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水の国 ヴォール
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「これは凄いな」
「うん」
話は聞いていたが、まさかここまで水だとは思ってもみなかった。
街そのものが水に沈んでいた。一部だけが水上に顔を出している。そしてそんな街の中でも人々は平気で暮らしている。
水に沈んだ家からは人が出てきてどこかに泳いでいき、船に浮かぶ露店には買い物に来たらしい別の船が近づく。
水の国。その名に偽りのない風景。
「ところでどうやって移動するの?」
俺もちょうどそう思っていた。
入口であるここ以外に陸がない。
魔法を使えば移動はできるが、周りを考えると使いたくはない。
「こんなところで何してんだ?」
露店で買い物をしていたらしい船に乗ったおっさんが、俺達に気が付いて寄ってきてくれた。
「どうやって移動しようかと途方に暮れていました」
「なら家で船買うか?」
「いいんですか?」
「いいも何もそれがおいらの仕事だからな」
まさに渡りに船だ。船売りのおっさんにこんなに早めに出会えるとは。
「送りながら船の説明してやるから乗りな」
促されて三人で船に乗り込む。
船には仕事に使うらしい工具が並んでいた、もしかしたらこのおっさんは露店の修理をしていたのかもしれない。
「探している船はどんなのだ?」
「実は初めてこの国に来たので」
そう言うとおっさんの目が光る。
得物を見つけたと狙いを定めたらしい。
「ならざっくりと説明してやるよ」
ぼったくられそうになったら適当なところで逃げ出そう。
そう思いながら話を聞くことにした。
「まず、一番安いのは木船だな、自分の力で船をこぐ分安く済む。次は魔法船だ、自分の魔力で動かせるし魔力を多少溜めておくことができる。一番高いのは全自動船だ、この国にある魔力を使うから誰でも扱えて疲れない速度の上げ下げも楽な代物だな」
「私全自動船がいい!」
「私は魔法船がいいです」
おっさんの説明を聞いてすぐに二人が声を上げる。
「娘さん達はこう言ってるがどうしやすか、旦那」
「娘じゃないですけど魔法船で」
俺はアルシェの言うことを採用した。
「末っ子の言うことはいいんですか?」
「この国以外で使えない物よりもどこでも使える方がいいと思ったので」
どうせ他では使わないだろうが、主に操作するのはアルシェでルリーラはやらないだろうという理由もある。
「わかりました。それでお値段の方は――」
「銀貨四枚」
「旦那そりゃないぜ、それじゃあ定価の半分以下だ」
「ならさっきの船屋で下ろしてくれそこで買うから」
このおっさんは巧妙だった。
他の店の前に来る段階で船の説明をして、船の値段を倍以上に吊り上げようとした。
「わかったよ移動費込みで銀五枚でどうだ」
「店に引き込むのに移動費が必要なのか?」
「わかったよ四枚だ」
「いいや三枚だな」
「おいそりゃあねえだろ!」
「詐欺をしようとしたんだろ迷惑料込みだ」
おそらくこの辺りの店はぼったくりとまではいかないまでも多少割高だろう。
ならばもう少し値下げ交渉をしても受けられるだろう。
「クォルテさん、大丈夫なんですか?」
「たぶんこの辺りが適正価格だと思うぞ」
「そうなんですか?」
「まあ見てろって」
アルシェは心配しているが、ルリーラは俺が旅の間値切りをしていたの知っているので暇そうに水の中に手を入れていた。
「四枚。それ以外は認められない嫌なら下りてもらう」
「いいぞ、溺れて慌てて魔法を発動してこの船が壊れるかもしれないがな」
「脅しか?」
「それはあんただろ?」
おっさんはいい顔になってきた。
焦りで笑顔が作れていないところを見ると店も近いのだろう。
おっさんのタイムリミット。
「じゃあこの話は終わりだ、降りやがれ」
「いやいやおっさん、あんた今どっちが主導権握ってるかわかってる?」
「どういう意味だ」
「あんたは俺達を乗せてるつもりだろうけど、俺達はこの船を沈められる」
わざと魔力を水に変えて船に垂らす。
おっさんはやがて観念し銀貨三枚で手を打つことになった。
「あんたみたいのは初めてだよ」
呆れながらもおっさんは笑顔を見せる。
「おっさんも中々だった」
おっさんの店に着いてから俺とおっさんは握手を交わした。
おっさんはあの値切るやり取りが好きらしくよくやっているらしい。
俺とおっさんが契約を取り交わしている最中ルリーラは暇そうにしていた。
「じゃあ、またなんかあったら来いよ」
「その時は最初から定価で売ってくれ」
「それは保証しかねるぜ」
笑顔で親指を立てるおっさんに見送られ俺達は魔法船に乗り込む。
「お前達、初めてだってんなら中央部に行ってみな。きっと面白いぜ」
「わかった、ありがとう」
そのままおっさんと別れ中央部に向かう。
魔法船は思ったより快適だった。
広い水路をあまり速度を上げずに進んでいく、喧騒と風と波の音。
水面が日光で輝くのを見ながら街の中を移動する。
「凄い水がアルシェの髪と一緒だ」
「原理は一緒だからね」
アルシェは魔力操作に慣れてきたらしく、アルシェと二人で楽しそうに話している。
「中央部って何があるのかな?」
水に埋まった町を上から眺め、触ろとしているのか水をぱちゃぱちゃとやりながら質問をする。
「たぶん公衆広場のことだと思うぞ、みんなで水着を着て遊ぶんだ」
「早く行きたい!」
水着と聞いてルリーラは元気よく跳ねあがり、船が大きく揺れる。
「私はあまり」
「嫌なのか?」
ルリーラとは反対に乗り気ではないアルシェに反射的に聞いてみる。
アルシェは少し困ったような表情で自分の体を見たため、俺達もアルシェの体に目を向ける。
「嫌というか、その、視線が」
「「ああー」」
俺とルリーラの声が重なった。
確かにアルシェほどの体だと視線を集めやすいだろう、主に男性から。
「やっぱり私の体ってどこか変なところがあるんですね?」
「クォルテ、私は今アルシェに殺意を覚えたよ」
「押さえろ、アルシェは良くも悪くも天然だ」
奴隷生活が長いせいかアルシェは自信がない。
戦闘用の奴隷として育ったため経験もない、俺の元に来てからも俺が一身上の都合で拒否をしているせいで自分には魅力がないと思っている節がある。
もちろん俺としては拒否した後に後悔していないかと言われればしていると答える。
「クォルテさん、ルリーラちゃん。私の体どこが変かな?」
同じ質問にルリーラが流石にキレた。
「そのおっぱいだー! 何そんなに私をいじめて面白い? 楽しい? 私がそんな体ならクォルテに迫っちゃうよ襲っちゃうよ必死に誘惑するよ! おっぱいもお尻も大きいのにお腹だけなんでそんなに凹んでるのさ! 私なんてほぼ平らだよ! お腹に最近くびれが出来てやったとか思ってたよ! そんな体なのに無警戒だし! それなのに変ですか? 変じゃないよ羨ましいよ! 変なのはアルシェの頭の中だよ!」
今まで相当鬱憤が溜まっていたのかルリーラが悲しい自虐で吠えた。
俺はそんな体型のルリーラも嫌いじゃない。と言いたいがそれは焼け石に水だと知っているので言わない。
そんなルリーラの魂の叫びに俺はもちろん、アルシェも驚いていた。
「ルリーラちゃん、なんか、ごめんね」
「謝られた―!」
アルシェは見事火に油を注ぐことに成功した。
ルリーラは俺に泣きついてきた。
「私何かしてしまったでしょうか?」
「あーうん、アルシェは自分が魅力的なのに気付いたほうがいいと思うぞ」
「そうなんでしょうか?」
そう言って自分の胸とお尻に触れて確認する。
その体型で自分の体を触るのは目のやり場に困る淫靡さがある。
「アルシェはズルいんだ、別にいいんだもん私は今のままでも魅力的だもん」
「そうだな、ルリーラは今でも魅力的な女の子だぞ」
俺の胸の中にすっぽりと納まって泣き続けるルリーラを必死にあやし続ける。
「ルリーラちゃん?」
「ふんっ!」
完全に拗ねてしまったこうなるともう俺にはどうすることもできない。
「嫌われてしまいました……」
「すぐに機嫌が直ると思うから」
「はい……」
落ち込んだ二人を連れ中央地区にたどり着いた。
「じゃあ、水着買うか」
「うん」「はい」
まだ引きずっている二人を連れながらまずは自分の物を選ぶ。無難に黒い無地の物だ。
「二人は決まったか?」
「これでどうでしょうか?」
「お揃いにしてみた」
試着室から出てきた二人は色違いの同じ水着を着ていた。
紐としか言えないレベルで局所だけをピンポイントで隠した水着に俺は頭を抱えた。
アルシェの水着姿は兵器のレベルだった。圧倒的なボリューム、胸は見ているだけで零れそうでいつ水着が落ちるのかと期待してしまう。さらに軽く突き出た肉感のあるヒップに紐が食い込み、水着を着用していないように見えてしまう。
凝視できずにルリーラを見ると、ルリーラのはアルシェと別の意味で心配になる。
子供が悪い大人に大人っぽいと言いくるめられ、娼館で働かせられそうな危うさがある。
そんな二人に俺からかけられる言葉はこれしかない。
「頼むから布面積が広い水着で頼む」
俺の言葉で二人は素直に試着室に戻り着替えを始める。
どうやら何着か準備はしていたらしい。
「まずは私からだ!」
そう言って試着室から出てきたルリーラは、見た目にあったオレンジ色の上下が一緒になっている露出度の少ない水着を着ていた。胸とお尻の辺りにフリルのついた子供らしい可愛い水着。
一着目があんなだったせいで奇抜なもので出てくると思ってしまっていた。
「今子供っぽいと思ったでしょ」
「まあな」
変に否定はしなかったが、ルリーラは不敵に笑う。
「そこに大人を見せるのが私だよ」
そのまま後ろを振り向くと背中がパックリと開きルリーラの健康的な肌が惜しみなくさらされている。
だがここまでやっても子供っぽくて似合っている、普段同じ服を着ているためか日焼けの跡がより子供らしさを表している。
「それでいいんじゃないか、凄い似合ってるぞ」
「本当? じゃあこれにする」
嬉しそうに俺の隣にやってくる。
どうやらルリーラも観客側に回るらしい。
「それじゃあ、次はアルシェどうぞ」
観客ではなく進行役だったらしくルリーラがアルシェを呼んだ。
「はい」
出てきたアルシェはやっぱり凄かった。
何の飾り気もない無地の黒いビキニ、左右で独立している上部の布は大きく、それぞれアルシェの大きな膨らみを下から持ち上げるように作られているらしくしっかりと零れないように支えている。
下部は両サイドを紐で縛るだけのシンプルな構造だがこちらも布面積が広く、アルシェの体を支えている。
色も色素の薄い白と水着の黒が作るコントラストに目が引かれる。
「あの恥ずかしいのでコレ巻いてもよろしいでしょうか」
流石に恥ずかしいのか薄いの布と薄い上着を着る。
こちらは柄物で花の刺繍が施されていて見ていて明るい雰囲気になる。
言葉にはしないが、布面積が多くなるほどに腰巻の布から見える白磁の肌が色っぽい。
「うん、アルシェも似合ってるじゃないか」
邪さを出さないようにアルシェを褒める。
「ありがとうございます」
「アルシェは最初とどっちが良かった?」
「知らない人なら最初だけど、身内だとやっぱり今の方がいいかな」
ただでさえ無頓着なアルシェが、あんな無防備な物を着ていたら最悪全裸になってしまいそうで気が気でない。
「じゃあ行くか」
三人とも水着を着たまま船に乗り広場に向かう。
広場の入り口には停泊所がありそこに船を置いてから泳いで入口に向かう。
「冷たくて気持ちいい」
「そうだね、ひんやりしてる」
「水に慣れたら広場に行くぞ」
二人は元気に返事をしながら広場に入る。
大人数が遊べる広場は水に満たされており休憩用に水が無い区画も用意されておりそれぞれが好き勝手に遊んでいる。
「私もぐってきてもいい?」
下を確認したルリーラはうずうずした様子でそんなことを聞いてきた。
「わかったよ、好きにしていいけど無茶はするなよ」
「うん」
勢いよく息を吸ったかと思えばそのまま真下に向かって泳いでいく。
「アルシェはどうする?」
「ふわふわ浮いてます」
「じゃあ俺もそうしてようかな」
正直本気で泳ぐ気はない。ここにはただゆっくりしに来ただけだ。
ふわふわと水に浮かんでいると、波に流され一人になったアルシェが声をかけられた。
「ねえ、一人? 一緒に遊ばない?」
色素の薄い男が少し距離が離れた隙に、アルシェをナンパしにやってきた。
困った顔を俺に向けてきたため俺が割って入る。
「悪いけど俺の連れなんだけどな」
男は俺を一瞬見ただけですぐにアルシェに向きなおる。
「こんな男よりさ俺と一緒の方が絶対楽しいって」
「お――」
「私は、あなたといても何も楽しいとは思いません!」
さっきの困った雰囲気はどうしたのか一変して凛とした顔を見せ驚く男に告げる。
「私はあなたが嫌いです。二度と話しかけないでください」
そのはっきりとした拒絶に近くに居た人がクスクスと笑い男は顔を赤くする。
「この女ふざけやがって」
「いい加減にしろよ」
逆上し振り上げた手を俺が掴むとアルシェは俺の後ろに隠れる。
隠れたアルシェは小さく震えている。
断られた段階なら許してやったのにな。
「かっこつけてんじゃねぇぞ」
男の手に魔力が貯まる。流石白髪と言いたい魔力だが、いかんせん喧嘩慣れしていない。
「振られた腹いせに女殴るとか、恥の上塗りもいいところだろ」
「なっ」
無詠唱の魔法で出せる指サイズの極小の水のナイフを男の首元に突きつける。
そして男の魔力が霧散し、男は両手を挙げる。
「魔力の制御が雑、反応が遅い。喧嘩もできないなら粋がるな」
「わ、わかりました」
男は辛うじて言葉を吐き出す。
「ちなみにお前がナンパした相手は俺よりも強い」
その言葉が決め手となったのか男の顔は白い肌から血の気が引き青白く変わる。
「もう、しません。しませんから命だけは」
「らしいけど、どうする」
「もう顔も見たくないです」
俺の後ろに隠れているアルシェが顔も出さずにそう告げると男は謝りながら一目散に逃げだした。
「ありがとう……、ございました……」
「あれは駄目だったが、気に入ったなら食事くらい付き合ってやってもいいんだからな?」
「気が向いたらで……」
俺の後ろで俺の肩に掴まりながら、そうつぶやいた。
「そうだな」
アルシェの頭に手を置くとさっきまでの凛とした様子も消え、また大人しいアルシェに戻った。
†
「二人ともいい空気だね」
「おう、どうだった?」
素潜りに興じていたルリーラが戻ってくる。
一応さっきの出来事を話すとルリーラはアルシェに駆け寄る。
「大丈夫だった?」
「うん。クォルテさんが助けてくれたから」
そう語るアルシェの頬が赤く染まる。
「それが凄いかっこよかったの」
「私も見たかったな、かっこいいクォルテ」
「凄かったよ」
蕩けた顔で褒めるアルシェとそれを羨ましそうに聞くルリーラに俺の体温が上がる。
周りにいる人達もそれを微笑ましく見守っているのが、また居た堪れない。
「少し俺もぐってくる」
息を深く吸い潜ろうと思った直後にアラームが鳴る。
「これなんのアラームだ?」
「おい、早く陸に上がれ」
「何があったんだ?」
近くに居た男に声をかけた。
水を一時抜くとかそう言うのかと思ったが、そうではなかった。
「魔獣が出たんだよ」
それだけを言うと男はすぐに泳いで陸に向かう。
魔獣と来たか、まさか来た初日にこんな目に合うとはな。
周りに合わせ俺達も陸に向けて泳ぎだす。
「なんでこっちの広場に来たんだ?」
「兵士はどうしたんだ」
住人たちの怒号はやまず、初めての状況に俺はただ成行を見守ることしかできない。
半分以上が陸に上がり、魔獣が来るのであろう方向には人がいなくなった。
そして魔獣が現れる。
雲がかかったような薄く黒いシルエット、その影の水上に小さなひれが一つ浮かび水を切り裂きながら進む。
「あれ、小さくない?」
ルリーラがそのひれを見てそういうが、そうではない。
「いや、デカすぎる」
影がより濃くなりヒレは徐々に巨大化しながら水路をこちらに進んでくる。
陸に上がり安心していた人々も、その巨大なヒレを見て叫びながら逃げていく。
「クォルテさん、あれ」
そこには一人が水の上に浮いていた。
おそらく女性でこの騒ぎの中ぷかぷかと寝ているかのように浮かんでいた。
「クォルテ私が行こうか?」
「水の中なら俺の方が早い、アルシェ俺があれを打ち上げたら倒せるか?」
「やります」
「ルリーラはアルシェが仕留め損ねた場合に止めを刺せ」
「わかった」
「水よ、我を彼の者の側へ運べ、ルート」
魔法を唱えると、女性に向かい一直線に流れが生まれ、俺はその流れに乗り女性に向かう。
広場に乱入してきた魔獣は、俺達を餌と認識したのか真っすぐ向かってくる。
「先にこっちか、水よ、螺旋よ、我が敵を天高く舞い上げろ、ウォータートルネード」
呪文と共に、俺達さえも飲み込みそうなほどに大きな渦が生まれ敵を飲み込む。飲み込んだ水は魔獣を天に昇るほどに高く巻き上げる。
空中に打ち上げられ姿が現れたのは普段の生活では到底お目にかかれない超大型の魚。
開いた口から牙が見え、体を覆う鱗には無数の棘が見える。
見た目から凶悪な様子がうかがえる魔獣は宙に居ながらもこちらを鋭く睨む。
「早くこっちに」
「なんでしょうか」
妙にテンポの遅い女性はわけもわからないまま岸に誘導される。
「あれ見てあれ」
「魔獣ですね」
「あーもう! アルシェ!」
「フレイムジャベリン!」
詠唱は終えていたアルシェが炎の槍を無数に生み出し全て魔獣にぶつける。
「――――!」
炎の投げ槍は全弾魔獣に突き刺さると、魔獣は聞き取れない叫びを上げながら悶えているが、致命傷には至っていない。
「助けていただいたんですね。ありがとうございます」
こんな状態でも緊張感がない女性を座らせて大人しくするように言明する。
「ここに居てくださいね! ルリーラ!」
「わかってるよ」
地を蹴り高く飛び上がるルリーラを超巨大魔獣は見逃しはしない。
「――! ――――!!」
魔獣は口内に強大な魔力を貯め込む。
「水よ、無数の盾よ、強大な魔力を退ける盾となれ、ウォーターシールド」
水辺と言うこともあり相当数の盾をルリーラの前に作り出す。
魔獣がこちらの歓声を待ってくれるはずもなく魔獣の咆哮が炸裂した。
ただ魔力を貯めて放出する。たったそれだけでとんでもない力が放たれる。
「盾を使って逃げろ」
「うん」
俺が作った無数の盾は速度を殺すことしかできないが、空中での足場には十分でルリーラは盾を蹴りながら魔獣の一撃を避ける。
相殺しきれなかった一撃は広場に着水し大量の雨を降らせる。
初めて出会う魔獣の対策を今更考え始める。
あの複合魔法なら吹き飛ばせるかもしれないが今のこの状況で使うと周りの人も巻き込んでしまう。
やはり俺とアルシェは援護でルリーラ任せになるのか。
戦力が増えても前線で戦えるのはルリーラのみの状況に唇を噛む。
「水中に戻すな」
「了解」
ルリーラは残っている盾を使い魔獣よりも先に地上に戻り即座に上に跳ね上がる。
向かってくる餌を喰らおうと、魔獣は牙が密集している口を大きく開く。
「アルシェ、口を塞ぐぞ」
「はい」
「水よ、鎖よ、敵の顎を閉じ塞げ、ウォーターチェーン」
「炎よ、槍よ、敵の顎を縫い留めろ、フレイムランス」
水が鎖になり大口を開ける魔獣の口に絡みつき、炎の槍が楔となって魔獣の口を塞ぐ。
そして少し遅れ魔獣の顔にルリーラの蹴りが入る。
「――――――!」
くぐもった魔獣の叫びにルリーラは更に蹴り上げる。
「クォルテ剣、でっかいの!」
「わかった。水よ、剣よ、敵を討ちとる巨大な剣となれウォーターソード」
魔獣に乗るルリーラに巨大な水の剣を渡す。
「水よ、堅牢な足場となれ、ウォーターウォール」
魔法で、魔獣の更に上で水の壁を作る。
身の丈の倍はある巨大な剣を受け取ったルリーラは、魔獣を踏み台に上に生まれた壁めがけて飛び上がり、水の壁を破壊すほどに蹴り込み魔獣に大剣を振り下ろす。
しかしその一撃では首を切り落とすことはできずに半分ほどで止まる。
「ルリーラ」
「水が邪魔!」
だがルリーラは首を切ることを諦めない。
いまだに力を込め続ける。
「――――!!」
魔獣の叫びはより大きくなり人の恐怖心に語り掛ける。
落下地点を確認する。
そこの水を魔力で無理矢理に寄せ地面をむき出しにする。
「やああああ!!!!」
雄たけびを上げながらルリーラは魔獣の首を地面にたたきつける。
「――――!! ……」
最後に耳を裂くような断末魔を上げたのちに絶命した。
「ルリーラ大丈夫か?」
「疲れた」
水のくぼみをそのままにルリーラの元に駆けよる。
さっきまでの勇ましさはどこかへ消えていつものルリーラに戻った。
「よくやった。流石だな」
「褒めてもいいんだよ」
「よくやったって言ってるだろ」
頭をくしゃくしゃと撫でると気持ちよさそうに目を細める。
「後はおんぶして運んで」
「わかったよ。頑張ったもんな」
ルリーラを担ぐと水を潜り陸に戻る。
「お嬢ちゃん凄いね」「かっこよかったよ」「本当に凄かったよ」
陸に戻るとルリーラは周りの人たちが押し寄せていた。
「クォルテさん」
本当にさっきの魔法を撃った本人か? と言いたくなるような情けない声を出し涙目で俺の後ろに隠れる。
「あの魔獣どうしたらいいんでしょうか? このままだとこの広場が血に染まりますけど」
「いいよー、そのままで」
「さっきの」
最後まで眠るように水に浮かんでいた女性が、俺達に近寄ってくる。
「どうせ今日はここで誰も泳げないし」
「はあ」
「じゃあ行こうか」
独特のテンポで話をする女性は、俺の手を掴み門の出口に向かう。
そしてそのまま俺達の船に乗る。
「えっと話を聞いても?」
「いいよー」
黒髪に、アルシェほどではないがメリハリのあるバランスの取れた体型、柔らかい垂れ目で優しいお姉さんと言った風貌でこの間延びする喋り方。
マイペースで独特の話し方のせいでこちらのペースが保てない。
この人は一体誰なんだろう。
「なんで乗ってるの?」
「私奴隷なんだけど、ご主人様が逃げちゃって」
「探しに行かないのか?」
「そのご主人様って、そこの子をナンパした男なんだぁ」
そう言えばさっき陸に上がった時にはもういなかったな。
魔獣に出会わなかったとは運が良かったらしい。
「うん、戻らなくていいと思うよ、そうですよねクォルテさん」
本当に嫌いらしいアルシェは同情するように女性の手を握った。
「お名前は何ておっしゃるんですか?」
「フィルだよ」
アルシェはしっかりとフィルの手を握る。
これはあれだな、俺がまた背負い込むパターンだよな。
「あんな下種の元において置いたらフィルさんがどんな目に合うか」
「今日のアルシェ熱いね」
「よっぽどさっきのナンパ男が嫌いなようだ」
俺もあんな性格の軽い男は嫌だけど、ここまで嫌わなくてもいいと思うんだよな。
アルシェに声をかけたくなる気持ちはわからなくもないし。
「まず今日は一緒に居てもいいけど一緒に旅に出るかは後で決める。それでいいな?」
「はい」
「それじゃあ宿にごあんなーい」
なぜか魔獣を討伐したら奴隷がまた一人増えたようだ。
フィルに連れていかれたところは予想以上に良い所だった。
海が見えて立地もいい非の打ちどころのない宿。
値段はうん、結構な値段したよ。
「魔獣あのままでよかったのか?」
首を切り落としたせいで血の量は尋常じゃないなかった。
現にルリーラは水に入っても汚れが落ち切らず、新品なのにと泣きながら汚れを落としているところだ。
「大丈夫だよ、すぐに後片付けの人が来るから」
「そんな人がいるんですね」
「それはいいとして」
話がまだ繋がりそうだったのに平然とぶった切ってくるなこいつ。
「三人とも強いね」
「俺はそこまででもないけどな、ルリーラとアルシェが強いんだよ」
「そんなことはありません」
「あたしもそう思うな」
二人が即座に否定する。
「クォルテさんは凄いです。私とルリーラちゃんは特化すぎるのでそう思うだけです」
「動きも指示も悪くなかったと思うよ」
「おう、ありがとう」
こう素直に言われると恥ずかしくなるこの感じはなんなんだろうな。
「何の話?」
「服は着てから出て来い!」
「わぷっ」
当然のように全裸で出てきたルリーラにタオルを投げつける。
渋々と着替え浴室から出てくる。
「それで何の話なの?」
「クォルテさんは凄いって話」
「俺はそんなに凄くないって言ってるんだけどな」
二人はそう言ってくれるが、俺としてはもっといい方法があると思ってしまう。
さっきも、俺が準備できてればルリーラが血まみれにならなかったと思うし。
「凄いよ、クォルテは」
ルリーラもさも当然のようにそう言った。
「前から言ってたけど、クォルテは強いし指示もくれるから戦いやすいから」
ルリーラのこういうところは本当にズルいと思う。
まっすぐと素直に自分の気持ちをぶつけてくる。
そんなのが嬉しくないはずはない。
「フィルの今後は、明日話すんだよね」
「そうだな」
俺としてはあまり同行はさせたくない。
あんまり酷い目にあっている感じでもないし、極々普通の奴隷って感じだ。
見かねて連れてきたわけでもない、ただ勝手についてきただけだ。
そんな考えを砕くように部屋がノックされる。
「はい今開けます」
ドアの向こうには、いかにも衛兵と言った重装備の兵士が二人。
「何の御用でしょうか」
「魔獣退治の件だ」
訓練されている兵隊らしいはきはきとした声で答える。
「血で水を汚したことでしょうか?」
「違う。魔獣退治の賞金を持ってきた。受け取れ」
形式とはいえ偉そうなふるまいにはムカつく。
「加えて貴様達を魔獣討伐隊のメンバーに迎える。ありがたく思え」
「はっ?」
唐突な誘いに間抜けな声が出た。
「七日後に行われる魔獣の討伐に、貴様ら全員が参加するのだ」
予想外の出来事に流石の俺も対応できなくなってしまった。
†
何もわからないまま四人とも水着で籠付きの船に乗せられ、城まで連れれていく。
「なんで俺達なんですか?」
「急務でな、魔獣を倒せる人材を探しているんだよ」
宿の時よりは幾分当たりが柔らかくなった兵士は、そう言ってすまないと謝る。
「俺達は旅を続けるので徴兵には応じられませんけど」
そして名前だけとは言え俺はアリルド国の王だ。
とてもじゃないが受けることはできない。
「いえ、魔獣の討伐隊を編成しますので、それに参加してもらいたいのです」
「それは一度だけということでしょうか」
「そうなります」
魔獣の討伐、話に聞いた限りだと正規兵のみで魔獣の討伐は問題ないはずなんだけどな。
「今はあまり詮索しないでいただけると」
「そうですよね。言えないこともあるでしょうし」
「助かります」
俺は他の三人を見ると全部俺に丸投げするつもりらしく、ルリーラは俺の膝で、アルシェは俺の肩に寄り添って眠っている。
そしてなぜか一緒に来たフィルは魔法船から外を眺めていた。
「ご家族でしょうか」
「まあ、そんなところです」
「綺麗どころで羨ましいですな」
「ええ、今は幸せですね」
雑談をしながら馬車に揺られヴォールの城に向かう。
「大きいね」
「アリルドとアインズよりも大きい気がします」
「それは当然です、何せ水の国ですから」
衛兵のその言葉にルリーラとアルシェがこちらを見る。
「城の最大の大きさは決められてるんだよ、水、炎、地、風の四つの国は神が国王だから神よりも高い城を建てたらいけないんだ」
二人は感心するようにこっちを見る。
「ちなみにルリーラには前に教えたぞ」
「いつ?」
「二人で旅してた時だな」
「覚えてない」
「まあ、そんなこったろうとは思ってたけどな」
あの時のルリーラはただ会話を繋げるために適当に質問してきた節があったしな。
そのおかげで俺は無駄に色々と調べ物をするようになったし。
「クォルテさん、この国の王が神様なのでしたら玉座には神様がいらっしゃるのですか?」
「いや、神が年がら年中いるわけじゃない。神はこの城の最上階に一室あるだけで王がやるべき仕事は総帥って国民の代表が行ってるんだ」
「よかったです、神様に謁見など恐れ多くて」
「こちらです、失礼の無いようお願いいたします」
そう言われ謁見の間に通される。
広い空間に護衛が一人もおらず、その様相は初めてアリルドと対峙したことを思い出す。
「近くに」
「はい」
四人が前に行くと一際立派な総帥の椅子に一人の男が座っている。
褐色の肌に龍のような大きな角、服から覗く手には鱗が生え人ならばありえない海のような青色。
それには流石の俺も驚く。
「ヴォール、様」
総帥の座る場所にいたのは人とは違う容姿をした存在、神がいた。
「お前だけか我を知っているのは」
「クォルテ、この人が総帥」
「馬鹿っ、ルリーラ」
「よいよい、可愛い娘達には優しくするのが我の流儀だ、お前も楽にしていいぞ」
「ありがとうございます」
ルリーラの不用意な発言で気分を害されて殺されるなんてこともあり得る。
「クォルテ?」
「そやつが緊張しているようだし、自己紹介をしよう」
そう言ってヴォール様は立ち上がり俺達の前に近づく。
ここまで来て異質の魔力をアルシェが感じ取った。
「我の名はヴォール、神にしてこの国の王だ」
その自己紹介にアルシェは当然としてルリーラまで驚いて固まってしまう。
「次はそちらの自己紹介を聞きたいな人の子等よ。しかしこの様子だと話は聞けそうにないか」
「私が紹介しますねー」
なんとフィルが物おじせずに神に話しかける。
「私はフィルって言います。それでこちらの男性がクォルテさんです」
「クォ、クォルテ・ロックスです」
「ほう、ロックス家か」
ロックスの名前に神はにやりと笑う。
その笑みに嫌な予感を覚えながらフィルの紹介は続く。
「そしてその隣の小さい子がルリーラちゃん」
「ルリーラです」
「うむ可愛いな、それに珍しい子だな」
そう言ってルリーラの頭を撫でる。
「そして一番奥の方がアルシェちゃんです」
「アルシェと申します」
「ふむ愛らしい、我の妾にしたいほどじゃ」
「それは……」
アルシェがちらりとこちらを見る。
「それは勘弁ください、彼女は私の大事な家族です。いくら神様の命でも従うことはできません」
神への反論に心臓が痛いほどに脈打つ。
俺が死んだかと思うほどの緊張の中神は愉快そうに笑う。
「くっくっく、お前、いやクォルテは男だな」
そう言って俺の肩を叩く。
「この二人はお前の奴隷だろ? 奴隷相手に家族か、実に愉快だ」
心底愉快そうに破顔する神に俺は困惑してしまう。
てっきり命がないと思っていたのになぜか褒められてしまう。
「アルシェとルリーラよ、喜べこの男はいい男だ。我の頼みを無下にするなど、剛胆の一言に尽きる。せいぜい手放さぬように篭絡することを進めるぞ」
「はい」「はい」
二人は展開について行けず、言われるがままただ頷く。
「では、私はお前達の主人に話がある。先に宿で待っていてくれ」
追い出す形で三人を部屋から追い出し神は床に座り込む。
「お前も座れ」
言われるがままに俺も座る。
「ロックス家なのは本当か?」
「はい、クォーツ・ロックスとスミル・ロックスの第一子です」
父と母の名を告げる。
「確か非人道的な人体実験が公にされ没落したらしいが、お前の仕業だな」
「その通りです」
神は俺の全てを見透かすように観察する。
「理由はおそらくあの奴隷二人のどちらかかな」
緊張感のある強い視線に背筋に汗が流れる。
「なるほど」
どこまで悟ったのか神は空気を弛緩する。
「ロックス程の貴族を没落させる手腕をこの若造が持っているとはな」
「たまたまですよ」
「そういうことにしておこう、それでここから真面目な話をしよう魔獣討伐の件だ」
「はい」
「最近、近海に魔獣の群れが居てな、どうもこの国の人間だけでは対処できないのだ」
「数ってどれくらいでしょうか」
「およそ、百」
「百!?」
俺が調べたころに年に出る数でさえ四十三体だったはずだ。
それの倍以上の数がいるのか。
「大型、超大型、果ては特級の存在が確認されている」
「特級ですか」
そこで初めて神がここにいる理由がわかった。特級の討伐のためにここにいるのだろう。
そして広場に人が来なかった理由もそれに関係しているんだろう。
「それも複数だ、特級が一体なら我一人で殲滅できるが複数となると特級だけで手一杯なのだ」
「それで大型と超大型の討伐隊を組むと」
「その通り、討伐ではなくても足止めでもいい。この国の者ではないお前達家族を死なせたくはないしな」
「わかりました。少しだけ時間を頂けますか?」
流石に俺だけで決められはしない。
「構わん、出発は明日の朝。これは命令ではない、我の願いだ、先ほどの様に断ってくれても構いはせん」
「畏まりました」
俺は立ち上がり謁見の間を出ようとする。
「最後に一つだけ聞かせてくれ」
「何でしょうか」
「我が強引に奪おうとしたらどうするつもりだった?」
正直考えてはいなかったわけではないが、どうするかは決まっていた。
「あなたを倒します」
「それは、二人が特異な力を持っているからか?」
「違います。二人は家族だからです」
「よい答えだ。それにしても家族のために神に喧嘩を売るか、人の子はこれだから面白い」
愉快そうに頬を緩める神に礼をして謁見の間を退出した。
「クォルテお帰り」
「ただいま、先に帰っててもよかったんだぞ」
「その、私のせいでクォルテさんに何かあったらと思ったら」
「神様に喧嘩売ってたもんね」
「流石に俺も死んだと思ったよ」
そんな風に雑談をしながら船に乗り神と話した内容を伝える。
「私はクォルテに従うよ」
「私も死ぬまで付いて行きます」
「任せる」
あっけらかんと三人が俺に任せると言い切る。
「いいのかそれで、死ぬかもしれないぞ」
「クォルテは死なせないでしょ?」
「信じてますから」
「どうせ行くところないし」
「全幅の信頼を貰ってるみたいだが、魔獣との戦闘はさっきのが初めてだ危険だぞ」
知識は持っているが経験がないことが不安だ、それに神の話では海の上で戦うみたいだしな。
「よし、じゃあ俺達も参加、陸のある防衛に参加する。出発は明日の朝だ。いいな」
「「「はい」」」
三人の返事で俺達は明日参加することになった。
宿に泊まり最初に話す議題は当然フィルについてだった。
「フィルはなんで神にああも堂々と話せたんだ?」
三体一で対面に座りフィルに質問する。
「お話できるんだから緊張なんて必要ないよね」
その発言にみんな絶句してしまった。
話せるなら緊張しないというとんでもない理論に俺達は何も言えない。
「とりあえず、明日は一緒に討伐に行くんだから今更だけど自己紹介お願いできるか?」
「いいよ。名前はフィル、二十歳、ナンパ男のカリフ・グラドの奴隷やってます」
それで俺と二つ違いということに驚いた。
中身だけで話すならルリーラよりも幼く感じてしまう。
「他に聞きたいことはある?」
「フィルは戦った経験はあるか?」
「あるよ、超大型までなら戦闘経験ある」
間延びした雰囲気からは信じられない凄い経験を告げる。
俺達が討伐した超大型との戦闘経験があったらしい、だからあの時はそんなに落ち着いていたのか。
「みんな強かったね、思わず見惚れてたよ」
いや、ただのんびりしているだけか。
「それで前衛ってことでいいんだよな」
「うん、ルリーラちゃんほどじゃないけどね」
「ルリーラは特別だからな」
そう言われて上機嫌に胸を張る。
「じゃあ明日の戦闘は、ルリーラとフィルが前衛、俺が中衛、アルシェが後衛で問題はないな?」
「うん」「わかりました」「はーい」
三人の頷きで話し合いは終わった。
これで少しはルリーラの負担が減ってくれると助かるんだけどな。
†
翌日の朝、兵士の人に連れられて謁見の間に足を運んだ。
「これだけの人数が来てくれたことを我は嬉しく思う」
謁見の間にいたのは、少数の兵士の他に俺達と同じで招集された連中のようだ。
「正規兵はすでに討伐に向かっている。貴君らも討伐隊と防衛隊に別れ移動してもらう。討伐した数、功績によって我から褒美を授けよう」
その言葉に大きな歓声が上がる。
なるほど、みんなは褒美目当てか。それなら防衛側の危険は低いだろう。
「では皆の者魔獣を討伐しに行くぞ!」
その宣誓と共に大きな歓声とともに列が二つに分かれ移動を開始する。
「お前達は遠足か何かか?」
移動の途中で見知らぬ男が声をかけてきた。
いかにも屈強そうで全身に鎧を着た男。
「そう見えるなら邪魔になるから帰った方がいいぞ」
討伐隊に混ざっている段階で弱いはずがないのだが、ルリーラ達を見てそう決めつけた男を相手にせず言葉を返す。
「わかった、お前の欲求の捌け口か? お盛んな――」
「それ以上喋るな不愉快だ」
男の頭をありったけの力で掴む。
男の逆切れなのはわかっているが、それでもそうとしか女を見れないこの男が許せない。
「水よ、無数の槍よ、我が敵を射貫け、ウォーターランス」
水の槍が男の鎧の隙間に穂先を向け囲む。
「待て、待ってくれ、悪かった許してくれ」
「許すわけないだろ」
無数の水の槍は男の体を目掛け一斉に向かう。
そして男に刺さる直前にピタリと止まる。
串刺しになると思っていた男はそのまま失禁し白目をむいて気絶した。
「行くぞ」
やりすぎたかと神を見ると愉快そうに口角を上げていた。
「クォルテ、やりすぎじゃない?」
「やりすぎじゃないさ、今のは威嚇だ」
「そういうことですか。びっくりしました」
今ので伝わったらしく納得したアルシェと、全くわかっておらず首をかしげるルリーラ。
「自分の力を示したのと私達に手を出すなって威嚇してくれたんだよ」
「なるほど、でも別にそんなことしなくても実際に戦ったら認めてくれるよね?」
「前衛ならそれもできるが、防衛だと最悪戦闘がない可能性がある」
舐められたままだと、その後も何かあった場合に挽回ができない。だから今のうちに自分達を売り込む必要もある。
俺達が守れと案内された場所の景色は絶景だった。
青い海が一面に広がり他には何もない。
白い波間と癒される波の音、空の薄い青ともマッチし風が運ぶ潮の匂いが心地いい。
「綺麗」
ルリーラとアルシェは楽しそうに海を眺める。
見慣れているのかフィルはただ景色を眺めるだけだった。
「正規兵はここからじゃ見えないのか」
「そうだね、私でもギリギリ見えるくらいだから」
「じゃあ俺には無理だな」
ルリーラでギリギリなら俺達が見えるわけはない。
「さっきの義勇兵が出てきました」
見たこともない大きな船が汽笛の音を鳴らし出航する。
「凄い数だな」
何人乗れるかわからない規模の船が三隻進んでいく。
「これだと本当に出番ないかもね」
「それならそれでよいのだ」
いつの間にか神が空を飛び俺達の横に立っていた。
「しかし我が特級の相手をしなければいけないため、討ち漏らしがあり得るのだ。だからここを守ってくれ」
「わかりました」
「クォルテさっきのでお前の評価は上がったようだぞ」
顎で他の防衛組の連中を指す。
確かに俺達の方を見もしない。
「だとしたらやった甲斐がありました」
「ではな」
そう言って空を飛んでいく神の姿に出鱈目さを改めて感じた。
魔獣が来るまでは暇だな。
そう思い俺は腰を下ろす。
「これから何するの?」
「魔獣が来るまで待機」
「わかった」
ルリーラは暇だとわかると俺の膝にすっぽりとはまり体を預ける。
「私も失礼します」
流石に膝には座れないアルシェも隣に座る。
「それだと私はこっち?」
どれなのかはわからないが、フィルもアルシェとは反対隣りに座る。
そのまましばらく海を眺めていると突然向こう側に大きな赤い光が炸裂した。
「今の何?」
「決着がついたのかもな」
「違うよ、今のは魔獣が包囲を抜けた光」
実際に経験したことがあるフィルはすでに臨戦態勢を取っていた。
間延びした話し方なのに今回は行動が早い。
「それに赤は超大型」
「昨日の奴か」
昨日の魔獣の姿を思い出す。
でもここなら被害は少なくできるはずだ。
「おい、お前達が行くのか?」
俺達が立ち上がると近くの男がそう言ってきた。
「みんなで行かないのか?」
てっきり全員で行くものだと思っていたが、どうやらそうではないらしい。
男は行きたそうにしながら聞いてくる。
「超大型だろ、一つのチームでいいだろ。どうする?」
「いいよ、俺達は休んでるから」
「よっしゃ行くぞ野郎ども」
野太い雄たけびと共に戦闘の準備を進める。
「いいの?」
「ここでの戦いからを見たい」
広場のように足場があるわけでもないのにどうやって魔獣と対峙するのかそれが気になる。
俺なら都度足場を作りながら戦うが魔力消費が激しいためあまりやりたくはない。
「来たぞ!」
昨日とは違いタコのように触手を八本持っている魔獣。
さてどうやって倒すのか。
「足場を固めろ」
タコを覆うように魔法で海を固める。
そして前衛が一斉に飛び込みタコの討伐を開始する。
しかし狭いフィールドではタコからの攻撃もよけきれない。
「あの戦い方は無理だな」
ルリーラなら避けきれるかもしれないが流石にそんな危険な橋を渡ることはない。
それにルリーラは広い場所で暴れる方が好きだしな。
「それにしても厄介そうだな」
見ていると足を一本落としてもすぐに足が再生する。
一向にダメージを与えられてはいないように見える。
「フィル、あれはダメージ与えられてるのか?」
「あの魔獣は頭部を攻撃しないと駄目だよ」
「つまりこっちが消耗させられているだけってことか」
指令役と思われる男を見るが、攻めきれずに悔しそうに顔を歪める。
「おい、手伝おうか」
「……くっ! 頼む」
不本意そうに言葉を吐き出す。
全員が茶髪で、こちらみたいに一撃必殺の手札がないため有効だが入らないのがわかっているのだろう。
「ルリーラ、あっちは疲労困憊だ一撃で決めれるか?」
「昨日の剣があれば行けるよ」
「よし」
「クォルテ、あたしが行くよ」
討伐に行こうとした矢先にフィルが間延びした声で手を上げる。
「大丈夫か?」
「あたしも強いんだよ」
見た目で強さの判断はできないが、力こぶを作る仕草をしてもプルンと二の腕が震える姿は不安感しか与えない。
「本当に大丈夫か?」
「お任せあれ」
「それで何か必要な――」
俺の問いかけも無視しフィルは空へ駆け出した。
「おい落ちる、くそっ、水よ、壁よ、彼の者の……」
呪文の途中で驚いてしまう。
着水の直後に海水を蹴り再び上昇する。
「フィルカッコいい」
「あれどうやってんだよ」
そこから二三度跳躍を繰り返しフィルはタコの元にたどり着く。
そこからは圧倒的だった
機動力ではありえない空中での方向転換に海しかない後方へ逃げての即復帰、液体も重力も空気さえも無視した本当の機動力で魔獣の上部に攻撃を続ける。
「凄いな」
「ですね」
俺とアルシェ、ルリーラまでもただ茫然と見続けるしかなかった。
そして数分経つと魔獣は弱っていた。
周りの人から剣を奪い取りあっという間に頭部を取ったかと思うと空中で勢いをつけ魔獣の頭部に突き刺す。
それが致命傷だったのか魔獣はあっさりと動かなくなった。
「終わったよ」
またしても水の上を移動して俺達の所に戻ってくたフィルはさっきの動きを見せた者とは思えないのんびりと間延びした声で報告する。
「今のって魔法だよな?」
「そうだよ。私風の魔法使えるから」
「でも黒髪のフィルがあの高度な魔法を使えるのか?」
黒髪といえば魔法が使えないと勝手に思っていたが確かに使えないわけではない。
でもあの動きは高度な魔法のように思えた。
「全然高度じゃないよ。足に魔法を使って圧の壁を無理矢理作ってるだけだから」
「ただの強化魔法ってことか」
黒髪だからこその魔法、魔力があると力がないせいでそこまでの物を作るのは魔力が必要、ベルタなら可能だが補助がないと疲れてしまう。
魔法が使え身体能力も高い黒髪でないとあそこまで自在には使えない。
「そうだよ。凄い?」
「凄いな、俺達にはできない技だ」
「……」
フィルは頭を差し出して固まる。
「どうしたんだ?」
「ルリーラちゃんとアルシェちゃんは撫でてもらえるのにあたしにはないの」
まさかの言葉に俺はどうしていいかと考え二人を見ると、素直に頷いたので俺はフィルの頭を撫でる。
二人とは違うふわふわとした柔らかい髪を撫でる。
「あはっ、これなんか嬉しいね」
「ならよかった」
「じゃああたしも撫でてあげるね」
そう言いながら、ふわっと抱きしめられる。
甘ったるいほどの柔らかい匂いに包まれ俺がフィルの胸にぴったりと収まる。
「ちょっとフィル!」
「フィルさん何してるんですか!」
二人に引きはがされてフィルが責められてしまっている。
「そんなに言うなら二人もやればいいのに」
まさかの反撃に二人の言葉が止まる。
「クォルテ」「クォルテさん」
二人がじりじりと迫る様は少し恐ろしく俺は後ずさりをしてしまう。
「フィルにはさせたのに」「私たちは駄目なんですか?」
「いや、二人の迫力が怖いんだよ」
二人が得物を狩る肉食動物のような顔をしてどんどん近づいてくる。
「捕まえた」
いつの間にか背後に回っていたフィルに掴まりそのままルリーラとアルシェにも掴まる。
「ちょっと、やめろって」
「撫でる時こんな感じなんだね」
「私も嵌ってしまいそうです」
三人にもみくちゃにされながらしばらく頭を撫でられる。
三方向から柔らかさと甘い匂いが責め立てて俺の理性を次々と奪っていく。
そして二発目の赤い閃光弾が打ちあがる。
†
赤い閃光弾を確認後、連続で三発の閃光弾が打ちあがる。
「これって全部で四体来るってことことだよな」
「そうだよ。それに赤だから」
「超大型ってことか」
向こうで何が起こってるんだ、神を含めた多数の精鋭がいるのに都合四体も討ち漏らすものか?
「四体も流れてくることは結構あることなのか?」
「規模が規模だからしょうがない気はするけど、今まではなかったはずだよ」
いまいち緊張感がない間延びした声でフィルは海をじっと見つめる。
向こうには白髪や黒髪も大勢いたはずだ、特級に手一杯とおもっていいんだろうか。
「クォルテさん来ます」
考えるのはこいつらを倒してからだな。
戦闘の準備をする。
「おい! そっち全員で二体頼めるか? 俺達で残りの二体を倒す!」
「舐めるな! と言いたいが引き受けた倒したらすぐに援護に向かう」
「頼んだ!」
さっきの戦いで実力差がわかったのか他のチームは拒否をせず頷く。
「悪いな、超大型を二体勝手に引き受けた」
「大丈夫だよ」
ルリーラを始め三人は文句一つ言わずに俺の独断に頷いてくれた。
「アルシェは俺達に強化魔法、ルリーラと俺でまず一体潰す。フィルとアルシェは時間稼ぎを頼む」
「「「はい」」」
三人の返事と共に一斉に動き出す。
「フィルも無理に倒す必要はないからな、怪我しないように立ちまわれ」
「私奴隷なんだけど」
「一人の人間だろ」
「……」
フィルは少し戸惑いを見せる。
「行けるよクォルテ」
ルリーラのその言葉で三人で飛び出す、俺達の相手は平たい身体のエイ型、フィルが向かうのはタコよりも足の数が多いイカ型の魔獣。
「水よ、籠よ、悪しき者を捕らえよ、ウォーターケージ」
水の籠にエイを捕らえ動きを封じる。
「いっくよー!」
ルリーラの掛け声とともに渾身の拳を魔獣に一発打ち込む。
「――――!!」
悲鳴と共にルリーラの拳が穿った体からは血が溢れる。
「もう一発」
「ルリーラ避けろ」
エイの特徴ともいえる尾の針がルリーラ目掛け飛んでくる。
それをかろうじで避けたルリーラは尾を掴む。
「水よ、剣よ、魔を討つ剣となれ、ウォーターソード」
水の剣を持ち尾に向けて振り下ろす。
岩に振り下ろしたような重い衝撃。それに負けないように力任せで硬い皮膚の尾を断ち切る。
「貰っていくよ」
切れた尾を持ちルリーラは力一杯に魔獣の体に尾を挿し込む。
「よし、次行くぞ」
「いいの?」
「やりたい魔法があるんだ」
俺達は籠から飛び出し、魔法で作った道を進みフィルの元に向かいながら呪文を唱える。
「水よ、籠よ、姿を変え悪しき者を閉じ込めよ、ウォーターボール」
籠は隙間を埋め大きな球体に変わり魔獣をその中に取り込む。
「行くぞアルシェ!」
「炎よ、爆炎よ、我の破壊の衝動を受け止めよ、敵を討ち滅ぼす衝撃を生め、バーンアウト」
「水よ、姿を変え、空気に混じれ」
「それって、おっちゃんの時のじゃ」
「そうだぞ、あの時よりは火力が高いけど」
次の瞬間ボールの中にアルシェの魔法が発動する。
一瞬の閃光、それに送れ耳を裂くような爆発音がなり水のボールが蒸発し煙を上げる。
手負いの魔獣に今の複合魔法が耐えきれるわけもなく灰へと変わった魔獣は海中に沈んでいく。
「耳が痛い!」
「悪い、次からは気をつける」
と言ってもこれだけの魔法を陸上でできるわけがないけど。
「全部それでいいじゃん」
「それだとお前が暴れられないし、弱らせてからじゃないと捕まえられないから使えないんだよ」
「へえ」
球体で覆うことはできても魔獣クラスだとどうしても魔力消費と強度が心もとない。
アルシェほどの魔力があればそれも可能だが、凡人の俺ではあまり多様できない。
「今回は早さ重視だ」
「わかった」
ルリーラは俺を担いで一気に道を進む。
「フィル、お待たせ」
「今の凄かったね」
縦横無尽に駆け回るフィルは十ある腕を避けながら攻撃も当て続ける。
「ルリーラは好きにやれ、合わせる」
「了解」
駆けだすルリーラは、イカの足を力任せに破壊しながら突撃する。
「水よ、氷よ、敵の動きを止めよ、アイシクル」
水はルリーラが破壊した部位を水で覆い、再生を阻害する。
そしてそのまま徐々に頭部に向かう。
「便利な魔法だね」
「成功するとは思ってなかったけどな」
壊すのも有効だとわかったルリーラとフィルは魔獣の足を破壊しつくす。
胴体だけに変わった魔獣にルリーラは渾身の力をぶつける。
「吹き飛べ!」
ただの全力の拳、ベルタの全力の一撃は魔獣の頭部を粉々にする。
そしてほぼ時を同じにして向こうからも歓声が上がる。
「これで終わりだな」
「あっちも終わったみたいですよ」
城壁に戻ると船が二隻こっちに向かってくる。
これで終わりか、そう安堵した。
魔法の実験も成功し少し浮かれ簡単な間違いに気づくのが遅れた。
「なんで二隻なんだ?」
「あの船、ボロボロだよ」
「これはちょっと嫌な予感がする」
沈みかけている船が二隻。想定外が起きている可能性がある。
「誰かあの船まで道を作ってくれ」
他のチームに声をかけ道を作ってもらい俺達四人は船に向かう。
「誰もいないのか?」
二手に分かれて船の中を探すが無人だった。
「そっちはいるか?」
「はい、三名の方がいます」
「わかったすぐ行く」
どこも痛んでいる船の中で怯える三人がいた。
一人は黒髪で二人は白髪の男三人は頭をかかえ小さくなっている。
「何があったんだ?」
「逃げろ、あれは化け物だ」
「神がいたはずだぞ」
「い、一体で手一杯なんだ、強いのが居て、ほ、他の、他の特級が、暴れているんだよ……」
神が苦戦する存在。
そんな魔獣がいることに驚きを隠せない。
「わかった、このままいけば街に帰れるぞ」
「――――――!!!!」
魔獣の慟哭が聞こえる。
「うわああああ!!!!」
それに反応するように声とは正反対の方に三人が逃げ出す。
地獄からの使者と言われれば信じてしまうほどに低く、恐怖を与える叫びに見たこともない俺達も後ずさる。
「どうするの?」
ルリーラが俺の手を握る。
汗に湿る手がルリーラの恐怖を表している。
他の二人も行動には出さないが不安が顔に出ている。
「とりあえず多少の足止めをしてみようと思う」
「「「…………」」」
流石の三人もすぐに返事はできない。
「わかった、クォルテを信じる」
「私も、信じます」
「乗りかかった船だしね」
三人とも覚悟を決めてくれた。
「よし行くか」
甲板に出ると遠くの方に超大型よりもはるかに大きな魔獣がこちらに向かってくる。
「ルリーラとフィルには厳しい所だが、あいつの目を引いてもらう」
「わかった」「任せて」
「アルシェは俺とさっきの複合魔法をやるぞ」
「わかりました」
「言っとくけど手加減は一切なしだ」
「わかってます」
恐怖で手と足が震える。
呼吸が乱れる。
自分の死、ルリーラ達の死、全ての恐怖が俺を襲う。
「大丈夫だよ」
「私たちはクォルテさんを信じてますから」
「頼んだよ」
少しだけ軽くなった気がした。
「行くぞ」
掛け声とともにルリーラとフィルが飛び出す。
「アルシェは限界まで魔力を貯めろ、後は俺の合図を待て」
小さく頷きアルシェの周りに魔力が貯まる。
「水よ、槍よ、禍々しき存在を貫く巨大な楔となれ、ウォーターランス」
海から作られた巨大な水の槍は特級の魔獣に刺さる。
攻撃されたと理解した魔獣は俺を睨み怒号のような声を上げる。
「――――――!!!!」
規格外の声量は大きな波を立て、俺達の動きを止める。
海から現れる城壁よりも分厚い尾が迫るルリーラ達を狙いたたきつける。
一瞬前まで二人がいた場所は大きな音を立て巨大な水柱を作る。
その水柱の影に隠れ魔法を唱える。
「水よ、氷よ、水の柱を固めよ、アイシクル」
水柱は魔獣の尾を巻き込み氷の柱になった。
さっきは役にたったこの魔法も一瞬で破壊され海に巨大な霰が降り注ぐ。
「うりゃああああ!!!!」
ルリーラの叫びと共に繰り出した一撃もダメージを与えるに至らない。
蛇型の魔獣か……。
ここにきて対峙したことのない未知の魔獣。
「攻撃はいい、自分の身を考えろ」
「場合による!」
仕方ないと判断し二発目の準備をする。
「水よ、龍よ、水の化身よ、わが敵を喰らい貪れ、その魂を地の底に送れ、災厄の名を背負いし者よ、我の命に従い顕現せよ、水の龍アクアドラゴン」
できるだけ大きく作った水の龍も特級の魔獣とでは大人と子供のサイズ差がある。
「巻き付け」
魔獣に巻き付いた水の龍のほかに更に追撃する。
「水よ、鎖よ、強大な敵を捕縛する枷となれ、ウォーターチェーン」
海から作られた鎖も水の龍と同じく魔獣の体に巻きつく。
「―――――――!!」
どうやら初めて動きが鈍ったらしく、苛立ちの篭った咆哮をし尾を無作為に海にたたきつけ始める。
「ルリーラ、フィル逃げろ」
返事よりも先に二人が離脱する。
「アルシェ!」
「はい、炎よ、爆炎よ、敵を灰燼に帰す地獄の炎となれ、地獄の業火、インフェルノフレイム」
「水よ、大気よ、汝のあるべき姿に変われ、フォグ」
ここまで離れれば何も気にしなくてもいいはずだ。
アリルドにも、超大型にも使わなかった正真正銘俺達の最大魔法。
巻き付いている鎖と龍、刺さる槍その全てを気体に変え、それを起爆剤としてアルシェの炎が起爆する。
目が潰れるほどの閃光、その後を追う耳をつぶす爆発音、それを更に追う衝撃は海をへこませて大きな波を作る。
その衝撃にルリーラとフィルが巻き込まれこちらに飛んでくる。
なんとか二人を抱える形で受け止めるが俺も後ろに飛ばされ最初に作っていた水の床に辛うじてたどり着く。
目と耳がようやく見えるようになる。
目に映ったのはさっきの爆撃でもまだ生きている魔獣。
「――――――!!」
流石の魔獣も無傷とは言えず体に焼け跡が残る。
魔獣はようやく俺達を敵として認識した。
煩わしい羽虫から自分にダメージを与える敵へと認識が改められた。
「くそっ……」
俺達には勝てなかったのか、力が圧倒的に足りていない……。
魔力切れの俺とアルシェは起きているだけで精一杯、ルリーラとフィルだけ無策で行かせるわけにもいかない。
死ぬんだな、俺。
「まだ生きておるな、クォルテ」
そう言って目の前に神が現れた。
†
「遅くなってすまなかったが、まさか生き残るそれもとはなそれも全員で」
満足気に笑う神に魔獣の尾が迫る。
「危ない!」
「危ないとはクォルテよ、神を舐めすぎだ」
神は音も衝撃もなく魔獣の振り下ろす尾を片手で受け止める。
そしてその尾を両手で掴んだかと思うと無造作に引きちぎる。
「は、はは……」
思わず笑ってしまう。
こっちが死ぬ思いをして防衛をしていた魔獣を、まるで遊ぶように追い詰めていく。
「これで魔法が使えるだろ」
特級との戦闘中に俺に魔力まで分けてくれた。
「さて、少しそこで見ていろ、すぐ終わらせる」
そう言って空へと飛んだ神の力は圧倒的だった。
特級の顔を水平に蹴ると海面に接するよりも前に蹴り上げると魔獣の全身が宙に浮く。
そして浮いた魔獣を手で掴み海面にたたきつける。
「――――――――!!」
「よく跳ねたな」
その衝撃にあげる断末魔は神の命令により行われる。
水面でバウンドし完全に逃げ場のない空中に投げ出された魔獣は、決死の一撃を喰らわせようと魔力を貯める。
「クォルテ、しかと見よ。これが神の魔法だ」
すると海の水位が少し下がった気がした。
そう思わせるほどにありえない巨大な水の槍。もはや槍とは呼べない建造物の様な巨大な槍を模った水。
「神槍。我はこれをそう呼んでいる」
魔獣が子供の様に小さく見える神槍は螺旋を描き魔獣に向かう。
魔獣にそれを受ける能力があるわけもなく、溜めた魔力を吐き出したように見えたが一瞬で掻き消え、神槍が通った場所には魔獣の影も形も消失していた。
「すげぇ」
あまりにも圧倒的な戦力差に、それを見ていた俺達はただ口を開けて眺めるしかなかった。
「どうだった」
「言葉もありません」
「世話をかけた報酬の足しにはなるか?」
「十分なほどに」
参考には一切ならない。圧倒的で無敵な力に神が神たる所以を理解した。
「それほどに圧倒的な魔獣に苦戦したんですか?」
「そうだな、あやつは我に届きうる可能性があった」
「そんなのが……」
今のに近い力を持った存在。
それがこっちに来ていたら俺達はおろかヴォールが無くなっていただろう。
「それに圧勝に見えたのはお前達の活躍があってだ」
「そうでしょうか」
「それに後ろを見ろ」
言われて後ろを見る、ルリーラ、アルシェ、フィル、そして水の国ヴォール。
「あの国はお前が守った。魔獣に勝てなくてもその戦いがあの国を救った。安心しろお前達は強い」
思わず涙がにじむ。
神からの賛辞に目頭が熱くなる。
「どれ、お前達の傷も治そう」
体を水が触れたと思った瞬間、俺達の傷は癒え朝よりも元気な状態になる。
「では帰ろう、お前達が今回の討伐の優秀者だ」
城に戻ると朝の一割程度の人数しか集まらない。
「此度は我の失態だ」
神はそう言って話し始めた。
「我は一番逃してはいけない特級を逃した。そしてたくさんの者を死に追いやってしまった」
その言葉に泣く声が混じる。
「そしてその特級はこの国に向かった。だが、それを命懸けで守ってくれた者達がいる」
そう言って俺達の方を向く。
「そこのクォルテ・ロックスとその奴隷達だ」
その宣言で大きな歓声が響き少し委縮してしまう。
助かった。凄い魔法だった。と皆が皆口をそろえて俺達を褒め称える。
「皆に問う、今回の優秀者は彼らでよいな」
「「おおおおおお!!!!」」
さっきよりも更に大きな歓声が響き俺達の授賞式が始まる。
「よくやった、クォルテ、ルリーラ、アルシェ、フィル」
そう言って一人一人に勲章を与える。
「してフィルよ、お前はどうする?」
「何がですか?」
神相手にも怖気ずく様子もなく平然と間延びした声で返事をする。
「お前はクォルテの奴隷ではあるまい」
「知ってらしたのですか?」
「我は神だぞ」
神のくせに偉そうに鼻を鳴らす。
「我の権限でクォルテの正式な奴隷にしてやろうと思うが」
「お願いします?」
「なんで疑問形なんだよ」
「いいの?」
流石にあれだけの死線を共にして仲間じゃないと言えるほど俺は薄情じゃない。
それはルリーラとアルシェも同じで二人ともフィルにほほ笑む。
「決まりだな。フィルお前もたった今からクォルテの奴隷だ。励めよ」
「うん」
間延びもなくしっかりとした言葉。
「じゃあ、よろしくなフィル」
「よろしくね、ご主人様」
「様はやめてくれ」
「じゃあご主人」
「なんかもう、それでいいや」
正直フィルに訂正してもこのまま押し切られそうだし。
こうして俺にまた一人奴隷が増えた。
そして長い一日が終わり翌朝。
目を覚ますとなぜか裸でフィルが横に寝ていた。
いや、正確には奴隷全員が裸で俺の布団にもぐりこんでいた。
「寝る時は普通だったよな」
左手にフィル、右手にアルシェ俺に覆いかぶさるようにルリーラ。
三者三様俺の体を抱きながら眠る。
見ないようにとどこを向いても肌の色が見える。
日に焼けたのか水着の後だけが白く残り健康的に日焼けしたルリーラ。
同じく日に焼けたらしいフィルの日焼け後は局部のみが白く艶めかしい。
そして日焼けをしない色素の薄い真っ白なアルシェ。
どこを見ても目の保養で、目に毒だ。
仕方なく見ないように目を閉じるが、目を閉じたことにより敏感になる感触に悶々としてしまう。
両腕と胸元に伝わる鼓動、身じろぎのたびに触れる絹のような滑らかな肌。
なんでああも強いのにこんなにも柔らかいのだろう。
「ん、んん……」
手の甲に触れる腿はわずかに湿り熱い。
頑張れ俺の理性。
両腕でも精一杯なのにルリーラまで攻撃に加わる。
足の位置が気に食わないのか俺のわき腹から腿にかけてこする様に何度も擦り付ける。
「すぅすぅ……」
気にしないようにしても両耳と胸部を寝息が撫で人を実感させる。
「むにゃ、すぅ」
ルリーラの顔の位置が俺の胸に顔をうずめる場所に移動し寝言のたびにルリーラの瑞々しい唇が俺の胸板を優しく撫でる。
いつの間にこいつはこんなテクニックを……。
よくわからない関心をしながらも理性と必死で戦う。
「クォルテ……」
胸の上で寝言で俺の名前を言っているルリーラを抱きしめそうになり指に力が入ってしまう。
「あんっ……」
「くっ、ぅん……」
アルシェとフィルの嬌声が上がる。
そして二人はもどかしそうに腕を更に抱きしめる。
暴力的な柔らかさのアルシェと女性を主張するフィルの膨らみが俺の両腕を包み込む。
これは流石にやばい。
特にフィルが不味い、ルリーラやアルシェのように全身が滑らかすぎるわけではない。
手の平に触れる茂みが他の二人と違い大人の女だと主張する。
人形のような二人とは対極の生身の女性を認識させてくる。
ザラリとした二人にはない感触はわずかに湿りこれが女だと激しく主張する。
「クォルテ……」
起きている時には間延びしただらしなく感じる声音も眠っているせいで甘えられているようなくすぐったさを感じる。
優しいお姉さんを感じさせる普段の振舞いよりも格段に破壊力が高い甘えん坊な動きに俺は自分の限界を感じる。
「ん、ん?」
そして不意に右から声が漏れる。
「クォルテさん?」
アルシェが目を覚ました。
いつも早くに起きているアルシェには珍しく遅いが昨日の今日では仕方ない。
だが今はそんなことを言っている余裕はない。
「おはようございます」
他の二人を起こさないための配慮なのか、はたまた俺を誘惑するためなのか耳元での甘い囁きに脳が溶けそうになる。
「助けてくれ」
「嫌です」
にこやかに死刑宣告をされる。
「昨日頑張りましたからもう少しこのまま、クォルテさんを感じさせてください」
そう言ってアルシェは腿に挟み込んでいた手を握り何を思ったのか自分の胸に抱きかかえる。
「好きにしてくださっていいんですよ。私もルリーラちゃんも、フィルさんも」
悪戯っ子のような笑顔をしてしっかりと大人よりも膨らんだ胸部に俺の腕を抱きしめる。
「やめてください」
「やめませんよ、私たちはクォルテさんになら何をされてもいいんですから」
そう言って再びアルシェは目を瞑る。
こちらの反応を楽しむように強弱をつけて手を握りやがて力が抜ける。
寝たのだろうか。
だがそれでも現状に何一つ変わりはない。
結局は幸せに拘束されてしまっている。
ここまでの柔らかさ、温かさに眠って誤魔化すこともできず俺はただみんなが起きるまで至福の時間に囚われるしかなかった。
日が高くまで上りようやく解放されたが体は緊張で完全に凝り固まったままだった。
「体が痛い」
動くたびに関節が軽快に音を立てる。
「情けないな、おじいちゃんじゃあるまいし」
「誰のせいだと思ってるんだよ!」
元凶の三人は目を覚ますと、恥ずかしがる様子もなく部屋着に着替えそれぞれの活動を開始した。
「それで、今朝のは誰の案なんだ?」
三人が三人共わかりやすく目を反らした。
「全員か!」
「フィルが奴隷にしてくれたお礼がしたい。って言って」
「ルリーラちゃんが可愛い女の子に囲まれるのが喜ぶ。って言って」
「アルシェが裸なら求められてもすぐに対応できる。と言った」
最近気が付いたことだが、アルシェが一番問題を抱えている気がする。
何かと言うと自分の武器を前面に押し出してくる。
「アルシェ、少し後で話がある」
「わかりました」
一度しっかり説教しないと、本当にいつか誰かに手をつけてしまいそうで怖い。
正直それでもいいんじゃないかと思っている自分がいるのも事実なのだが。
ルリーラの健全な体型にアルシェの男を虜にするスタイル、そしてフィルのなんでも包んでしまいそうな心。
正直我慢するのが辛いです。
「それで、これからどうするの?」
「流石にもう少し滞在するぞ」
結局魔獣退治で二日使ってしまったせいで街の観光が何もできていない。
「よかった」
「ここの国をまだ広場しか見てないもんね」
「案内なら任せて」
三人が喜んでいる姿に少し嬉しくなる。
「じゃあ、準備だ!」
「「おー」」
ルリーラの掛け声で一斉に三人が全員服を脱いだ。
当然俺が見ている中で。
「せめて脱衣所でやれ、恥じらいを持て!」
「クォルテさん以外の前では恥ずかしいです」
「俺の前でも恥じらいを持ってくれ」
「クォルテに見られるのは嬉しいし」
「どんな趣味だ」
「感謝のつもりで」
「感謝なら別にいらないから」
なんとか脱衣場に押し込み着替えをさせる。
今日一日は肌色が頭から離れそうにない。
「それと出かける前に神に謁見しに行くからな」
「わかった」「承知しました」「わかったよ」
朝から疲ればぱなっしの一日が始まった。
†
「呼び出しておいてこういうことを言うのは心苦しいが、疲れているのなら明日でもいいのだぞ」
謁見して最初に神に気を使われた。
きっと俺の顔が、そう言いたくなるほどにやつれているのだろう。
「いえ、今は休んでいる方が体力を削られますので」
「何やら大変なようだな」
「お察し頂いてありがとうございます」
俺達は現在、四人そろって神に謁見している。
なぜかお前達ともう少しだけ話をしたいと、神が自らおっしゃったためだ。
「まあ、座れ」
促されるまま、急遽設置されたテーブルへ促され、なるべく神の前に四人が並ぶように着席する。
円状の木製のテーブルの上にはお茶や茶菓子が並ぶ。
「適当に食べてくれて構わん。無くなればすぐに持ってこさせよう」
「ありがとう、神様」
ルリーラは遠慮なくお茶菓子に手を伸ばし口に運ぶ。
「よく食べる子は可愛いものだな」
「ルリーラは食べ過ぎですが」
「他の者も食べて構わんぞ」
アルシェとフィルがこちらを見るので俺はうなずく。
そして二人はお茶菓子に手を伸ばし口にする。
「美味しいです」
「これは美味しいー」
目をキラキラさせながら二人も喜んで次々に口にする。
「それでお話とは一体何でしょうか」
「ロックスについての話だ」
その言葉に俺とルリーラは動きを止める。
「クォルテには従妹がおったな」
「よくお調べになりましたね」
「調べるまでもなくロックス家は有名だ。そしてその分家もな」
そこからどう話が広がるのかが怖い。
本家を没落させた影響は当然分家にも広がる。
「それで親戚達はどうしたんでしょうか?」
「他の一族は自分の事で精一杯だ、唯一ミール・ロックス以外はな」
「やっぱりそうですか」
従妹と言われて最初に思い浮かんだのはミールだ。
ミールは特に本家に憧れていた、そして俺にも、その俺が自分の手でロックス家を没落させたことを恨んでいても何もおかしくはない。
「そして先日の魔獣討伐の優秀者はお前達だ」
「ミールの耳にも入ってしまうということですね」
国を出てから約二年、なんの音沙汰もなかったせいで気は緩んでいたのかもしれない。
「それを知ってはいたのだがな、特級を足止めなどという快挙に褒章を与えないのも都合が悪くてな」
「それは仕方ないと思っております」
俺も国が亡びるとわかっていて放置はできなかった。
それはミールがこちらを追っているとわかっても、おそらく手を出していたはずだ。
それほどにあの時状況は逼迫していた。
「それでこれは今回に対する謝罪と報酬だ」
そう言ってテーブルに置かれたのは一つの指輪。
青い宝石がリングに埋め込まれており装飾品の類ではない戦闘を意識した頑丈そうな指輪だ。
「これは?」
「私が作った神器だ」
「…………え?」
「神器だ」
「ええええええええええええ!!!!」
流石に大声で叫ぶしかない。
国が二三買えてしまう価値があると言われている超規格外の道具。
効果は様々だがそのどれもが強力で強大な能力を秘めている。
そんな国宝に指定されてもおかしくない代物がこんな簡単にテーブルに置かれる。
それにはルリーラ以外の二人も驚いて声が出ていない。
「神器って何?」
「神が作った道具のことだ、もの凄く凄くて強い、仮に換金したら人生が三回は遊んで暮らせる」
「クォルテが動揺するくらい凄いのはわかった」
「すまんな、一つしか準備できなくて」
そう言って少し申し訳なさそうにする神に俺はすぐさま感謝を述べる。
「いえ、ありがとうございます。これほどの物を頂けることさえおこがましい」
「そうか、我はお前達四人に渡すつもりだったんだがな、他の連中が奴隷に与えるのは駄目だと言って聞かなくてな」
「それはしょうがないと思います」
この三人は別だが、奴隷にも大きく二つある。
一つはルリーラが当てはまるが、孤児や誘拐されて売られるなどの外因的な場合。
そしてもう一つは犯罪者や借金の代わりに身を売られてしまうなどの自己責任の場合。
そして圧倒的に多いのは後者で、それが奴隷の地位が低い理由の一端でもある。
「我はお前達なら正しく使ってくれると思っているのだが、お前達に会っていない他の連中はな」
「わかっています。一つでも頂けたことは本当に嬉しく思います」
「それならよかった」
安堵した雰囲気でお茶に口を付ける。
「ここに呼んだ理由はこれを渡すことだが、もう一つ聞いてみたいことがある」
「何でしょうか」
「先日の特級に放った魔法はアルシェの魔法か?」
「えっ、は、はい。起爆は私ですが」
「それについては私が説明します」
元々奴隷として人の下と思っているアルシェが、人の更に上に居る神と話せるはずもなくおろおろと目を回してしまっている。
「してあの爆発はなんだ?」
「あれの主な原因は水が可燃性の集まりだということです」
「ほう、なるほどよくわかった。それはロックスで学んだことか?」
たったそれだけの説明で理解してもらえたことに驚く。
「はい、ですが火力の元となるのはアルシェでないとあそこまではいかないと思います」
「そうだろうな一瞬で爆発させるならそれしかあるまい」
流石は水の神、それが一体どう働くのかを理解して納得する。
「まあわかった所で我はやらんがな」
「ああ、そうかもしれないですね」
水の神は火の神と仲が悪い、というよりも神々は総じて仲が悪い。
「それゆえに複合魔法を使うものが羨ましくもある」
そうして神は遠い目をする。
もしかすると神にも仲が良かった時代があったのかもしれないと考えてしまう。
「それにしても中々面白い面子だな」
「何がですか?」
確かにベルタとプリズマがいるのは珍しいかもしれないけど。
「それを教えてしまうと、そうなってしまうだろうから言わないでおこう」
「はぁ」
腑に落ちないが神に話す気はないらしく愉快そうにするだけだ。
「我らにはない睦まじさか。どうなるか楽しみだ」
もはやこちらに言うでもなく一人で納得して喜んでいる様に見える。
「して、お前達はこれからどこに向かう?」
「まだ決めてませんが」
「なら、我のおすすめはオールスをおすすめしよう」
「オールスですか?」
オールスって確か風呂が有名な国だったはずだよな。
「オールスに行くの?」
ここから遠くない国なので一番最初に反応したのはフィルだった。
テンションが上がっているらしいフィルは目を輝かせる。
「オールスって何が有名なの?」
「そうだな、オールスは――」
「憩いの国オーリス温泉と呼ばれる大きな風呂と、海に近く山を持つため食も美味い。定住ではなく観光を主とした娯楽の国だ」
「行こう、今行こう!」
水の神が仰った言葉はあまりに魅力的で、聞いていたルリーラは俺を椅子ごと引っ張り出発しようとする。
「まあ落ち着け」
「落ち着いてられないよ」
「この国も見て回るんだろ?」
「そうだった」
自分が戦闘着ではなくお洒落着なのを思い出して思いとどまる。
「どちらが奴隷かわからないな」
「ええ、最近アルシェも奴隷らしくなくなってきました」
「申し訳ありません」
アルシェは顔を赤くして手に持っていた菓子を急いで手放しすぐに立ち上がる。
「別に攻めてるわけじゃないから、座ってろ」
寧ろそういう面をもう少しだして貰いたいと思っている。
誘惑するのはやめてもらいたいけど。
「ならこれからオールスに向かうということでいいかな?」
「はい」
「それなら我から紹介状を書いてやろう」
「それは流石に」
「ほれ」
驚くほどの早業で紹介状を書いてくれた神はそれをこちらに渡す。
「ありがとうございます」
正直ここまで至れり尽くせりでは、明日には死んでしまうんじゃないかと思ってしまう。
「それじゃあ、俺達はこれから準備がありますので」
「うむ、頑張ってこい」
神に見送られて城を出て船に揺られる。
「じゃあ、次の行先は決まったな」
「温泉の国オールス!」
娯楽の国と聞いてテンションが上がるルリーラ。
「私温泉って初めてです」
初めての温泉にはしゃぐアルシェ。
「あたしも楽しみ」
間延びした語尾が上がりハイテンションに聞こえるフィルとともに、今回必要な物を買いに街の中を探索することにした。
「うん」
話は聞いていたが、まさかここまで水だとは思ってもみなかった。
街そのものが水に沈んでいた。一部だけが水上に顔を出している。そしてそんな街の中でも人々は平気で暮らしている。
水に沈んだ家からは人が出てきてどこかに泳いでいき、船に浮かぶ露店には買い物に来たらしい別の船が近づく。
水の国。その名に偽りのない風景。
「ところでどうやって移動するの?」
俺もちょうどそう思っていた。
入口であるここ以外に陸がない。
魔法を使えば移動はできるが、周りを考えると使いたくはない。
「こんなところで何してんだ?」
露店で買い物をしていたらしい船に乗ったおっさんが、俺達に気が付いて寄ってきてくれた。
「どうやって移動しようかと途方に暮れていました」
「なら家で船買うか?」
「いいんですか?」
「いいも何もそれがおいらの仕事だからな」
まさに渡りに船だ。船売りのおっさんにこんなに早めに出会えるとは。
「送りながら船の説明してやるから乗りな」
促されて三人で船に乗り込む。
船には仕事に使うらしい工具が並んでいた、もしかしたらこのおっさんは露店の修理をしていたのかもしれない。
「探している船はどんなのだ?」
「実は初めてこの国に来たので」
そう言うとおっさんの目が光る。
得物を見つけたと狙いを定めたらしい。
「ならざっくりと説明してやるよ」
ぼったくられそうになったら適当なところで逃げ出そう。
そう思いながら話を聞くことにした。
「まず、一番安いのは木船だな、自分の力で船をこぐ分安く済む。次は魔法船だ、自分の魔力で動かせるし魔力を多少溜めておくことができる。一番高いのは全自動船だ、この国にある魔力を使うから誰でも扱えて疲れない速度の上げ下げも楽な代物だな」
「私全自動船がいい!」
「私は魔法船がいいです」
おっさんの説明を聞いてすぐに二人が声を上げる。
「娘さん達はこう言ってるがどうしやすか、旦那」
「娘じゃないですけど魔法船で」
俺はアルシェの言うことを採用した。
「末っ子の言うことはいいんですか?」
「この国以外で使えない物よりもどこでも使える方がいいと思ったので」
どうせ他では使わないだろうが、主に操作するのはアルシェでルリーラはやらないだろうという理由もある。
「わかりました。それでお値段の方は――」
「銀貨四枚」
「旦那そりゃないぜ、それじゃあ定価の半分以下だ」
「ならさっきの船屋で下ろしてくれそこで買うから」
このおっさんは巧妙だった。
他の店の前に来る段階で船の説明をして、船の値段を倍以上に吊り上げようとした。
「わかったよ移動費込みで銀五枚でどうだ」
「店に引き込むのに移動費が必要なのか?」
「わかったよ四枚だ」
「いいや三枚だな」
「おいそりゃあねえだろ!」
「詐欺をしようとしたんだろ迷惑料込みだ」
おそらくこの辺りの店はぼったくりとまではいかないまでも多少割高だろう。
ならばもう少し値下げ交渉をしても受けられるだろう。
「クォルテさん、大丈夫なんですか?」
「たぶんこの辺りが適正価格だと思うぞ」
「そうなんですか?」
「まあ見てろって」
アルシェは心配しているが、ルリーラは俺が旅の間値切りをしていたの知っているので暇そうに水の中に手を入れていた。
「四枚。それ以外は認められない嫌なら下りてもらう」
「いいぞ、溺れて慌てて魔法を発動してこの船が壊れるかもしれないがな」
「脅しか?」
「それはあんただろ?」
おっさんはいい顔になってきた。
焦りで笑顔が作れていないところを見ると店も近いのだろう。
おっさんのタイムリミット。
「じゃあこの話は終わりだ、降りやがれ」
「いやいやおっさん、あんた今どっちが主導権握ってるかわかってる?」
「どういう意味だ」
「あんたは俺達を乗せてるつもりだろうけど、俺達はこの船を沈められる」
わざと魔力を水に変えて船に垂らす。
おっさんはやがて観念し銀貨三枚で手を打つことになった。
「あんたみたいのは初めてだよ」
呆れながらもおっさんは笑顔を見せる。
「おっさんも中々だった」
おっさんの店に着いてから俺とおっさんは握手を交わした。
おっさんはあの値切るやり取りが好きらしくよくやっているらしい。
俺とおっさんが契約を取り交わしている最中ルリーラは暇そうにしていた。
「じゃあ、またなんかあったら来いよ」
「その時は最初から定価で売ってくれ」
「それは保証しかねるぜ」
笑顔で親指を立てるおっさんに見送られ俺達は魔法船に乗り込む。
「お前達、初めてだってんなら中央部に行ってみな。きっと面白いぜ」
「わかった、ありがとう」
そのままおっさんと別れ中央部に向かう。
魔法船は思ったより快適だった。
広い水路をあまり速度を上げずに進んでいく、喧騒と風と波の音。
水面が日光で輝くのを見ながら街の中を移動する。
「凄い水がアルシェの髪と一緒だ」
「原理は一緒だからね」
アルシェは魔力操作に慣れてきたらしく、アルシェと二人で楽しそうに話している。
「中央部って何があるのかな?」
水に埋まった町を上から眺め、触ろとしているのか水をぱちゃぱちゃとやりながら質問をする。
「たぶん公衆広場のことだと思うぞ、みんなで水着を着て遊ぶんだ」
「早く行きたい!」
水着と聞いてルリーラは元気よく跳ねあがり、船が大きく揺れる。
「私はあまり」
「嫌なのか?」
ルリーラとは反対に乗り気ではないアルシェに反射的に聞いてみる。
アルシェは少し困ったような表情で自分の体を見たため、俺達もアルシェの体に目を向ける。
「嫌というか、その、視線が」
「「ああー」」
俺とルリーラの声が重なった。
確かにアルシェほどの体だと視線を集めやすいだろう、主に男性から。
「やっぱり私の体ってどこか変なところがあるんですね?」
「クォルテ、私は今アルシェに殺意を覚えたよ」
「押さえろ、アルシェは良くも悪くも天然だ」
奴隷生活が長いせいかアルシェは自信がない。
戦闘用の奴隷として育ったため経験もない、俺の元に来てからも俺が一身上の都合で拒否をしているせいで自分には魅力がないと思っている節がある。
もちろん俺としては拒否した後に後悔していないかと言われればしていると答える。
「クォルテさん、ルリーラちゃん。私の体どこが変かな?」
同じ質問にルリーラが流石にキレた。
「そのおっぱいだー! 何そんなに私をいじめて面白い? 楽しい? 私がそんな体ならクォルテに迫っちゃうよ襲っちゃうよ必死に誘惑するよ! おっぱいもお尻も大きいのにお腹だけなんでそんなに凹んでるのさ! 私なんてほぼ平らだよ! お腹に最近くびれが出来てやったとか思ってたよ! そんな体なのに無警戒だし! それなのに変ですか? 変じゃないよ羨ましいよ! 変なのはアルシェの頭の中だよ!」
今まで相当鬱憤が溜まっていたのかルリーラが悲しい自虐で吠えた。
俺はそんな体型のルリーラも嫌いじゃない。と言いたいがそれは焼け石に水だと知っているので言わない。
そんなルリーラの魂の叫びに俺はもちろん、アルシェも驚いていた。
「ルリーラちゃん、なんか、ごめんね」
「謝られた―!」
アルシェは見事火に油を注ぐことに成功した。
ルリーラは俺に泣きついてきた。
「私何かしてしまったでしょうか?」
「あーうん、アルシェは自分が魅力的なのに気付いたほうがいいと思うぞ」
「そうなんでしょうか?」
そう言って自分の胸とお尻に触れて確認する。
その体型で自分の体を触るのは目のやり場に困る淫靡さがある。
「アルシェはズルいんだ、別にいいんだもん私は今のままでも魅力的だもん」
「そうだな、ルリーラは今でも魅力的な女の子だぞ」
俺の胸の中にすっぽりと納まって泣き続けるルリーラを必死にあやし続ける。
「ルリーラちゃん?」
「ふんっ!」
完全に拗ねてしまったこうなるともう俺にはどうすることもできない。
「嫌われてしまいました……」
「すぐに機嫌が直ると思うから」
「はい……」
落ち込んだ二人を連れ中央地区にたどり着いた。
「じゃあ、水着買うか」
「うん」「はい」
まだ引きずっている二人を連れながらまずは自分の物を選ぶ。無難に黒い無地の物だ。
「二人は決まったか?」
「これでどうでしょうか?」
「お揃いにしてみた」
試着室から出てきた二人は色違いの同じ水着を着ていた。
紐としか言えないレベルで局所だけをピンポイントで隠した水着に俺は頭を抱えた。
アルシェの水着姿は兵器のレベルだった。圧倒的なボリューム、胸は見ているだけで零れそうでいつ水着が落ちるのかと期待してしまう。さらに軽く突き出た肉感のあるヒップに紐が食い込み、水着を着用していないように見えてしまう。
凝視できずにルリーラを見ると、ルリーラのはアルシェと別の意味で心配になる。
子供が悪い大人に大人っぽいと言いくるめられ、娼館で働かせられそうな危うさがある。
そんな二人に俺からかけられる言葉はこれしかない。
「頼むから布面積が広い水着で頼む」
俺の言葉で二人は素直に試着室に戻り着替えを始める。
どうやら何着か準備はしていたらしい。
「まずは私からだ!」
そう言って試着室から出てきたルリーラは、見た目にあったオレンジ色の上下が一緒になっている露出度の少ない水着を着ていた。胸とお尻の辺りにフリルのついた子供らしい可愛い水着。
一着目があんなだったせいで奇抜なもので出てくると思ってしまっていた。
「今子供っぽいと思ったでしょ」
「まあな」
変に否定はしなかったが、ルリーラは不敵に笑う。
「そこに大人を見せるのが私だよ」
そのまま後ろを振り向くと背中がパックリと開きルリーラの健康的な肌が惜しみなくさらされている。
だがここまでやっても子供っぽくて似合っている、普段同じ服を着ているためか日焼けの跡がより子供らしさを表している。
「それでいいんじゃないか、凄い似合ってるぞ」
「本当? じゃあこれにする」
嬉しそうに俺の隣にやってくる。
どうやらルリーラも観客側に回るらしい。
「それじゃあ、次はアルシェどうぞ」
観客ではなく進行役だったらしくルリーラがアルシェを呼んだ。
「はい」
出てきたアルシェはやっぱり凄かった。
何の飾り気もない無地の黒いビキニ、左右で独立している上部の布は大きく、それぞれアルシェの大きな膨らみを下から持ち上げるように作られているらしくしっかりと零れないように支えている。
下部は両サイドを紐で縛るだけのシンプルな構造だがこちらも布面積が広く、アルシェの体を支えている。
色も色素の薄い白と水着の黒が作るコントラストに目が引かれる。
「あの恥ずかしいのでコレ巻いてもよろしいでしょうか」
流石に恥ずかしいのか薄いの布と薄い上着を着る。
こちらは柄物で花の刺繍が施されていて見ていて明るい雰囲気になる。
言葉にはしないが、布面積が多くなるほどに腰巻の布から見える白磁の肌が色っぽい。
「うん、アルシェも似合ってるじゃないか」
邪さを出さないようにアルシェを褒める。
「ありがとうございます」
「アルシェは最初とどっちが良かった?」
「知らない人なら最初だけど、身内だとやっぱり今の方がいいかな」
ただでさえ無頓着なアルシェが、あんな無防備な物を着ていたら最悪全裸になってしまいそうで気が気でない。
「じゃあ行くか」
三人とも水着を着たまま船に乗り広場に向かう。
広場の入り口には停泊所がありそこに船を置いてから泳いで入口に向かう。
「冷たくて気持ちいい」
「そうだね、ひんやりしてる」
「水に慣れたら広場に行くぞ」
二人は元気に返事をしながら広場に入る。
大人数が遊べる広場は水に満たされており休憩用に水が無い区画も用意されておりそれぞれが好き勝手に遊んでいる。
「私もぐってきてもいい?」
下を確認したルリーラはうずうずした様子でそんなことを聞いてきた。
「わかったよ、好きにしていいけど無茶はするなよ」
「うん」
勢いよく息を吸ったかと思えばそのまま真下に向かって泳いでいく。
「アルシェはどうする?」
「ふわふわ浮いてます」
「じゃあ俺もそうしてようかな」
正直本気で泳ぐ気はない。ここにはただゆっくりしに来ただけだ。
ふわふわと水に浮かんでいると、波に流され一人になったアルシェが声をかけられた。
「ねえ、一人? 一緒に遊ばない?」
色素の薄い男が少し距離が離れた隙に、アルシェをナンパしにやってきた。
困った顔を俺に向けてきたため俺が割って入る。
「悪いけど俺の連れなんだけどな」
男は俺を一瞬見ただけですぐにアルシェに向きなおる。
「こんな男よりさ俺と一緒の方が絶対楽しいって」
「お――」
「私は、あなたといても何も楽しいとは思いません!」
さっきの困った雰囲気はどうしたのか一変して凛とした顔を見せ驚く男に告げる。
「私はあなたが嫌いです。二度と話しかけないでください」
そのはっきりとした拒絶に近くに居た人がクスクスと笑い男は顔を赤くする。
「この女ふざけやがって」
「いい加減にしろよ」
逆上し振り上げた手を俺が掴むとアルシェは俺の後ろに隠れる。
隠れたアルシェは小さく震えている。
断られた段階なら許してやったのにな。
「かっこつけてんじゃねぇぞ」
男の手に魔力が貯まる。流石白髪と言いたい魔力だが、いかんせん喧嘩慣れしていない。
「振られた腹いせに女殴るとか、恥の上塗りもいいところだろ」
「なっ」
無詠唱の魔法で出せる指サイズの極小の水のナイフを男の首元に突きつける。
そして男の魔力が霧散し、男は両手を挙げる。
「魔力の制御が雑、反応が遅い。喧嘩もできないなら粋がるな」
「わ、わかりました」
男は辛うじて言葉を吐き出す。
「ちなみにお前がナンパした相手は俺よりも強い」
その言葉が決め手となったのか男の顔は白い肌から血の気が引き青白く変わる。
「もう、しません。しませんから命だけは」
「らしいけど、どうする」
「もう顔も見たくないです」
俺の後ろに隠れているアルシェが顔も出さずにそう告げると男は謝りながら一目散に逃げだした。
「ありがとう……、ございました……」
「あれは駄目だったが、気に入ったなら食事くらい付き合ってやってもいいんだからな?」
「気が向いたらで……」
俺の後ろで俺の肩に掴まりながら、そうつぶやいた。
「そうだな」
アルシェの頭に手を置くとさっきまでの凛とした様子も消え、また大人しいアルシェに戻った。
†
「二人ともいい空気だね」
「おう、どうだった?」
素潜りに興じていたルリーラが戻ってくる。
一応さっきの出来事を話すとルリーラはアルシェに駆け寄る。
「大丈夫だった?」
「うん。クォルテさんが助けてくれたから」
そう語るアルシェの頬が赤く染まる。
「それが凄いかっこよかったの」
「私も見たかったな、かっこいいクォルテ」
「凄かったよ」
蕩けた顔で褒めるアルシェとそれを羨ましそうに聞くルリーラに俺の体温が上がる。
周りにいる人達もそれを微笑ましく見守っているのが、また居た堪れない。
「少し俺もぐってくる」
息を深く吸い潜ろうと思った直後にアラームが鳴る。
「これなんのアラームだ?」
「おい、早く陸に上がれ」
「何があったんだ?」
近くに居た男に声をかけた。
水を一時抜くとかそう言うのかと思ったが、そうではなかった。
「魔獣が出たんだよ」
それだけを言うと男はすぐに泳いで陸に向かう。
魔獣と来たか、まさか来た初日にこんな目に合うとはな。
周りに合わせ俺達も陸に向けて泳ぎだす。
「なんでこっちの広場に来たんだ?」
「兵士はどうしたんだ」
住人たちの怒号はやまず、初めての状況に俺はただ成行を見守ることしかできない。
半分以上が陸に上がり、魔獣が来るのであろう方向には人がいなくなった。
そして魔獣が現れる。
雲がかかったような薄く黒いシルエット、その影の水上に小さなひれが一つ浮かび水を切り裂きながら進む。
「あれ、小さくない?」
ルリーラがそのひれを見てそういうが、そうではない。
「いや、デカすぎる」
影がより濃くなりヒレは徐々に巨大化しながら水路をこちらに進んでくる。
陸に上がり安心していた人々も、その巨大なヒレを見て叫びながら逃げていく。
「クォルテさん、あれ」
そこには一人が水の上に浮いていた。
おそらく女性でこの騒ぎの中ぷかぷかと寝ているかのように浮かんでいた。
「クォルテ私が行こうか?」
「水の中なら俺の方が早い、アルシェ俺があれを打ち上げたら倒せるか?」
「やります」
「ルリーラはアルシェが仕留め損ねた場合に止めを刺せ」
「わかった」
「水よ、我を彼の者の側へ運べ、ルート」
魔法を唱えると、女性に向かい一直線に流れが生まれ、俺はその流れに乗り女性に向かう。
広場に乱入してきた魔獣は、俺達を餌と認識したのか真っすぐ向かってくる。
「先にこっちか、水よ、螺旋よ、我が敵を天高く舞い上げろ、ウォータートルネード」
呪文と共に、俺達さえも飲み込みそうなほどに大きな渦が生まれ敵を飲み込む。飲み込んだ水は魔獣を天に昇るほどに高く巻き上げる。
空中に打ち上げられ姿が現れたのは普段の生活では到底お目にかかれない超大型の魚。
開いた口から牙が見え、体を覆う鱗には無数の棘が見える。
見た目から凶悪な様子がうかがえる魔獣は宙に居ながらもこちらを鋭く睨む。
「早くこっちに」
「なんでしょうか」
妙にテンポの遅い女性はわけもわからないまま岸に誘導される。
「あれ見てあれ」
「魔獣ですね」
「あーもう! アルシェ!」
「フレイムジャベリン!」
詠唱は終えていたアルシェが炎の槍を無数に生み出し全て魔獣にぶつける。
「――――!」
炎の投げ槍は全弾魔獣に突き刺さると、魔獣は聞き取れない叫びを上げながら悶えているが、致命傷には至っていない。
「助けていただいたんですね。ありがとうございます」
こんな状態でも緊張感がない女性を座らせて大人しくするように言明する。
「ここに居てくださいね! ルリーラ!」
「わかってるよ」
地を蹴り高く飛び上がるルリーラを超巨大魔獣は見逃しはしない。
「――! ――――!!」
魔獣は口内に強大な魔力を貯め込む。
「水よ、無数の盾よ、強大な魔力を退ける盾となれ、ウォーターシールド」
水辺と言うこともあり相当数の盾をルリーラの前に作り出す。
魔獣がこちらの歓声を待ってくれるはずもなく魔獣の咆哮が炸裂した。
ただ魔力を貯めて放出する。たったそれだけでとんでもない力が放たれる。
「盾を使って逃げろ」
「うん」
俺が作った無数の盾は速度を殺すことしかできないが、空中での足場には十分でルリーラは盾を蹴りながら魔獣の一撃を避ける。
相殺しきれなかった一撃は広場に着水し大量の雨を降らせる。
初めて出会う魔獣の対策を今更考え始める。
あの複合魔法なら吹き飛ばせるかもしれないが今のこの状況で使うと周りの人も巻き込んでしまう。
やはり俺とアルシェは援護でルリーラ任せになるのか。
戦力が増えても前線で戦えるのはルリーラのみの状況に唇を噛む。
「水中に戻すな」
「了解」
ルリーラは残っている盾を使い魔獣よりも先に地上に戻り即座に上に跳ね上がる。
向かってくる餌を喰らおうと、魔獣は牙が密集している口を大きく開く。
「アルシェ、口を塞ぐぞ」
「はい」
「水よ、鎖よ、敵の顎を閉じ塞げ、ウォーターチェーン」
「炎よ、槍よ、敵の顎を縫い留めろ、フレイムランス」
水が鎖になり大口を開ける魔獣の口に絡みつき、炎の槍が楔となって魔獣の口を塞ぐ。
そして少し遅れ魔獣の顔にルリーラの蹴りが入る。
「――――――!」
くぐもった魔獣の叫びにルリーラは更に蹴り上げる。
「クォルテ剣、でっかいの!」
「わかった。水よ、剣よ、敵を討ちとる巨大な剣となれウォーターソード」
魔獣に乗るルリーラに巨大な水の剣を渡す。
「水よ、堅牢な足場となれ、ウォーターウォール」
魔法で、魔獣の更に上で水の壁を作る。
身の丈の倍はある巨大な剣を受け取ったルリーラは、魔獣を踏み台に上に生まれた壁めがけて飛び上がり、水の壁を破壊すほどに蹴り込み魔獣に大剣を振り下ろす。
しかしその一撃では首を切り落とすことはできずに半分ほどで止まる。
「ルリーラ」
「水が邪魔!」
だがルリーラは首を切ることを諦めない。
いまだに力を込め続ける。
「――――!!」
魔獣の叫びはより大きくなり人の恐怖心に語り掛ける。
落下地点を確認する。
そこの水を魔力で無理矢理に寄せ地面をむき出しにする。
「やああああ!!!!」
雄たけびを上げながらルリーラは魔獣の首を地面にたたきつける。
「――――!! ……」
最後に耳を裂くような断末魔を上げたのちに絶命した。
「ルリーラ大丈夫か?」
「疲れた」
水のくぼみをそのままにルリーラの元に駆けよる。
さっきまでの勇ましさはどこかへ消えていつものルリーラに戻った。
「よくやった。流石だな」
「褒めてもいいんだよ」
「よくやったって言ってるだろ」
頭をくしゃくしゃと撫でると気持ちよさそうに目を細める。
「後はおんぶして運んで」
「わかったよ。頑張ったもんな」
ルリーラを担ぐと水を潜り陸に戻る。
「お嬢ちゃん凄いね」「かっこよかったよ」「本当に凄かったよ」
陸に戻るとルリーラは周りの人たちが押し寄せていた。
「クォルテさん」
本当にさっきの魔法を撃った本人か? と言いたくなるような情けない声を出し涙目で俺の後ろに隠れる。
「あの魔獣どうしたらいいんでしょうか? このままだとこの広場が血に染まりますけど」
「いいよー、そのままで」
「さっきの」
最後まで眠るように水に浮かんでいた女性が、俺達に近寄ってくる。
「どうせ今日はここで誰も泳げないし」
「はあ」
「じゃあ行こうか」
独特のテンポで話をする女性は、俺の手を掴み門の出口に向かう。
そしてそのまま俺達の船に乗る。
「えっと話を聞いても?」
「いいよー」
黒髪に、アルシェほどではないがメリハリのあるバランスの取れた体型、柔らかい垂れ目で優しいお姉さんと言った風貌でこの間延びする喋り方。
マイペースで独特の話し方のせいでこちらのペースが保てない。
この人は一体誰なんだろう。
「なんで乗ってるの?」
「私奴隷なんだけど、ご主人様が逃げちゃって」
「探しに行かないのか?」
「そのご主人様って、そこの子をナンパした男なんだぁ」
そう言えばさっき陸に上がった時にはもういなかったな。
魔獣に出会わなかったとは運が良かったらしい。
「うん、戻らなくていいと思うよ、そうですよねクォルテさん」
本当に嫌いらしいアルシェは同情するように女性の手を握った。
「お名前は何ておっしゃるんですか?」
「フィルだよ」
アルシェはしっかりとフィルの手を握る。
これはあれだな、俺がまた背負い込むパターンだよな。
「あんな下種の元において置いたらフィルさんがどんな目に合うか」
「今日のアルシェ熱いね」
「よっぽどさっきのナンパ男が嫌いなようだ」
俺もあんな性格の軽い男は嫌だけど、ここまで嫌わなくてもいいと思うんだよな。
アルシェに声をかけたくなる気持ちはわからなくもないし。
「まず今日は一緒に居てもいいけど一緒に旅に出るかは後で決める。それでいいな?」
「はい」
「それじゃあ宿にごあんなーい」
なぜか魔獣を討伐したら奴隷がまた一人増えたようだ。
フィルに連れていかれたところは予想以上に良い所だった。
海が見えて立地もいい非の打ちどころのない宿。
値段はうん、結構な値段したよ。
「魔獣あのままでよかったのか?」
首を切り落としたせいで血の量は尋常じゃないなかった。
現にルリーラは水に入っても汚れが落ち切らず、新品なのにと泣きながら汚れを落としているところだ。
「大丈夫だよ、すぐに後片付けの人が来るから」
「そんな人がいるんですね」
「それはいいとして」
話がまだ繋がりそうだったのに平然とぶった切ってくるなこいつ。
「三人とも強いね」
「俺はそこまででもないけどな、ルリーラとアルシェが強いんだよ」
「そんなことはありません」
「あたしもそう思うな」
二人が即座に否定する。
「クォルテさんは凄いです。私とルリーラちゃんは特化すぎるのでそう思うだけです」
「動きも指示も悪くなかったと思うよ」
「おう、ありがとう」
こう素直に言われると恥ずかしくなるこの感じはなんなんだろうな。
「何の話?」
「服は着てから出て来い!」
「わぷっ」
当然のように全裸で出てきたルリーラにタオルを投げつける。
渋々と着替え浴室から出てくる。
「それで何の話なの?」
「クォルテさんは凄いって話」
「俺はそんなに凄くないって言ってるんだけどな」
二人はそう言ってくれるが、俺としてはもっといい方法があると思ってしまう。
さっきも、俺が準備できてればルリーラが血まみれにならなかったと思うし。
「凄いよ、クォルテは」
ルリーラもさも当然のようにそう言った。
「前から言ってたけど、クォルテは強いし指示もくれるから戦いやすいから」
ルリーラのこういうところは本当にズルいと思う。
まっすぐと素直に自分の気持ちをぶつけてくる。
そんなのが嬉しくないはずはない。
「フィルの今後は、明日話すんだよね」
「そうだな」
俺としてはあまり同行はさせたくない。
あんまり酷い目にあっている感じでもないし、極々普通の奴隷って感じだ。
見かねて連れてきたわけでもない、ただ勝手についてきただけだ。
そんな考えを砕くように部屋がノックされる。
「はい今開けます」
ドアの向こうには、いかにも衛兵と言った重装備の兵士が二人。
「何の御用でしょうか」
「魔獣退治の件だ」
訓練されている兵隊らしいはきはきとした声で答える。
「血で水を汚したことでしょうか?」
「違う。魔獣退治の賞金を持ってきた。受け取れ」
形式とはいえ偉そうなふるまいにはムカつく。
「加えて貴様達を魔獣討伐隊のメンバーに迎える。ありがたく思え」
「はっ?」
唐突な誘いに間抜けな声が出た。
「七日後に行われる魔獣の討伐に、貴様ら全員が参加するのだ」
予想外の出来事に流石の俺も対応できなくなってしまった。
†
何もわからないまま四人とも水着で籠付きの船に乗せられ、城まで連れれていく。
「なんで俺達なんですか?」
「急務でな、魔獣を倒せる人材を探しているんだよ」
宿の時よりは幾分当たりが柔らかくなった兵士は、そう言ってすまないと謝る。
「俺達は旅を続けるので徴兵には応じられませんけど」
そして名前だけとは言え俺はアリルド国の王だ。
とてもじゃないが受けることはできない。
「いえ、魔獣の討伐隊を編成しますので、それに参加してもらいたいのです」
「それは一度だけということでしょうか」
「そうなります」
魔獣の討伐、話に聞いた限りだと正規兵のみで魔獣の討伐は問題ないはずなんだけどな。
「今はあまり詮索しないでいただけると」
「そうですよね。言えないこともあるでしょうし」
「助かります」
俺は他の三人を見ると全部俺に丸投げするつもりらしく、ルリーラは俺の膝で、アルシェは俺の肩に寄り添って眠っている。
そしてなぜか一緒に来たフィルは魔法船から外を眺めていた。
「ご家族でしょうか」
「まあ、そんなところです」
「綺麗どころで羨ましいですな」
「ええ、今は幸せですね」
雑談をしながら馬車に揺られヴォールの城に向かう。
「大きいね」
「アリルドとアインズよりも大きい気がします」
「それは当然です、何せ水の国ですから」
衛兵のその言葉にルリーラとアルシェがこちらを見る。
「城の最大の大きさは決められてるんだよ、水、炎、地、風の四つの国は神が国王だから神よりも高い城を建てたらいけないんだ」
二人は感心するようにこっちを見る。
「ちなみにルリーラには前に教えたぞ」
「いつ?」
「二人で旅してた時だな」
「覚えてない」
「まあ、そんなこったろうとは思ってたけどな」
あの時のルリーラはただ会話を繋げるために適当に質問してきた節があったしな。
そのおかげで俺は無駄に色々と調べ物をするようになったし。
「クォルテさん、この国の王が神様なのでしたら玉座には神様がいらっしゃるのですか?」
「いや、神が年がら年中いるわけじゃない。神はこの城の最上階に一室あるだけで王がやるべき仕事は総帥って国民の代表が行ってるんだ」
「よかったです、神様に謁見など恐れ多くて」
「こちらです、失礼の無いようお願いいたします」
そう言われ謁見の間に通される。
広い空間に護衛が一人もおらず、その様相は初めてアリルドと対峙したことを思い出す。
「近くに」
「はい」
四人が前に行くと一際立派な総帥の椅子に一人の男が座っている。
褐色の肌に龍のような大きな角、服から覗く手には鱗が生え人ならばありえない海のような青色。
それには流石の俺も驚く。
「ヴォール、様」
総帥の座る場所にいたのは人とは違う容姿をした存在、神がいた。
「お前だけか我を知っているのは」
「クォルテ、この人が総帥」
「馬鹿っ、ルリーラ」
「よいよい、可愛い娘達には優しくするのが我の流儀だ、お前も楽にしていいぞ」
「ありがとうございます」
ルリーラの不用意な発言で気分を害されて殺されるなんてこともあり得る。
「クォルテ?」
「そやつが緊張しているようだし、自己紹介をしよう」
そう言ってヴォール様は立ち上がり俺達の前に近づく。
ここまで来て異質の魔力をアルシェが感じ取った。
「我の名はヴォール、神にしてこの国の王だ」
その自己紹介にアルシェは当然としてルリーラまで驚いて固まってしまう。
「次はそちらの自己紹介を聞きたいな人の子等よ。しかしこの様子だと話は聞けそうにないか」
「私が紹介しますねー」
なんとフィルが物おじせずに神に話しかける。
「私はフィルって言います。それでこちらの男性がクォルテさんです」
「クォ、クォルテ・ロックスです」
「ほう、ロックス家か」
ロックスの名前に神はにやりと笑う。
その笑みに嫌な予感を覚えながらフィルの紹介は続く。
「そしてその隣の小さい子がルリーラちゃん」
「ルリーラです」
「うむ可愛いな、それに珍しい子だな」
そう言ってルリーラの頭を撫でる。
「そして一番奥の方がアルシェちゃんです」
「アルシェと申します」
「ふむ愛らしい、我の妾にしたいほどじゃ」
「それは……」
アルシェがちらりとこちらを見る。
「それは勘弁ください、彼女は私の大事な家族です。いくら神様の命でも従うことはできません」
神への反論に心臓が痛いほどに脈打つ。
俺が死んだかと思うほどの緊張の中神は愉快そうに笑う。
「くっくっく、お前、いやクォルテは男だな」
そう言って俺の肩を叩く。
「この二人はお前の奴隷だろ? 奴隷相手に家族か、実に愉快だ」
心底愉快そうに破顔する神に俺は困惑してしまう。
てっきり命がないと思っていたのになぜか褒められてしまう。
「アルシェとルリーラよ、喜べこの男はいい男だ。我の頼みを無下にするなど、剛胆の一言に尽きる。せいぜい手放さぬように篭絡することを進めるぞ」
「はい」「はい」
二人は展開について行けず、言われるがままただ頷く。
「では、私はお前達の主人に話がある。先に宿で待っていてくれ」
追い出す形で三人を部屋から追い出し神は床に座り込む。
「お前も座れ」
言われるがままに俺も座る。
「ロックス家なのは本当か?」
「はい、クォーツ・ロックスとスミル・ロックスの第一子です」
父と母の名を告げる。
「確か非人道的な人体実験が公にされ没落したらしいが、お前の仕業だな」
「その通りです」
神は俺の全てを見透かすように観察する。
「理由はおそらくあの奴隷二人のどちらかかな」
緊張感のある強い視線に背筋に汗が流れる。
「なるほど」
どこまで悟ったのか神は空気を弛緩する。
「ロックス程の貴族を没落させる手腕をこの若造が持っているとはな」
「たまたまですよ」
「そういうことにしておこう、それでここから真面目な話をしよう魔獣討伐の件だ」
「はい」
「最近、近海に魔獣の群れが居てな、どうもこの国の人間だけでは対処できないのだ」
「数ってどれくらいでしょうか」
「およそ、百」
「百!?」
俺が調べたころに年に出る数でさえ四十三体だったはずだ。
それの倍以上の数がいるのか。
「大型、超大型、果ては特級の存在が確認されている」
「特級ですか」
そこで初めて神がここにいる理由がわかった。特級の討伐のためにここにいるのだろう。
そして広場に人が来なかった理由もそれに関係しているんだろう。
「それも複数だ、特級が一体なら我一人で殲滅できるが複数となると特級だけで手一杯なのだ」
「それで大型と超大型の討伐隊を組むと」
「その通り、討伐ではなくても足止めでもいい。この国の者ではないお前達家族を死なせたくはないしな」
「わかりました。少しだけ時間を頂けますか?」
流石に俺だけで決められはしない。
「構わん、出発は明日の朝。これは命令ではない、我の願いだ、先ほどの様に断ってくれても構いはせん」
「畏まりました」
俺は立ち上がり謁見の間を出ようとする。
「最後に一つだけ聞かせてくれ」
「何でしょうか」
「我が強引に奪おうとしたらどうするつもりだった?」
正直考えてはいなかったわけではないが、どうするかは決まっていた。
「あなたを倒します」
「それは、二人が特異な力を持っているからか?」
「違います。二人は家族だからです」
「よい答えだ。それにしても家族のために神に喧嘩を売るか、人の子はこれだから面白い」
愉快そうに頬を緩める神に礼をして謁見の間を退出した。
「クォルテお帰り」
「ただいま、先に帰っててもよかったんだぞ」
「その、私のせいでクォルテさんに何かあったらと思ったら」
「神様に喧嘩売ってたもんね」
「流石に俺も死んだと思ったよ」
そんな風に雑談をしながら船に乗り神と話した内容を伝える。
「私はクォルテに従うよ」
「私も死ぬまで付いて行きます」
「任せる」
あっけらかんと三人が俺に任せると言い切る。
「いいのかそれで、死ぬかもしれないぞ」
「クォルテは死なせないでしょ?」
「信じてますから」
「どうせ行くところないし」
「全幅の信頼を貰ってるみたいだが、魔獣との戦闘はさっきのが初めてだ危険だぞ」
知識は持っているが経験がないことが不安だ、それに神の話では海の上で戦うみたいだしな。
「よし、じゃあ俺達も参加、陸のある防衛に参加する。出発は明日の朝だ。いいな」
「「「はい」」」
三人の返事で俺達は明日参加することになった。
宿に泊まり最初に話す議題は当然フィルについてだった。
「フィルはなんで神にああも堂々と話せたんだ?」
三体一で対面に座りフィルに質問する。
「お話できるんだから緊張なんて必要ないよね」
その発言にみんな絶句してしまった。
話せるなら緊張しないというとんでもない理論に俺達は何も言えない。
「とりあえず、明日は一緒に討伐に行くんだから今更だけど自己紹介お願いできるか?」
「いいよ。名前はフィル、二十歳、ナンパ男のカリフ・グラドの奴隷やってます」
それで俺と二つ違いということに驚いた。
中身だけで話すならルリーラよりも幼く感じてしまう。
「他に聞きたいことはある?」
「フィルは戦った経験はあるか?」
「あるよ、超大型までなら戦闘経験ある」
間延びした雰囲気からは信じられない凄い経験を告げる。
俺達が討伐した超大型との戦闘経験があったらしい、だからあの時はそんなに落ち着いていたのか。
「みんな強かったね、思わず見惚れてたよ」
いや、ただのんびりしているだけか。
「それで前衛ってことでいいんだよな」
「うん、ルリーラちゃんほどじゃないけどね」
「ルリーラは特別だからな」
そう言われて上機嫌に胸を張る。
「じゃあ明日の戦闘は、ルリーラとフィルが前衛、俺が中衛、アルシェが後衛で問題はないな?」
「うん」「わかりました」「はーい」
三人の頷きで話し合いは終わった。
これで少しはルリーラの負担が減ってくれると助かるんだけどな。
†
翌日の朝、兵士の人に連れられて謁見の間に足を運んだ。
「これだけの人数が来てくれたことを我は嬉しく思う」
謁見の間にいたのは、少数の兵士の他に俺達と同じで招集された連中のようだ。
「正規兵はすでに討伐に向かっている。貴君らも討伐隊と防衛隊に別れ移動してもらう。討伐した数、功績によって我から褒美を授けよう」
その言葉に大きな歓声が上がる。
なるほど、みんなは褒美目当てか。それなら防衛側の危険は低いだろう。
「では皆の者魔獣を討伐しに行くぞ!」
その宣誓と共に大きな歓声とともに列が二つに分かれ移動を開始する。
「お前達は遠足か何かか?」
移動の途中で見知らぬ男が声をかけてきた。
いかにも屈強そうで全身に鎧を着た男。
「そう見えるなら邪魔になるから帰った方がいいぞ」
討伐隊に混ざっている段階で弱いはずがないのだが、ルリーラ達を見てそう決めつけた男を相手にせず言葉を返す。
「わかった、お前の欲求の捌け口か? お盛んな――」
「それ以上喋るな不愉快だ」
男の頭をありったけの力で掴む。
男の逆切れなのはわかっているが、それでもそうとしか女を見れないこの男が許せない。
「水よ、無数の槍よ、我が敵を射貫け、ウォーターランス」
水の槍が男の鎧の隙間に穂先を向け囲む。
「待て、待ってくれ、悪かった許してくれ」
「許すわけないだろ」
無数の水の槍は男の体を目掛け一斉に向かう。
そして男に刺さる直前にピタリと止まる。
串刺しになると思っていた男はそのまま失禁し白目をむいて気絶した。
「行くぞ」
やりすぎたかと神を見ると愉快そうに口角を上げていた。
「クォルテ、やりすぎじゃない?」
「やりすぎじゃないさ、今のは威嚇だ」
「そういうことですか。びっくりしました」
今ので伝わったらしく納得したアルシェと、全くわかっておらず首をかしげるルリーラ。
「自分の力を示したのと私達に手を出すなって威嚇してくれたんだよ」
「なるほど、でも別にそんなことしなくても実際に戦ったら認めてくれるよね?」
「前衛ならそれもできるが、防衛だと最悪戦闘がない可能性がある」
舐められたままだと、その後も何かあった場合に挽回ができない。だから今のうちに自分達を売り込む必要もある。
俺達が守れと案内された場所の景色は絶景だった。
青い海が一面に広がり他には何もない。
白い波間と癒される波の音、空の薄い青ともマッチし風が運ぶ潮の匂いが心地いい。
「綺麗」
ルリーラとアルシェは楽しそうに海を眺める。
見慣れているのかフィルはただ景色を眺めるだけだった。
「正規兵はここからじゃ見えないのか」
「そうだね、私でもギリギリ見えるくらいだから」
「じゃあ俺には無理だな」
ルリーラでギリギリなら俺達が見えるわけはない。
「さっきの義勇兵が出てきました」
見たこともない大きな船が汽笛の音を鳴らし出航する。
「凄い数だな」
何人乗れるかわからない規模の船が三隻進んでいく。
「これだと本当に出番ないかもね」
「それならそれでよいのだ」
いつの間にか神が空を飛び俺達の横に立っていた。
「しかし我が特級の相手をしなければいけないため、討ち漏らしがあり得るのだ。だからここを守ってくれ」
「わかりました」
「クォルテさっきのでお前の評価は上がったようだぞ」
顎で他の防衛組の連中を指す。
確かに俺達の方を見もしない。
「だとしたらやった甲斐がありました」
「ではな」
そう言って空を飛んでいく神の姿に出鱈目さを改めて感じた。
魔獣が来るまでは暇だな。
そう思い俺は腰を下ろす。
「これから何するの?」
「魔獣が来るまで待機」
「わかった」
ルリーラは暇だとわかると俺の膝にすっぽりとはまり体を預ける。
「私も失礼します」
流石に膝には座れないアルシェも隣に座る。
「それだと私はこっち?」
どれなのかはわからないが、フィルもアルシェとは反対隣りに座る。
そのまましばらく海を眺めていると突然向こう側に大きな赤い光が炸裂した。
「今の何?」
「決着がついたのかもな」
「違うよ、今のは魔獣が包囲を抜けた光」
実際に経験したことがあるフィルはすでに臨戦態勢を取っていた。
間延びした話し方なのに今回は行動が早い。
「それに赤は超大型」
「昨日の奴か」
昨日の魔獣の姿を思い出す。
でもここなら被害は少なくできるはずだ。
「おい、お前達が行くのか?」
俺達が立ち上がると近くの男がそう言ってきた。
「みんなで行かないのか?」
てっきり全員で行くものだと思っていたが、どうやらそうではないらしい。
男は行きたそうにしながら聞いてくる。
「超大型だろ、一つのチームでいいだろ。どうする?」
「いいよ、俺達は休んでるから」
「よっしゃ行くぞ野郎ども」
野太い雄たけびと共に戦闘の準備を進める。
「いいの?」
「ここでの戦いからを見たい」
広場のように足場があるわけでもないのにどうやって魔獣と対峙するのかそれが気になる。
俺なら都度足場を作りながら戦うが魔力消費が激しいためあまりやりたくはない。
「来たぞ!」
昨日とは違いタコのように触手を八本持っている魔獣。
さてどうやって倒すのか。
「足場を固めろ」
タコを覆うように魔法で海を固める。
そして前衛が一斉に飛び込みタコの討伐を開始する。
しかし狭いフィールドではタコからの攻撃もよけきれない。
「あの戦い方は無理だな」
ルリーラなら避けきれるかもしれないが流石にそんな危険な橋を渡ることはない。
それにルリーラは広い場所で暴れる方が好きだしな。
「それにしても厄介そうだな」
見ていると足を一本落としてもすぐに足が再生する。
一向にダメージを与えられてはいないように見える。
「フィル、あれはダメージ与えられてるのか?」
「あの魔獣は頭部を攻撃しないと駄目だよ」
「つまりこっちが消耗させられているだけってことか」
指令役と思われる男を見るが、攻めきれずに悔しそうに顔を歪める。
「おい、手伝おうか」
「……くっ! 頼む」
不本意そうに言葉を吐き出す。
全員が茶髪で、こちらみたいに一撃必殺の手札がないため有効だが入らないのがわかっているのだろう。
「ルリーラ、あっちは疲労困憊だ一撃で決めれるか?」
「昨日の剣があれば行けるよ」
「よし」
「クォルテ、あたしが行くよ」
討伐に行こうとした矢先にフィルが間延びした声で手を上げる。
「大丈夫か?」
「あたしも強いんだよ」
見た目で強さの判断はできないが、力こぶを作る仕草をしてもプルンと二の腕が震える姿は不安感しか与えない。
「本当に大丈夫か?」
「お任せあれ」
「それで何か必要な――」
俺の問いかけも無視しフィルは空へ駆け出した。
「おい落ちる、くそっ、水よ、壁よ、彼の者の……」
呪文の途中で驚いてしまう。
着水の直後に海水を蹴り再び上昇する。
「フィルカッコいい」
「あれどうやってんだよ」
そこから二三度跳躍を繰り返しフィルはタコの元にたどり着く。
そこからは圧倒的だった
機動力ではありえない空中での方向転換に海しかない後方へ逃げての即復帰、液体も重力も空気さえも無視した本当の機動力で魔獣の上部に攻撃を続ける。
「凄いな」
「ですね」
俺とアルシェ、ルリーラまでもただ茫然と見続けるしかなかった。
そして数分経つと魔獣は弱っていた。
周りの人から剣を奪い取りあっという間に頭部を取ったかと思うと空中で勢いをつけ魔獣の頭部に突き刺す。
それが致命傷だったのか魔獣はあっさりと動かなくなった。
「終わったよ」
またしても水の上を移動して俺達の所に戻ってくたフィルはさっきの動きを見せた者とは思えないのんびりと間延びした声で報告する。
「今のって魔法だよな?」
「そうだよ。私風の魔法使えるから」
「でも黒髪のフィルがあの高度な魔法を使えるのか?」
黒髪といえば魔法が使えないと勝手に思っていたが確かに使えないわけではない。
でもあの動きは高度な魔法のように思えた。
「全然高度じゃないよ。足に魔法を使って圧の壁を無理矢理作ってるだけだから」
「ただの強化魔法ってことか」
黒髪だからこその魔法、魔力があると力がないせいでそこまでの物を作るのは魔力が必要、ベルタなら可能だが補助がないと疲れてしまう。
魔法が使え身体能力も高い黒髪でないとあそこまで自在には使えない。
「そうだよ。凄い?」
「凄いな、俺達にはできない技だ」
「……」
フィルは頭を差し出して固まる。
「どうしたんだ?」
「ルリーラちゃんとアルシェちゃんは撫でてもらえるのにあたしにはないの」
まさかの言葉に俺はどうしていいかと考え二人を見ると、素直に頷いたので俺はフィルの頭を撫でる。
二人とは違うふわふわとした柔らかい髪を撫でる。
「あはっ、これなんか嬉しいね」
「ならよかった」
「じゃああたしも撫でてあげるね」
そう言いながら、ふわっと抱きしめられる。
甘ったるいほどの柔らかい匂いに包まれ俺がフィルの胸にぴったりと収まる。
「ちょっとフィル!」
「フィルさん何してるんですか!」
二人に引きはがされてフィルが責められてしまっている。
「そんなに言うなら二人もやればいいのに」
まさかの反撃に二人の言葉が止まる。
「クォルテ」「クォルテさん」
二人がじりじりと迫る様は少し恐ろしく俺は後ずさりをしてしまう。
「フィルにはさせたのに」「私たちは駄目なんですか?」
「いや、二人の迫力が怖いんだよ」
二人が得物を狩る肉食動物のような顔をしてどんどん近づいてくる。
「捕まえた」
いつの間にか背後に回っていたフィルに掴まりそのままルリーラとアルシェにも掴まる。
「ちょっと、やめろって」
「撫でる時こんな感じなんだね」
「私も嵌ってしまいそうです」
三人にもみくちゃにされながらしばらく頭を撫でられる。
三方向から柔らかさと甘い匂いが責め立てて俺の理性を次々と奪っていく。
そして二発目の赤い閃光弾が打ちあがる。
†
赤い閃光弾を確認後、連続で三発の閃光弾が打ちあがる。
「これって全部で四体来るってことことだよな」
「そうだよ。それに赤だから」
「超大型ってことか」
向こうで何が起こってるんだ、神を含めた多数の精鋭がいるのに都合四体も討ち漏らすものか?
「四体も流れてくることは結構あることなのか?」
「規模が規模だからしょうがない気はするけど、今まではなかったはずだよ」
いまいち緊張感がない間延びした声でフィルは海をじっと見つめる。
向こうには白髪や黒髪も大勢いたはずだ、特級に手一杯とおもっていいんだろうか。
「クォルテさん来ます」
考えるのはこいつらを倒してからだな。
戦闘の準備をする。
「おい! そっち全員で二体頼めるか? 俺達で残りの二体を倒す!」
「舐めるな! と言いたいが引き受けた倒したらすぐに援護に向かう」
「頼んだ!」
さっきの戦いで実力差がわかったのか他のチームは拒否をせず頷く。
「悪いな、超大型を二体勝手に引き受けた」
「大丈夫だよ」
ルリーラを始め三人は文句一つ言わずに俺の独断に頷いてくれた。
「アルシェは俺達に強化魔法、ルリーラと俺でまず一体潰す。フィルとアルシェは時間稼ぎを頼む」
「「「はい」」」
三人の返事と共に一斉に動き出す。
「フィルも無理に倒す必要はないからな、怪我しないように立ちまわれ」
「私奴隷なんだけど」
「一人の人間だろ」
「……」
フィルは少し戸惑いを見せる。
「行けるよクォルテ」
ルリーラのその言葉で三人で飛び出す、俺達の相手は平たい身体のエイ型、フィルが向かうのはタコよりも足の数が多いイカ型の魔獣。
「水よ、籠よ、悪しき者を捕らえよ、ウォーターケージ」
水の籠にエイを捕らえ動きを封じる。
「いっくよー!」
ルリーラの掛け声とともに渾身の拳を魔獣に一発打ち込む。
「――――!!」
悲鳴と共にルリーラの拳が穿った体からは血が溢れる。
「もう一発」
「ルリーラ避けろ」
エイの特徴ともいえる尾の針がルリーラ目掛け飛んでくる。
それをかろうじで避けたルリーラは尾を掴む。
「水よ、剣よ、魔を討つ剣となれ、ウォーターソード」
水の剣を持ち尾に向けて振り下ろす。
岩に振り下ろしたような重い衝撃。それに負けないように力任せで硬い皮膚の尾を断ち切る。
「貰っていくよ」
切れた尾を持ちルリーラは力一杯に魔獣の体に尾を挿し込む。
「よし、次行くぞ」
「いいの?」
「やりたい魔法があるんだ」
俺達は籠から飛び出し、魔法で作った道を進みフィルの元に向かいながら呪文を唱える。
「水よ、籠よ、姿を変え悪しき者を閉じ込めよ、ウォーターボール」
籠は隙間を埋め大きな球体に変わり魔獣をその中に取り込む。
「行くぞアルシェ!」
「炎よ、爆炎よ、我の破壊の衝動を受け止めよ、敵を討ち滅ぼす衝撃を生め、バーンアウト」
「水よ、姿を変え、空気に混じれ」
「それって、おっちゃんの時のじゃ」
「そうだぞ、あの時よりは火力が高いけど」
次の瞬間ボールの中にアルシェの魔法が発動する。
一瞬の閃光、それに送れ耳を裂くような爆発音がなり水のボールが蒸発し煙を上げる。
手負いの魔獣に今の複合魔法が耐えきれるわけもなく灰へと変わった魔獣は海中に沈んでいく。
「耳が痛い!」
「悪い、次からは気をつける」
と言ってもこれだけの魔法を陸上でできるわけがないけど。
「全部それでいいじゃん」
「それだとお前が暴れられないし、弱らせてからじゃないと捕まえられないから使えないんだよ」
「へえ」
球体で覆うことはできても魔獣クラスだとどうしても魔力消費と強度が心もとない。
アルシェほどの魔力があればそれも可能だが、凡人の俺ではあまり多様できない。
「今回は早さ重視だ」
「わかった」
ルリーラは俺を担いで一気に道を進む。
「フィル、お待たせ」
「今の凄かったね」
縦横無尽に駆け回るフィルは十ある腕を避けながら攻撃も当て続ける。
「ルリーラは好きにやれ、合わせる」
「了解」
駆けだすルリーラは、イカの足を力任せに破壊しながら突撃する。
「水よ、氷よ、敵の動きを止めよ、アイシクル」
水はルリーラが破壊した部位を水で覆い、再生を阻害する。
そしてそのまま徐々に頭部に向かう。
「便利な魔法だね」
「成功するとは思ってなかったけどな」
壊すのも有効だとわかったルリーラとフィルは魔獣の足を破壊しつくす。
胴体だけに変わった魔獣にルリーラは渾身の力をぶつける。
「吹き飛べ!」
ただの全力の拳、ベルタの全力の一撃は魔獣の頭部を粉々にする。
そしてほぼ時を同じにして向こうからも歓声が上がる。
「これで終わりだな」
「あっちも終わったみたいですよ」
城壁に戻ると船が二隻こっちに向かってくる。
これで終わりか、そう安堵した。
魔法の実験も成功し少し浮かれ簡単な間違いに気づくのが遅れた。
「なんで二隻なんだ?」
「あの船、ボロボロだよ」
「これはちょっと嫌な予感がする」
沈みかけている船が二隻。想定外が起きている可能性がある。
「誰かあの船まで道を作ってくれ」
他のチームに声をかけ道を作ってもらい俺達四人は船に向かう。
「誰もいないのか?」
二手に分かれて船の中を探すが無人だった。
「そっちはいるか?」
「はい、三名の方がいます」
「わかったすぐ行く」
どこも痛んでいる船の中で怯える三人がいた。
一人は黒髪で二人は白髪の男三人は頭をかかえ小さくなっている。
「何があったんだ?」
「逃げろ、あれは化け物だ」
「神がいたはずだぞ」
「い、一体で手一杯なんだ、強いのが居て、ほ、他の、他の特級が、暴れているんだよ……」
神が苦戦する存在。
そんな魔獣がいることに驚きを隠せない。
「わかった、このままいけば街に帰れるぞ」
「――――――!!!!」
魔獣の慟哭が聞こえる。
「うわああああ!!!!」
それに反応するように声とは正反対の方に三人が逃げ出す。
地獄からの使者と言われれば信じてしまうほどに低く、恐怖を与える叫びに見たこともない俺達も後ずさる。
「どうするの?」
ルリーラが俺の手を握る。
汗に湿る手がルリーラの恐怖を表している。
他の二人も行動には出さないが不安が顔に出ている。
「とりあえず多少の足止めをしてみようと思う」
「「「…………」」」
流石の三人もすぐに返事はできない。
「わかった、クォルテを信じる」
「私も、信じます」
「乗りかかった船だしね」
三人とも覚悟を決めてくれた。
「よし行くか」
甲板に出ると遠くの方に超大型よりもはるかに大きな魔獣がこちらに向かってくる。
「ルリーラとフィルには厳しい所だが、あいつの目を引いてもらう」
「わかった」「任せて」
「アルシェは俺とさっきの複合魔法をやるぞ」
「わかりました」
「言っとくけど手加減は一切なしだ」
「わかってます」
恐怖で手と足が震える。
呼吸が乱れる。
自分の死、ルリーラ達の死、全ての恐怖が俺を襲う。
「大丈夫だよ」
「私たちはクォルテさんを信じてますから」
「頼んだよ」
少しだけ軽くなった気がした。
「行くぞ」
掛け声とともにルリーラとフィルが飛び出す。
「アルシェは限界まで魔力を貯めろ、後は俺の合図を待て」
小さく頷きアルシェの周りに魔力が貯まる。
「水よ、槍よ、禍々しき存在を貫く巨大な楔となれ、ウォーターランス」
海から作られた巨大な水の槍は特級の魔獣に刺さる。
攻撃されたと理解した魔獣は俺を睨み怒号のような声を上げる。
「――――――!!!!」
規格外の声量は大きな波を立て、俺達の動きを止める。
海から現れる城壁よりも分厚い尾が迫るルリーラ達を狙いたたきつける。
一瞬前まで二人がいた場所は大きな音を立て巨大な水柱を作る。
その水柱の影に隠れ魔法を唱える。
「水よ、氷よ、水の柱を固めよ、アイシクル」
水柱は魔獣の尾を巻き込み氷の柱になった。
さっきは役にたったこの魔法も一瞬で破壊され海に巨大な霰が降り注ぐ。
「うりゃああああ!!!!」
ルリーラの叫びと共に繰り出した一撃もダメージを与えるに至らない。
蛇型の魔獣か……。
ここにきて対峙したことのない未知の魔獣。
「攻撃はいい、自分の身を考えろ」
「場合による!」
仕方ないと判断し二発目の準備をする。
「水よ、龍よ、水の化身よ、わが敵を喰らい貪れ、その魂を地の底に送れ、災厄の名を背負いし者よ、我の命に従い顕現せよ、水の龍アクアドラゴン」
できるだけ大きく作った水の龍も特級の魔獣とでは大人と子供のサイズ差がある。
「巻き付け」
魔獣に巻き付いた水の龍のほかに更に追撃する。
「水よ、鎖よ、強大な敵を捕縛する枷となれ、ウォーターチェーン」
海から作られた鎖も水の龍と同じく魔獣の体に巻きつく。
「―――――――!!」
どうやら初めて動きが鈍ったらしく、苛立ちの篭った咆哮をし尾を無作為に海にたたきつけ始める。
「ルリーラ、フィル逃げろ」
返事よりも先に二人が離脱する。
「アルシェ!」
「はい、炎よ、爆炎よ、敵を灰燼に帰す地獄の炎となれ、地獄の業火、インフェルノフレイム」
「水よ、大気よ、汝のあるべき姿に変われ、フォグ」
ここまで離れれば何も気にしなくてもいいはずだ。
アリルドにも、超大型にも使わなかった正真正銘俺達の最大魔法。
巻き付いている鎖と龍、刺さる槍その全てを気体に変え、それを起爆剤としてアルシェの炎が起爆する。
目が潰れるほどの閃光、その後を追う耳をつぶす爆発音、それを更に追う衝撃は海をへこませて大きな波を作る。
その衝撃にルリーラとフィルが巻き込まれこちらに飛んでくる。
なんとか二人を抱える形で受け止めるが俺も後ろに飛ばされ最初に作っていた水の床に辛うじてたどり着く。
目と耳がようやく見えるようになる。
目に映ったのはさっきの爆撃でもまだ生きている魔獣。
「――――――!!」
流石の魔獣も無傷とは言えず体に焼け跡が残る。
魔獣はようやく俺達を敵として認識した。
煩わしい羽虫から自分にダメージを与える敵へと認識が改められた。
「くそっ……」
俺達には勝てなかったのか、力が圧倒的に足りていない……。
魔力切れの俺とアルシェは起きているだけで精一杯、ルリーラとフィルだけ無策で行かせるわけにもいかない。
死ぬんだな、俺。
「まだ生きておるな、クォルテ」
そう言って目の前に神が現れた。
†
「遅くなってすまなかったが、まさか生き残るそれもとはなそれも全員で」
満足気に笑う神に魔獣の尾が迫る。
「危ない!」
「危ないとはクォルテよ、神を舐めすぎだ」
神は音も衝撃もなく魔獣の振り下ろす尾を片手で受け止める。
そしてその尾を両手で掴んだかと思うと無造作に引きちぎる。
「は、はは……」
思わず笑ってしまう。
こっちが死ぬ思いをして防衛をしていた魔獣を、まるで遊ぶように追い詰めていく。
「これで魔法が使えるだろ」
特級との戦闘中に俺に魔力まで分けてくれた。
「さて、少しそこで見ていろ、すぐ終わらせる」
そう言って空へと飛んだ神の力は圧倒的だった。
特級の顔を水平に蹴ると海面に接するよりも前に蹴り上げると魔獣の全身が宙に浮く。
そして浮いた魔獣を手で掴み海面にたたきつける。
「――――――――!!」
「よく跳ねたな」
その衝撃にあげる断末魔は神の命令により行われる。
水面でバウンドし完全に逃げ場のない空中に投げ出された魔獣は、決死の一撃を喰らわせようと魔力を貯める。
「クォルテ、しかと見よ。これが神の魔法だ」
すると海の水位が少し下がった気がした。
そう思わせるほどにありえない巨大な水の槍。もはや槍とは呼べない建造物の様な巨大な槍を模った水。
「神槍。我はこれをそう呼んでいる」
魔獣が子供の様に小さく見える神槍は螺旋を描き魔獣に向かう。
魔獣にそれを受ける能力があるわけもなく、溜めた魔力を吐き出したように見えたが一瞬で掻き消え、神槍が通った場所には魔獣の影も形も消失していた。
「すげぇ」
あまりにも圧倒的な戦力差に、それを見ていた俺達はただ口を開けて眺めるしかなかった。
「どうだった」
「言葉もありません」
「世話をかけた報酬の足しにはなるか?」
「十分なほどに」
参考には一切ならない。圧倒的で無敵な力に神が神たる所以を理解した。
「それほどに圧倒的な魔獣に苦戦したんですか?」
「そうだな、あやつは我に届きうる可能性があった」
「そんなのが……」
今のに近い力を持った存在。
それがこっちに来ていたら俺達はおろかヴォールが無くなっていただろう。
「それに圧勝に見えたのはお前達の活躍があってだ」
「そうでしょうか」
「それに後ろを見ろ」
言われて後ろを見る、ルリーラ、アルシェ、フィル、そして水の国ヴォール。
「あの国はお前が守った。魔獣に勝てなくてもその戦いがあの国を救った。安心しろお前達は強い」
思わず涙がにじむ。
神からの賛辞に目頭が熱くなる。
「どれ、お前達の傷も治そう」
体を水が触れたと思った瞬間、俺達の傷は癒え朝よりも元気な状態になる。
「では帰ろう、お前達が今回の討伐の優秀者だ」
城に戻ると朝の一割程度の人数しか集まらない。
「此度は我の失態だ」
神はそう言って話し始めた。
「我は一番逃してはいけない特級を逃した。そしてたくさんの者を死に追いやってしまった」
その言葉に泣く声が混じる。
「そしてその特級はこの国に向かった。だが、それを命懸けで守ってくれた者達がいる」
そう言って俺達の方を向く。
「そこのクォルテ・ロックスとその奴隷達だ」
その宣言で大きな歓声が響き少し委縮してしまう。
助かった。凄い魔法だった。と皆が皆口をそろえて俺達を褒め称える。
「皆に問う、今回の優秀者は彼らでよいな」
「「おおおおおお!!!!」」
さっきよりも更に大きな歓声が響き俺達の授賞式が始まる。
「よくやった、クォルテ、ルリーラ、アルシェ、フィル」
そう言って一人一人に勲章を与える。
「してフィルよ、お前はどうする?」
「何がですか?」
神相手にも怖気ずく様子もなく平然と間延びした声で返事をする。
「お前はクォルテの奴隷ではあるまい」
「知ってらしたのですか?」
「我は神だぞ」
神のくせに偉そうに鼻を鳴らす。
「我の権限でクォルテの正式な奴隷にしてやろうと思うが」
「お願いします?」
「なんで疑問形なんだよ」
「いいの?」
流石にあれだけの死線を共にして仲間じゃないと言えるほど俺は薄情じゃない。
それはルリーラとアルシェも同じで二人ともフィルにほほ笑む。
「決まりだな。フィルお前もたった今からクォルテの奴隷だ。励めよ」
「うん」
間延びもなくしっかりとした言葉。
「じゃあ、よろしくなフィル」
「よろしくね、ご主人様」
「様はやめてくれ」
「じゃあご主人」
「なんかもう、それでいいや」
正直フィルに訂正してもこのまま押し切られそうだし。
こうして俺にまた一人奴隷が増えた。
そして長い一日が終わり翌朝。
目を覚ますとなぜか裸でフィルが横に寝ていた。
いや、正確には奴隷全員が裸で俺の布団にもぐりこんでいた。
「寝る時は普通だったよな」
左手にフィル、右手にアルシェ俺に覆いかぶさるようにルリーラ。
三者三様俺の体を抱きながら眠る。
見ないようにとどこを向いても肌の色が見える。
日に焼けたのか水着の後だけが白く残り健康的に日焼けしたルリーラ。
同じく日に焼けたらしいフィルの日焼け後は局部のみが白く艶めかしい。
そして日焼けをしない色素の薄い真っ白なアルシェ。
どこを見ても目の保養で、目に毒だ。
仕方なく見ないように目を閉じるが、目を閉じたことにより敏感になる感触に悶々としてしまう。
両腕と胸元に伝わる鼓動、身じろぎのたびに触れる絹のような滑らかな肌。
なんでああも強いのにこんなにも柔らかいのだろう。
「ん、んん……」
手の甲に触れる腿はわずかに湿り熱い。
頑張れ俺の理性。
両腕でも精一杯なのにルリーラまで攻撃に加わる。
足の位置が気に食わないのか俺のわき腹から腿にかけてこする様に何度も擦り付ける。
「すぅすぅ……」
気にしないようにしても両耳と胸部を寝息が撫で人を実感させる。
「むにゃ、すぅ」
ルリーラの顔の位置が俺の胸に顔をうずめる場所に移動し寝言のたびにルリーラの瑞々しい唇が俺の胸板を優しく撫でる。
いつの間にこいつはこんなテクニックを……。
よくわからない関心をしながらも理性と必死で戦う。
「クォルテ……」
胸の上で寝言で俺の名前を言っているルリーラを抱きしめそうになり指に力が入ってしまう。
「あんっ……」
「くっ、ぅん……」
アルシェとフィルの嬌声が上がる。
そして二人はもどかしそうに腕を更に抱きしめる。
暴力的な柔らかさのアルシェと女性を主張するフィルの膨らみが俺の両腕を包み込む。
これは流石にやばい。
特にフィルが不味い、ルリーラやアルシェのように全身が滑らかすぎるわけではない。
手の平に触れる茂みが他の二人と違い大人の女だと主張する。
人形のような二人とは対極の生身の女性を認識させてくる。
ザラリとした二人にはない感触はわずかに湿りこれが女だと激しく主張する。
「クォルテ……」
起きている時には間延びしただらしなく感じる声音も眠っているせいで甘えられているようなくすぐったさを感じる。
優しいお姉さんを感じさせる普段の振舞いよりも格段に破壊力が高い甘えん坊な動きに俺は自分の限界を感じる。
「ん、ん?」
そして不意に右から声が漏れる。
「クォルテさん?」
アルシェが目を覚ました。
いつも早くに起きているアルシェには珍しく遅いが昨日の今日では仕方ない。
だが今はそんなことを言っている余裕はない。
「おはようございます」
他の二人を起こさないための配慮なのか、はたまた俺を誘惑するためなのか耳元での甘い囁きに脳が溶けそうになる。
「助けてくれ」
「嫌です」
にこやかに死刑宣告をされる。
「昨日頑張りましたからもう少しこのまま、クォルテさんを感じさせてください」
そう言ってアルシェは腿に挟み込んでいた手を握り何を思ったのか自分の胸に抱きかかえる。
「好きにしてくださっていいんですよ。私もルリーラちゃんも、フィルさんも」
悪戯っ子のような笑顔をしてしっかりと大人よりも膨らんだ胸部に俺の腕を抱きしめる。
「やめてください」
「やめませんよ、私たちはクォルテさんになら何をされてもいいんですから」
そう言って再びアルシェは目を瞑る。
こちらの反応を楽しむように強弱をつけて手を握りやがて力が抜ける。
寝たのだろうか。
だがそれでも現状に何一つ変わりはない。
結局は幸せに拘束されてしまっている。
ここまでの柔らかさ、温かさに眠って誤魔化すこともできず俺はただみんなが起きるまで至福の時間に囚われるしかなかった。
日が高くまで上りようやく解放されたが体は緊張で完全に凝り固まったままだった。
「体が痛い」
動くたびに関節が軽快に音を立てる。
「情けないな、おじいちゃんじゃあるまいし」
「誰のせいだと思ってるんだよ!」
元凶の三人は目を覚ますと、恥ずかしがる様子もなく部屋着に着替えそれぞれの活動を開始した。
「それで、今朝のは誰の案なんだ?」
三人が三人共わかりやすく目を反らした。
「全員か!」
「フィルが奴隷にしてくれたお礼がしたい。って言って」
「ルリーラちゃんが可愛い女の子に囲まれるのが喜ぶ。って言って」
「アルシェが裸なら求められてもすぐに対応できる。と言った」
最近気が付いたことだが、アルシェが一番問題を抱えている気がする。
何かと言うと自分の武器を前面に押し出してくる。
「アルシェ、少し後で話がある」
「わかりました」
一度しっかり説教しないと、本当にいつか誰かに手をつけてしまいそうで怖い。
正直それでもいいんじゃないかと思っている自分がいるのも事実なのだが。
ルリーラの健全な体型にアルシェの男を虜にするスタイル、そしてフィルのなんでも包んでしまいそうな心。
正直我慢するのが辛いです。
「それで、これからどうするの?」
「流石にもう少し滞在するぞ」
結局魔獣退治で二日使ってしまったせいで街の観光が何もできていない。
「よかった」
「ここの国をまだ広場しか見てないもんね」
「案内なら任せて」
三人が喜んでいる姿に少し嬉しくなる。
「じゃあ、準備だ!」
「「おー」」
ルリーラの掛け声で一斉に三人が全員服を脱いだ。
当然俺が見ている中で。
「せめて脱衣所でやれ、恥じらいを持て!」
「クォルテさん以外の前では恥ずかしいです」
「俺の前でも恥じらいを持ってくれ」
「クォルテに見られるのは嬉しいし」
「どんな趣味だ」
「感謝のつもりで」
「感謝なら別にいらないから」
なんとか脱衣場に押し込み着替えをさせる。
今日一日は肌色が頭から離れそうにない。
「それと出かける前に神に謁見しに行くからな」
「わかった」「承知しました」「わかったよ」
朝から疲ればぱなっしの一日が始まった。
†
「呼び出しておいてこういうことを言うのは心苦しいが、疲れているのなら明日でもいいのだぞ」
謁見して最初に神に気を使われた。
きっと俺の顔が、そう言いたくなるほどにやつれているのだろう。
「いえ、今は休んでいる方が体力を削られますので」
「何やら大変なようだな」
「お察し頂いてありがとうございます」
俺達は現在、四人そろって神に謁見している。
なぜかお前達ともう少しだけ話をしたいと、神が自らおっしゃったためだ。
「まあ、座れ」
促されるまま、急遽設置されたテーブルへ促され、なるべく神の前に四人が並ぶように着席する。
円状の木製のテーブルの上にはお茶や茶菓子が並ぶ。
「適当に食べてくれて構わん。無くなればすぐに持ってこさせよう」
「ありがとう、神様」
ルリーラは遠慮なくお茶菓子に手を伸ばし口に運ぶ。
「よく食べる子は可愛いものだな」
「ルリーラは食べ過ぎですが」
「他の者も食べて構わんぞ」
アルシェとフィルがこちらを見るので俺はうなずく。
そして二人はお茶菓子に手を伸ばし口にする。
「美味しいです」
「これは美味しいー」
目をキラキラさせながら二人も喜んで次々に口にする。
「それでお話とは一体何でしょうか」
「ロックスについての話だ」
その言葉に俺とルリーラは動きを止める。
「クォルテには従妹がおったな」
「よくお調べになりましたね」
「調べるまでもなくロックス家は有名だ。そしてその分家もな」
そこからどう話が広がるのかが怖い。
本家を没落させた影響は当然分家にも広がる。
「それで親戚達はどうしたんでしょうか?」
「他の一族は自分の事で精一杯だ、唯一ミール・ロックス以外はな」
「やっぱりそうですか」
従妹と言われて最初に思い浮かんだのはミールだ。
ミールは特に本家に憧れていた、そして俺にも、その俺が自分の手でロックス家を没落させたことを恨んでいても何もおかしくはない。
「そして先日の魔獣討伐の優秀者はお前達だ」
「ミールの耳にも入ってしまうということですね」
国を出てから約二年、なんの音沙汰もなかったせいで気は緩んでいたのかもしれない。
「それを知ってはいたのだがな、特級を足止めなどという快挙に褒章を与えないのも都合が悪くてな」
「それは仕方ないと思っております」
俺も国が亡びるとわかっていて放置はできなかった。
それはミールがこちらを追っているとわかっても、おそらく手を出していたはずだ。
それほどにあの時状況は逼迫していた。
「それでこれは今回に対する謝罪と報酬だ」
そう言ってテーブルに置かれたのは一つの指輪。
青い宝石がリングに埋め込まれており装飾品の類ではない戦闘を意識した頑丈そうな指輪だ。
「これは?」
「私が作った神器だ」
「…………え?」
「神器だ」
「ええええええええええええ!!!!」
流石に大声で叫ぶしかない。
国が二三買えてしまう価値があると言われている超規格外の道具。
効果は様々だがそのどれもが強力で強大な能力を秘めている。
そんな国宝に指定されてもおかしくない代物がこんな簡単にテーブルに置かれる。
それにはルリーラ以外の二人も驚いて声が出ていない。
「神器って何?」
「神が作った道具のことだ、もの凄く凄くて強い、仮に換金したら人生が三回は遊んで暮らせる」
「クォルテが動揺するくらい凄いのはわかった」
「すまんな、一つしか準備できなくて」
そう言って少し申し訳なさそうにする神に俺はすぐさま感謝を述べる。
「いえ、ありがとうございます。これほどの物を頂けることさえおこがましい」
「そうか、我はお前達四人に渡すつもりだったんだがな、他の連中が奴隷に与えるのは駄目だと言って聞かなくてな」
「それはしょうがないと思います」
この三人は別だが、奴隷にも大きく二つある。
一つはルリーラが当てはまるが、孤児や誘拐されて売られるなどの外因的な場合。
そしてもう一つは犯罪者や借金の代わりに身を売られてしまうなどの自己責任の場合。
そして圧倒的に多いのは後者で、それが奴隷の地位が低い理由の一端でもある。
「我はお前達なら正しく使ってくれると思っているのだが、お前達に会っていない他の連中はな」
「わかっています。一つでも頂けたことは本当に嬉しく思います」
「それならよかった」
安堵した雰囲気でお茶に口を付ける。
「ここに呼んだ理由はこれを渡すことだが、もう一つ聞いてみたいことがある」
「何でしょうか」
「先日の特級に放った魔法はアルシェの魔法か?」
「えっ、は、はい。起爆は私ですが」
「それについては私が説明します」
元々奴隷として人の下と思っているアルシェが、人の更に上に居る神と話せるはずもなくおろおろと目を回してしまっている。
「してあの爆発はなんだ?」
「あれの主な原因は水が可燃性の集まりだということです」
「ほう、なるほどよくわかった。それはロックスで学んだことか?」
たったそれだけの説明で理解してもらえたことに驚く。
「はい、ですが火力の元となるのはアルシェでないとあそこまではいかないと思います」
「そうだろうな一瞬で爆発させるならそれしかあるまい」
流石は水の神、それが一体どう働くのかを理解して納得する。
「まあわかった所で我はやらんがな」
「ああ、そうかもしれないですね」
水の神は火の神と仲が悪い、というよりも神々は総じて仲が悪い。
「それゆえに複合魔法を使うものが羨ましくもある」
そうして神は遠い目をする。
もしかすると神にも仲が良かった時代があったのかもしれないと考えてしまう。
「それにしても中々面白い面子だな」
「何がですか?」
確かにベルタとプリズマがいるのは珍しいかもしれないけど。
「それを教えてしまうと、そうなってしまうだろうから言わないでおこう」
「はぁ」
腑に落ちないが神に話す気はないらしく愉快そうにするだけだ。
「我らにはない睦まじさか。どうなるか楽しみだ」
もはやこちらに言うでもなく一人で納得して喜んでいる様に見える。
「して、お前達はこれからどこに向かう?」
「まだ決めてませんが」
「なら、我のおすすめはオールスをおすすめしよう」
「オールスですか?」
オールスって確か風呂が有名な国だったはずだよな。
「オールスに行くの?」
ここから遠くない国なので一番最初に反応したのはフィルだった。
テンションが上がっているらしいフィルは目を輝かせる。
「オールスって何が有名なの?」
「そうだな、オールスは――」
「憩いの国オーリス温泉と呼ばれる大きな風呂と、海に近く山を持つため食も美味い。定住ではなく観光を主とした娯楽の国だ」
「行こう、今行こう!」
水の神が仰った言葉はあまりに魅力的で、聞いていたルリーラは俺を椅子ごと引っ張り出発しようとする。
「まあ落ち着け」
「落ち着いてられないよ」
「この国も見て回るんだろ?」
「そうだった」
自分が戦闘着ではなくお洒落着なのを思い出して思いとどまる。
「どちらが奴隷かわからないな」
「ええ、最近アルシェも奴隷らしくなくなってきました」
「申し訳ありません」
アルシェは顔を赤くして手に持っていた菓子を急いで手放しすぐに立ち上がる。
「別に攻めてるわけじゃないから、座ってろ」
寧ろそういう面をもう少しだして貰いたいと思っている。
誘惑するのはやめてもらいたいけど。
「ならこれからオールスに向かうということでいいかな?」
「はい」
「それなら我から紹介状を書いてやろう」
「それは流石に」
「ほれ」
驚くほどの早業で紹介状を書いてくれた神はそれをこちらに渡す。
「ありがとうございます」
正直ここまで至れり尽くせりでは、明日には死んでしまうんじゃないかと思ってしまう。
「それじゃあ、俺達はこれから準備がありますので」
「うむ、頑張ってこい」
神に見送られて城を出て船に揺られる。
「じゃあ、次の行先は決まったな」
「温泉の国オールス!」
娯楽の国と聞いてテンションが上がるルリーラ。
「私温泉って初めてです」
初めての温泉にはしゃぐアルシェ。
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間延びした語尾が上がりハイテンションに聞こえるフィルとともに、今回必要な物を買いに街の中を探索することにした。
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