上 下
69 / 458
第4章 集まれ仲間達

1度きりのチャンス -4-

しおりを挟む
 そこから城に辿り着くまで、わたしと御者をほぼ蚊帳の外にして、お父様とお兄様だけが散々な目に遭い続けた。

 それも、わたしを罵ろうとか、殴ったり蹴ったりしてこようとした時に限って馬車が揺れて頭をぶつけたり、腰を打ったり。

 その度に、わたしの耳にはこれまで1度たりとも聞こえたことなんかなかった精霊達の声が聞こえてきていた。

 それも俗に「チビ精霊」と呼ばれる、精霊になりたてで、まだたいした力を持たず、精々がイタズラをする程度の存在達の声が……。

『ヨシ! デテクルゾー! チビチセイレイブタイ! サンバンカラヨンバン、コウゲキヨーイ!』

 先程から馬車のコーチ内に居てもロクな目に遭わないお父様が、とうとう我慢の限界を迎えた。

 御者の所為だと言い出して、馬車を止めさせるとコーチの扉を中から開けて外に出る。

『イマダ! ヤッチマエー!』

 何かのチビ精霊らしき声がそう言った瞬間に、わたしは見てしまった。

「‼︎」

 地面がズルっと横に動いて、道端に除けてあった馬の糞が、お父様のおろしかけていた足の下へ滑り込むようにして移動した。

 その証拠に地面に刻まれた馬車の轍跡が、地面が移動した場所だけ横にズレている。

「うわっ⁈ あああああああっ⁈」

 派手に転んで馬の糞に塗れてベチャベチャになったお父様が叫ぶ。

『ツギガデテクルゾー! チビミズセイレイブタイ! ダイニ、ダイサン! コウゲキヨーイ!』

 えっ⁈ 今度は何をする気⁈

「父様っ! 大丈夫ですかっ⁈」
『イマダ! ヤレー!』

 お兄様が、とんでもない状態になったお父様を案じて馬車から駆け降りた瞬間、何故かお兄様の頭の上にだけ雨雲が発生して、物凄く局地的過ぎる激しい雨が降り注いだ。

「うわっ⁈」
「ザグナル!」

 道端で、ピョンピョン跳ねている小さな蛙みたいな生き物と、何かの水生植物の根を交えた泥が雨に混じって大量に降り注いでいるのが分かる。

 この雨は、一体どこから水を持って来たのだろうか?

「お、おとうさまっ、おにいさまっ!」

 ちょっと流石にこれはっ、と慌てたわたしがコーチの座面を開けて中から取り出したタオルを手に外へ出ようとしたら。

『シロへ、ウマヲ、ススメヨー!』
『オー!』

 え?

 ペチーン、と馬を鞭打ったような音が聞こえ、次いで、御者の悲鳴に近い叫び声が響き。

「おとうさまっ! おにいさまっ!」

 2人を道端に置き去りにして、馬車が走り出してしまった。

「お、おい! 主を置いて行くヤツがあるか⁈」
「戻ってこーい!」
「すみません、旦那様! 若様っ! 馬が言うことをきかなくて止まりませーん!」
(……そうでしょうとも……)

 わたしの耳には、たくさんのチビ精霊達が楽しそうにケラケラと笑いながら、定期的にペチーン、ペチーンと馬を叩く音が聞こえていて、思わず口には出さず、そんなことを思った。

 ただ、お父様とお兄様は、この程度で諦めるような方々ではなく。

 気力と根性だけで、わたし達の乗った馬車を走って追いかけ、市街地に入り、速度の落ちた馬車に肉薄し、何と城へ着く直前には、追いついてきてしまった。

 ただ、馬の糞に塗れたお父様と、局地的泥混じり豪雨に見舞われたお兄様は、ここまで全力疾走してきた所為で、滝のような汗が頭の天辺から全身に吹き出していて、当然ながら異様に息も荒く、発する臭いも凄まじく。

 身内のわたしから見ても酷い有様だとしか言いようがなかった。

「…………聞きしに勝る、えげつなさだな」
「容赦ねぇえー………」

 お父様とお兄様を見た城の門兵達が、手にした槍を交差しながら2人の行手を阻みつつ溢した一言に、わたしはコーチの中で遠い目をしてしまった。

(……ああ。やっぱりこれって、既に “ざまあ” が始まっているってことなんですね……)

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?

新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。 ※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!

愛することをやめたら、怒る必要もなくなりました。今さら私を愛する振りなんて、していただかなくても大丈夫です。

石河 翠
恋愛
貴族令嬢でありながら、家族に虐げられて育ったアイビー。彼女は社交界でも人気者の恋多き侯爵エリックに望まれて、彼の妻となった。 ひとなみに愛される生活を夢見たものの、彼が欲していたのは、夫に従順で、家の中を取り仕切る女主人のみ。先妻の子どもと仲良くできない彼女をエリックは疎み、なじる。 それでもエリックを愛し、結婚生活にしがみついていたアイビーだが、彼の子どもに言われたたった一言で心が折れてしまう。ところが、愛することを止めてしまえばその生活は以前よりも穏やかで心地いいものになっていて……。 愛することをやめた途端に愛を囁くようになったヒーローと、その愛をやんわりと拒むヒロインのお話。 この作品は他サイトにも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID 179331)をお借りしております。

忘れられた妻

毛蟹葵葉
恋愛
結婚初夜、チネロは夫になったセインに抱かれることはなかった。 セインは彼女に積もり積もった怒りをぶつけた。 「浅ましいお前の母のわがままで、私は愛する者を伴侶にできなかった。それを止めなかったお前は罪人だ。顔を見るだけで吐き気がする」 セインは婚約者だった時とは別人のような冷たい目で、チネロを睨みつけて吐き捨てた。 「3年間、白い結婚が認められたらお前を自由にしてやる。私の妻になったのだから飢えない程度には生活の面倒は見てやるが、それ以上は求めるな」 セインはそれだけ言い残してチネロの前からいなくなった。 そして、チネロは、誰もいない別邸へと連れて行かれた。 三人称の練習で書いています。違和感があるかもしれません

婚約者が実は私を嫌っていたので、全て忘れる事にしました

Kouei
恋愛
私セイシェル・メルハーフェンは、 あこがれていたルパート・プレトリア伯爵令息と婚約できて幸せだった。 ルパート様も私に歩み寄ろうとして下さっている。 けれど私は聞いてしまった。ルパート様の本音を。 『我慢するしかない』 『彼女といると疲れる』 私はルパート様に嫌われていたの? 本当は厭わしく思っていたの? だから私は決めました。 あなたを忘れようと… ※この作品は、他投稿サイトにも公開しています。

仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが

ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。 定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──

目が覚めたら夫と子供がいました

青井陸
恋愛
とある公爵家の若い公爵夫人、シャルロットが毒の入ったのお茶を飲んで倒れた。 1週間寝たきりのシャルロットが目を覚ましたとき、幼い可愛い男の子がいた。 「…お母様?よかった…誰か!お母様が!!!!」 「…あなた誰?」 16歳で政略結婚によって公爵家に嫁いだ、元伯爵令嬢のシャルロット。 シャルロットは一目惚れであったが、夫のハロルドは結婚前からシャルロットには冷たい。 そんな関係の二人が、シャルロットが毒によって記憶をなくしたことにより少しずつ変わっていく。 なろう様でも同時掲載しています。

懐妊を告げずに家を出ます。最愛のあなた、どうかお幸せに。

梅雨の人
恋愛
最愛の夫、ブラッド。 あなたと共に、人生が終わるその時まで互いに慈しみ、愛情に溢れる時を過ごしていけると信じていた。 その時までは。 どうか、幸せになってね。 愛しい人。 さようなら。

【完結】悪役令嬢エヴァンジェリンは静かに死にたい

小達出みかん
恋愛
私は、悪役令嬢。ヒロインの代わりに死ぬ役どころ。 エヴァンジェリンはそうわきまえて、冷たい婚約者のどんな扱いにも耐え、死ぬ日のためにもくもくとやるべき事をこなしていた。 しかし、ヒロインを虐めたと濡れ衣を着せられ、「やっていません」と初めて婚約者に歯向かったその日から、物語の歯車が狂いだす。 ――ヒロインの身代わりに死ぬ予定の悪役令嬢だったのに、愛されキャラにジョブチェンしちゃったみたい(無自覚)でなかなか死ねない! 幸薄令嬢のお話です。 安心してください、ハピエンです――

処理中です...