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第4章 集まれ仲間達
1度きりのチャンス -3-
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ついにこの日がやって来てしまった。
昼を過ぎ、茶会の為に登城する刻限が近づいて来ると屋敷は俄かに騒がしくなった。
上着はこっちだ、靴はこれじゃない、なんて半分叫んでいるような、お父様とお兄様の声が、わたしの部屋まで聞こえて来ている。
わたしは、作業の合間を見て手直ししていた薄い黄色のドレスを自分1人で着込んで、踵も飾りもない茶色の靴を履いた。
わたしの髪は、手入れがあまりされていないけれど明るい薄めの金色で、瞳は淡い紫だから、この薄い黄色のドレスとなんの変哲もない茶色の靴を身に着けているのが、1番目立たない。
つまり、それだけお父様とお兄様に怒鳴られなくて済むからこの色を選んだ。
お父様とお兄様に無駄遣いしていると思われないように気をつけながら襟と袖口、胸下の切り替えと裾にだけ、小さな白い百合柄のチュールレースを縫い込んだ。
レースをつけるのに少しだけ切り取ったドレスの裾、その切り取った方の生地を袋縫いして、表面に安い白糸を使って簡単な刺繍を施し、腰部分の脇へと縫い付けたものを腰の後ろで結んだ。
装飾品などたいして持っていないので、唯一、所持を許されたお母様の形見のブローチを襟の中央につけ、余ったチュールレースをリボンにした物で、上の方の後ろ髪を結んだ。
化粧は、まだ3歳のわたしには早いと言われているから、持っていないし、使ってもいない。
ただ、魔法薬を作った時に出た捨てるだけの粉を少しづつ集めて空き瓶に溜めておいたものを目の隈に擦り込むことだけはしておいて、わたしは邸の玄関前にあるホールへ向かうと、そこでお父様とお兄様の支度が終わるのを待った。
やがて、先にやって来たお父様が、わたしのことを上から下までジロジロと値踏みするみたいに眺め回してから、大きく息を吐いた。
「陰気臭くて貧相な娘だ。やはり、お前に殿下の側室など無理だな。王家も何を考えておるやら。早々にお前との茶会のことなど忘れて、ザグナルを側近に迎えることを検討してもらいたいものだがな」
その口振りから、あの招待状に仕込まれていた縦読みの一文に、お父様が未だに気がついていないのだということを知る。
「父様、お待たせしました! ……って、お前……居たのかよ? 幽霊でも立ってるのかと思ったぜ。ホントに華のない女だよな。なんでお前なんかに側室の話しなんか来たんだか、意味が分……」
「旦那様、若様。そろそろ出立の御時間でございます」
お兄様の言葉をやんわりと遮るようなタイミングで、けれどハッキリとそう告げたのは、最近になって我が家の侍従として雇用されたダリルという男の人だった。
「うるさいな、新入! 分かってるよ!」
吐き捨てるように言ったお兄様は、馬車へと向かったお父様を追いかけて、足音荒く去って行った。
「お嬢様も、ご準備はよろしいですか?」
「えっ⁈ あ、は、はいっ」
この家で、わたしが使用人以下の扱いを受けている娘なのだと、まだ知らないのだろう。
話しかけられて面食らったわたしは、慌てて返事だけを口にした。
「大丈夫。お嬢様は、何も心配なさらなくて宜しいのですよ。全て、エンディミオン殿下達にお任せしておおきなさいませ。今日、この時より、お嬢様のことは、1から10まで “六精霊の魔導術士” たる御方が、己が全てをかけて、御守りくださいますからね」
彼が “六精霊の魔導術士” という言葉をわたしに向かって口にした瞬間だった。
ふわっ、と暖かい風がわたしの身体を包み込んだ。
「えっ⁈」
「おや、早速ですか。流石に仕事がお早い。では、お嬢様。いってらっしゃいませ」
「あ、はい……」
何が起こったのか今一つ分からないまま、わたしは後ろ髪を引かれる思いで玄関先へつけられている馬車へと向かった。
「やっと来たのか! このグ……っぉが!」
いつものように、わたしへの罵り言葉を口にしようとしたお兄様の口へ、何かが放り込まれたような錯覚が見えて、お兄様が、苦しそうに咳き込み始めたました。
「どうした、ザグナル。大丈夫か。おい、そこの。水を持て」
「はい、ただいま」
お父様に指示されたメイドの1人が慌てて邸の中へと戻って行き、お父様は心配そうにお兄様の背を撫でながら「埃でも吸い込んだのか?」と不思議そうに首を捻っていた。
お父様、お兄様。
貴方がたは、聞こえなかったのですか?
お兄様が咳き込む直前、風の中から聞こえた声が。
『デンレイ! デンレイ!』
『ロクセイレイノマドウジュツシヨリ、ゼンロクゾクセイ、チビセイレイタチニツグ!』
『ジチョウ、ダイイチダンカイ、カイジョ!』
『セイゲン、ダイイチダンカイ、カイジョ!』
『タイショウヘノ、イヤガラセガ、キョカサレタ!』
『ミナノシュウ! ワレラ、チビセイレイニヨル、チビセイレイガタノシイダケノ、ジミジミイヤガラセコウゲキ! ミセテヤンゾー!』
『オー!』
チビ精霊が楽しいだけの、地味地味嫌がらせ攻撃……?
えっ⁈
あ、あの……エンディミオン殿下?
もしかして “ざまあ” って、もう始まっているんですか⁈
昼を過ぎ、茶会の為に登城する刻限が近づいて来ると屋敷は俄かに騒がしくなった。
上着はこっちだ、靴はこれじゃない、なんて半分叫んでいるような、お父様とお兄様の声が、わたしの部屋まで聞こえて来ている。
わたしは、作業の合間を見て手直ししていた薄い黄色のドレスを自分1人で着込んで、踵も飾りもない茶色の靴を履いた。
わたしの髪は、手入れがあまりされていないけれど明るい薄めの金色で、瞳は淡い紫だから、この薄い黄色のドレスとなんの変哲もない茶色の靴を身に着けているのが、1番目立たない。
つまり、それだけお父様とお兄様に怒鳴られなくて済むからこの色を選んだ。
お父様とお兄様に無駄遣いしていると思われないように気をつけながら襟と袖口、胸下の切り替えと裾にだけ、小さな白い百合柄のチュールレースを縫い込んだ。
レースをつけるのに少しだけ切り取ったドレスの裾、その切り取った方の生地を袋縫いして、表面に安い白糸を使って簡単な刺繍を施し、腰部分の脇へと縫い付けたものを腰の後ろで結んだ。
装飾品などたいして持っていないので、唯一、所持を許されたお母様の形見のブローチを襟の中央につけ、余ったチュールレースをリボンにした物で、上の方の後ろ髪を結んだ。
化粧は、まだ3歳のわたしには早いと言われているから、持っていないし、使ってもいない。
ただ、魔法薬を作った時に出た捨てるだけの粉を少しづつ集めて空き瓶に溜めておいたものを目の隈に擦り込むことだけはしておいて、わたしは邸の玄関前にあるホールへ向かうと、そこでお父様とお兄様の支度が終わるのを待った。
やがて、先にやって来たお父様が、わたしのことを上から下までジロジロと値踏みするみたいに眺め回してから、大きく息を吐いた。
「陰気臭くて貧相な娘だ。やはり、お前に殿下の側室など無理だな。王家も何を考えておるやら。早々にお前との茶会のことなど忘れて、ザグナルを側近に迎えることを検討してもらいたいものだがな」
その口振りから、あの招待状に仕込まれていた縦読みの一文に、お父様が未だに気がついていないのだということを知る。
「父様、お待たせしました! ……って、お前……居たのかよ? 幽霊でも立ってるのかと思ったぜ。ホントに華のない女だよな。なんでお前なんかに側室の話しなんか来たんだか、意味が分……」
「旦那様、若様。そろそろ出立の御時間でございます」
お兄様の言葉をやんわりと遮るようなタイミングで、けれどハッキリとそう告げたのは、最近になって我が家の侍従として雇用されたダリルという男の人だった。
「うるさいな、新入! 分かってるよ!」
吐き捨てるように言ったお兄様は、馬車へと向かったお父様を追いかけて、足音荒く去って行った。
「お嬢様も、ご準備はよろしいですか?」
「えっ⁈ あ、は、はいっ」
この家で、わたしが使用人以下の扱いを受けている娘なのだと、まだ知らないのだろう。
話しかけられて面食らったわたしは、慌てて返事だけを口にした。
「大丈夫。お嬢様は、何も心配なさらなくて宜しいのですよ。全て、エンディミオン殿下達にお任せしておおきなさいませ。今日、この時より、お嬢様のことは、1から10まで “六精霊の魔導術士” たる御方が、己が全てをかけて、御守りくださいますからね」
彼が “六精霊の魔導術士” という言葉をわたしに向かって口にした瞬間だった。
ふわっ、と暖かい風がわたしの身体を包み込んだ。
「えっ⁈」
「おや、早速ですか。流石に仕事がお早い。では、お嬢様。いってらっしゃいませ」
「あ、はい……」
何が起こったのか今一つ分からないまま、わたしは後ろ髪を引かれる思いで玄関先へつけられている馬車へと向かった。
「やっと来たのか! このグ……っぉが!」
いつものように、わたしへの罵り言葉を口にしようとしたお兄様の口へ、何かが放り込まれたような錯覚が見えて、お兄様が、苦しそうに咳き込み始めたました。
「どうした、ザグナル。大丈夫か。おい、そこの。水を持て」
「はい、ただいま」
お父様に指示されたメイドの1人が慌てて邸の中へと戻って行き、お父様は心配そうにお兄様の背を撫でながら「埃でも吸い込んだのか?」と不思議そうに首を捻っていた。
お父様、お兄様。
貴方がたは、聞こえなかったのですか?
お兄様が咳き込む直前、風の中から聞こえた声が。
『デンレイ! デンレイ!』
『ロクセイレイノマドウジュツシヨリ、ゼンロクゾクセイ、チビセイレイタチニツグ!』
『ジチョウ、ダイイチダンカイ、カイジョ!』
『セイゲン、ダイイチダンカイ、カイジョ!』
『タイショウヘノ、イヤガラセガ、キョカサレタ!』
『ミナノシュウ! ワレラ、チビセイレイニヨル、チビセイレイガタノシイダケノ、ジミジミイヤガラセコウゲキ! ミセテヤンゾー!』
『オー!』
チビ精霊が楽しいだけの、地味地味嫌がらせ攻撃……?
えっ⁈
あ、あの……エンディミオン殿下?
もしかして “ざまあ” って、もう始まっているんですか⁈
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