上 下
68 / 458
第4章 集まれ仲間達

1度きりのチャンス -3-

しおりを挟む
 ついにこの日がやって来てしまった。

 昼を過ぎ、茶会の為に登城する刻限が近づいて来ると屋敷は俄かに騒がしくなった。

 上着はこっちだ、靴はこれじゃない、なんて半分叫んでいるような、お父様とお兄様の声が、わたしの部屋まで聞こえて来ている。

 わたしは、作業の合間を見て手直ししていた薄い黄色のドレスを自分1人で着込んで、踵も飾りもない茶色の靴を履いた。

 わたしの髪は、手入れがあまりされていないけれど明るい薄めの金色で、瞳は淡い紫だから、この薄い黄色のドレスとなんの変哲もない茶色の靴を身に着けているのが、1番目立たない。

 つまり、それだけお父様とお兄様に怒鳴られなくて済むからこの色を選んだ。

 お父様とお兄様に無駄遣いしていると思われないように気をつけながら襟と袖口、胸下の切り替えと裾にだけ、小さな白い百合柄のチュールレースを縫い込んだ。

 レースをつけるのに少しだけ切り取ったドレスの裾、その切り取った方の生地を袋縫いして、表面に安い白糸を使って簡単な刺繍を施し、腰部分の脇へと縫い付けたものを腰の後ろで結んだ。

 装飾品などたいして持っていないので、唯一、所持を許されたお母様の形見のブローチを襟の中央につけ、余ったチュールレースをリボンにした物で、上の方の後ろ髪を結んだ。

 化粧は、まだ3歳のわたしには早いと言われているから、持っていないし、使ってもいない。

 ただ、魔法薬を作った時に出た捨てるだけの粉を少しづつ集めて空き瓶に溜めておいたものを目の隈に擦り込むことだけはしておいて、わたしは邸の玄関前にあるホールへ向かうと、そこでお父様とお兄様の支度が終わるのを待った。

 やがて、先にやって来たお父様が、わたしのことを上から下までジロジロと値踏みするみたいに眺め回してから、大きく息を吐いた。

「陰気臭くて貧相な娘だ。やはり、お前に殿下の側室など無理だな。王家も何を考えておるやら。早々にお前との茶会のことなど忘れて、ザグナルを側近に迎えることを検討してもらいたいものだがな」

 その口振りから、あの招待状に仕込まれていた縦読みの一文に、お父様が未だに気がついていないのだということを知る。

「父様、お待たせしました! ……って、お前……居たのかよ? 幽霊でも立ってるのかと思ったぜ。ホントに華のない女だよな。なんでお前なんかに側室の話しなんか来たんだか、意味が分……」
「旦那様、若様。そろそろ出立の御時間でございます」

 お兄様の言葉をやんわりと遮るようなタイミングで、けれどハッキリとそう告げたのは、最近になって我が家の侍従として雇用されたダリルという男の人だった。

「うるさいな、新入! 分かってるよ!」

 吐き捨てるように言ったお兄様は、馬車へと向かったお父様を追いかけて、足音荒く去って行った。

「お嬢様も、ご準備はよろしいですか?」
「えっ⁈ あ、は、はいっ」

 この家で、わたしが使用人以下の扱いを受けている娘なのだと、まだ知らないのだろう。

 話しかけられて面食らったわたしは、慌てて返事だけを口にした。

「大丈夫。お嬢様は、何も心配なさらなくて宜しいのですよ。全て、エンディミオン殿下達にお任せしておおきなさいませ。今日、この時より、お嬢様のことは、1から10まで “六精霊の魔導術士” たる御方が、己が全てをかけて、御守りくださいますからね」

 彼が “六精霊の魔導術士” という言葉をわたしに向かって口にした瞬間だった。

 ふわっ、と暖かい風がわたしの身体を包み込んだ。

「えっ⁈」
「おや、早速ですか。流石に仕事がお早い。では、お嬢様。いってらっしゃいませ」
「あ、はい……」

 何が起こったのか今一つ分からないまま、わたしは後ろ髪を引かれる思いで玄関先へつけられている馬車へと向かった。

「やっと来たのか! このグ……っぉが!」

 いつものように、わたしへの罵り言葉を口にしようとしたお兄様の口へ、何かが放り込まれたような錯覚が見えて、お兄様が、苦しそうに咳き込み始めたました。

「どうした、ザグナル。大丈夫か。おい、そこの。水を持て」
「はい、ただいま」

 お父様に指示されたメイドの1人が慌てて邸の中へと戻って行き、お父様は心配そうにお兄様の背を撫でながら「埃でも吸い込んだのか?」と不思議そうに首を捻っていた。

 お父様、お兄様。

 貴方がたは、聞こえなかったのですか?

 お兄様が咳き込む直前、風の中から聞こえた声が。

『デンレイ! デンレイ!』
『ロクセイレイノマドウジュツシヨリ、ゼンロクゾクセイ、チビセイレイタチニツグ!』
『ジチョウ、ダイイチダンカイ、カイジョ!』
『セイゲン、ダイイチダンカイ、カイジョ!』
『タイショウヘノ、イヤガラセガ、キョカサレタ!』
『ミナノシュウ! ワレラ、チビセイレイニヨル、チビセイレイガタノシイダケノ、ジミジミイヤガラセコウゲキ! ミセテヤンゾー!』
『オー!』

 チビ精霊が楽しいだけの、地味地味嫌がらせ攻撃……?

 えっ⁈

 あ、あの……エンディミオン殿下?

 もしかして “ざまあ” って、もう始まっているんですか⁈

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?

新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。 ※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!

悪役令嬢が美形すぎるせいで話が進まない

陽炎氷柱
恋愛
「傾国の美女になってしまったんだが」 デブス系悪役令嬢に生まれた私は、とにかく美しい悪の華になろうとがんばった。賢くて美しい令嬢なら、だとえ断罪されてもまだ未来がある。 そう思って、前世の知識を活用してダイエットに励んだのだが。 いつの間にかパトロンが大量発生していた。 ところでヒロインさん、そんなにハンカチを強く嚙んだら歯並びが悪くなりますよ?

【完結】亡き冷遇妃がのこしたもの〜王の後悔〜

なか
恋愛
「セレリナ妃が、自死されました」  静寂をかき消す、衛兵の報告。  瞬間、周囲の視線がたった一人に注がれる。  コリウス王国の国王––レオン・コリウス。  彼は正妃セレリナの死を告げる報告に、ただ一言呟く。 「構わん」……と。  周囲から突き刺さるような睨みを受けても、彼は気にしない。  これは……彼が望んだ結末であるからだ。  しかし彼は知らない。  この日を境にセレリナが残したものを知り、後悔に苛まれていくことを。  王妃セレリナ。  彼女に消えて欲しかったのは……  いったい誰か?    ◇◇◇  序盤はシリアスです。  楽しんでいただけるとうれしいです。    

忘れられた妻

毛蟹葵葉
恋愛
結婚初夜、チネロは夫になったセインに抱かれることはなかった。 セインは彼女に積もり積もった怒りをぶつけた。 「浅ましいお前の母のわがままで、私は愛する者を伴侶にできなかった。それを止めなかったお前は罪人だ。顔を見るだけで吐き気がする」 セインは婚約者だった時とは別人のような冷たい目で、チネロを睨みつけて吐き捨てた。 「3年間、白い結婚が認められたらお前を自由にしてやる。私の妻になったのだから飢えない程度には生活の面倒は見てやるが、それ以上は求めるな」 セインはそれだけ言い残してチネロの前からいなくなった。 そして、チネロは、誰もいない別邸へと連れて行かれた。 三人称の練習で書いています。違和感があるかもしれません

運命の番?棄てたのは貴方です

ひよこ1号
恋愛
竜人族の侯爵令嬢エデュラには愛する番が居た。二人は幼い頃に出会い、婚約していたが、番である第一王子エリンギルは、新たに番と名乗り出たリリアーデと婚約する。邪魔になったエデュラとの婚約を解消し、番を引き裂いた大罪人として追放するが……。一方で幼い頃に出会った侯爵令嬢を忘れられない帝国の皇子は、男爵令息と身分を偽り竜人国へと留学していた。 番との運命の出会いと別離の物語。番でない人々の貫く愛。 ※自己設定満載ですので気を付けてください。 ※性描写はないですが、一線を越える個所もあります ※多少の残酷表現あります。 以上2点からセルフレイティング

殿下には既に奥様がいらっしゃる様なので私は消える事にします

Karamimi
恋愛
公爵令嬢のアナスタシアは、毒を盛られて3年間眠り続けていた。そして3年後目を覚ますと、婚約者で王太子のルイスは親友のマルモットと結婚していた。さらに自分を毒殺した犯人は、家族以上に信頼していた、専属メイドのリーナだと聞かされる。 真実を知ったアナスタシアは、深いショックを受ける。追い打ちをかける様に、家族からは役立たずと罵られ、ルイスからは側室として迎える準備をしていると告げられた。 そして輿入れ前日、マルモットから恐ろしい真実を聞かされたアナスタシアは、生きる希望を失い、着の身着のまま屋敷から逃げ出したのだが… 7万文字くらいのお話です。 よろしくお願いいたしますm(__)m

処理中です...