生まれた国を滅ぼした俺は奴隷少女と旅に出ることを決めました。

柚木

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盗賊の国 アリルド

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「まだ着かないの?」

 この一向に変わる気配のない草原に、いい加減飽きたらしい黒髪の少女が馬車の荷台から顔を出す。
 いつも元気な彼女の碧色の瞳には疲れが見え、口をへの字にし不機嫌さを前面に出している。

「いい加減、お尻が痛いんだけど」

 碧色の目がこちらを恨みがましく睨んでいる。

「ルリーラの体が薄いからだろ。俺も座り続けてるが痛くはないぞ」

 不機嫌なのは俺も同じだ。
 アリルド国の領地に入って丸一日、操舵手を変わることもなくやらされ、この変わることのない景色を眺めているため、口調はややきつくなってしまう。

「薄くないし! 痛くないのはそっちの方が座り心地いいだけだもん!」

 いー! と年相応の子供っぽい表情を見せ荷台から体を乗り出す。
 健康的な日焼けをした肌を惜しみなくさらす半袖のシャツと、ホットパンツは淑女らしくはないが、ルリーラの元気さがよく出ておりよく似合っている。

「ルリーラが操るか?」

 手綱をルリーラに向けるがそれを無視し、小さな体を押し込み俺を端に寄せ無理矢理隣に座る。

「ほら、やっぱりこっちのほうが座り心地がいいじゃない」

「なら大人しくしてろよ」

 そう言って、機嫌が直ったらしいルリーラの頭を撫でる。
 光を全てのみ込みそうな闇色の短い髪は、サラサラとしていていつ触っても気持ちがいい。

「何?」

 怪訝そうにしながら、大人しく撫でられるルリーラを見て嬉しくなってしまう。
 ロックス家を飛び出して約二年。
 こうして十四歳らしい子供っぽい自然な表情を見ることができてよかったと、年寄りの様な事を思ってしまう。

「大きくなったなと思ってな」

「クォルテおじさんみたい」

「なっ、お、俺はまだ二十二だぞおじさんでは断じてない!」

「私からしたら、十分おじさんだよ」

 自分の立場が優勢になったことを察したルリーラは、ニヤニヤした表情で体が薄いと言われた反撃をする。

「前の宿でもお子さんですか? って聞かれてたしねぇ」

「ぐっ! ルリーラ言っていいことと悪いことが――」

「クォルテ前!」

 叫ぶルリーラの指の先には、男性が一人うずくまっていた。

「くそっ! 掴まってろ!」

 なんでこんな街道のど真ん中に!

 そんなことを思ったところで男が避けてくれるはずがない、手綱を握りしめ魔力を流し馬の向きを強引に曲げ、馬車ではありえない直角な動きで方向転換をする。
 急激に魔力を流し込まれた馬は暴れるが、ゆっくりと魔力を制御すると落ち着きを取り戻していく。

「轢いちゃった?」

「怖いこと言うな、ちゃんと避けれたから」

 自分が死んでもおかしくないはずなのに、いまだうずくまったまま男に違和感を覚えながらも近づき声をかける。

「おい、大丈夫か?」

 声をかけた瞬間、素早い動きで男は俺の手を掴み、反対側の手に隠していたナイフを俺の首筋に当てる。

「荷物を全部置いていきな」

 強盗か……。
 俺にナイフを突きつけるまでの動きに、戸惑いもためらいもない。
 馬車を止めるために車道の真ん中に居たことと言い、動きといい本当に噂通りの国だな。

「旅の途中で、食料くらいしかないけど?」

 適当に言葉を交わしながら辺りを確認する。

 見える範囲には右手の木の奥に仲間が一人、仲間の髪色は見えないがこいつの髪色は明るい茶色。
 こいつがどの程度できるかわからないが、変に感知の魔法を使って逆上させるのも得策じゃない。

「構いやしないさ、お前以外を全部貰っていくからな」

 逆に俺が魔法を使ってもいいけど、仲間の位置も遠いし他に仲間もいるかもしれない。
 こうなると俺だけじゃ無理か。
 そう判断した俺は男からは死角になる様に指でルリーラに合図を送る。

 近くに敵は二。

 子供一人と油断した男は俺の服から一瞬手を離す。
 それを好機と踏み続けて指示を出す。

 やれ。

 合図を送った直後、後ろから疾風となり飛んできたルリーラの膝が男にぶつかる。
 突如攻撃を受けた男は、俺に掴まることなく弓なりに飛んでいき、地面を何度もバウンドを続け離れた木にぶつかりようやく止まる。

「右手の木の陰に一人だ!」

 飛ばされた男は戦闘不能とみなし、即座に次の支持を出す。
 すぐに対応したルリーラは、勢いよく地面を深くえぐりもう一人の居る木に向かい一直線に向かう。
 人がボールの様に跳ねる姿を見て固まった仲間は、俺の声に気付くが、
 時既に遅くルリーラの着地に耐え切れなかった木が強盗の退路を塞ぐ。

「このっ!」

 我武者羅に突進する強盗はルリーラに攻撃するわけではなく、ルリーラに抱き付き動きを止める。

「流石に、その動きには驚いたがもう終わりだ!」

 その言葉に続くように離れた位置から銃声がなった。

「水よ、ルリーラを守れ、ウォーターウォール」

 呪文を告げると、ルリーラの周りから水が湧き出る。
 湧き出た水はどこかに流れるわけでもなく、意思を持っている様に縦に伸び、瞬く間に水による壁が生まれる。
 強盗の放った魔弾は水の壁を超えることができず、取り込まれ動きが止まる。

「いつまでしがみついてるの」

 水の壁に囲まれ逃げらない状況下で、超人的な動きをした少女と至近距離にいる。
 そんな地獄の様な状況に身を置いていると悟った強盗は、静かにルリーラから離れ、降伏のため両手をあげる。

「水の壁よ、取り込んだ痕跡を静かに追え、アクアスネーク」

 魔弾が撃ち込まれた壁は、止めた魔弾を中心に流動的な動きで蛇へと姿を変え、音もなく移動を開始した。

「ルリーラ殺すなよ」

「私に抱き付いたんだから、殺されても文句言えないと思うんだけど」

 知らないおっさんに抱き付かれたことにご立腹なルリーラの少女らしさに、つい苦笑いしてしまう。

「まあまあ、こいつには聞きたいことがあるんだよ」

 ルリーラの頭を撫でると少し機嫌を直してくれたのか、乱暴にこちらに強盗を渡す。

「水よ、罪人を処す剣となれ、ウォーターソード」

 空中に湧き出る水は、剣に変化し怯える強盗の首に当てる。

「沈黙は死ぬと思え、俺が殺さなくても後ろのルリーラが殺す」

「わ、わかった……」

「さっき逃げた奴の行先は?」

「それは、わかんないんだよ」

 持っている剣を強盗の首に強く押し付ける。

「本当だ! 俺はただ指示されただけなんだよ……、指示されているだけだ。金と指示書が俺宛に届くんだよ」

「それは、どうやって受け取るんだ?」

「詳しくは知らないんだ、なぜか俺の居る場所に届くんだ」

 ここまでされて吐かないってことは、どうやら嘘じゃないようだな。
 そうなると、今の狙撃手は顔を見られると困る人物ってことか。

「ってことは、お前は何も情報を持っていないってことだな」

「そうだ、頼む命だけは」

 首から剣を離し剣を水に戻す。手から零れ落ちる水はそのまま地面へと消えていった。

「それならアリルドへの行き方教えてくれよ。お前を引き渡すためにも」

 了承した男の両手両足を荷物用の縄で縛り、荷台に詰め込む。

「なあ、俺はなんで掴まってるんだ」

 俺にナイフを突きつけた盗賊も、奇跡的に生きていたため一緒に乗せた。

「諦めろ。死にたくなかったら大人しくしていた方がいい」

「そういうことだ。大人しくしてたらこれ以上危害は加えない」

「なんでクォルテが偉そうなんだろう」

「ありがとうな、ルリーラおかげで助かったよ」

 手柄が持って行かれたと思っているのか、不満げに口をとがらせるルリーラの頭を乱暴に撫でると、それで満足なのか目を細める。
 そのまましばらく、馬車に草原を走らせると眼前に巨大な壁が見えてくる。

「あれがアリルドでいいんだよな」

「そうだあれがアリルド国だ」

 街を覆いつくすような強固で堅牢な城壁、首都に訪れるたびに見上げ首を痛めそうになる。

「相変わらず城壁って大きいね」

「今まで見た城壁でも、最大クラスの巨大さだけどな」

 近くで見ると天にも届いていそうなほどの、城壁に沿って左に進むとやがて巨人でも楽に通れそうな門が現れる。

「止まれ」

 門番に止められ、詰め所に連れていかれ形式的な検査として、入国する人数と積み荷を門番が確認する。

「こいつらは盗賊か?」

「ええ、よくお分かりで先ほど襲われましたので捕縛しました」

「うむ、感謝する。褒章は国王様より授与される」

「へぇ、国王自ら」

「そうだ、決して無礼の無いようにな。そしてこれが、入門証だこれを見せれば中に入れる」

 盗賊と引き換えに入門証を受け取る時、門番の首元に蛇の跡が残っていた。

「どうかしたのか?」

「いえ、なんでもありません」

 手続きを終え、馬車を街の中へ進める。
 分厚い城壁を抜けると石の国があった。
 石の畳にレンガの家、豪華ではないが襲撃にも耐えられそうな頑丈な家々の出迎えを受ける。
 見た目よりも頑丈さ重視って感じだな。
 機能性よりも頑丈さといったような厚みのある強固な家、中には巨大な岩をくりぬいて作った家まで存在していた。

「お尻が痛いんだけど」

「街中に入ったからな」

 凸凹だらけの街道は気を緩めれば、馬車が横転してしまいそうなほどで中々スピードが出せずにいた。

「ここの道は均したりしないの?」

「そうみたいだな」

 石畳は走りやすいように均してはいなく、逆に走りにくいように整備をされている。
 これはわざとこんな道にしているってことか。
 さっきの門番といい、この国はそういう国なのだろう。

「どうやら、この国は中々面白い国のようだ」

 このままでは馬車に酔ってしまうと判断し、適当な民宿に荷物を置かせてもらうことにした。
 そこで二人とも旅人と奴隷の恰好に着替える。

「じゃあ行くか」

 頷くルリーラに荷物を持たせ、王城へ歩みを進める。
 少し歩きづらいが、馬車よりははるかにましだ。
 この様子だとアリルド王は、俺の想像通りで間違いなさそうだ。

「まだ着かない?」

「もう少しだ、と言いたいが城が大きいせいで距離がわかりづらい」

 慣れれば少し歩きづらいで終わる石畳を歩いていると、暇になったルリーラから質問が来る。

「ところで、この国ってどんな国なの?」

「特殊な国なのは間違いないな」

「普通に見えるけど」

「まず国とは言ったが保有する都市はここだけ、周りは草原だけ酪農や栽培もこの都市だけでやってる」

 普通は都市や町ををいくつか作り、そこから酪農や栽培といった農作業を村なんかで作る。
 なのにこの国は、完全にここだけで完結させている。

「じゃあ外の草原は何のため」

「一応は、敵国からの襲撃へすぐに気が付くために、見晴らしのいい草原ということになっている」

「そうなんだ」

 そして、その裏ではこの国の別名は、盗賊の国アリルドと揶揄されている。
 草原や所々にある森は、盗賊の隠れ家に使っているという噂まである。
 そんなこの国の前知識を教えながら進み、ようやく城への門が見え、近づくと憲兵がすぐに近寄ってくる。

「待て! 何用だ」

「盗賊を捕らえた褒章が頂けるとのことで、伺いました」

 門番に貰った入門証を差し出すと、それ以外は何も言わず城門が開く。

「今までで一番不用心な城じゃない?」

「そうみたいだな」

 いくらでも複製が出来そうな証文も何もない文字だけの入門証のみで、名前も聞かず荷物の検閲もしない。

「広いね」

「そうだな」

 高い天井の広い空間、壁一面には強度で有名な石材が張り巡らされ、一本道の様に敷かれた赤い絨毯。
 こんな頑丈そうな城だが、警備は信じられないほどに酷い。
 憲兵のやる気のなさ、こんなに広いのに巡回の憲兵は無し、いるのは何か所かある扉の前に一人だずつ。
 こんな警備は初めて見た。

「申し訳ありませんが、国王の居る場所はどこでしょうか?」

 入門証を見せ近くの憲兵に声をかける。

「ふむ、案内しよう」

「ありがとうございます」

 連絡なしに持ち場を離れるのか。
 これは中々面倒な国だ。
 普段なら長く持たない国だと思うところだが、今回に限ってはそうではないだろう。
 余程の自信家で、それに見合う力を持っていることは、容易に想像できる。

「ここだ」

「ありがとうございます」

 絨毯に沿って階段を二階分上った先、他の扉とは一線を画す絢爛豪華な扉。
 城下はそこまで潤っているとは思えないが、圧政と言えるほど貧しそうでもなかった。
 どうやら政治も強いらしい。
 色々と考えてはみたが所詮は想像、百聞は一見に如かずと扉をノックする。

「入れ」

 地に響きそうな低い声が体を震わす。

「失礼します」

 重い扉を開けると壁はガラス張り、本来なら多数の警備を付けるために広い玉座の間が、今は最奥の玉座に一人座る男しかいない。

 歩みを進め玉座の前で膝を着く。

「表を上げよ」

 目線の先にいるアリルド王は、一言で言えば巨漢だった。きらびやかな装飾や高価な服よりも、その見た目に目が奪われる。
 褐色の肌に茶色の髪、無造作に髭を生やし二メートルを超える身長にははち切れんばかりに発達した筋肉が備わっている。
 見ただけで、俺の想像は間違っていなかったのだと確信する。

「褒美を渡そう」

 護衛も近衛もいない王は、自らが玉座を立ち堂々とした姿で俺の前に立つ。
 圧倒的な威圧感。実際の身長よりも大きく見え、自分が縮んでしまったような感覚に陥る。

「この国であれば、一月は遊んで暮らせるであろう金だ」

「頂戴いたします」

 金貨の入った袋を渡すと、あろうことか背を向け玉座に戻り腰を下ろす。
 暗殺や謀殺など意にも返さない振舞いには、殺せるものなら殺して見せろと、自身に溢れるアリルド王は我こそが絶対強者なのだと態度で誇示する。

「して、俺の値踏みは終わったか?」

「バレてましたか」

 バレないようにしていたつもりもないが、こうも率直に聞く辺りは見た目通り剛胆だ。

「ふん、それでお前は何を知った?」

 射貫くような強い視線に、その言葉に何もと返すことはできなかった。
 値踏みをしていたはずの相手から、逆に値踏みをされている。
 間違った返答は『死』へ直結すると脳が信号を出す。

 変に隠す方が悪印象になるか。
 俺は率直に現段階で至った答えを告げる。

「推測ですが、アリルド王が盗賊の親分である、というところまででしょうか」

「素晴らしいな。門番が盗賊の頭であると、密告する連中も多いがよく気づいたな」

 上機嫌な様子でこちらを見つめる。

「正解ということは、私は生きてここを出ても問題ない、ということでございましょうか」

 視線をぐるっと一周させると、アリルド王は声を出して笑う。

「がっはっは、なるほどなもうよいぞ、いつまでこの国にいるつもりかはわからんが、好きなだけ滞在するがいい。俺はお前達を歓迎しよう」

「ありがとうございます」

 玉座の間の扉を閉じると、俺はその場で座り込んでしまう。

「はいお水」

「ありがとう」

 水を受け取り乾ききった喉を潤す。
 こんな王だとは想像していた、腕力のみでのし上がった王だと思っていた。
 だが、、ここまでとは思っていなかった。
 ここまで知力と腕力、それに統率力を一人で保持するとは思ってもみなかった。
 何か所か強い王と対面したが、アリルド王はどれとも違い、国として強いではなく個として強い。
 堅牢な城壁に囲まれた城に守られた強靭な力、それがアリルド国だ。

「囲まれてるのによく気づいたね」

「ああ、話の前に宿に戻ろう」

 頷いたルリーラとともに宿へと引き返す。



「誰か近くに居たりするか?」

「いないよ」

 馬車を置かせてもらった宿に泊まることにした俺たちは、案内された二人用の小さめの部屋に通される。
 ベッドが二つに、浴室とトイレが部屋の中にあり、居住するのに苦労はなさそうだ。
 宿に併設されている食堂で飯を食べ、入浴を済ませたころには、外からは宴会を開いている声を聞きながらルリーラに確認を取る。

「この国にしようと思う」

「クォルテが言うならいいけど、大丈夫なの?」

「正直わからんが、今までの国より奪いやすい」

 今日見てわかったことがある、他の国々は団結で国を守る。門番、憲兵、兵士、民衆そして王。全てが国のために一丸となり国を守る。
 だがここはそうではない、王のみで国を守っている。
 この国なら王が変わっても国自体は機能する。

「でもあの人は強いよ、それにあの周りにいた連中は?」

「何人いたんだ?」

「四人」

「意外と少なかったんだな」

 十は居ると思っていた。

「気づいてたんじゃなかったの?」

「そんなわけないだろ、ただのブラフだよ」

 王自らが賊を捕らえた人間を殺すなんて、対外的にもよろしくはない。
 そういう立場上、自分が手にかけられない連中を殺すための連中だろう。

「後その四人は盗賊だろうな」

「そうなの?」

「だぶんな、盗賊かそれに似た別のグループだろうな」

 へえーと感心したように目を見開くルリーラの頭を撫でる。
 風呂上がりだからか、少し湿った髪はヒヤリと冷たい。

「もっと髪は乾かせ、これだと風邪ひくぞ。ほら、ここ座れ拭いてやる」

「はーい」

 俺の膝の上に座らせ、艶のある黒髪をタオルで丁寧に拭いていく。

「それで、なんであいつらが盗賊なの?」

「ああ、最後の質問で答えただろ、盗賊の親玉はアリルド王だ」

「あの最後の質問って、なんの意味があったの?」

「こら、動くな」

 こちらを向いた顔を前に向けさせ、髪の水分をふき取る。

「まあ推測だけど、おそらくこっちの値踏みだな」

「それで、クォルテは正解したんだ」

「そうなるな」

「間違ってたら殺されてたの?」

「そうだ、間違ってたらって言うよりは、考えが浅はかだったらかな、ほい、おしまい」

「ありがと」

 そう言っても膝の上から退こうという気はないらしく、体重をそのまま俺に預けてくる。

「完全には乾いてないから、服が濡れるんだけどな」

「可愛い女の子と密着できるんだから、それくらいいいでしょ?」

「ルリーラが、もう少し成長してくれたらな」

「私は、まだ、成長途中だから……すぅすぅ」

「そうなるのを、楽しみにしてるよ」

 もう少し話を進めたかったが、ルリーラからは寝息が聞こえ始めたため、強制的に話は打ち切られてしまった。

「よく寝れるなこんな中」

 なにか祭りでもやっているのか、外からは歓声と何かが弾ける音が聞こえていた。


 日が昇り、適当に食堂で食事を済ませ支度のため部屋に戻る。

「今日はどうするの?」

「色々あるぞ、仲間探しと、盗賊退治がメインかな」

 昨日の盗賊を見る限り、団結できているとは思えないが、アリルド王の手駒を減らすに越したことはない。
 できることならアリルド王一人とのみ対峙したい。

「つまりお散歩だね」

「そうなるよな」

 結局は街中を歩かなければいけないため、ルリーラとしては散歩になってしまう。
 散歩とわかり、テンションが高くなるルリーラに癒されながらも外出の準備をする。

「じゃあ、今日はおめかししていかないとな」

「やった!」

 喜びを体全体で表現するルリーラに、いつも通りの動きやすいホットパンツとシャツを着せ宿を出る。

「早速だけど、どこに行きたい?」

「賑やかなところ」

「了解」

 宿屋の店主から、もらった地図を見ながら昨日にぎわっていた方に進む。

「やっぱり入り組んでるな、この街」

「じゃあたどり着かないの?」

「着くには着くが遅くなるかもな」

 流石に王が一人で守っているだけはあって、迷わせるようになっているせいで、地図と悪戦苦闘しながら進んでいく。

「本当にこんな狭い道なの?」

「地図だと繋がってるみたいなんだけどな」

 広い方へ広い方へと、進んだはずなのだが最終的にたどり着いたのは、建物に遮られ、日は当たらず人がすれ違うので精一杯な完全な裏道。
 明日は、ガイドを雇わないとおちおち買い物もできないな。
 そんなことを思っていると、離れたところから怒声が聞こえてくる。

「クォルテどうする?」

「見に行くだけは見に行ってみるか」

 ただの喧嘩なら放っておいても問題はないだろうが、場所が場所だけに見に行った方がいいだろう。

「お前が鈍間なせいで俺が恥を掻いたんだわかってるのか!?」

「申し訳ありません」

 裏道を抜けたのか、大きく開けた広場にたどり着くとそこにいたのは二名の男女、傍から見てわかるのは奴隷は女で男が主人か。

「助ける?」

「そうだな、助けるか」

 他に仲間は無し、男は茶髪だが決して強いわけではなさそうだ。
 奴隷がいじめられているのを見るのは、昔を思い出して気分が悪い、それに上手くいけばガイドが見つかるかもしれないしな。
 なにかあった時は、ルリーラ一人でもなんとかなりそうだ。

「私が一撃で決めてくる」

「ちょっと待ってくれ」

「なんで?」

 戦闘態勢をとっていたルリーラは、俺の制止に難色を示す。

「変に刺激する必要はない、それに道案内も欲しい」

 助けはするがルリーラの様に一緒に居られるかもわからない。
 そうなった場合に、主人に反抗した奴隷なんて変な印象を付ける必要はないしな。

「道案内?」

「そうだ、だから任せておけ」

 ルリーラの頭を二度優しく叩くと、ルリーラは不承不承の様子で俺の後ろにつく。

「やあやあ、お兄さんちょっとよろしいでしょうか?」

「なんだお前、俺は今主人に恥を掻かせる、使えない奴隷を教育してやってるんだから邪魔をするな」

 俺の言葉に機嫌悪そうに男は答える。
 よしよし、想像通りただ奴隷に不満をぶつけているだけだ。それならこの奴隷は頂けるな。

「邪魔なんてそんな、滅相もない。ただ少しだけお話がありまして」

「話だと?」

「ええ、あなたをそんなに怒らせてしまう無能な奴隷など、いらないのではありませんか?」

「だからその奴隷を寄こせってか? ふざけるなよ、こんな役立たずでも家の財産だ。タダでやるわけないだろ」

「流石に、そのような調子のいいことは言いませんとも。金貨一枚でいかがでしょうか?」

 金貨を目にした男の開かれた目には、喜びの色が見えた。
 やっぱり、ここでも奴隷の値段は同じか。平均の倍以上の値段を見せる、こういうことをやらかす人間はこんな態度か。

「何を企んでやがるんだ?」

「いえね、私たちも今日ここに着いたばかりでして、道案内が欲しかったのです。ついでに荷物持ちもね」

 男からは怒りも無くなり、金貨にしか目はいっていない。
 そのあまりにもわかりやすい態度を見て、この男の底が見えた。

「金貨一枚で譲っていただけますか?」

「いいぞ、この奴隷はあんたのものだ」

「ありがとうございます」

「あんたも物好きだな、奴隷一匹に金貨一枚も出すとか、奴隷売り場ならもっと手に入っただろうけどな」

「そうなのですが、奴隷売り場までもたどり着けるかわかりませんので」

「こんなところに迷い込む奴だしな、まあ俺はその分得したけどな」

 自分が儲けたと思っている男は、高笑いをしてその場を去った。

「あんた大丈夫か」

「はい……」

 怯えているのか、単に人見知りなのか、助けた奴隷はフードを深くかぶり下を向く。

「ルリーラ任せた」

 女の相手は女に任せるに限る。

「まあいいけどね。ねぇねぇお姉さん」

「……はい……」

 俺の時よりはいくらかましな感じか、同性だけでなくルリーラはまた子供だし、話しやすいのかもしれない。

「顔を見せてほしいな」

「わかり、ました……」

 奴隷の女性はフードを脱ぐ。
 色素の薄い白い姿は、土や埃で汚れ、体は細身だが出る所は出ておりスタイルはいい。
 その見た目とおどおどとした姿に庇護欲を刺激されてしまうが、今はルリーラに任せないとややこしくなりそうだ。

「お姉さん綺麗だね」

 そう言われ照れたのか顔を逸らす。

「もう大丈夫だよ。クォルテは美人さんには優しいから」

 ルリーラは奴隷の女性の耳元に顔を近づけ、何かを告げたようだが、何を言っているのかは聞こえない。

「本当でしょうか」

「本当だよ。私もクォルテの奴隷だから」

「えっ?」

「私も美人だからちやほやされてるの」

「ふふっ確かにとても可愛いものね」

 こうも小声で会話をされると、何を話しているのか考えてそわそわする。
 何回かこっちを見ながら話しているみたいだし、ルリーラのことだから悪口でも言ってるんだろうな。
 その甲斐あってか、奴隷の少女の表情は少しだけ柔らかくなった。

「私はルリーラお姉さんの名前は?」

「アルシェよ、よろしくルリーラさん」

「ルリーラでいいよ、同じ奴隷だしね」

「それなら私もアルシェでいいわ」

 何か話がまとまったのか、二人は笑いあって握手をし始めた。
 何だろうなこの疎外感……。

「なあ、そろそろ俺も話に混ぜてくれないか?」

 もう大丈夫だろうと話しかけたが、
 二人は顔を見合わせ更にこそこそと二人だけで会話を始め、ようやく二人がこちらを向いた。

「いいよ」

「どうぞ」

「じゃあ、お邪魔します」

 緊張はもうなくなったのか、俺にも弱弱しくも笑顔を向けてくれるようになった。
 間近で姿を見ると、男好きのしそうな容姿をしている。
 大きく膨らんだ胸、色素の薄い透明感のある色、気の弱そうな態度どれもが男心をくすぐる。

「じゃあ聞いてるかもしれないけど俺はクォルテだ、こっちはルリーラ」

「はい伺っております、私はアルシェと申します年は十八になります。女の奴隷、御覧の通り魔法が使えます今後ともよろしくお願いいたします」

 わざわざ挨拶のために、膝を着き自分の情報を告げた後に、深く頭を下げる。

「それでなんの話をしてたんだ?」

「それはご主人様の、んぐっ!」

「アルシェそれはダメだから! 何言おうとしてるのさ!?」

 ルリーラがアルシェの口を力一杯塞ぎ必死に口止めをする。この慌てようはやっぱり悪口か。
 それは聞きたくないので無理に聞き出すのはやめておく。

「ルリーラよ、アルシェが死にそうだ」

「へっ?」

 口を塞ぐ手はアルシェの鼻まで塞ぎ、元々白い肌は青白くなりぐったりしてしまった。

「ごめんアルシェ、生き返って!」

 それから一二分でアルシェは意識を取り戻した。



「ごめんねアルシェ」

「大丈夫だから、もう謝らないで」

 窒息死させかけたルリーラはアルシェに何度目かの謝罪を述べる、アルシェも流石にそこまで頭を下げられると居心地が悪いらしい。

 そんなアルシェの案内の元、俺たちはようやく市場にたどりついた。
 城から離れているためか道は舗装され歩きやすく、馬車と人の往来が多く、道にはたくさんの露店が立ち並び活気がある。

「早速だけど、服が売っている店はあるか?」

 露店の数は多いが食材がメインで、装飾や服を置いてある店はあるにはある、が奴隷用なのか流石に安っぽい。

「はいこちらです」

 言われるがまま後を付いて行く、露店のある通りを一本隣の道には露店ではない店舗が立ち並んでいた。

「露店とは離れてるんだな」

「はい。先ほどの露店は、主に食べ歩きや調理用の食材など、酪農関係の方々が商いをしている場所です」

「それでここは加工関係の人間がやっている場所、ということか」

 凄いな、この複雑な街の道を網羅しているのだろう。
 淀みない動きで道案内をし、聞けば即座に返答する。
 正直色素の濃い薄いは関係なく、金貨一枚分の価値はあるような気がした。

「おっしゃる通りです。ここが服屋にございます」

 言われた店は確かに服屋だった。
 だが俺の求めていた店ではない。

「アルシェ」

「はい。ここがこの国で一番大きい男性用の服屋ですが」

「すまん、俺の言葉が足りなかったらしい、探している服屋は女物の服屋だ」

「女性用の服をお召しになるのですか?」

「そうかそうか、そういう国か。怖がらせたら申し訳ないが俺も流石に限界だ」

 ここは奴隷に人権がない国だということはわかった。
 それも今までの国よりはるかに地位が低いらしい、そのせいで俺が着る服を買うと考えたのはまあ仕方ない、だが!

「俺が女物の服を着るわけないだろ!!」

「ひい、申し訳ありません申し訳ありません」

「クォルテ落ち着いて、アルシェが怯えてる」

「すまん、それは俺もわかってはいるが、こうもお互いの認識がズレていると、こうも的外れな言葉が出るのかと驚いた」

 予想だにしなかった言葉に、流石に我慢できず大声を上げてしまった。

「俺が言いたいのは、アルシェとルリーラの服が買える店に連れて行ってもらいたいってことだ」

「私のですか?」

 その発想はなかったと、言いたげな表情に少し疲れが見えてきた。

「そうだよ、いかにも奴隷です。って格好だと飯屋で食べられないだろ?」

 割とあることだ奴隷の権利は国々によって違う、場所によっては奴隷も一緒に食卓を囲む国もあれば、奴隷が飲食店に入ることすら禁じている国もある。
 ここは考えるまでもなく後者の国だ。

「ご主人様と共に食べるなど、恐れ多いです」

「この国ではな、でも俺の考えは真逆なんだ。諦めろ」

「はい」

 心なしか嬉しそうに頷くアルシェに、今度こそ女性物の服屋に案内してもらい、ルリーラに自分用とアルシェ用の服を適当に買ってきてもらう。

「お待たせ」

 気に入ったものがたくさんあったらしく、ルリーラは両手に袋を抱え上機嫌に店を出てきた。

「じゃあ今日は帰るか」

「ご飯は?」

「宿で食べるんだよ」

「お腹空いた」

 流石に、大して休憩もなく歩き回ったからかルリーラのお腹が鳴る。
 今すぐに暴れそうな顔でルリーラは俺を睨む。
 当然俺が折れるしかない。

「はあ、わかったよ。アルシェは店に入れないから、適当に屋台の食い物買ってこい」

 適当に金貨を渡しお使いを頼む。

「ありがとう、行ってきます」

 元気に駆けだすルリーラを見送ると、アルシェが驚きの表情を見せていた。

「奴隷にあんな大金渡すなんて、って顔してるぞ」

「申し訳ありません」

「謝らなくてもいいって、この国だと俺は異常なんだろうよ」

「そんなことは……」

「遠慮するな、気になるならなんでも言ってくれ」

 アルシェにそう告げ頭を撫でる。
 今までの生活がうかがえる埃と、泥に塗れたゴワゴワとした手触り、我慢する仕草、諦めた表情の奥に見える生きたいという強い意志。
 アルシェの反応全てが、昔のルリーラを思い出させアルシェを家族として認めてしまっている自分がいた。

 こういうのに弱いな、俺。

「アルシェはもう家族だ」

「……家族、ですか」

 胸元で大事なものを包むように、強く強く手を握り俯くアルシェから零れる涙が、地面を優しく濡らす。
 認めたからには、アルシェのこともルリーラと同じように守らなければいけないな。

「ただいま」

 感動的な雰囲気は、抱えきれないほどの食べ物を買ってきたルリーラにぶち壊された。

「なんでアルシェ泣いてるの? クォルテにいじめられたの!?」

「なんでだよ!」

「違うんです、私嬉しくて」

「手出すの早すぎじゃない?」

「強く違う。と否定できないのが困るんだけど……」

 ルリーラに重ねてしまったため、家族だと言ってしまったし、可愛いのは否定できないし、かと言って嘘とも言い切れない……。

「私に手を出すのならどうぞ! 体は綺麗です、経験はないですがご主人様を喜ばせるならどんなことでも!」

「よっし! 気持ちは嬉しいけど、ここは市場で今は昼だ! そう言う話はやめよう!」

 周りの連中からの目が痛い、女からは時と場所を考えろと蔑視で、男からはよくぞ言わせたと羨望、どちらにしろ居た堪れない視線を貰っている。

「も、申し訳ありません」

 今更ながら自分の言った言葉に羞恥心が出てきたのか、真っ赤に染まった顔を隠す様にフードを目深にかぶった。

「ここには居づらいからとっとと帰るか」

 慌ただしく終わった買い物の途中にふと考える。
 奴隷でアルシェの容姿なのに手を出されていない? 戦闘用の奴隷ってことかだとしたら少し警戒したほうがいいかもしれないな。

「ふう、食べた食べた」

「腹を出すな腹を」

 食べ終わった後、ルリーラは食べれるだけ食べ、膨れた腹を出しベッドに横たわっていた。

「よかったのでしょうか、私まで一緒で」

「いいんだよ、俺が望んでるんだから」

 正反対に、申し訳なさそうにほとんど食べていなかったアルシェは、俺とルリーラが食い散らかした残骸を片づけていた。
 手伝おうとしたら強く拒否もできず、余計困らせてしまったためアルシェに任せることにした。

「アルシェ」

「はい、なんでしょうか」

「経験がない、って言ってたけど他の奴隷も同じなのか?」

「私も経験はないよ」

「お前がそうなのは知ってんだよ」

 俺が手を出してはいないし、ルリーラの人生を考えれば当然だ。
 ルリーラの事情とは別にして、奴隷に体を求めることは汚らわしいと思う国もあることはある。
 そういう理由なら別段気にすることはないのだが、その対象が色素の薄いアルシェなら話は別だ。
 戦闘用の奴隷ならば、欲を満たすために使うとは考えにくい。

「いえ、他の奴隷たちはよく相手をしていたと聞きます」

「やっぱりか」

「どうかいたしましたか?」

「何でもない、大丈夫だ」

 やっぱり戦闘用の奴隷か……。
 だとするとやっぱり面倒くさいことになるけど、ここまで優しくしたうえでアルシェを返すのは、いくらなんでも可哀想だな。
 可哀想以前に、自分のために家族を手放したくはない。
 そう思いアルシェに視線を向けた時、アルシェの髪が光った。

「アルシェ」

「なんでしょうか」

「今すぐ体を洗ってきてくれ」

「私より先にアルシェなの!?」

「ついでだ、ルリーラも一緒に入ってこい」

「ついに私も! やったアルシェ行こ」

「アルシェの髪を、丁寧に洗ってやってくれ」

「うん? わかった」

 俺の想像通りだとすると、本格的に厄介だな。というか、あの男はそんなことも知らずに売ったのか?
 だがそれ以上に家族として以外にも、戦力としてアルシェが欲しい。
 しばらくして二人が浴室から出てきた。
 何故かタオル一枚を体に巻いて……。

「あがったよ」

「先に入らせていただきました」

「おかえり……」

 かろうじてそれだけを口にしたが、体を洗ってくるのになぜ裸?

「準備は万全だよ!」

「不慣れですが、精一杯ご奉仕させていただきますので、よろしくお願いいたします」

 思考がようやく合致した、体を洗い綺麗にするそして夜伽をする……。
 その考えに至ってから、自分の説明不足を理解した。

「俺の言い方が悪かった、そう言うつもりじゃないんだよ……」

「違うの!?」

「違ったのですか?」

 ルリーラは楽しみだったのか、目に見えて落胆し、アルシェは安堵と落胆の間の表情を見せる。

「俺が見たかったのはアルシェの髪だよ」

「性的趣向?」

「違うから話を進めるが、今見て確信した」

 アルシェが動くたびに、光が髪に反射しカラフルな色に変わる。
 やっぱりプリズマか。

「やはりご存知でしたか」

 俺の視線が髪に集中していることを悟ったアルシェは、自分の長い髪に触れる。

「何の話?」

「アルシェはプリズマだ」

 色素が薄ければ薄いほど魔法使いとしては優秀で、その極地がプリズマと呼ばれる透明な髪の持ち主。
 教科書にも載っているが、現在確認されている人物は三百人程度で俺も初めて見た。

「おっしゃる通りです、ご迷惑をおかけする前に――」

「プリズマって私の真逆ってことだよね?」

 アルシェの言葉を遮りルリーラが声を上げた。

「私はベルタなんだ」

「ベルタってあの」

「そう、ルリーラは魔法の極致であるプリズマの真逆、つまり腕力の極致だ」

「初めて見たよ触ってもいい?」

「え、はい……」

 流石にベルタと聞いて、アルシェもどうしていいかわからなくなったようで、ルリーラに髪を弄られてもただ黙っている。

「アルシェの気持ちは嬉しいけどさ、俺はもうすでにベルタを抱えてんだよ。だから、今更プリズマが増えたって変わらない」

「いいのでしょうか」

「お願いしてるのは、こっちのつもりだけどな」

「こちらこそ、よろしく……、お願いいたします……」

 泣きながら俺の手を握るアルシェの指先は冷たく震える。

「それと今更だけど、二人とも今度からは服は着て浴室から出てくるように」

「えっ、あっ、申し訳ありませんお見苦しいものを」

 ここで慌てたのがよろしくなかった。
 急に立ち上がったせいで夜伽のためと、ゆるく結ばれたタオルの結び目は簡単にほどけてしまう。

「あっ」

 タオルははらりと床に落ち、アルシェの女性らしい凹凸のある曲線が露わになる。
 色素の薄い純白の肌は、羞恥によって朱に染まった。

「お見苦しいものをお見せしてしまい、申し訳ありません」

「アルシェが謝る必要ないと思うけどなぁ」

「正直俺は眼福だった」

「ほらね、感謝されてるんだからいいんだよ」

「ではもう一度裸に」

「それはやめなさい」

 羞恥と混乱により、思考回路が滅茶苦茶になっているのおこあ、再び服に手をかけるアルシェを制止する。

「私が脱げばいいの?」

「脱ぐな脱ぐな、二人とも女性としての恥じらいを持ちなさい」

 なぜこうもこの二人は、こんなに脱ぎたがるのか二人の今後に不安を覚えながら、これからの話を始める。

「アルシェが増えたことで勝率はぐっと上がった」

「戦力的には問題ないもんね」

 ベルタとプリズマの二人を抱えてる国自体がごく少数だ。
 小国なら楽に落とせる戦力ではある。

「えっと何の話ですか?」

「この国を乗っ取る」

「それは、アリルド王を倒すということでしょうか」

「そうだけど、落ち着いてるな」

 王を倒す、そんな謀反を奴隷から見ても異常で、もっと慌てるものだと思っていた。

「他の貴族の方々も、王の座を狙っております」

「そうなのか」

 それなのにあの手薄な警備と来たか、全くもって剛胆の一言に尽きる王だなアリルド王は。

「そして、アリルド王もそれを望んでおります」

「王様の考えはよくわからないね」

「至極単純だと思うぞ、というか王よりも傭兵の方が向いてそうな性格だな」

 ただ強い者と戦いたい、要は対戦相手に飢えている。
 国を餌に強者を集めているだけだ。

「嫌いじゃないんだよな、そういう奴って」

 上下の差は確かに大きいが、市場に活気があるってことは政治はしっかりできている証拠だし。
 上下の差だって、下克上を促すうえでは必要なことだ。
 ここまでの努力ができるのは素直に凄いと思ってしまう。

「なら、アルシェも王を倒すことに引け目を感じてはいないんだな」

「はい。それにもし引け目があったとしても、今はご主人様の奴隷として誠心誠意お手伝いさせていただきます」

「それと、明日から俺をご主人様とは呼ぶなよ」

「何故でしょうか」

「明日は外で食べたいからな、奴隷とわかる発言は禁止だ」

「では、なんとお呼びすればよいのですか?」

 わたわたと手を動かし慌てふためくアルシェは、可愛らしくつい眺めてしまう。

「クォルテでいいぞ」

「私も呼んでるしね」

「そんな恐れ多いです!」

「じゃあクォルテさんでいいんじゃない?」

 そういう結論に至ってから外が白むまで、アルシェは俺をクォルテさんと呼ぶ練習をした。




 目が覚めたのは、太陽が天辺に着いてからだった。
 昨日と同じ市場に向かうため、アルシェに道案内され向かう途中に、ルリーラから声をかけられる。
 子供らしい服装のルリーラと違い色素の薄さを意識し白いワンピースに髪と似た輝きの装飾を身に着けさせる。

「こんな立派な恰好が私に似合うのでしょうか」

 宿から出発して人目を気にしながら歩く。
 ぼろぼろの服しか着てこなかったアルシェは、新品の服に気後れしているのかどうも落ち着かない様子だ。

「大丈夫似合ってるよ」

「アルシェが着やせするせいで、ちょっとサイズが小さかったけど」

 なにやら機嫌の悪いルリーラは珍しく俺の手を握り体を密着させる。

「やっぱりそうなんですね、確かに少し胸元が窮屈だとは思ったのですがこういうものなのかと」

 言われて胸元に視線が向いてしまう。
 ワンピースの胸元から見える白い二つの双丘は窮屈だ、と服から溢れそうになりながら潰され己の大きさを主張し、アルシェがその締め付けから解放しようと胸元を引っ張ると、元の張りのある球状に戻る。
 その繰り返しで張りと柔らかさを強調しながら、必要以上に揺れる二つの存在感に目を奪われてしまう。

「見すぎ」

「いでででででっ! ちょっ、お前の力でっ、つねるなっ、いた、いたいから!」

 ベルタの圧倒的な怪力に手の甲をつねられ、流石にアルシェの胸元から目を反らしてしまう。

「囲まれてるみたいだけどどうする?」

「いってー、まあ、思っていたより早かったな」

 おそらく昨日の男の仲間、アルシェがプリズマと知っていたのか、それとも後から知っていたのかは知らないが今更ながら取り返そうとしているのだろう。

「アルシェ人通りの少ない場所に連れて行ってくれ」

「どうしてでしょうか?」

「ちょっとアリルド王を倒す前の準備運動」

「はあ」

 突然痛がったり人気のない所に案内させたりした理由がわからないアルシェは、わけもわからず頷いた。

「大体何人くらいだ?」

「六人かな」

 人気のない所に向かったのに気付いたのか隠れるのをやめ俺でもわかるほどには追跡が雑になり始める。

「アルシェできれば人がいなくて広い所がいい」

「はい、承知致しました」

 流石に何をしようとしているのかわかったのか、アルシェは方向を変え進む。

「この先に広場があります」

「わかったじゃあそこで」

 俺達が空地に着くと昨日の男が尾行の六人も合わせ十を超える奴隷とともに立っていた。

「よう詐欺師、昨日はよくも騙してくれたな」

「騙される方が、って言いたいがお前が無知だっただけだろ間抜け」

 この数の奴隷と立派な服装ってことは、相手は貴族の人間か。それもあまりよろしくないタイプの貴族だな。
 成金で自分が一番だと思い込んでいる、貴族というよりは金を持った豚って感じだよな。
 青筋を立て挑発にも乗るところは、そんなダメな貴族に甘やかされて育った雑魚か。

「ほざきやがって! まあいい、お前を殺してそこの奴隷と女を俺の物にしてやるよ」

「やれるものならやってみろよ鈍間」

 低レベルな罵倒でここまで頭に血が上る奴は総じて脆いが、周りの連中は流石に厳しいか。
 主人に何かあれば自分の首が飛ぶと理解しているのか冷静に俺を観察している。

「ルリーラ周りの奴隷たちを頼めるか」

「楽勝だよ」

「アルシェもルリーラと一緒に奴隷たちの相手を頼む」

「できるでしょうか……」

 不安で手が震えるアルシェの手をルリーラが握る。

「クォルテが言ってたでしょ王様を倒す前の準備運動だって、それはアルシェのためだよ本番で緊張しないようにね」

「はい」

 不安に震えた手は強くルリーラの手を握る。
 後はルリーラに任せておけば不安はない。俺の意図はくみ取ってくれている。

「クォルテは後ろで待機してるの?」

「なんでだよ! 俺は向こうの王様気取りの雑魚を倒しに行くんだよ」

 なぜ俺が後ろに隠れていると思っているのか。
 確かに前はルリーラで後ろは俺っていうのが何となく慣例化していたのは認めるけど……、流石にあのレベルなら俺一人で余裕だ。

「舐めた口をききやがって、学園で上位の力を見せてやろう」

 そう言うと貴族の男は呪文の詠唱を始める。
 唱えた呪文は最上級の炎の魔法。馬鹿だとは思っていたがここまでとは思っていなかった。
 学校の上位がこれか、戦力としても指揮官としても最悪だ。俺が王になったら学校の授業内容から改めさせよう。

「お前は本当に馬鹿なんだな」

「なっ!」

 無詠唱でかけることのできる身体強化を足にかけ男の前に一足でたどり着く。
 突然目の前に現れた俺に成金の息子は、詠唱さえ止めて固まる。
 本当に全然だめだな、このドラ息子。

「これで終わっておけ」

 そのまま強化をした足で男の腹部に蹴りを入れる。
 しかしその攻撃は奴隷の一人に阻まれる。人間の体にめり込む感触が一人沈めたと脳に伝える。
 そして蹴りの威力に耐え切れず男を巻き込み壁にぶつかる。

「くそっまた詠唱のやり直しだ。邪魔だ退け! 踏ん張ることもできないとはこの役立たずが!」

 自分を守ってくれた奴隷を汚物に触れる様な様子で押しのける。

「安心したよ」

「何がだ?」

「お前が屑で安心した、心置きなく潰せるからな」

「流浪人風情が偉そうに」

 詠唱が必要な魔法はやめ無詠唱や短い詠唱のみで終わる魔法に切り替える。
 どうやら炎の魔法使いのようで俺を目掛け魔法を放つ。
 それを避けると避けた先に向け、更に魔法を発動しそれを避けるとまたそこに、と先読みもせずにただ魔法を放ち続ける。

「さっきの威勢はどうしたんだ?」

 ただただ単調に魔法を連発する男は、自分が優勢だと勝手に思い込み更に魔法の量を増やす。

「俺はお前をまだ過大評価してたらしい」

「は?」

 着弾後の砂煙にまぎれ一歩で男の懐にもぐりこむ。
 なぜ懐に飛び込まれたのかわからないといった表情の男の顔を見る。
 蹴り飛ばそうとした瞬間後ろから聞えた爆発音に軸足がぶれ力が乗り切らないまま男に命中した。

「ルリーラアルシェ今のは!?」

 奴隷の自爆かと後ろを振り返るとそこには抉れた地面と衝撃で四方に飛ばされた奴隷の姿だった。

「申し訳ありません」

「アルシェ凄い!」

 そしてその奥で必死に謝っているアルシェの姿と、ものすごくテンションの上がっているルリーラの姿だった。

「えっともしかして」

「はい……、私がやってしまいました」

「凄いんだよ、魔法を打った瞬間地面が弾けたの」

 プリズマの強さは流石に知っていたが実際に目にすると自分は知識しかなかったと思ってしまう。
 これが魔法特化の力か。

「な、なんだよ今のは!」

 俺に吹き飛ばされた男は壁に寄り掛かったまま怯えた表情を見せる。

「これでもお前はまだ欲しいのか?」

「当然だ、その力があれば俺は負けない。おい! いい加減戻ってこい! お前は俺の所有物だろ!」

 これほどの力の差で味方が全滅自分もボロボロの状態でまだ上から命令する男は傍から見るとただただ哀れだ。

「どうするアルシェお前は戻りたいか?」

「私は――」

 今までされた仕打ちによる恐怖心に嫌でも戻ると告げてしまう奴隷は多い。だがその恐怖を植え付けた相手が自分よりはるかに弱く、無様な姿をさらしている。
 そんな状況でアルシェがどういう反応を示すかはこの男以外には明らかだった。

「――戻りません、クォルテさんとルリーラちゃんと一緒に行きます!」

「ってことらしいけどどうする」

 わざと恐怖心を与えるために顔の脇の壁を蹴りつけ見下ろす。

「お、俺はまだ」

 力量差を今更ながらに感じ取ったのか目には恐怖心が宿る、かろうじて貴族としての誇りが口だけを動かした。

「そうか」

 魔法を解いて素の脚力で男の顔を蹴りつける。
 苦悶の声も漏らすことなく意識を失った男をそのままにしその場を立ち去る。

「お二人ともお強いんですね」

「ルリーラはともかく俺はまだまだ弱いけどな」

 これまでの旅もルリーラの力があればこそだしな。

「そうだね私は強いからね」

 機嫌を直したのか上機嫌なルリーラの頭を撫でると目を細め嬉しそうな表情をする。

「本当に凄かったです。自分よりも大きい人を相手に怯むどころか真っ向から迎え撃って簡単に投げ飛ばしちゃいました」

 よほど興奮しているのか、歩きながらこちら向き身振り手振りで戦いの様子を細かく伝えてくれる。

「クォルテさんの方に向かおうとした人を引き戻したと思ったら、他の人を巻き込んで壁にたたきつけて」

「そうなのかありがとうなルリーラ」

 ルリーラは当然でしょ。と平静を装った空気を出してはいるが撫でられるたびにその空気は壊れ素直に喜んでしいる。
 さっきまで饒舌だったアルシェは急に黙って俺とルリーラを見続ける。

「どうかしたか?」

「いえ、何でもないです」

 何かありそうなアルシェは、誤魔化す様に言葉を続けた。

「それに私が狙われても、ルリーラちゃんはすぐに駆けつけてくれたんです。王子様みたいでかっこよかった」

「王子様って、私は可愛い女の子なんだけどな」

「身長以外だと王子様でいいかもな」

「おっぱいがないってことかーー!」

「そんなつもりはなかったんですけど……」

 いつものやり取りに一人加わるだけでこうもにぎやかになるんだな。

「素直に褒められとけよ」

「クォルテのせいだよ!」

「本当にルリーラちゃん凄かったよ」

「当然だね!」

 ない胸を張り誇らしげなルリーラの頭を再び撫でる。

「あの、その、クォルテさんもかっこよかったです」

「おう、ありがとうな」

 申し訳程度に俺をほめてくれた後にアルシェは俺達に背を向け歩き出す。
 俺達はそのあとはただ付いて行った。



 俺達は二日連続で市場に向かい、その最中に生活の必需品は大体揃い、部屋に戻った俺達の話題はアリルド王をどう倒すかという一点になっていた。

「アルシェ、アリルド王のことを教えてくれるか」

「申し訳ありません、実はあまり存じ上げていないのです」

 まあしょうがないか、奴隷が王の情報を持っているのも変な話だしな。

「知っているのは王を倒せば次の王になれるということです」

 強者を呼ぶための餌として考えればまあ当然だよな。

「戦い方とかそういうのは?」

「申し訳ありません」

 アルシェは深く頭を下げる。

「知らないってことは誰も王には挑んでないと」

「そのようです。即位されてから約二十年誰も挑んだ記録はないようです」

「そうなるとアリルド王としては暇だろうな」

 強者と戦いたいがために王になり上下関係の制度を作ったのに、二十年自分に挑むものはないか……。

「なんで誰も挑まないんだろうな」

「王様って面倒そうだからじゃないの?」

 始まってすぐにやる気をなくして、ベッドで横になったルリーラが適当に口を挟む。

「ありえないことはないだろうけどな」

 あの男を見て、甘い汁欲しさに貴族の座で甘んじる。そんな連中が今の貴族なんだろう。そりゃあ、こんな現状にもなるか。

「それもあるのですが、一番の理由は負けた時にある気がします」

「負けたら極刑とかか?」

「アリルド王は明言してはいませんが、貴族の方々の噂を小耳に挟んだ程度なのですが、もし負けたら自分の爵位が無くなってしまうと言っておりました」

「そう危惧しているわけか」

 そう言うことはしそうにはなかったけどな。更に力をつけろと言って終わりな気がする。

「ますます不憫だな」

 強者を欲しているのに、保身が第一の貴族。その貴族の圧政に委縮する平民。
 思惑とどんどんかけ離れ退屈な国王の生活。

「だから私たちが喧嘩を売ってあげるんでしょ」

「そうだな。挑んでやるんだから、しっかり報酬の王の座を頂こう」

 心底暇そうにあくびをしながら、ベッドの上でうとうとしているルリーラの頭を優しく撫でる。

「うん、おやすみ」

 数回頭を撫でるとそう言って猫の様に丸まって寝てしまう。

「いいのですか?」

「いいんだよ、これ以上起きさせてもしょうがないしな」

 もともと旅の進路とか戦闘方法とか考えていたのは俺だし、ルリーラはそういうのが苦手なのは知っている。

「素敵な関係ですね」

「長い間一緒に居るからな」

「羨ましいです」

「羨ましい、ね」

 ルリーラが今こうしている前は、死んでしまいたいほどの目にあっているのを思えばまだ甘やかしたりない。

「ルリーラちゃんの過去はわかりません。私以上に悲惨だったのかもしれませんが、今こうしてクォルテさんといられるのなら、その悲惨な過去はルリーラちゃんにとって悲観するほど悪くなかった事の様に思えます」

「だといいけどな」

 年相応のあどけない表情で眠るルリーラの頭を優しく撫でる。

「大丈夫ですよ、ルリーラちゃんは笑ってくれています、クォルテさんに甘えられています。それはもう羨ましいほどに」

「ありがとう、同じ立場のアルシェがそう言ってくれるなら安心できる」

 連れ出して二年。ルリーラが本当にそう思ってくれているのなら、ロックスとして少しは償いになっただろうか。

「私はただそう思っただけで……」

「ありがとうアルシェ」

 出過ぎたことを言ったと、顔を下に向けたアルシェの頭を俺は撫でる。
 ルリーラと真逆の髪色を持つアルシェの長い髪は、最初に出会った時とは違い艶やかで柔らかい。

「ありがとうございます」

 顔を上げなくてもわかる。ルリーラと同じで嬉しそうな声でそう告げた。

「あのわがままを一つ言ってもよろしいでしょうか」

「俺にできることならいいけど」

「わ、私も、ルリーラちゃんみたいに甘えても、いいで、しょうか……」

 段々と尻すぼみに小さくなる声につい笑いそうになってしまう。

「いいぞ、でもルリーラと同じ頻度で来られるとちょっと男としては」

 恐る恐るといった様子で、姿体を小さくしてしまったせいで豊満な胸がより強調され、こちらを誘惑しているように錯覚してしまう。
 ルリーラの年齢だとまだ妹のような気がして素直に甘えさせられるが、アルシェのスタイルで来られるといつか我慢が出来なくなりそうで怖い。

「たまにでいいんです、お願いします!」

 ぐっと色素の薄い端正な顔を俺に近づける、その顔から視線を下に逸らすと、二つの膨らみに目が行ってしまいどうしようもなくなり頷いてしまう。

「ガルルルル」

 突然どこの猛獣かと思う唸り声とともに、俺の頭は柔らかい何かに掴まれる。

「起きたのか」

「ずっと起きてた、そしたらアルシェがクォルテを誘惑してた」

「誘惑って……」

「キスしそうなほど近づいて、おっぱいを見せつけてるのに誘惑じゃないはずがない」

「あっ、も、申し訳ありません」

 今更ながら状況に気が付いたのかアルシェは大きく距離を空ける。

「そう言われると、確かに俺誘惑されてたな」

 お願いというより誘惑の方が確かに合っている気がする。

「申し訳ありません本当にそんなつもりはなかったんです!」

 離れてから地面に頭が着くほどに頭を下げるアルシェが流石に不憫だ。

「ただ、その、ルリーラちゃんが本当に羨ましくて……、私も少しだけ甘えたくなりました……。もうこんなわがままは言いません」

 嗚咽の混じる声に、流石のルリーラも居心地が悪そうな表情をする。

「ルリーラ」

「私、外行ってくる」

 諭すように優しく声をかけたがルリーラは窓から外に飛び出してしまった。

「まったくあいつは……」

 部屋着のまま外に飛び出して行ったルリーラを止めることができず、姿を探そうにもルリーラは人ごみにまぎれてしまった。

「申し訳ありません、私のせいで……」

「ルリーラのことだ腹がすけば戻ってくるだろうよ」

 猛獣や強盗に襲われてもルリーラなら問題はない。……問題はないけど……。

「クォルテさん」

「どうした?」

「私は、主人であるクォルテさんのことを分不相応にも恋愛感情を抱いてしまっているのだと思います」

 顔を紅潮させ、アルシェは自分の気持ちを吐露する。

「それはきっとルリーラちゃんも思っているのではないでしょうか」

 そう言って、自分をルリーラに重ねているのか苦しそうに胸を抑える。

「知っている。ルリーラの気持ちもアルシェの気持ちも、だけど俺には応えられない今はまだ……」

 二人の境遇を思えば俺に好意を抱くことは当然と言える。唯一優しくしてくれた男性が俺だっただけだ、だからこそ俺はそんな状態の二人には応えられない。

「知っているのなら追いかけてください」

「応えられないから追えないんだよ」

 その優しさはルリーラに希望を抱かせてしまう気がする。

「それは年齢が離れているからですか?」

「それは違う」

「なら何でですか?」

 初めて見た熱の入った問い詰めに、俺は自分の気持ちをアルシェに告げる。

「二人はいい女だと思う、ルリーラは可愛いし優しい、天真爛漫で頭だっていい。アルシェも綺麗だし相手の気持ちを汲めるスタイルだって抜群だ」

「それなら――」

「でも二人とも俺しか知らないだろ? 二人は奴隷だったせいで、優しい男どころか優しい人間にだって会えていたかわからない」

 辛い過去を思い出したのかアルシェの表情が微かに曇る。

「だから、俺しか知らないから俺を選ぶんじゃなく、俺以外を知ってから選んでもらいたいんだ」

 選択肢がない状態で選ぶなんてそれこそ奴隷の様な生き方だ。選択肢はたくさんあった方がいい。
 その結果俺から離れるなら、それは喜ばしいことだ。

「だから俺はルリーラを連れ出した、そして今度はアルシェもだ。二人にはもっと世界を見てもらいたい」

 檻の中では見れない景色を見てもらいたかった。
 暗い暗い地の底からは掴むことのなかった世界に触れてもらいたかった。夢にさえ想像していない世界を体感してもらいたかった。

「世界を見て、触れて、体験して、それでも俺が好きだというなら俺も答えを見つけて応える。だけど今はまだ応えないと決めているんだ」

「わかりました」

 俺の言葉をしみ込ませるようにアルシェ頷く。

「ですが! 応えてもらえなくても愛しい人が自分の元に来てくれるは、とても嬉しいことなんです」

 アルシェは自分の事の様に、熱く熱の篭った強い意志で俺に訴えかける。

「わかったよ」

 それはそれこれはこれ、答えが無くても応えてもらえなくても、来てくれれば嬉しいんだから行け。ここまで言われないと動けない自分が情けない……。

「アルシェ、ありがとう」

 自分の情けなさや、恥ずかしさを隠す様に扉を閉める直前にアルシェに告げる。

「とは言ったもののどうやって探すか……」

 道も曖昧人通りもあるそんな中で探せる魔法はあっただろうか。いや試したことはないし大騒ぎになるかもしれないけどやるしかない。

「水よ、数多の蛇よ、数多の蝶よ、我の記憶にある求める者を探せ、溢れ出よ、アクアパーティー!」

 呪文を唱えると、俺の周りに水が溢れ出し数えきれない数の小型の蛇と蝶が生まれては、移動を繰り返す。
 流石に数が多い、制御とルリーラの姿と匂いを雰囲気ルリーラの全てを魔力と共に埋め込む。
 やがて俺に限界が訪れ溢れ出る水と魔力を渡されなかった生物は地面にしみ込んでいく。

「ふう……おっと……」

 流石に立っていることもままならず地面に座り込んでしまう。

「どれくらい出したんだろう」

 座っていることも辛く横になる。パーティー全ての情報を必要な人物像のみが脳に流れてくる。

「多すぎたな」

 俺の側を通る人々は怪しい俺に声もかけず、視線も合わせない。

 今は逆にそれでいい、パーティーの内容をしっかりと把握できる。

 後半に生み出した分はやはり魔力が少なかったのか関係のない人物のデータを俺に送ってくる。

「まったくルリーラはどこに行きやがったんだ」

 数分の後ようやくパーティーの一体がルリーラの存在を見つける。

「あいつ完全に迷いやがったな」

 俺達が一度も行ったことのない場所にルリーラは居た。

「クソっ、体が重い!」

 魔力の切れた状態の疲労が限界に達した肉体に鞭を打ちルリーラの元へ向かう。
 ルリーラを見つけた一体を残し他のパーティーを水に戻しわずかに回復した魔力を身体強化に使う。

「何やってんだよこの馬鹿」

 地図がわからないせいで見つけた蛇がたどった道をたどり、町の外れに位置する城壁と高い塀に囲まれた袋小路に着いた。
 そんな明かりも少ない薄暗い場所で子供っぽいと言いながらも部屋ではいつも着ている薄いピンクの姿でルリーラは膝を抱えていた。

「クォルテ……」

 不安だったのか辛かったのか、小さな体を更に小さくさせて涙の残る顔を俺に向ける。

「流石に疲れた」

「ごめん……なさい……」

「俺も悪かった」

 そう言ってルリーラの頭に手を置く。

「う、ううぅぅ……」

 嗚咽を漏らし小さく震える少女の頭を優しく撫でる。
 やがて震えが止まると泣き疲れたのか小さな寝息が聞こえてきた。
 ルリーラの頭を膝に乗せしばらくの間そのまま時の流れに身を任せた。



「えー、昨日は色々ありましたが今日は盗賊退治をしたいと思います」

 昨日、ルリーラが目を覚ました後に、宿に戻りルリーラとアルシェはお互いに謝りあい続けた。
 謝れるのは良いことだと思う。だと思うが……。

「…………」

「………………」

「はあー」

 二人の関係は非常にギクシャクしていた。
 お互いの気持ちを知り、お互いが負い目を感じお互いが遠慮し合う。
 俺の気持ちもあの後ルリーラに告げたのは悪手だったと今は思う、何故ならその結果がこれである。
 今日から部屋を二人用の小部屋から四人用の大部屋に変えたが空気の悪さからとても窮屈に感じてしまう。

「街に来ている情報だと、大体この辺りで賊が出ているらしい」

 この辺りの地図を広げるが二人ともなぜか近寄らず遠目で地図を眺めるだけで終わってしまう。

「ルリーラちょっと」

 そう手を伸ばすとルリーラが超人的な反射神経で避ける。
 今まで避けられることがなかったせいか避けられた事実に大きなダメージを受ける。

「あっ、ご、ごめん、あの、その、嫌なわけじゃ……」

 予想以上にあわあわし始めたルリーラは頬を染める。

「ごめんなさーい!」

 頬を赤くしたまま大声で謝りながら驚きの速度で再び窓から飛び出して行った。

「窓から外に出るなー!」

 ベルタの異常なまでの身体能力を惜しみなく利用して、街の中に消えて行ってしまった。

「アルシェ」

「は、はい」

 こっちも妙に意識してしまっているらしく、体が角ばっている錯覚までしてしまう。

「もしかして昨日ルリーラに俺が可愛いとか言ったのを言った?」

「えーっと……」

「それでか……」

 それでルリーラが変に意識しちゃってるのか。ルリーラの年齢を考えれば仕方ないことだとは思うけど。
 このままはちょっと不味いな、アリルド王を倒すどころの話じゃなくなったな……。
 俺には頭を抱えることしかできなかった。



 時間が経ち落ち着いたのかルリーラはようやく帰ってきた。

「どこ行ってたんだよ」

「盗賊退治してた」

「なんでそうなった!」

 落ち込んでるのかと思いきや、まさかの盗賊退治を一人でやっていた。

「クォルテに迷惑かけたからごめんなさいの代わりに……」

「そういうことか……」

 逃げたことに後悔して謝罪の印に盗賊退治。

「盗賊を退治するって言ってたから」

「別に怒ってるわけじゃないからそんな顔すんな」

 余計なことをしてしまったと思ったのか服の裾を強く握り俯いてしまう。
 そんなルリーラの頭を俺は撫でる。

「よくやった」

「うん……」

 土や埃やらが混じりいつもよりもごわごわした髪、服には戦闘した後がうかがえた。

「よしじゃあ風呂入ってこい。俺が髪を拭いてやる」

「大変厚かましいのですが私もお願いしていいでしょうか」

 おずおずとアルシェも手を上げる。そのことにルリーラが怒らないところを見ると二人の中で何かやり取りはあったのだろう。

「わかったよ二人とも一緒に行ってこい。戻ったら二人とも髪を拭いてやる」

 その言葉で急に元気になった二人は競争するように脱衣所に駆け込んだ。

「これで元通りになってくれればいいんだけどな」

「ルリーラちゃん、私が髪洗ってあげるね。だから、その、私の髪を洗ってほしいな」

「うん」

 浴室から聞こえる会話はまだぎこちないが、二人とも仲良くなろうと歩み寄っている。
 ようやく大部屋らしい空気を感じることができた。



 その翌日いまだにぎこちなさは残ってはいるが昨日よりはましな空気が流れていた。

「二人とも今日は三人で盗賊退治をするからな」

 正直無理に王のそばにいた連中を探しあてる必要はないのだが、現状だと勝てないと思っていた。
 ベルタにプリズマという規格外の存在がいても、チームワークが無ければ脆い。
 身体能力と魔法の極致と言えば聞こえはいいがベルタは魔法が一切使えず、プリズマは身体能力は壊滅的だ。
 だからこそ格下の盗賊を倒しながらチームワークを強化しようと決めた。

「ルリーラは昨日どこで退治したんだ?」

「昨日クォルテが言ってた場所」

「だとすると今日はここだな」

 反対側で目撃情報が多い場所に目的地を決め出発する。

「歩きながら改めて説明するぞ」

「うん」「はい」

「アリルド王と対峙するときはルリーラが前衛、中衛が俺、そしてアルシェが後衛だ」

 一般的によくある隊列ではあるが、ベルタとプリズマがいる時点でこの陣形以外は意味をなさない。
 あえて変えるなら俺が前衛に移動するか後衛に移動するか程度でしかない。

「アルシェは身体強化の魔法は使えるか?」

「一応は使えますあまり得意ではありませんが」

「わかった、じゃあ無詠唱の魔法で敵を目くらまししながらたまに強い詠唱の呪文を頼む」

「承知いたしました」

「ルリーラはいつも通りでいい」

「私はそれだけ?」

 自分には何もないのかとやや落ち込むルリーラの頭に手を乗せる。

「ルリーラは変に行動を決めるより自由な方がいいんだよ」

「うん、わかった」

 この時はこう、別な時はこう、と決めてしまうとルリーラはそっちに意識がいってしまい動きが硬くなることがある。
 それよりも自由にやらせた方が圧倒的にいい。

「ルリーラを避けながらこっちで魔法を打つからアルシェもそのつもりでいろよ」

「承知しました」

 基本的な戦闘方針を伝え被害が多発している辺りに向かう。
 アリルドの街から北西にある草原、そこには盗賊にはおあつらえ向きな森がある。
 他の国の国境付近ということもありあえて放置されているのだという。

「アルシェの魔法で森を焼いたら盗賊退治できない?」

「ルリーラちゃんそれはダメ。仮にも隣国からの侵入を防ぐ役目もあるんだから」

「そういうことだ」

 もちろんそれは俺も考えたただやはり倫理的に問題があるだろうと諦めた。

「今回はルリーラが先陣を切ってくれ。戦闘は全力で移動は俺達に合わせてくれ」

「わかった」

 ルリーラを先頭に森に入る。
 鬱蒼と茂る森は太陽を隠し、あちこちを陰で隠し見通しが良くない。
 わざとらしく罠の存在を知らせる様な葉の置き方、人が隠れられるように設置されている小さな木。
 ここは間違いなく盗賊のアジトの一つだろう。

「誰かの気配はするか?」

「するけど森がうるさくてどこにいるかがわからない」

「アルシェ検知の魔法は使えるか?」

「はい。炎よ、隠れている存在を暴け、サーチ」

 一瞬だけ魔力の発動を感じた。今の一瞬で検知は出来ているらしい。

「今視覚化します。炎よ、我の知識よ、我の記憶よ、暴いた存在を映し出せ、レーダー」

 呪文を唱えたのちにアルシェの手には地図の一部を切り取ったような四角い物体が現れる。

「レーダーまで使えるんだな」

「クォルテは出来ないの?」

「無理だよこんな出鱈目な魔法」

 解除するまで一定間隔で延々とサーチを発動そのサーチを常時視覚化する。
 プリズマかホワイトレベルの魔力量と制御ができて初めてできる最高難度な魔法だ。

「これ借りるね、近くにいるみたいだから」

「気をつけて」

「待てルリーラ、水よ、蛇よ、彼の者の位置を知らせよ、アクアスネーク」

 地面から湧き出た水は蛇の形に変わりルリーラにくっつく。

「行ってきます」

 地面に深く足跡残し一気に飛び出す。
 ルリーラの進んだ道はわかりやすく木を倒し森の形を変えながら突き進みわずかに盗賊の声が聞こえた。

「ルリーラちゃんが盗賊を倒しました」

「ただいま」

「お帰り」

「これ凄い便利だった。隠れてもすぐに見つけられるから」

 どさっと盗賊の一人を手から離し初めて見るレーダーに感激していた。
 俺も改めて確認するが、さっきまでいた他の盗賊は野獣が出たと思ったのか遠くに離れて行った。

「死んでないよな?」

「流石に殺さないよ」

 落とされても全く気付くことのない盗賊を不憫に思いながらも起きて貰わないことにはどうしようもない。

「仕方ないな」

 無詠唱で形を持たない水を操り盗賊の顔にぶつける。

「げほっ、なんだ今のは!」

「おはよう起きたところ悪いけどあんたらの根城はどこだ?」

「誰だ! おま……え……?」

 俺の顔を見て威勢がよかった盗賊の顔はルリーラを見た瞬間動きが鈍くなる。

「顔を見ていたなら話は早いな同じ目に遭いたくなければアジトを吐きな」

 現状をどうしようもないと判断した盗賊は驚くほど素直にアジトの場所を吐いた。

「他の盗賊はどうするの?」

「こいつが吐いたから放っておこうこいつらも街の人間は襲わないだろうしな」

 遠くに逃げたようだし無駄に動き回る必要はないだろう。



 捕らえた盗賊曰く、アジトはアリルドの下にあり入り方はいくつかあるらしい。
 一番人目につかないのはなんとルリーラが脱走の際にたどり着いた袋小路だったらしい。

「俺は勘違いしていたらしいな」

「何をやらかしたの?」

「何もやらかしてはいない」

「何を勘違いされていたのですか?」

「ここの街が不必要に入り組んでいたのは敵が城にたどり着きにくくしてるものだと思っていたけど、本当はこっちだったんだな」

 盗賊たちが出入りしやすく仲介役の門番やらが盗賊として移動しやすいようにこんなに入り組んでいた。

「それで入口はどこだ?」

「ここです」

 袋小路の突き当りにある城壁を押し込むと地面が動き穴が地下への階段が現れる。

「ルリーラはよく押さなかったな」

「そんな偶然はあるわけないでしょ」

「ここまでで勘弁してくれ、もし俺が教えたとバレたら殺されちまう」

「わかった、ただ嘘だとわかればすぐにお前を見つけて俺が殺す」

 俺に気圧された盗賊は慌ててその場を離れていく。

「じゃあ下りるか」

 ルリーラを先頭に階段を下りていく。
 地下独特の湿った冷たい空気、思っていたよりも階段と壁はしっかりしていて歩きやすい。

「これって街の道よりも歩きやすいよね」

「そうだな」

 ここはたぶん運搬などにも使われているのだろう。流石に荷車は無理だが人が荷物を持ってすれ違うくらいの幅がある。

「ルリーラまだ見えてるか?」

「うんまだ見えてる」

「ルリーラちゃん凄いね」

「まあね」

 見えてはいないが褒められて胸を張っているのが口調でわかる。

「ベルタは身体能力が高いからな、視力や聴力なんかも並みじゃないんだ」

「それって昼は大変じゃないですか?」

「俺も最初はそう思ってたんだけど、目の光を集める部分がこれまた常人よりも優れているらしく平気らしい」

「まあね」

 さぞ誇らしいのだろう、言葉の張り方が違う。どうだと言わんばかりの顔で限界まで胸を張っているだろう。
 そんな鳩胸になるまで胸を張ったルリーラの手を握り先に進む。

「ごめん、もう前が見えない」

「あまりこっちから明かりは使いたくなかったが、このままは危険だなアルシェ頼む」

「承知しました」

 アルシェの手にか細い小さな明かりが生まれそれが少しずつ肥大化していく。
 目が焼けない程度まで育った明かりは、球体にまとまりそれをルリーラに渡す。

「やっぱりアルシェも凄いな」

「そうでしょうか?」

「うん、クォルテがやるとパってこの大きさになるから目が痛くなる」

「そうなんだよね、後でコツを教えてくれ」

「私でよければ」

 小さな力を操るのは大きすぎる力を扱うのと同程度に難しい。
 それもこちらの目が眩まないように明かりを強くするのは並大抵ではない。流石プリズマと感心してしまう。

「その時は私も見てるから」

「うん、独り占めはしないよ」

「練習の邪魔はするなよ」

 独り占めって、俺の居ないところで何か協定を結んだのだろうか関係がギクシャクされるよりはマシか。

「ここが一番下みたいだよ」

 ライトを持ったルリーラが辺りを照らすと広間にたどり着いた。

「今日は誰もいないのか?」

 ルリーラからライトを貰い辺りを見渡す。三本のルートがあるが先を見ても明かりは何もない。

「仕方ない。水よ、蛇よ、三匹の蛇よ、安全な道を我に教えよ、アクアスネーク」

 水の蛇を呼び全てのルートに向かわせる。
 しばらくすると反応があった。

「どうやら直進でいいらしいな、広い空間がある」

 そのまま真っすぐ進むと奥の方から明かりが見え始める。

「ライトを消してくれ」

 ふっと一瞬暗くなり暗さになれると奥の明かりがはっきりと見え始めた。

「何人いるかわかるか?」

「二十人いないくらい」

 そのくらいか、確かに森の中にいた盗賊に国に来たばかりの時の盗賊みたいに根無し草の奴が実行犯と考えれば妥当なところか。

「取り押さえられそうか?」

「一人ずつならいけるけど統率が取れてたら難しいかな」

「王は居ないよな」

「いない。それは断言できるよ」

 あれほどの存在感なら俺でもわかるしな。

「わかった」

 王がいたら出直すところだがいないなら俺とアルシェで多少の足止めは出来る二十対一人の戦いにはならない。

「アルシェ、俺が魔法を使ったら即座に煙幕を張れるか?」

「承知しました」

「ルリーラは俺が合図したら速攻で一人を沈めてくれ、残念ながら一対一の戦闘にはしてやれないけど」

「うん、それくらいなら大丈夫」

「アルシェは大きな魔法はいらないからルリーラが多くの敵を抱えないように援護。俺は逃げながら戦うから俺のことは無視してくれていい」

「かしこまりました」

 二人とも俺の作戦に反論なく自信満々に頷いてくれる。その強さがありがたい。

「じゃあ行くぞ。水よ、数多の蛇よ、敵を捕らえ我らにその存在を知らせよ、アクアスネーク」

 石の床から湧き出る水が複数の蛇へと姿を変え、静かに敵の元へと向かう。

「行きます」

 それを確認してからアルシェは黒い球を複数魔法で生成し敵の居る広間に飛ばす。
 床に触れた黒い球は弾け中から黒煙が広がる。

「これはなんだ」「敵襲か!」「前が見えない」

「位置はわかるな、一人だけの奴を狙え」

「了解」

 床を削りルリーラは目にも止まらない速度で黒煙の中に突っ込んでいく。

「黒煙にまぎれて俺達も移動する」

「はい」

 続いて黒煙の中に突撃する。

「ぐっ……」

 予定通りルリーラは一人を倒したらしく呻き声と共に壁にぶつかる音が聞こえる。

「なんだ、一体どうした!」

「水よ、敵を討つ剣となれ、ウォーターソード」

 近くで多くの敵がまとまっている場所に向かい近くにいた盗賊に切りかかる。

「くっ、切られた、深くはないが敵は複数いるぞ気をつけろ」

「離れるな! なるべくまとまって動け」

 流石はここに集められている盗賊同士だ。やり取りは早く散り散りにはならずまとまろうとしている。
 そうなるよな、それならそれでやりやすい。

「アルシェ、ぶち込め!」

「はい、炎よ、我らが敵を焼き尽くせ、ファイアーボール!」

 呪文とともに黒煙の中でもしっかりと視認できる太陽の様な煌々と燃える火の玉がまとまり始めていた盗賊の群れに向かい放たれる

「やばい魔法が来る、散れ!」

 その対応は普通レベルの魔法ならよけきれた、だが魔法を放ったのはプリズマなのだ速度も威力も違う魔法にその対応は遅すぎる。

「ぐあっー!」

 着弾した魔法は弾け地面を抉っただろう直撃は避けれても抉られた床の破片が飛び周囲を襲う。

「アルシェ殺さないようにな、おそらくこいつらは衛兵や憲兵たちだ」

「承知しました」

 まとまればアルシェが、散ればルリーラが盗賊たちを襲う。連携の取れた動きに盗賊は一人また一人と倒れている。

「あと一人だな」

「お前が指令役か」

 蛇の知らせる方向とは、反対から聞えた声に咄嗟に反応する。

「中々の手腕だと褒めてやろう。だが、よくもここまでやらかしてくれたな、英雄気どりか?」

 自分以外が全滅したこの状況で男は冷静に辺りを見回す。
 仲間がやられても問題なさそうに壁に寄り掛かりこちらを見据える。

「風よ、辺りを覆う闇を消しされ、ウィンド」

 濃く張られた黒煙は男の魔法により霧散し周りの見通しが良くなった。
 砕けた椅子、割れた酒樽転がる盗賊にアルシェとルリーラによって破壊された壁と床、そして蛇が教えてくれた位置には消えないように押さえつけれれている蛇がいた。

「あんたは誰だ?」

 黒い髪に鋭い目、修羅場を潜ってきたのが見た目で伝わってくる男が姿を見せる。
 蛇を全て水に戻しルリーラとアルシェが側にくる。

「やはりあの時はブラフか」

「あそこにいたのか」

 おそらく玉座に居た連中の一人なのだろう、ルリーラは静かに頷く。
 寄り掛かった壁から離れ、こちらに近づいてくる。

「王の言う通り、お前たちは挑むのだなあの怪物に」

「そうだ、悪いか?」

 やはり気づかれていたか、おそらく俺と話をした時に悟ったんだろう。

「勝てるか?」

「うん、大丈夫」

 ルリーラに聞くと素直に頷く、それなら先手必勝だ。

「はああっ!」

 思い切りよく切りかかる。
 男はナイフで剣を受け流そうとするがこの剣はウォーターソードだ触れた部分は水になりすり抜けると剣になる。
 勝ったと思った瞬間、腹部に強烈な痛みが走る。

「戦闘は甘いな」

 わずかな油断を読み、俺の腹部に男の足が深くめり込む。
 その衝撃に魔力の制御ができずウォーターソードはただの水に戻った。

「ぐはっ」

「クォルテ! このっ!」

 俺が倒れたことに怒りを顕わにするルリーラの攻撃は軽々とあしらわれる。

「炎よ、弾けよ、ボム」

 放たれた魔法は男とルリーラの間で爆発し二人は距離を置く。

「アルシェ」

「ルリーラちゃん、落ち着いてクォルテさんは死んでない」

「そうだぞ勝手に俺が死んだみたいにキレやがって」

 状況を分析できる余裕があるくらいのダメージ。まだ離脱にはならない。

「今のでキレるとは若いな。それと早まるな、私は別にお前たちとことを交えるつもりはない」

「ならなんでクォルテを」

「刃を向けられてただ切られろと?」

 至極当然の発言にルリーラも言葉を詰まらせる。

「安心しろ私の負けだ」

 唐突の敗北宣言に俺は耳を疑う。
 この男の表情からは何も読み取れない。

「これでも戦力差くらい見極められる、無駄な争いはしたくないのだよ王と違ってね」

 ルリーラも倒せると言っていた俺が変に先行した結果こうなったのだと考えれば悪いのは俺か。

「それと私と君たちは戦う理由はないだろう?」

「なるほど、王との戦いに自分は参加しないってことか」

 俺の言葉に男はうなずく。
 その可能性は俺も考えていた、王は強い者と戦いたい、それなのに仲間を連れてというのは考えにくい。

「信じるよ」

「そっちのお嬢さんは不満がありそうだね」

「ある。クォルテを蹴った分返してない」

 獰猛な野獣の様にルリーラは男を睨む。

「なら仕方ない、私は負けるだろうが憂さ晴らしに付き合おう。夜道で狙われるのはごめんだからね」

 そう言って男は戦闘態勢をとる。
 ナイフを両手に構え姿勢を低くする。
 対峙していない俺にまで伝わるほどの強烈な殺気に思わず一歩下がる。

「いつでもいいぞ」

 男の言葉にルリーラは地面を抉り突進する。
 そこらの連中ならこれで沈んだ突撃は男にあっさりと避けられる。

「まるで猪だ」

「うるさい!」

 ルリーラの連撃に男は順応し対応しその合間に攻撃まで仕掛ける。
 次元の違う攻防に俺は目が離せないでいた。
 ベルタの猛攻を紙一重で躱す胆力、相手の攻撃を見定める洞察力。
 この男の動きは俺の目指す戦い方だと理解した。

「このっ!」

 中々攻撃が届かないルリーラは地面に足を挿し込むと床を蹴り上げ男にぶつけるという暴挙に出た。

「これはちょっと無理かな」

 男は観念し蹴り上げられた床をその身に受ける。
 しかしそこでルリーラの攻撃は止まらない。壁越しに男に向かって本気で蹴った。

「ぐふっ……」

 男はルリーラの渾身の一撃を受けその場に倒れ込んだ。

「すっきりした」

 気を失った男を前にルリーラは勝ち誇った。

「殺してないよな?」

「うん、なんだかんだでクォルテにも手加減してくれてたし」

「それがわかってて喧嘩売ったのか」

「蹴られたのは事実だし」

 ルリーラの力を目の当たりにし、あそこまで善戦した盗賊に素直に感嘆した。
 盗賊全員を捕縛し俺たちは盗賊を全て討伐した。



 盗賊を全て捕縛した翌日、ついに王と対峙することにした。

「さあ、朝から会議を始めます」

「はい」

「すぅすぅ」

 とりあえず気合いを入れるために声を出してみたが返事をしたのはアルシェのみだった。
 ルリーラは幸せそうな表情で布団を抱きながらいまだに夢の中だ。

「ルリーラそろそろ起きろ」

 声をかけても揺すってもルリーラが夢の世界から帰ってくる気はないようだ。
 昨日は結構ルリーラに働いてもらったからいつもみたいにたたき起こすのは忍びないんだよな。

「私に任せていただけますか?」

「いいけどどうするんだ?」

「ルリーラちゃんが必ず食いつく一言があるんです」

 今まで見たことのない悪戯を思いついた子供の様な笑顔に、ついドキッとしてしまう。
 いやいや、世界を回るまでは絶対に手を出さないと決めたじゃないか。でも思うくらいなら別に平気なのか?

「クォルテさん、どうかしましたか?」

「いや、大丈夫、全然平気」

 一瞬可愛いと思った直後に、顔が近くにあると流石に鼓動が早くなってしまう。

「そうですか」

 こっちの心の動きはバレていなかったようで、すぐに顔を離す。
 ダメだな、この程度で揺らぐのはよくないと昨日までは大丈夫だったのに、俺も自分の心を抑えられないくらいには緊張しているのかもしれない。

「クォルテさん、今ドキドキしました?」

「してない」

「私はいつでも問題ありませんのでいつでもお声かけください」

 ウェイトレスと話しているようなくらいの気軽さでそんなことを言われてしまう。

「ということで、クォルテさんは私にドキドキしてくれているみたいだよ、ルリーラちゃん」

 アルシェはそっとルリーラの耳元でそんな言葉を囁く。

「ううー、クォルテ、アルシェがいじめる」

 いつから起きていたのか。起き上がったルリーラは俺に抱き付いてくる。
 その愛らしさに頭を撫でてしまう。

「アルシェは気づいてたのか?」

「はい、クォルテさんに構ってほしくて寝たふりをしているんだなと」

「そうなのか?」

 別に怒るつもりはないが、ルリーラに視線を振るとわかりやすく目を反らす。
 そして今のやりとりが、ルリーラを起こすためにアルシェが考えた作戦だったと今更気が付いた。

「よくわかったな」

「クォルテさんに揺すられたり起こされたりするたびに口元が笑ってましたから」

「そ、そんなことないし……」

 尻すぼみになるあたり図星か。
 それにしてもアルシェはよく見ているな、俺は全く気が付いていなかった。

「ちょっとくらいいいじゃん、そのくらいの活躍したよ私」

「誰も悪いなんて言ってないから、落ち着け」

 頭を撫でると動きは止まる。

「それでルリーラはどうしてほしいんだ? 今日にでも王を倒しに行きたいから遠出は無理だぞ」

「じゃあここに座る」

 そう言ってルリーラが座ったのは俺の膝の上、あまり大きくないから座られても説明に支障はないから別にいいか。

「それでいいならいいけど」

 それじゃあ、作戦会議をと発言しかけた時にアルシェはじっとこっちを見ていた。

「流石にアルシェだと膝に座らせられないぞ?」

 アルシェは身長もそれなりにあるから、座られるとアルシェ以外見えないし、何よりもアルシェを膝に乗せるなんて男の尊厳が黙ってはいない。

「ふふん、膝は私専用だもん」

 得意げに言っているが、俺の事情を考えると負けているのはルリーラなのだが……、わざわざ言う必要はないので黙っておく。

「私だって頑張っているんです。朝だって早起きして外出の支度をしていますし、クォルテさんとルリーラちゃんの食べた物や洗濯もしています」

 何だろう、奴隷って言うよりもグータラな亭主と、わがままな子供を持った母親の様な話になってきた。
 そういえばたまに親戚のおばさんが似たことを言っていた。俺の両親は奴隷を使っていたからそんな愚痴言わないけど。

「それに、奴隷らしさを無くすように、クォルテさんとも普通に話しています」

 言われれば、昨日あたりから多少砕けた言葉になっている気がする。それに部屋もいつも綺麗な気がする。

「よしアルシェの言いたいことはわかった。いつもありがとうございます」

 俺が頭を下げると、ルリーラも反省したのかありがとうございますと頭を下げる。

「それで、アルシェはどうしてほしいんだ? できる限りのことをしてやる」

「本当ですか!?」

 予想外の食いつきに不安を覚えてしまう。

「でしたら、私は手を繋いでほしいです!」

「そのくらいでいいならいいけど」

 手を出すとアルシェは満面の笑みで手を握る。
 栄養が足りていないか、細い手なのに握ると驚くほど柔らかい、ルリーラとは違い不慣れな握り方がこそばゆく何度か握りなおしている。

「これで満足か?」

「はいとても」

 返事をしながらも、俺の手を確かめる様に握り締める感触は、付き合い始めの恋人同士の様な初々しさを感じて、なぜかこちらも照れくさくなってしまう。

「クォルテ私も握る!」

「悪い、流石に両手が使えないで身動きできないのは流石に困る」

 申し訳ないと思いながらも、せめて片手だけでも自由がないと困る。
 それにしてもなぜ俺は膝にルリーラ、左手にアルシェがいるこんな状態なのだろうか。
 男冥利につきるが国を取る話は出来ないまま時間だけが過ぎて行った。



「今日は、流石に何もないよな?」

 昨日は結局二人に挟まれ色々とわがままをを聞いていたら、一日が終わってしまったため、決行は本日となりました。

「はい……」

「調子に乗ってしまいました……」

 流石に、昨日はわがままを言いすぎた……、と俺の前に正座で反省する二人の頭をつい撫でそうになるが、昨日と同じ結果になってしまうので自重する。

「倒す必要はなかったらしいけど一応盗賊も捕縛したし王に援軍はない」

 唯一ルリーラの攻撃を避けていた男は、本当に助けに行くつもりはなかったようで意識が戻った後に王について色々と教えてくれた。

「まず、アリルド王の戦闘スタイルだが、主に物理攻撃だ、魔法は身体強化と距離を測るためだけに使っているらしい」

 なんでも、アリルド王がアリルド国に来る前から、下で働いていた経緯があるらしく何度か戦闘を見たことがあるらしい。
 その際に自信の持つ巨体を生かし、腕力のみで敵を倒して来たとのことだった。

「それって信用できるの?」

「それはわからないが、何も指針がない中やるよりはマシだと思っている」

 それに、あの体格で魔法のスペシャリストです。と言われたほうが疑ってしまう。

「それと何か隠し玉はあると思った方がいいだろう」

「例えばどのようなものでしょうか?」

「例えば物理が効かない敵に対しての魔法とかな」

「わかった」

「だから今回、というかいつもなんだけどルリーラに一番負担がかかってしまう」

 近接の動きを止めるのは近接がもっとも簡単だ。
 ベルタであるルリーラなら体格差があっても対等に戦うことはできるはずだ。

「だから俺とアルシェは全力でバックアップをする。アルシェは適宜身体強化と目くらまし用の魔法。俺も魔法と近接で注意をルリーラ以外にも向けさせる」

 これが俺が今作り上げることのできる作戦だ。もう少し人数がいれば打つ手はあるが三人だとこれが限界だ。

「じゃあこれで終わりだ。行こう」
 

 凸凹として歩きにくい道を進み城を目指す。
 城が近づくにつれ、三人の間に流れる緊張感が増していき、みんなの顔が強張る。
 お互いに張り詰めていく緊張をほぐす為に普段通りの会話を心がけていく。

 そんな決戦前の状況を少しは考えていた。

「アルシェ、そんなにくっついたらクォルテが歩きづらいでしょ」

「ルリーラちゃんこそそんなに腕引っ張ったらクォルテさんの腕が取れちゃう」

 アリルド王との対決との前になぜか俺の争奪戦が始まっていた……。
 右手にルリーラ、左手にアルシェがぶら下がり、似たような会話が宿を出てから延々続けられている。

「二人とも緊張とかはないの?」

「ないよ」「ありません」

 何と頼もしいお言葉だろうか……。
 普通は緊張で体が硬くなるのに。

「いっつも、ルリーラちゃんがクォルテさんを独り占めにしてるんだから、今日は私に譲ってよ」

 そう言って、アルシェに引っ張られると、俺の右腕は豊満な胸に挟まれる。

「嫌だ! クォルテと手を繋ぐのは私なの」

 そう言って、ルリーラに引っ張られると左腕がルリーラの体に抱き込まれる。
 そんな風に体が左右に振られ、歩きにくい街道はより歩きにくく体が辛い。
 更に周りからは、可愛い女の子二人に取り合われているせいか、男女ともに視線が痛い……。
 数日前に市場でも同じ目にあっているし、、俺このままアリルド王に勝っても王として認めてもらえるんだろうか……。

「ああーもう、二人とも離れろ!」

 俺の一声で二人とも素直に離れた。

「アルシェがおっぱい押し付けるから」

「ルリーラちゃんが強く引っ張るからだよ」

「二人とも緊張してるからって喧嘩はしない」

 昨日から妙な感じなのは、おそらく緊張しているからなのは流石にわかる。
 体が硬くならずに、体を動かして緊張を解そうとしているのもわかる。
 ただ、それに俺を使わないでもらいたい。

「はい……」「ごめんなさい……」

「緊張してるならしてるって言えよ、ほら手は握っててやるからその代り引っ張り合うなよ」

「わかった」「承知しました」

 今度は二人とも取り合いはせずに俺の手を握る。
 二人とも緊張で手が震えている、その震えを止めるように俺は小さな手を強く握る。

「じゃあ行くぞ」

 門番の居ない重厚な城門は俺達にこれから戦う相手の強大さを如実に表している。
 門を開くとそこにはアリルド王が仁王立ちで立っていた。

「アリルド王!」

 衝撃的な状況に即座に臨戦態勢をとる。
 ルリーラを前衛に俺とアルシェは即座に後ろへ下がる。
 不味い、玉座にいると思い込んでいた王との予期しない展開に頭が混乱してしまう。
 なんでこんなところに? 盗賊の捕縛から一日置いてしまったことへの猛烈な後悔が俺を襲う。
 やはり昨日のうちに? いや昨日だとこちらの連携が取れないままだった、そんな状況での戦闘は出来るだけ避けたかっただが……。
 こんな時に後悔なんてするべきではないと、頭ではわかっていても津波の様に押し寄せる後悔に脳が埋まる。

「遅かったな、入れ」

 緊張を破ったのは俺達ではなくアリルド王だった。

「やはりお前達か、昨日は何をしていた?」

 圧倒的な強者であるアリルド王は、久しぶりにあった知人の様に俺達に話しかけてくる。

「なんのつもりだ?」

「質問は俺がしているはずだがな、今日は気分がいい答えてやろう」

 本当に上機嫌なのか、王は笑みさえ浮かべ会話を繋げる。

「お前達が私の配下を倒したのはわかっていた、それは当然俺との戦いを視野に入れてだろう? ならば私のすることはここでお前達を待つことだ」

 反逆者である俺達をむかえるためと、言ってのけるアリルド王の剛胆さに俺は言葉を失う。

「立ち話もよくはないだろう、歓談室に向かおう俺の質問はその途中にでも聞かせろ」

 反逆者とわかっている俺達に、王は背を向け先に進む。
 そんな異常な事態に俺は考える。
 罠か? いやそれならもっとうまくやるだろう。違うそうじゃない、こいつは奇襲をされてもそれを退け勝つ自信があるんだ。
 完全に俺達を下に見た言動に俺は歯ぎしりをする。

「何をしている」

「今行きます」

 小さく一呼吸する。
 そうだ油断してくれるなら大いに結構、俺達はお前を倒してこの国を手に入れて見せる。

「ルリーラ、周りを確認してくれ」

「わかった」

 俺達はアリルド王の後ろを着いていく。

「してお前達は何をしていたんだ?」

「休息ですよ、どんな戦闘でも前日に休むようにしています」

 本当はルリーラとアルシェのわがままを聞いていただけだ。

「そうか、疲れがあってはいい試合は出来ないからな。いい判断だと思うぞ」

「ええ」

 いい試合か、俺達が負ける前提の言葉にもはや怒りすら通り越してしまう。

「ここだ」

 案内された歓談室は、歓談室と呼ぶにはあまりに広い。
 模擬戦を行えそうな広さに、申し訳程度のテーブルとソファーが辛うじてここが歓談室だと教える。

「適当に座ってくれ、何か飲むか?」

 俺達を座らせ王はティーセットを持つ。

「王自ら入れるのですか?」

「従者には全員休みを与えたからな、今この城には俺しかいないからな」

 そう言って人数分のカップを用意する。

「俺達は結構です。敵地で何かを頂くのは危険ですからね」

「それもそうだな、敵地で平然と飲食物を受け取るのは思慮が足りないからな」

 そう言うとカップ一つにだけ紅茶を注ぎ、アリルド王も席に着く。
 アリルド王は、そのまま一口で紅茶を飲み込む。

「そわそわしていかんな王の座に着いてから初めての挑戦者だ」

「でしたら、俺達があなたに初めての敗北も与えましょう」

 その言葉にアリルド王は獰猛な獣の様に笑い、カップの柄を握りつぶしカップは床に落ちる。

「すまんな、あまりの嬉しさに感情が抑えきれん」

「お気になさらずに」

「してどこでやる? 外か、玉座か? それとも」

 台詞を溜め、獰猛な獣は王としての品位を無くす。
 血に戦に闘争に飢えた野獣は、殺気を全身から隠すことなく発する。

「ここでよいかな」

 空間が歪んで見えるほどのありえない殺気に、俺達三人は後ろに飛び退く。

「そうかここでよいか」

 満足気な王は徐に立ち上がり両手を広げた状態で棒立ちする。

「先手は譲る、ほれお前達の力を俺に見せてみろ!」

 城が震える様な低い叫びを合図に、動いたのはルリーラだった。
 床をへこませての全力の突進は、俺の目には映らないままアリルド王へ向かう。
 俺の目にルリーラが映ったのは、ルリーラの拳が王の腹部にめり込んだ姿だった。

「お前はベルタか、俺の肉の鎧を突き抜けたのはお前が初めてだ、初撃でこの威力準備は万端か。だが不用意すぎる」

「抜けない!?」

 王の巨体を貫いたルリーラの右腕は、筋肉に取り込まれてしまう。

「水よ、貫く槍となれ、ウォーターランス!」

 身体を突破できないと判断した俺は、筋肉の無い目を目掛け水の槍を放つ。

「むっ」

 流石に危険と判断したアリルド王は飛んでくる槍を手で受け止める。
 その隙を使いルリーラは力一杯に脱出をする。

「あのおっさん強い」

「おっさんって」

 仮にも王なんだけどな。

「私たちが勝てばただのおっさんだよ」

「ふはは、その小娘の言うとおりだ」

 愉快そうに笑うアリルドは戦闘態勢をとる。
 前傾姿勢でルリーラが最初の突進をするときと同じ構え。

「小娘よ、止めて見せろ。できなければその男と後ろの女が散るぞ」

 脅しをかけたアリルドが大地を蹴る。
 俺達の前に出たルリーラは床に足をめり込ませ正面から受け止める。
 決して人間同士のぶつかり合いとは思えない低く重い音を出し二人はぶつかる。

「流石ベルタだ、ここからは力比べだな」

「私はルリーラだ!」

 両者の力のぶつかり合いは拮抗している。
 巨大な怪物の足音を響かせ進もうとするアリルドを、ルリーラは床に悲鳴を上げさせながら耐える。
 その時間に俺とアルシェも動く。

「水よ、龍よ、水の化身よ、わが敵を喰らい貪れ、その魂を地の底に送れ、災厄の名を背負いし者よ、我の命に従い顕現せよ、水の龍アクアドラゴン」

 俺の持てる最大で最強の魔法。龍の魔法をアリルドへ目掛け放つ。

「ルリーラ、抑えてろ」

「わかった」

「なるほど、流石に直撃は不味いな」

 そう判断したアリルドは、体格差を利用し、軽々とルリーラを地面から引き抜く。

「耐えて見せろよルリーラ!」

 何をするかと思った瞬間、水の龍に対してルリーラをたたきつける。

「ぐはっ!」

 強靭な鱗を持つ水の龍にたたきつけられたルリーラの口からは、空気が強制的にはじき出される。
 そのままルリーラを放り投げたアリルドは、一瞬怯んだ水の龍の凶器とも言える口を両の手で掴み左右に引き裂く。

「こんなに簡単に避けるのは修行不足じゃないのか?」

「水よ、龍の姿を持った水よ、敵を包め、ウォータースフィア」

 水に戻る瞬間の水に二度目の呪文をかけアリルドを包み込む巨大な水の球で包み込む。

「そのまま溺れろ」

「炎よ、熱よ、水の球を熱せよ、ハイヒート!」

 ポコポコと内部に熱を加え水の球の内部にアルシェの魔法が熱を蓄え水の温度を上昇させていく。

「ルリーラ大丈夫か?」

「痛いけどまだ平気」

 倒れているルリーラを助け再びアリルドの方を向く。

「どうだ、その中なら自慢の力も役に立たないだろう?」

 そう告げた瞬間アリルドは笑う。この程度かとこちらを嘲笑う。
 次の瞬間にはアリルドの手に魔力が貯まる。
 自信満々の顔には一瞬でこの状況を打破する算段があることを告げる。

「アルシェ次だ」

「はい」

「水よ、無数の槍よ、逃げ出さんとする敵を捕らえよ、ウォーターランス」

「炎よ、爆炎よ、拘束から逃げ出さんとする罪人を捕らえよ、フレイムウィップ!」

 呪文と同時に魔力を帯びたアリルドの手は、水の球を突き抜け左右へ力任せに引き裂く。
 そのタイミングに合わせた俺とアルシェの魔法がぶつかる。
 数十放った水の槍は数本のみが刺さりアルシェの炎の鞭はアリルドを捕縛する。

「伸びろウォーターランス」

「焼き尽くせフレイムウィップ」

 水の槍はアリルドの体を貫き炎の鞭は体を焼き続ける。

「中々に面白い」

 魔力を纏っているアリルドは炎の鞭を軽々と引きちぎる。

「プリズマか、お前は素晴らしい連中を仲間にしているな」

 アリルドは手に力を集中させる。

「地よ、無数の弾となれ、ロックブラスト」

 壁と床が数十個のこぶし大の石の弾に変わりその全てがこちらに向かってくる。

「受けます。炎よ、我らに近づく異物を燃やせ、フレイムウォール」

「耐えきれるか? プリズマよ」

 そう言うとアリルドは一直線にこちらに向かおうとする。

「ルリーラ止めてくれ!」

「わかった」

 向かうアリルドをルリーラは正面から受け止める。

「これならどうだ?」

 アリルドの体が急に沈んだ。
 その光景をついこの間見たばかりだ。

「アルシェ! 壁を再展開しろ!」

 俺の叫びが届いた時には、アリルドが蹴り上げた床がルリーラを乗せたままアルシェに向かっていた。
 床だった石の塊はアルシェの居たところで粉々に散らばっていた。

「次はお前だな」

 そう言い、俺の方を見るアリルドに告げる。

「あのくらいで死ぬと思ってるのか?」

「ほう」

「水よ、水の槍よ、敵を切り裂く剣に代われ、ウォーターソード」

 貫いた槍は姿を変え細い剣に代わる。

「ルリーラ切り裂け! アルシェはルリーラの援護!」

 二人の返事が重なる。

「まさか無傷とは」

 瓦礫の下から無事な二人の姿に驚いたアリルドに、アルシェの魔法が着弾するそれには流石のアリルドも動きが鈍る。
 その炎にまぎれルリーラは水の剣を掴む。

「これで終わりだ」

「切れると思っているのか!」

 ベルタの力を知っているアリルドは、魔法が直撃するのを承知で全身に力を込める。

「簡単にいくとは思ってないよ!」

 地面を蹴りあげ爆発的な突進力を使い、深く刺さった剣を持ち上げる。

「ぐぐっ!」

 限界まで力を込めたアリルドに俺は近づく。
 ちゃんと撃てるだろうか……、撃てなければ俺達は負けるかもしれない。

「水よ」

「貴様!」

「龍よ、水の化身よ、わが敵を喰らい貪れ、その魂を地の底に送れ、災厄の名を背負いし者よ、我の命に従い顕現せよ、水の龍アクアドラゴン」

 終わったら倒れてもいい、生きていれば問題ない。
 俺は本日二度目の最大魔法をアリルドに放つ。
 アクアドラゴンは強靭で鋭い歯をアリルドに突き立てる。

「ぐうっ!」

 初めて苦悶の表情を浮かべる。

「まだ倒れんぞ」

「ここで倒れてくれればよかったんだけどな。アルシェ!」

「はい準備できてます」

 満身創痍のアリルドはアルシェを見る。

「炎よ、爆炎よ、我の破壊の衝動を受け止めよ、敵を討ち滅ぼす衝撃を生め」

「水の龍よ、汝を構成する存在にわかれよ、フォグ」

「破壊の一撃、バーンアウト!」

 水は燃えやすい気体へ変化しアルシェの最大魔法と混ざり合う。

「ルリーラ!」

「来てるよ」

 俺を抱えアルシェの元へ飛ぶ。
 水の龍を構成する大量の水が全て燃焼の魔法を支援する火薬になり、全てを巻き込んだ瞬間目が眩むほどの閃光を放つ。

「水よ、爆風から我を守れ、ウォーターウォール」

 耳が壊れてしまうほどの音と衝撃と熱を、水の壁は防ぎながらも蒸発し徐々に厚みを消していく。
 完全に気化した壁を越える熱風が二人を庇う俺の背中を焼き始める。

「ぐっ!」

 一瞬だけの熱風はすぐに止むが、歓談室の中はいまだに大量の熱を放出できずにいた。

「どうだ?」

 目を開けると悲惨な光景があった。
 衝撃に耐えきれなかった調度品は砕け溶けていた、壁と床は穴が開き所々液化していた。
 そんな中信じられない者を見た。

「お前達」

 爆発の中心地に居たアリルドは原型をとどめ立ち上がる。
 これでも倒せないのか……。
 俺とアルシェは、今の爆発で動けそうにない。
 辛うじて動けそうなのはルリーラ一人。

「ルリーラ、行けそうか?」

「多少なら」

 満身創痍のルリーラは立ちあがり、アリルドと対峙する。
 火傷が目立ち肺まで焼けているのか、呼吸が辛そうにアリルドは一歩も動かずその場で立ち尽くす。

「お前達の、勝ちだ」

 そう宣言するとアリルドは大の字に床に倒れ込む。
 巨躯のアリルドが地面に倒れ大きな音を立てる。

「勝ったぞー!」

 俺は勝利の雄たけびを上げた。



 アリルドとの対決の後は大騒ぎだった。
 城が穴だらけになるほどの爆発に城の前はたくさんの住人に埋め尽くされた。
 そしてそこから出てきたのは俺達と瀕死のアリルド。

「退け、怪我人だ!」

 何が起こったかわからない住人も、無敵と思っていたアリルドのボロボロな姿に大人しく道を空ける。

「アルシェ、治癒魔法は使えるか?」

「申し訳程度なら」

「俺も得意じゃない」

 治癒魔法が使える火と水の使い手がこれか……。

「俺よりもアルシェの方が効果は高いだろう、頼む」

「わかりました」

 アルシェの邪魔にならないように魔法が使える俺はアリルドから離れ担ぐ役目をルリーラに任せる。

「炎よ、再興の炎よ、彼の者の体を癒せ、フレイムキュア」

 アルシェから生まれた炎はアリルドを包み込む。
 俺の刺した傷が塞がり、最後の爆炎に包まれた火傷は炎に包まれるとポロポロとかさぶたとなり落ちていく。

「これ以上は無理です」

「ありがとう、ここまでできれば病院でなんとかなるだろう」

 アルシェの指示に従い病院になんとかアリルドを運び出すことができた。

「お前さん達がこいつに勝ったのかい?」

 ここの病院は、奴隷でも貴族でも隔たり無く治療してくれると評判らしい。
 そこの看護師をしているという婆さんが驚きながら質問をする。

「この治癒は誰がしたんだい?」

「私です」

 怒られるのかと思っているアルシェはおずおずと手を上げた。

「及第点だよ。危ない所のみの治癒がちゃんとできているし無理だと思ったところは血を止めているだけだ」

「ありがとうございます」

 褒められたのが嬉しいのかアルシェは頬を赤らめる。

「後はそこの嬢ちゃんもおいで。見てあげるよ」

「私は平気だから」

 流石に疲れているらしいルリーラは椅子に座ってぐったりしている。

「嘘を言わないでこっちにおいで」

「はい」

 今更ながらにルリーラの動きがおかしいことに気付く。
 左半身を庇うような歩きに俺が気づかなかったことに奥歯を噛む。

「骨はひびが入ってるね、後は打ち身かベルタの嬢ちゃんがここまでとはこの男も手加減ないね」

 俺はベルタだからと楽観していたのかもしれない。
 あれほどの怪力無双の絶対強者の攻撃を一番前線で戦っていたルリーラが大丈夫なはずはない。

「気づいたようだから私からは一言だけだ、もっとこの子たちを見てやんなよ。この子達の主人なんだろ」

「はい……」

「よし、じゃあ怪我人以外は出て行きな。この病院の主治医のお出ましだよ」

 どんな人物が出てくるのかと思ったら出てきたのはヨボヨボの爺さんだった。

「怪我人を、見せなさい」

 プルプルと震える医者に不安しかないが、次の瞬間空気が変わる。

「嬢ちゃんには魔法でいいね、こっちは魔法より自然治癒の方がいいの」

 一瞬で見終えたらしい医者は呪文を唱える。

「水よ、癒しの水よ、破壊されし個所を繋げ、ウォーターヒール」

 ルリーラの体が水に包まれたかと思うとルリーラの体に吸収される。
 すると打撲で青くなっている部分はもとの肌の色を取り戻す。

「若い子にはおまけで体の汚れも取っておいたから、家族の元にお帰り」

「あ、ありがとう」

 瞬く間に治った傷に驚くルリーラはぽかんとした様子でこちらを見てきた。

「そこの青年も、二人を連れて帰りな、この坊主は明日まで目を覚まさないから」

「あんたが今からこの国の王なんだろ、早く宣言してきな」

「わかりました。ありがとうございました」

 不器用なのか早く行けと手で払う仕草を受け病院を後にした。

「ルリーラ、ごめんな気づいてなかった」

 ルリーラなら大丈夫だろうと、勝手に思い込んでいた俺は素直に謝る。

「じゃあキスして」

「わかった」

「えっ?」「クォルテさん?」

 俺はルリーラを抱き上げる。
 きめ細かい褐色の肌を赤く染め、クリクリの大きな目は動揺しているのか焦点が合っていない。

「クォルテ、本気?」

「お前が言ってきたんだろ?」

 慌てて動けないルリーラは俺が顔を接近させても逃げずにいる。
 そんなルリーラの額にキスをした。

「額……」

「口には流石にしないだろう」

 安心したのか期待外れなのか、アルシェは何とも言えない微妙な表情をしていた。
 二人が世界を見るまで俺は二人には手を出さない。だけど家族のスキンシップくらい良いだろう。

「ふしゅぅぅぅぅ……」

 そんなアルシェとは別に、ゆでだこの様に顔を赤く染めたルリーラは目を回しながらぐったりしていた。

「こうなったか……」

 流石にこうなるのは予想していなかったな。

「クォルテさん、私にもしていただいていいですか?」

「いや、流石にこうなるってわかったらできないだろう」

 俺の体力的に二人を抱えて移動なんてできない。

「ルリーラちゃんばっかりズルいー!」

 初めて聞いたアルシェの絶叫を聞きながら、王城を目指すことになった。

 王城に着くとものすごい人だかりができていた。

「来たぞ」「あれが」「まだ若いのに」「女の子もいるぞ」

 そんな観客たちの好き勝手な言葉を受けながら民衆の間を通り城を背に立つ。

「ごきげんよう、諸君。私はクォルテ・ロックス。グシャ・アリルドを倒した者だアリルド前王の宣言通り私がアリルド国の新しい王だ」

 俺の言葉が信じられないのか、民衆は歓声も批判もなく沈黙を続ける。

「俺が王になったからには奴隷の地位向上を約束しよう」

 すると今まで黙っていた民衆から声が上がる。
 歓声と苦情全てが一体となった声に俺は手を上げる。
 とたんに声はなりを潜める。

「俺は何も奴隷制を撤廃する気などない。奴隷は労働者だ人間だ、それを雑に扱うことは国力を下げる。俺はそれを許さない」

 俺の雑とも言える演説に民衆は騒ぐことをやめない。

「ならば俺達を討つか? それもいいだろうだが忘れるな、俺達は先代の王を倒してこの地位にいることを」

 民衆の声は小さくなっていく。

「それが新しいアリルド国だ」

 そう話を打ち切り俺達は城の中へ入っていく。

「なんであんなに民衆を煽ったの?」

 ようやく意識が戻ったルリーラは、門扉が閉まるとそんなことを聞いてきた。

「考えがあってな」

「どのような考えでしょうか?」

「無理だよクォルテは教えてくれない」

「よくわかってるじゃないか。もう一回キスしてやろうか」

「大丈夫! もうお腹いっぱいだから」

「私はしてもらいたいですけど」

 そんなことを言いあいながら玉座に向かう。

「ほら王様なんだから座りなよ」

「まあ、そうなんだけどな」

 これからを考えるとあんまり王様気分を味わいたくないんだよな。

「私たちの主人が王様なんてすばらしいですから、お座りください」

「わかったよ」

 二人に促されるまま玉座に腰を下ろす。
 包み込まれるような上質な座り心地に俺は改めて勝ったという実感を得た。

「じゃあ今日はもう寝るか」

「うん」「はい」

 それから寝室が探せないまましばらくうろつきやっと見つけた時には三人そろってくたくたになっていた。



「ん、朝か。寝た気がしないな」

 体を起越そうとした時に両腕が妙に重いことに気が付いた。
 片方には抗いがたいほどの弾力と柔らかさ、もう片方は弾力は劣るが柔らかい。
 その両方に目を向けるとアルシェとルリーラが居た。

「マジか……」

 二人ともが俺の腕を抱きしめ眠る。
 不味いことに、二人とも昨日の戦いやすいようにと着せていた露出の多い服装である。
 なるべく触れないようにと思っていても、抱き付かれているせいで二人のわずかな身じろぎに二人とも自分の肌と俺の肌をすり合わせる形になっている。

「ん、んん……」

 二人の熱い吐息が肌に触れ背筋に電流が走る。
 これはやばい。
 この体制だとよく見えないがアルシェの腿は俺の指先を挟み込みルリーラに至っては抱き込みすぎてお尻にまで俺の手は巻き込まれている。
 何とか抜け出さなければ。
 そう思い手を動かす。

「ぁん……」

 指先に力を入れるとアルシェの腿に指が当たり吐息が漏れる。
 ルリーラの方をと思い動かす。

「やっ……」

 どこに触れたのかルリーラまで嬌声を上げる。
 俺にどうしろと……。
 こちらは動けないまま向こうは身じろぎでこちらを誘惑する。
 きっとこれは俺に対する試練なのだと判断した。二人に手を出さないと決めたならこの状況にも耐えてみろという何者かの試練なのだ。
 そう思い込み。二人が起きるまで抗いがたい地獄を耐え抜いた。

「あれ、クォルテどうしたの? アルシェも顔真っ赤」

 誘惑に耐え切った俺と自分の寝姿に羞恥を抱いたアルシェが復活する頃には太陽は天辺を過ぎていた。

「そろそろ行くぞ」

「どこに?」

「アリルドの所だよ」

「今日目を覚ますとおっしゃってたじゃない」

 完全に忘れていたらしいルリーラは広いベッドの上を転がっていた。

「ほら行くぞ」

「はーい」

 別に行くのが面倒くさいわけではないようで、すぐに俺達の後を着いてくる。
 昨日城の前で騒いでいた民衆はそれぞれ日常に戻っていた。

「意外と気づかないもんだな」

「私とルリーラちゃんが髪を隠せばよくいる集団ですからね」

 さらっと俺が地味と言われたような気がするが、実際茶髪は地味なので否定のしようがない。
 一度も囲まれることもなく病院に着いた俺達は一声かけて病院の中に入る。

「おや、王様どうしたんだい?」

「アリルドは起きてる?」

「起きてるよ」

 そう言って案内された先には、病院には似つかわしくない巨体の男が寝ていた。

「おうお前達か」

「元気そうだな」

 あれだけの死闘をくり広げたはずの俺達の間には別に遺恨は残っていない。
 アリルドは体も痛むだろうに状態を起こした。

「新王よ。初めての夜はどうだった?」

「嬉し恥ずかしな朝を迎えたよ」

 美少女奴隷二人に挟まれての起床は、今まで経験したことなかったし。

「それで何か用があるのだろう?」

「ああ、アリルド。また王をやってくれないか?」

「えっ」「えっ」

「ほう、理由を聞いてもいいか?」

 驚くルリーラとアルシェをよそに冷静なアリルドは真意を聞いてくる。

「ちょっと昨日の演説失敗したからさ狙われそうなんだよね」

「なるほど、そういう体で俺に王座を返そうと」

 さらっとこっちの建前をくみ取り思案する。

「そうなんだよ。だから俺達は逃げるために、国を出ないといけないんだ」

 俺の言葉を受けアリルドはルリーラとアルシェを見て納得したように頷く。

「真意は伝わった。だが俺は王ではない、お前が王で俺はお前が留守の間のみ国を守ろうそれでいいか」

 こちらの理想をそのまま口にしてくれるアリルドは本当に頭が回るのだと今更ながら感心した。

「ありがとう。じゃあ怪我が治ったら城に来てくれ」

 それだけを告げて病院を後にする。

「いいのですか? 私たちは旅に出ても出なくてもクォルテさんの奴隷で居続けますよ」

 ルリーラも否定はせずにこちらを見つめる。

「いいんだよ、二人が決めたなら俺の奴隷でも別の道を選んでも、だから旅には出る。二人には選択肢を広げて欲しい」

 二人ともそれ以上は何も言わずに俺の後を着いてくる。
 さあ、これからどこに向かおう。
 城で考えよう、奴隷たちの二人と一緒に。
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