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第4章 集まれ仲間達
調薬開始 -5-
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最初にルルアザミの蜜を計量しなくては、と目盛りのついた水晶カップを手にして、素材が置いてある右側へ目を向けた時、わたしの斜め後ろから2つの物が差し出された。
1つは、攪拌に使うクロノグラス製のマドラー。
もう1つは、ルルアザミの蜜が入った小瓶が3本。
エルドレッド様だった。
慎重と言えば聞こえはいいけれど、要するに臆病なわたしのことを分かってくださっているのか “品質SS” と書かれている布の “水属性” “低”の位置に丁度、瓶3本分の空間が出来ていた。
何も口にせず、微笑んで差し出されているそれを、わたしも無言のまま、でも微笑みを返してから受け取る。
それだけで、不思議と肩から余分な力が抜けて、知らず知らずのうちに感じてしまっていたらしいプレッシャーのようなものが軽くなった気がした。
(……もう、あの邸で1人孤独に魔法薬を作り続けるだけだったわたしじゃない。エルドレッド様も、こんなわたしを仲間にと言ってくださった皆様も、傍に居てくださってる)
これまで感じたことのない、心強さがわたしの胸に湧き上がっていた。
水晶カップを机上へ置き、受け取ったクロノグラスマドラーを内側の側面に立てかけるようにして入れ、渡された小瓶を2個、机上へ置いてから残りの1本から栓を外す。
ふわっと辺りに漂ったのは、蜜の甘い香り。
今は薬の調合材料として使っているので、美味しそう、とか思ってはダメなんだけれど、先程のお茶会でフランソワーヌ様がご持参なされたという甘味が、あまりにも久方ぶりに口にした甘味で、ついつい思考がそっちに寄ってしまった。
「みつは、おおめにとってきてるから、つくりおえたら、パンケーキにかけてたべようね?」
わたしが、美味しそうと思ってしまったことに気づいたのかエルドレッド様が、ごく小さなお声で耳元に囁く。
え? 光のチビ精霊ちゃんがわたしの考えていることを教えたのかな?
わたしが分かりやすい顔してたとかじゃないよね? 恥ずかしい。
「うっうっうっ……はい。ありがとうぞんじます」
それでも蜜がけパンケーキの誘惑には勝てなくて、変な声が出てしまったわたしは、それを誤魔化すようにお申し出を受ける旨を込めて謝礼を紡ぐ。
いけない、いけない。
集中しなきゃ。
わたしは、大きく息を吸い込むことで気持ちを切り替えて、目の前の調薬へと集中し直すとクロノグラスマドラーに沿わせる形で小瓶の中の蜜を少しずつ水晶カップへと移していった。
丁度、2目盛分まで蜜の高さが来た所で小瓶の中身がなくなる。
サラッとした蜜だから、中にこびりついて残っていることもなく、無意識で詰めていた息を吐き出したわたしは、栓がなくならないように空の小瓶へ栓を嵌め直して机上へ戻し、残りの2つの瓶の内、1つを手に取って、同じように水晶カップへと中身を移して……気づく。
目盛りは、ピッタリ下から4つ目。
栓をはめた小瓶を机上へ戻し、視線が、残りの1本へ。
そして、並んでいる他の瓶へと向かう。
気のせいとかではなく、瓶の中に入っている蜜の上面位置が、綺麗に揃って見えた。
「エルドレッドさま……この、びんにはいってるみつのりょう、もしかして……?」
「ああ。さいしょからこうしとけば、リリエンヌがさぎょうしやすいかとおもってさ?」
やっぱり。
わたしのために、採取の段階で瓶に入れる量を決めて採って来てくれたんだ!
「ちょうやくにはいっちゃったら、アリィが言ったように、ほとんどてつだえなくなっちゃうからね。そのまえに、すこしでもふたんをかるくできればいいなって?」
少しどころじゃない。
全部、こうしておいてくれたなら、わたしは蜜に関しては何も考えずにカップへ移せばいいだけで、中に混ぜ込む次の素材に意識を移せる。
まだお会いする前から彼がわたしをどれだけ気遣ってくれていたのかは、青蘭夫人からも聞かされてはいた。
直面したら、わたしが大変なこと。
手間がかかったり、人によっては面倒だったり。
困ったり、悩んだりしてしまうこと。
それをエルドレッド様は、先回りで全部なくしてくれている。
こんな細かなことまで。
「ありがとうぞんじます」
勝手に目が潤んできて、視界がぼやける中、もう、それしかわたしの思いを伝える言葉が浮かばなくて、そう謝礼を紡いだ。
こんな簡単な言葉で言い表せない程の感動と感謝をどうしたらもっと彼に伝えられるのだろう。
「どういたしまして」
エルドレッド様が、取り出したハンカチーフの端をわたしの目尻へ、そっと当てて朗らかに微笑んでくれた。
それだけで。
わたしの胸に喜びや嬉しさだけでなく、これまで感じたことのない、甘い苦しさが生まれて初めて湧き上がった。
1つは、攪拌に使うクロノグラス製のマドラー。
もう1つは、ルルアザミの蜜が入った小瓶が3本。
エルドレッド様だった。
慎重と言えば聞こえはいいけれど、要するに臆病なわたしのことを分かってくださっているのか “品質SS” と書かれている布の “水属性” “低”の位置に丁度、瓶3本分の空間が出来ていた。
何も口にせず、微笑んで差し出されているそれを、わたしも無言のまま、でも微笑みを返してから受け取る。
それだけで、不思議と肩から余分な力が抜けて、知らず知らずのうちに感じてしまっていたらしいプレッシャーのようなものが軽くなった気がした。
(……もう、あの邸で1人孤独に魔法薬を作り続けるだけだったわたしじゃない。エルドレッド様も、こんなわたしを仲間にと言ってくださった皆様も、傍に居てくださってる)
これまで感じたことのない、心強さがわたしの胸に湧き上がっていた。
水晶カップを机上へ置き、受け取ったクロノグラスマドラーを内側の側面に立てかけるようにして入れ、渡された小瓶を2個、机上へ置いてから残りの1本から栓を外す。
ふわっと辺りに漂ったのは、蜜の甘い香り。
今は薬の調合材料として使っているので、美味しそう、とか思ってはダメなんだけれど、先程のお茶会でフランソワーヌ様がご持参なされたという甘味が、あまりにも久方ぶりに口にした甘味で、ついつい思考がそっちに寄ってしまった。
「みつは、おおめにとってきてるから、つくりおえたら、パンケーキにかけてたべようね?」
わたしが、美味しそうと思ってしまったことに気づいたのかエルドレッド様が、ごく小さなお声で耳元に囁く。
え? 光のチビ精霊ちゃんがわたしの考えていることを教えたのかな?
わたしが分かりやすい顔してたとかじゃないよね? 恥ずかしい。
「うっうっうっ……はい。ありがとうぞんじます」
それでも蜜がけパンケーキの誘惑には勝てなくて、変な声が出てしまったわたしは、それを誤魔化すようにお申し出を受ける旨を込めて謝礼を紡ぐ。
いけない、いけない。
集中しなきゃ。
わたしは、大きく息を吸い込むことで気持ちを切り替えて、目の前の調薬へと集中し直すとクロノグラスマドラーに沿わせる形で小瓶の中の蜜を少しずつ水晶カップへと移していった。
丁度、2目盛分まで蜜の高さが来た所で小瓶の中身がなくなる。
サラッとした蜜だから、中にこびりついて残っていることもなく、無意識で詰めていた息を吐き出したわたしは、栓がなくならないように空の小瓶へ栓を嵌め直して机上へ戻し、残りの2つの瓶の内、1つを手に取って、同じように水晶カップへと中身を移して……気づく。
目盛りは、ピッタリ下から4つ目。
栓をはめた小瓶を机上へ戻し、視線が、残りの1本へ。
そして、並んでいる他の瓶へと向かう。
気のせいとかではなく、瓶の中に入っている蜜の上面位置が、綺麗に揃って見えた。
「エルドレッドさま……この、びんにはいってるみつのりょう、もしかして……?」
「ああ。さいしょからこうしとけば、リリエンヌがさぎょうしやすいかとおもってさ?」
やっぱり。
わたしのために、採取の段階で瓶に入れる量を決めて採って来てくれたんだ!
「ちょうやくにはいっちゃったら、アリィが言ったように、ほとんどてつだえなくなっちゃうからね。そのまえに、すこしでもふたんをかるくできればいいなって?」
少しどころじゃない。
全部、こうしておいてくれたなら、わたしは蜜に関しては何も考えずにカップへ移せばいいだけで、中に混ぜ込む次の素材に意識を移せる。
まだお会いする前から彼がわたしをどれだけ気遣ってくれていたのかは、青蘭夫人からも聞かされてはいた。
直面したら、わたしが大変なこと。
手間がかかったり、人によっては面倒だったり。
困ったり、悩んだりしてしまうこと。
それをエルドレッド様は、先回りで全部なくしてくれている。
こんな細かなことまで。
「ありがとうぞんじます」
勝手に目が潤んできて、視界がぼやける中、もう、それしかわたしの思いを伝える言葉が浮かばなくて、そう謝礼を紡いだ。
こんな簡単な言葉で言い表せない程の感動と感謝をどうしたらもっと彼に伝えられるのだろう。
「どういたしまして」
エルドレッド様が、取り出したハンカチーフの端をわたしの目尻へ、そっと当てて朗らかに微笑んでくれた。
それだけで。
わたしの胸に喜びや嬉しさだけでなく、これまで感じたことのない、甘い苦しさが生まれて初めて湧き上がった。
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