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第4章 集まれ仲間達

勇者は保留で -1-

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 私達は、劣勢であることを認めない訳にはいかなかった。

 生腐屍者アンデットとやらが人型だけの時は、そこまで明確に形勢が不利になることはなかったけれど、この防壁の上に飛竜型の生腐屍者アンデットが落ちて以降は、此奴が飛んで居た時よりも戦いの展開が早くなった。

 まず、エンディミオン殿下が防壁上に此奴を落としてすぐ、強力な尻尾の攻撃に遭って、現在、意識不明で脱落している状態だ。

 私も兵も物理的に負った傷は、聖女アリューシャ嬢が立ち所に癒してくれるのもあって、問題なかったが、体力、精神力的な損耗は優薬師リリエンヌ嬢から配給されたポーションに頼るしかなかった。

 使えば減る。

 飲めば無くなる。

 当たり前のことだが、強大な敵を相手に戦っている時は、どうしてもそれが追い詰められているプレッシャーへと変わってしまう。

 聖女アリューシャ嬢も攻撃魔法と呼べる物が然程存在していない筈の聖魔法特化の身で善戦されているとは思う。

 だが、通常のアンデットと違い、死体が病原体の苗床となってから呪うことで出来上がるのではなく、生きたまま病原体に侵されて出来上がるらしい此奴らに聖魔法は驚く程、効果が薄く。

 残念ながら、真面な攻勢に転じることの出来る要素を、私達は、持っていなかった。

「せめて、殿下が復帰してくだされば……」

 部下の漏らした呟きに制止の言葉を向けることは出来なかった。

 センティエ城から選抜されてこの砦に来ている王国騎士団の騎士達は、殿下が勇者の称号持ちであることを皆が知っていた。

 勇者パーティの面々は、自分達が自由にレベル上げをする為に称号の隠蔽や秘匿を一切しなかったので、正式発表こそされていないが、王都近郊では既に知っている者もそれなりに居る。

 無論、エンディミオン殿下がまだ勇者として覚醒していないことも。

 けれど、齢3歳にしてレベル30を超えている殿下は、覚醒の時も近いのではないかと実しやかに囁かれていて、今回の戦いでそれが叶うのではないか、自分がその誉ある歴史的瞬間に立ち会えるのではないか、と密かに期待していた者達は少なくなかったことだろう。

 ただ勇者だというだけで、3歳の子供にどれだけ過剰な期待をかける気だ、と私が思うことが出来るのは、剣技大会優勝者となった己が、その瞬間から周囲の態度が激変した事象を体験しているが故なのかもしれないが。

 聖女アリューシャ嬢が構築する防御結界に守られながら、ただ人としての戦いを続けるしかない私達の状況に変化が訪れたのは、この時だった。

 低く何か生き物ではないものが唸るような音を響かせて、私達の居る防壁の頂上に現れたのは、円形の4分の3くらいの形をした暗闇。

 だが、それが何かを私達は知っていて、一斉に歓声が上がる。

 暗闇の周囲に文字の描かれている5本の帯が現れて、その期待は期待だけで終わらぬことが確定した。

 ガチン、ガチン、と重々しい音を立てて1本1本動きを止めて行く帯に聖女アリューシャ嬢が、安堵の息をついているのが私にも見えていた。

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