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第9章 やって来たオリエンテーション編

特別講義 -2-

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「アセンカザフ侯爵令息」

 壇上に向かって彼の人を呼びながら手を挙げ、席を立ったのは、せせこましい……失礼。

 セッコマッシーニ子爵令息。

 陰でガンマランダルの色ボケ第2王子を裏勇者などと呼んでいる非常識者の1人であると、わたくしは認識しております。

「うん? 何だ?」
「あの……勇者パーティの皆様方は、既にこの腕輪をしておられるのですか?」
「わたくし達はそもそも使わないわよ? これは皆を守る為の物で、わたくし達が使うべき物ではないから」
「⁈」

 ルナルリア王女のされたご返答にアテが外れたのでしょう。

 セッコマッシーニ子爵令息は、驚きとバツ悪げな感情が混ざったような顔をされておられました。

 どうせ “もう既にしてる” とでも返されたら “自分達の安全を先に確保したのか” とでも糾弾するおつもりだったのでしょう。

「そんなっ⁈」
「危険ですわっ‼︎ 特にエンディミオン殿下は完全にあの2人から狙われておられるのが丸分かりですのに‼︎」

 状況をより把握しておられる御令嬢達を先頭に危ぶむ声が発せられます。

 正直、わたくしもこの意見には賛成派の立場を執りとうございますが、アセンカザフ侯爵令息のことです。

 きっとまだ何か隠し球があるのではないか、という気が何となくですがしておりますの。

「僕の心配してくれるのは嬉しいけど、もう大丈夫だよ」

 エンディミオン殿下が壇上へと戻られて、わたくし達へとニッコリと微笑まれ、そう仰られました。

「連中を泳がせとくのもここまでだ。背後関係は全て把握、いつでも拘束出来る状態にしてあるし、個人の能力データも全て取り終えた。魔導王おれ賢者マックス錬金武具士ルナが揃ってて、これ以上、あいつらの好きにはさせん……そう、伝えといてくれや?」

 後を引き受けたアセンカザフ侯爵令息は、最後にそう締め括ってセッコマッシーニ子爵令息とその周囲に居る方々へ、獰猛な色を宿した笑みを向けられます。

 彼は背後関係は全て把握、いつでも拘束出来る状態であるとハッキリ仰いました。

 あの笑みを見るに、それはきっと彼らにも当て嵌まるのでしょう。

 他の者が口にしたのならば、ただの脅しに過ぎないと思われる言葉でしょうが、それが全属性の精霊王と契約されておられるアセンカザフ侯爵令息ならば話しは別です。

「デルタズマフェン? ベーターグランディア? ふん。笑わせんじゃないわよ。いつまで地図上に残ってる保証があると思ってんの?」

 腕輪を配り終えたのでしょう。

 アリューシャ様が壇上へ戻られ、腕組みしながら彼らに睥睨するような視線を向けて仰られます。

「最終的に逃げ込む先は、イプシロンニェーターしかなくなることでしょう。けれど、そうなったらそうなったで、わたくし達も遠慮なく敵認定出来ますので、最終的には魔王戦時に彼の存在ごと全力で潰させていただくこととなるでしょう」

 絶対零度の微笑み、というのはこういうものを指すのでしょうか。

 わたくし達の世代を代表する淑女と名高いフランソワーヌ様が、浮かべられた優美で気品に溢れてはいますけれど、二の句を告げさせぬ冷たさと迫力に満ちた面持ちで言い切られたのは、最早、最終通告に近い警告のお言葉でした。

「手始めに女神教会の反サーシャリスト枢機卿派閥とかいう、無駄な派閥を潰して見せてあげるから、それを見て今後の身の振り方を決めるといいよ」
「言っておくが、これが最後のチャンスだ。オリエンテーション終了後の命乞いは一切聞かんからそう思え」

 クウェンティ侯爵令息とヴェスタハスラム辺境伯令息が、わたくしですら薄らと「そうだろうな」と思っていたことをハッキリ口にされました。

 セッコマッシーニ子爵令息達は、もう既に青を通り越して真っ白になってしまったお顔で、ガタガタと震え始めておられます。

「エンディミオン殿下、聖女様! わたくし、カイシンター男爵家のイシリアと申します! 発言を……いえ、告白と懺悔することをお許しくださいませ!」

 彼らの中から状況に耐えかねたらしい御令嬢がお一方、壇上へと駆け寄ってその場に両膝をつくと正しく神への懺悔をするが如しな跪拝の姿勢を取って泣きながら申し出られました。

「イシリア嬢。告白と懺悔って……君の身に何があったんだい?」

 壇上から、ポン、と飛び降りて彼女の前に片膝をついたエンディミオン殿下が、どうやって出されておられるのか分からないキラキラを纏いながら優しく穏やかな笑顔で彼女に問いかけられます。

 彼女の姿勢とエンディミオン殿下のご様子に、他の裏派閥の方々がソワソワしているのが視界に入ります。

 あ……分かりましたわ!

 この一連の流れ、派閥の切り崩し工作でしたのね⁈

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