入りたいからそれでいいよって話だしね」

 言いたいことは言ったと、フィルは荷台に戻っていった。

「フィル先輩は自由な人ですね、奴隷だっていう自覚があるんでしょうか」

「奴隷でも人間で家族だ」

「兄さんはそういう人ですよね」

 それに今のはフィルなりの気遣いだ、自分達は従うから好きなようにやってくれと先に手をまわしてくれている。
 でも本人はなぜかそういうところを隠そうとする。

「それでは次はどこの町を目指しますか?」

「とりあえずミールが疲れるまで進もうか」

 それで届かなかったところから俺が代わればいいだろう。
 そして結局数時間休憩をしながら進みミールは力尽きた。

「クォルテ、水の魔法でどうにかならない?」

「やってみてもいいが期待するなよ」

 そう言って一度馬車を止める。

「水よ、氷よ、我らに冷たい癒しを与えよ、アイシクル」

 魔力を使い水を生成しその水を氷に変える。

「できるんじゃん」

 みんなが氷の側に行く。

「ぬるいよこの氷」「冷たくありませんね」「変なの」

「皆さん、氷の魔法って実は冷たくないんですよ」

 俺の代わりにミールが解説をしてくれるらしいので、その場は任せることにし俺は馬車を進める。

「氷の魔法は水を固めているんです。本物の氷とは違って冷えて固まってるんじゃないんです」

「そうだったんですね知りませんでした」

「さっぱりわかんない」

「ルリーラちゃん、水の蛇とか炎の鷹を思い出せばイメージしやすいと思うよ」

 プリズマであるアルシェは今の説明ですぐに理解しルリーラにイメージを教える。

「氷の形をした水ってこと?」

「そういうこと」

 それを聞いてルリーラは呻き声を上げながら倒れ込んだ。

「そろそろ着くから服着ろよ」

 こんな感じで疲れては温泉、疲れては温泉を楽しみながら三日旅をして四日目の温泉宿に泊まる。
 都合がつかずに最大の八人部屋へと通されあまりの広さに驚く。

「凄い広い」

「本当だここの浴槽は埋め込み型だよ」

「この浴衣ももらっていいのかな?」

「お姉ちゃん、フィル先輩も荷物を持ってください」

 すっかり温泉宿の雰囲気が気に入った四人は喜びながら部屋を探索する。
 特にアルシェは店員から聞いたりして料理や家具の名前なども覚えている。

「温泉、温泉」

「服は脱衣所で脱げ」

「わーい」

 俺の言うことなど気にも留めずに浴衣を脱ぎ捨てて備え付けの温泉にかけていく。

「じゃあ、俺はまた大浴場に行ってくる」

「私も兄さんについていきたいです!」

「それは他の男に裸を見られるってことだぞ」

「そうでした……」

 ルリーラ達は俺の前では平気で服を脱ぐが、やはり女の子の様で俺以外の男に裸を見られるのは嫌なのだそうだ。

「じゃあ、あたしも行く」

 ただフィルだけは一緒について来る。本人は見られて減るもんじゃないらしい。
 そんなフィルを羨ましそうに見る三人だが、やはり羞恥が勝るらしくただただ見送る。

「フィルはみんなと一緒じゃなくていいのか?」

「いいの、結局また入るからその時で」

「俺は一人でも平気なんだぞ」

「どんな時でも一緒に居てくれる女って惹かれない?」

 のんびりした間延びした口調とは別にフィルは結構押しが強い。
 普段からルリーラ達とは別の切り口でこっちにアプローチしてくる。

「それに他の男が見て来たらご主人が庇ってくれるし」

「気にしてないならもうやらないけどな」

「あの娘達と違って私は見られても気にしないから、減るもんじゃないしタオルも巻いてるしね」

 そう言って二人そろって大浴場に向かう。

「今日は人がいないな」

 岩場のような大浴場には俺以外に誰もいない。
 こうして誰もいないのは最初の宿以来だ。

「ご主人いる?」

「こっちこっち」

 俺が声を上げるとすぐにフィルは寄ってくる。
 今日は上でまとめたんだな。
 温泉に入るときはなぜか毎回髪型を変える。
 普段は髪で隠れているうなじは薄褐色ではなく真っ白なまま。
 絶妙なコントラストに目を奪われる。

「どうかしたの?」

「髪型毎回変えてるなって」

「気づいてくれたの?」

「気づくだろ、流石に」

 よほど嬉しかったのか、珍しく勢いよくこちらに顔を近づいてくる。あまりの勢いに俺は顔を反らす。

「前に温泉では髪が痛むからつけないほうがいいって言われて、それでアルシェ達にもそう言ったんだけど結局誰も髪をまとめなかったけどね」

 よほど嬉しかったのか饒舌に髪の事について語り始める。

「ルリーラは短いけど、アルシェとかミールはもうちょっと髪型変えたほうがいいと思うんだよね。アルシェはいっつもそのままだしミールはおさげだし」

「そう言われればそうだな」

 ルリーラとアルシェは奴隷でお洒落とは無縁だったし、ミールは奴隷じゃないが、研究一辺倒だったはずなので仕方ないと言えば仕方ない。

「そうなんだよ、服があまり持てない旅だから髪型って大事なんだよ。ご主人を落とすならまず見た目からだよね」

「でもみんな可愛いだろ」

「そうなんだけどね、その可愛さをもっと磨くためなんだよ服とか髪型は」

 よほど鬱憤が溜まっていたらしいフィルは止まることなく語り続ける。

「服は仕方ないし化粧はしなくてもいいけど、肌のお手入れと髪のお手入れは必要なの。ご主人もそう思うよね」

「俺は別に」

「そんなことはないと言い切ります」

 言い切られてしまった。

「さっきご主人私のうなじに興奮したよね」

 やはりバレていた。

「想像してみて、いつも顔の見えているルリーラが目が髪から覗く姿、逆に髪で顔を隠すアルシェがおでこまでだして上目づかいで見上げる姿。どう、グッとくるでしょ?」

 言われるままに想像すると確かに胸に来るものがある。
 少しだけ恥ずかしそうにする髪に隠れるルリーラ、照れながらこちらを赤い目ではっきり見つめるアルシェ。

「そうだな」

「でしょ、それが見た目だよ」

 俺が認めて満足したのか大人しく肩まで浸かりなおす。

「フィルって結構お洒落好きなんだな」

「そうだよ、これでも奴隷たちの最年長だからね。他の娘達は見た目に無頓着だから」

「事情が事情だからな」

「あたしは前のご主人が身なりくらい綺麗にしろって言ったのが始まりだけど」

「だとしたらあのナンパ男もいいことするもんだな」

「お洒落にしてる所だけは尊敬してる」

 そう言って笑いあい緩やかに時は流れた。



 最後の町を出発した道中、最後はアルシェとミールが操舵手となった。

「私もクォルテと温泉入りたかったな」

「大浴場なら一緒に入れるよ」

「他の男に見られるのは嫌!」

 俺とフィルが温泉に一緒に入ったと知った時から、ルリーラは同じことばっかり言い続け、フィルが同じ返答を返していた。

「わかったよ、首都にはしばらく滞在する予定だからその時な」

「約束だよ」

「ご主人は優しいね」

「一人くらいならな」

 一人なら視線をズラせば問題ないが四人もいたら視線をどこに向けても裸がある。
 流石の俺もそんな環境で自制できるかはわからない。
 人が増えるのは嬉しいがこういうところが辛い所だ。

「なら私もお願いしていいでしょうか」

「兄さん他の女の人とは一緒に入るのに従妹の私と入らないなんてありえませんよね」

「わかったよ。でも一人ずつだからな」

 好かれるのは本当に嬉しいんだけど、こうも一斉に好意を向けらると流石にしんどいな。
 たまに受け入れようかと思う時もあるが、それはやっぱりルリーラ達のためにならない。

「やっと道のゴールが見えてきましたよ」

「長かったな」

「ミールさん、後は私がやりますので後ろで休んでいてください」

「いえ、ここで私が抜けてしまうとアルシェ先輩の隣に兄さんが来てしまいますよね? そして何の気になしにその豊満なおっぱいを押し付けて誘惑しますよね? それは駄目です駄目なんですわかりますよねわかってますよね」

「……えっと」

「おい、変な疑いをかけるな」

 とんでもない言いがかりに荷台からミールの頭に手刀を入れる。
 大して強くやっていないが、両手で俺が叩いた場所を自分で撫でる

「でも兄さん」

「ミールが長時間操舵してるから心配してるんだから素直に甘えろ」

「兄さんはどちらの味方ですか」

「全員の味方だ、倒れないように後ろで休んでろ」

「うう……」

 ミールは恨めしそうにアルシェを睨み荷台に移動する。

「後アルシェも休んでていいぞ」

「でも……」

 ちらちらと俺と荷台を見つめる。
 アルシェは俺の隣に居ようとしているらしいが、それは危ないよな。

「気にするな。ルリーラと二人の時は俺一人で操舵してたんだから、それに前はアルシェとフィルでやってたろ」

 俺はあえて話をそっちから外し、一人でも大丈夫だと言った。

「あの時は仕方なくですし」

 食い下がるアルシェに対して俺はフィルを呼ぶ。

「しょうがないな、フィル助手役を頼む」

「いいよー」

 こう言ってしまえばアルシェも後ろに下がるしかない。

「ご主人って意外と意地悪だね」

「普段の道中ならしないって」

 今日は日差しもあるしこの湿度と気温だ、あまり連続でここに座らせるべきじゃない。
 ましてプリズマは身体能力が低いこともありこういう環境で体を壊しやすい。

「ルリーラじゃ駄目だったの?」

「あいつは落ち着きがない」

「あはは、なるほどね、確かにそうかも」

「だから悪いとは思ってるよ」

 フィルなら黒髪で身体能力も高いし愚痴は言うけどルリーラみたいに暴れはしない。
 フィルと他愛ない話をしながらオールスの首都についた。

「そこのお兄さん旅のお方ですか」

 街に入ると少女が一人寄ってきた。
 ルリーラよりも小さい位の茶髪の少女、浴衣を着て快活な少女がとてとてとこちらに話しかける。

「そうだけど」

「お泊りの所をお探しですか?」

「まあな」

 客引きか、他の町には居なかったよなやっぱり首都だけあって宿も乱立しているみたいだし必要なことなんだろうな。

「言っておきますが私は客引きではないですよ」

「そうなのか?」

「はい、私はこの国で案内人をしております。フリュレと申します。これでも国が決めた案内役です」

「そうか、それは悪かった、俺はクォルテだ」

 案内人か、なるほどこの街にいる全部の宿屋が客引きしてたら誰も歩けなくなるわけか。

「あのクソ餓鬼誰の許可で兄さんに声をかけてやがるんですか」

「私何か悪いことしたでしょうか?」

「すまん、あれはある種病気なんだ」

 俺の後ろで初めて会った少女に呪詛を唱える従妹を体で遮り話を続ける。

「大変ですね、それでご希望の宿はございますか?」

「そうだな、まず五人泊まれて部屋にも温泉があって大浴場もあってできればキッチンも欲しいな」

「ふむふむ、温泉の効能とかのご希望はありますか?」

 後ろを見ると全員が首を横に振る。

「特にないな、強いていうなら疲労回復かな」

「キッチンってことは宿からの食事は無しってことですか?」

「それはありで頼む」

 あくまでキッチンは夜食やおやつ用だ。
 ルリーラがお腹空いたという時もある。

「かしこまりました。一応今の条件に合う宿屋はこの三件ですね」

 そう言って三枚の紙を渡してくる。
 パッと見ても宿の売りがすぐにわかる、一つ目は安さが売りで他の二軒とは値段が格段に安い。
 二件目は温泉が売りらしく大浴場にも数種類ありそれぞれ効能が違っており岩風呂や砂風呂なんてよくわからない風呂もある。
 三件目はプライベート空間が売りの宿で部屋の風呂が広く眺めも街を見下ろせるらしい。

「三件目ってこれ覗かれたりしないのか?」

「しませんよ。他の所もそうですが、景色を売りにしている宿は特殊なガラスを使っているので、内側から外は見えても外側から内は見えないので」

「だったらこの三件目で頼む」

「毎度、ではご案内いたします」

 フリュレに案内されながら首都を巡る。
 ここの名産は温泉の蒸気と熱で作るため、蒸したり茹でたりする食べ物が多い。
 そのほかには浴衣売っていたり木製の靴など他の国では見かけない物が数多く売っていた。

「お気に召していただけてよかったです」

「そうだな、まんまとフリュレに乗せられたよ」

「それがお仕事なので」

 後ろで特産を買って満足そうに饅頭や卵を食べているルリーラ達を見ていると、それもいいかと思ってしまう。

「到着です、ここが宿屋シュリでございます」

「ありがとう」

「また街に出られるときはぜひフリュレをお願いしますね」

「わかったよ」

 フリュレはチェックインをすると言い宿に入り俺達も後に続く。

「こちらの五名様なのですが」

「はいよ、では皆さんどうぞこちらへ」

 奥から一人店員が現れ俺達を部屋に案内してくれる。

「こちらです、どうぞごゆるりとおくつろぎください」

 店員がいなくなった後は荷物を片づけ各々くつろぎ始める。

「いいよねこれ」

「そうだね」

「安らぐよね」

 ルリーラ、アルシェ、フィルの三人は完全にこの草で編んだ床が気に入ったようですぐに横になった。

「兄さんの意向だとはわかっていますが、本当に奴隷なんですかこの人達は」

「主人が自由にって言ってるんだからいいんだよ」

「どうもなれませんね。あっ、兄さんはお饅頭食べますか? 食べさせますか? 小さくちぎってあげたほうが食べやすいですよねでも大きい方が食べたいというのでしたらこのままがいいですよね兄さんお口を開けてくださいほらあーんしてください食べさせてあげますか」

「一人で食えるから食べさせなくて結構です」

 ミールの持っている饅頭を奪い取り口に含む。
 口の中にしっとりとした感触を噛むと砂糖の甘さが口の中で広がる。

「クォルテ、お風呂に入ろう!」

 ルリーラが勢いよく俺の手を引っ張る。

「私もここの浴室見てみたいです」

 ルリーラが立ち上がるとみんなが後について浴室の確認をする。

「おー」

 みんなが揃って感嘆の声を上げた。
 床と浴槽は木製で作られておりどこか懐かしさを感じるが周りを囲む一面ガラス張りのため田舎っぽいというよりもどこか未来的で開放感がある。
 外を眺めると遠くに山が見え下を見れば人や露店が立ち並び人のいないところには川が流れている。

「良い所だな」

 俺の言葉に繋げて、みんな各々に感想を口にする。

「そうだ、私お風呂に入るんだ」

 景色を眺めていたルリーラが思い出したように口にし、他の三人は追い出されるように浴室を出て行った。

「たまには頭洗ってくれる?」

「わかったよ」

 どこか遠慮がちのルリーラが可愛くて俺はうなずいた。

「えへへ」

 頭髪用の洗剤を使いルリーラの頭を洗う。
 洗剤をお湯で溶かし、軽く泡立てルリーラの頭に乗せる。

「そんなに口開けてると泡が口に入るぞ」

 闇色で艶のあるルリーラの頭を俺はわしゃわしゃと洗う。

「大丈夫だもん」

「そうか、入ったからって怒るなよ」

「えへへ」

 どれだけ嬉しいのかルリーラの頬は筋肉が溶けたように緩み切り、俺までつられて笑顔になってしまう。

「俺なんかに髪を洗ってもらって嬉しいのか?」

「違うよ、二人なのが嬉しいの」

「そうかよ」

 惜しげもなくそんな素直な言葉を口にできるルリーラに恥ずかしさを覚えてしまう。

「仲間が増えるのは嫌だったか?」

「そうじゃないの、アルシェもフィルもミールも好きだけどね」

 うーんとルリーラは自分の感情が言葉にできず唸ってしまう。

「ほら、泡流すから口閉じろ」

「うん」

 口だけじゃなく目までしっかりと閉じるルリーラの頭からお湯をかける。

「プルプル」

 わざわざ口で擬音を発しながら首を振る。

「別に口で言う必要はないだろ」

「首を横に振るとなるでしょ、プルプルって」

「なるかもしれない」

 確かに口を閉じていないとなるよな。
 大人になってからは頭を振って水気を切るなんてしないしな。

「でしょ。今度は私がクォルテの頭洗ったげる」

 咄嗟に拒否をしようと思ったがたまにはいいかと首を縦に振る。

「どう?」

「いい感じだ」

 力加減がまちまちで少しもどかしいが頑張っている感じが伝わってくる。
 人に髪を洗ってもらうなんていつ以来だろうな。

「さっきのだけど」

 と突然ルリーラが口にする。

「仲間が増えて嬉しいけど、やっぱりクォルテと二人になれる時間は欲しいかな」

「そうか」

 仲間が増えてよかった。
 二人では考えられない感情がルリーラに芽生えてきたことを俺は素直に喜んだ。
 娘の成長を喜ぶような温かい気持ちになりながらゆっくりした時間を二人で満喫した。



 ルリーラと一緒に入浴した後、アルシェ、ミールも同じように一緒に風呂に入った。
 風呂から上がり食事を終えみんなでゆっくりとくつろいでいた。

「次の行先なんだけどどこがいい?」

「私は何もわからないからどこでもいいよ」

「私もルリーラちゃんと同じです」

「私は兄さんが決めてくれたところでしたら、どこまででも付いて行きます」

「私は他の神様に会ってみたいかな」

 どこでもいいと。まったりとして意見がない三人が口にした後にフィルがそんなことを言った。

「それは表の四柱の事でいいんだよな」

「うん」

 なるほど、確かにいいかもしれないな。
 ここからだと近いのは炎の国かそして結構離れて地の国更に行って風の国か。
 結構長い道のりだな。
 なら火の国に行ったら一回アリルドに帰るか。

「クォルテ表の四柱って何?」

「この世界に神が複数いるのは知ってるよな」

「知ってるよ、水、火、地、風」

「そうそれが表の四柱」

「表ってどういうことなの?」

「お姉ちゃんそれはね裏もあるからなんですよ、光、闇、龍。この三つがの三柱です」

 俺の代わりにミールが引き継ぐ。
 裏の存在は知っていたアルシェとミフィル、も三柱の事はわからなかったようで素直に感心している。

「裏の方は国があるわけじゃないから、会おうと思ってもめったに会えないけどな」

 これは言わないが、正直会えないなら会わない方がいい。
 なぜなら裏の三柱は表の四柱と比べて暴力的で人よりもどちらかというと獣寄りの存在だ。
 それにこの三柱は何を司っているのか判明していない。
 水なら再興、火なら発展、地なら豊穣、風なら友好といったものを持っていない。
 それゆえに祭り上げられず国もなく無為に裏の三柱はさまよっているらしい。

「だから裏の三柱には会えないが、代わりに表の四柱を巡るってことでいいか?」

 みんなの頷きに満足しながら行き先が決まりその日は眠ることにした。



「水の子よ、我が子は返してもらう」

 誰だ?
 深い地の底から響く暗く重い声が鳴り響く。

「我の戦いのために、我が子を返してもらおう」

 何のことを言っているんだ!

「我の名前は――」



 急激に意識が起き上がる。
 聞いてはいけないと脳が判断したのかわけもわからないまま夢から離脱する。

「はぁ……」

 じっとりと汗をかいていた。
 我が子? 誰の事だ?
 寝起きというのもあるが体がべたついて考えられない。
 頭をスッキリさせるために風呂に入ろうと浴室に向かう。

「ご主人どうしたの?」

「フィル」

 夜中なのにフィルが湯に浸かっていた。
 薄暗い闇の中フィルは酒を飲みながら街を見渡していた。

「ごめんね、勝手に飲んじゃって」

「気にしてないよ」

 そのまま浴槽に入りフィルの隣に腰を下ろす。
 真夜中の時間。外にある灯りはだいぶ減っていた。

「ご主人も飲む?」

「一杯だけ貰おうかな」

 酒は正直あまり得意ではない。
 でも今は飲んでしまいたい気分だった。
 ごちゃごちゃとした頭の中をどうにかしたくてフィルに継がれる酒を一口含む。

「それで何かあったの?」

「ちょっと考え事」

「そうなんだね」

 今日は自室の浴槽ということもあり、フィルはタオルを巻いていない。
 薄褐色の肌はほんのりと紅潮しわずかな明かりが灯る街を見下ろしていた。

「頭をスッキリさせたいなら言葉にした方がいいと思うよ」

「そうかもな」

 酒の力なのか俺はぽつぽつとさっきの夢の事を話した。

「そんな夢だったんだよ」

「そっか」

 間延びした言葉が響く。
 慰めもなく励ましもない。そんな何もしないでいてくれるフィルが仲間で居てくれることが嬉しい。

「ただの夢なのか、それとも何かの魔法での予告なのか」

「ご主人はどう思ったの?」

「俺は夢じゃないと思っている」

「じゃあ夢じゃないね」

「言い切ったな」

「ご主人がそう感じたならそうなんだよ。だから考えるなら守る方法だよ」

「そうだよな」

 もやもやとした頭の靄が晴れた気がした。
 そうだ、考えるならどうやって守るかを考えたほうが絶対にいい。
 誰が子供なのか。それがわかれば守り方もある。

「もう一杯飲む?」

「ありがとう」

 考えをフラットにするためにフィルから貰った酒を煽る。
 そして不意に抱きしめられる。

「フィル……?」

「なーに」

 フィルの爽やかな香りにほんのりと汗と酒の匂い。
 その匂いと共に俺の体を包む柔らかくて温かい感触。

「なんで抱きしめられてるんだ?」

「頑張ってるからね」

「そ、そうか」

 よくわからないが抱きしめたまま頭を撫でてくる。
 フィルの肌の温かさとお湯に濡れた手の感触が心地よく、ついフィルに体重を預けてしまう。

「ルリーラ達はいないよ」

 だからゆっくり休め。そう言われた気がして目を瞑る。

「たまには気を抜くといいよ、あたしに甘えてもいいし一人になってもいい」

「ありがとう」

 まどろんでいく感覚が心を休める。
 酒の力もあっただろうが、俺は自分が結構疲れていたんだと改めて知った。

「折角の温泉だからご主人も休んだらいいよ」

「うん……ありが、とう……」

 先ほどまで怖く感じていた夢の中へ俺は沈んでいった。

 ここは夢の中だ。
 なにせ今いる場所は、今現在何もないはずだから。
 ここはロックス家の敷地にある研究所。遠くからでも大きく見えるそこの内部は当然広い。
 そんな研究室の中にある所長室。
 俺の父親クォーツ・ロックスの職場、その所長室の本棚にある一冊の本を手に取るとガタンと音を立てて地下への道が開く。

「着いてこいお前ももうすぐ関わることだ」

 俺がまだ十六の時、初めて俺は地下の存在を知った。
 長く続く階段はひんやりと冷たく、嫌に湿気ていた。
 地下の明かりが見え始めたころには、その嫌な空気とともに、人とも獣とも知れない叫び声が聞こえ始めていた。

「この声はなに?」

「実験動物の声だ、気にするな」

 この時の俺にはそれがロックス家に買われた奴隷達だと知らず素直に頷いた。
 しばらく悲痛な叫び声を聞きながら進み、父親が止まったのは一つの鉄格子の前。
 その中に居たのは小さな少女、闇のように深い黒髪は辺りの明かりを飲み込み碧色の瞳が俺を見つめていた。



「クォルテ、ご飯だよ」

 聞きなれた声に目を開けると画面いっぱいにルリーラの顔があった。
 短い闇色の髪に澄んだ碧眼。
 俺の体はルリーラの頬に手を触れる。

「どうしたの?」

「いや、大した理由はない」

 昔の夢を見ていたなんて言えるはずもない。

「なら起きて、もうみんな準備できてるから」

「そうなのか」

 布団を退かし、体を起こすと少しボーっとしてしまう。
 ルリーラにアルシェ、フィルにミールが黙って俺の方を見る。
 俺もつられる様に視線を追うと俺はなぜか裸で眠っていた。

「げっ」

 急ぎ下半身を隠すが、四人は未だに俺の下腹部に視線を送り続ける。

「先行ってろ!」

「はーい、じゃあみんな行こうね」

 元凶と思しきフィルはこっちに可愛らしく舌を出し最後に部屋を出て行った。

「風呂で寝た俺が悪いのか……」

 自業自得だと諦め服を着て食堂に向かった。

 食事中に俺がさっきの事を責める。

「なんで教えないんだよ」

「あんな機会めったにないし」

「ですね」

「初めてまじまじと見た」

「昔とは違いますね」

 反省もなく、俺のモノを見た感想言い始めた。
 そんなモノなんて見ても面白くないだろうに、なぜか四人共興味を持って見ていたらしい。

「それにクォルテが男を知れって言ったじゃん」

「間違ってないがあんまり大きな声で言うな」

 妙に生々しい会話になりそうな気がして、言いたいことはあったがこの話は打ち切ることにする。

「まだ出発はしないが、これからの旅なんだが火の国に向かった後に一度アリルドに戻ろうと思う」

「なんで? このまま旅をするんじゃないの?」

 そう言えばフィルとミールに話したことはなかったか。

「フィル先輩、兄さんはアリルド国の王様ですよ」

「えっ?」

 ミールの説明にフィルが流石に固まってしまう。

「なんでミールがそんなこと知ってるんだ?」

「いやですね兄さんの情報を私が知らないはずないじゃないですか。アリルドでアルシェ先輩を拾ってアインズで精霊結晶を拾ってヴォールでフィル先輩を拾ったことくらい知っていますよ。大好きな大好きな兄さんの事なんですから」

 ミールは一体いつから見ていたのか軽く恐怖を覚えてしまう。

「後兄さんって身長伸びましたよ、少しだけ。あまり大きくなられてしまうと私が熱い接吻をする場合に届かずに背伸びをしなくてはならないのでこれ以上伸びないでくださいそれとも背伸びをした方が兄さんとしては嬉しいということなのでしょうか」

「ミールは少し黙っていてくれ」

 恐怖を感じる調査力を見せてくれているミールの口を封じ話を戻す。

「仲間も増えたし、四柱を巡るなら一度帰って色々準備をしておきたいと思っている。地の国はアリルドから近いし」

 というよりも、地の国に行くならアリルドまで戻った方が早い。

「待って、じゃああたしは王様直属の奴隷?」

「そうなるな」

 なぜか王直属の奴隷と聞いて、嫌な顔をするフィル。
 よくわからない落ち込み方をされたが、そんなのを関係なくルリーラとアルシェは盛り上がっている。

「おっちゃん元気かな」

「久しぶりに会いますしね」

「そうだな」

 ルリーラとアルシェはどこか嬉しそうに話しをする。
 完全にアリルドが二人のおじいちゃんとしての立場に着きそうだ。

「では必要な物を買っていきましょう」

「じゃあ次の目的地は火の国ウォルクスハルクだな」

 それから街に出て色々買い物をしながら温泉で休み、英気を養うことにした。

 そしてオールスでの最後の夜事件が起きた。
 夜も更けてみんなが布団で眠っていた。
 不意に目を覚ました俺は異様な空気に包まれていた。
 熱い空気はどこか冷たく、ねっとりとした嫌な空気が辺りを包んでいた。

「なんだ?」

 人と思えない圧倒的な存在感に俺はそう口にした。

「貴様の記憶は見た」

「記憶?」

 何だこれはどこから聞えている。暗い周囲に人影はない。あるのはみんなが寝ている部分だけ。
 地の底深くから紡がれるような重く冷たい声のありかを俺は必死に探す。

「感謝しよう、数の減った我が子を保護してくれたことを」

「何を言っているんだ?」

「時が来るまで大事にしていてもらおう」

「だから何言ってんだよ!」

 俺が叫んでも一向に意に介さない様子の何かは更に言葉を紡ぐ。

「せめてもの礼だ我が子の回収をここは最後にしてやろう」

「おい!」

 言いたいことだけを言い去ろうとする何かに俺は叫ぶが、その叫びは無駄に終わり何かの気配はその場に消えた。

「今のは一体なんだ?」

 俺の言葉は闇の中に溶けて消えた。
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