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第4章 集まれ仲間達

エルドレッド & リリエンヌ

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 わたくしとエルドレッド様は、国境門の守備を任された部隊に同行していました。

 場所柄もあってここが1番、突破されやすく、同時に突破されると領内に被害が出ることが確定してしまう為、殲滅力の高いエルドレッド様が行くことが決まり、次に味方の被害が1番出る可能性が高いのもここである為、わたくしの同行が決まりました。

 本当であれば、聖女であるアリューシャ様に来ていただき、治癒や回復の魔法での支援をお願いしたい所なのですが。

『そうしたいのは山々なんだけどね。mission-3の内容考えると、わたしとエルが同じ場所に居るのは、戦力の無駄でしかないのよ。アンタがメッチャ頑張ってくれたお陰で、味方に抗薬も行き渡ってるし。だから、リリエンヌ。アンタがエルと領兵達の後方支援をするのよ。大丈夫。一緒にダンジョンにもアタックして、わたしは、アンタが優しいだけの子じゃないのを知ってるわ。自信持って、リリエンヌ。アンタは、やれば出来る子よ!』

 城を出発する前に、そう言ってわたくしを励ましてくださったアリューシャ様のお声とお言葉には、この砦に来てから何度も支えられました。

 ダンジョンや、フィールドで魔物と戦うのとは全然違う、人と人の殺し合い。

 わたくしは、そのことに自分で思っているよりずっと精神的に疲労していたみたいで。

 皆様には内緒なんですけれど、厨房でのスパイス調合に何度か失敗しているのが、その証拠だと自分で思ったりもしていました。

 ここでの戦闘もルナ様が下さった、狙って投げれば必ず当たる手袋型の投擲武器がなかったら、わたくしに出来ることなんて、殆どなかったように思います。

 体力や魔力、怪我の回復薬を針にして、味方に撃ち込む。

 迫ってくる生腐屍者アンデットに火や抗薬の針を刺して、攻撃したり、動きを止めたりする。

 風の精霊ちゃん達が、飛び散る生腐屍者アンデットの血液や体液をわたくしや、味方に当たらないよう、可能な限り逸らしてくれています。

 それでも。

 接敵されてしまった兵士の方が、目の前の敵に対処している間に別の敵が無造作に近づいてきて、噛み付いたり引っ掻いたりしてくる。

 目の前の敵は、生腐屍者アンデットとはいえ、見た目は非戦闘員である民なのです。

 それも、お爺様やお婆様、女の人達で。

 隙をついて腕や足に噛み付いてくるのは、子供達。

 生腐屍者アンデットだと分かっている。

 もう、助けられないのだと、誰もが分かっている。

 それでも心は、どこか納得出来ずに削られてゆき、疲弊してしまう。

 ベーターグランディア兵達と戦ういつもの戦闘とは、全く違う今回の戦いに砦兵の皆様は、どうしても戸惑いと逡巡が抜けきらない。

 そんな風に見えました。

「ひるむなっ‼︎ おまえたちの、かたとせなかには、ヴェスタハスラムへんきょうはくりょうの、りょうみんすべてのいのちがのっている! そのさらにむこうには、シグマセンティエのこくみん、すべてがいる! おまえのちちや、ははが! あにや、あねが! おとうとや、いもうとが! おまえたちをいえでまつ、つまとこどもたちが! したしいともや、こいびとが! めのまえのれんちゅうみたいになるのをみたいのか⁈」
「‼︎」

 飛翔魔法で縦横無尽に空を飛ぶ、エルドレッド様の叫んだ言葉が、風の精霊に乗って周囲に響き渡ります。

「たたかえ! おのれがうしないたくないすべてをかけて! まもれ! じぶんを! なかまたちを!」

 彼の言葉に奮い立ち、及び腰だった砦兵皆様の目に力の彩が戻って来ます。

「おまえたちのまえには、おれがいる! ろくせいれいのまどうじゅつしたるこのおれが、かならずおまえたちを、まもりきってみせる!」

 力強いエルドレッド様のお言葉にわたくしは、ドレスの胸元を右手でギュッと握り締めて、処置していた兵士の傍で立ち上がりました。

「かぜのせいれいさん。わたくしのこえも、みなさまにとどけて」
『ハイヨー。マッカシトキナー』

 大きく深呼吸を1つ。

 わたくしは、大したことなどできないけれど、それでも。

 勇者パーティの1人。

 ならば、わたくしを信じて任せてくれたアリューシャ様や、戦いながらもこうして皆様を鼓舞するエルドレッド様の助けとならなければ!

「わたくしも! みなさまのために、わたくしのできるすべてをいたします! くにのため、たみのため、そして、あなたたちのだいじなだれかのため! わたくしたちに、みなさまのおちからを、おかしくださいませっ! おねがいいたします!」

 ペコリ、と頭を下げてからわたくしは処置していた兵とわたくしを狙ってきたのだろう生腐屍者アンデットに向かって、火の針と抗薬の針をそれぞれ、額と喉とに撃ち込みます。

 既に生腐屍者アンデットとなってしまった人々に抗薬が本来の意味で効くことはありません。

 ですが、それで動かなくなることを戦闘が始まってすぐの時に発見したので、使うことにしたのです。

 燃え上がる生腐屍者アンデットの身体から立ち昇る何とも言えない臭いは、腐った人の肉が焼ける独特の臭気を放っていて、気持ちの良い物ではありません。

 近くに居た砦兵の方も、その臭いに思わず顔をしかめます。

「はい。そこ、ちゅうちょしない! かそう、かそう! これは、かそうだ! しにそこねてるヤツらを、もやして、ちゃんとめがみさまのもとにおくってやるんだ。こんどは、ベーターグランディアなんかには、うまれてこないようにしてあげてくださいねっ、てな!」

 上空からエルドレッド様の声と焔の魔法が大量に降って来て、次々と生腐屍者アンデットが燃え上がり、その火が他へ移る前に水のチビ精霊ちゃん達が何体かで消火しています。

 流石はエルドレッド様。

 後処理もしっかりなさっておられます。

「よし、俺はそれでいく! 女神サーシャエール様! ベーターグランディアの哀れな民の魂を救い給え!」
「ウチの嫁に何かしやがったらマジ殺す! もう死んでようが知るか! 更に殺す!」

 皆様、それぞれに気持ちの折り合い方を見つけて、膠着状態になりかけていた戦闘は、わたくし達が優勢な方へと傾き始めていました。

 そんな時。

 大きな爆発音と高く上がる水柱が、唐突に地下から噴き上げて、一気に氷つきました。

「ハデにやってんなぁ、フラン。アルフレッドになんかあったかぁ?」
「エルドレッドさまっ! あそこっ!」
「だいじょぶ。あのばしょは、フランとアルフレッドのもちばだ。ふたりをしんじて、おれたちは、ここをししゅだ。いいね? リリエンヌ」
「っ、はい! がんばります!」

 エルドレッド様の下した判断に、わたくしはそう返事をして、凍った巨大な水柱に、もう1度だけ目を向けました。

「フランソワーヌさま、アルフレッドさま。どうか、ごぶじで」

 祈るように呟いてから、わたくしもエルドレッド様と同じく、自分の戦場へと意識を戻したのでした。

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