49 / 458
第3章 それぞれのスタートライン
正式な姉妹となるために -2-
しおりを挟む
私は、審議の間で行う神問いに何の躊躇いもなかった。
2人の少女……アリューシャ嬢とフランソワーヌ嬢とは初対面ではない。
先立って公爵と公爵夫人に付き添われ、神殿を訪れた2人は当時、カネンガースキー大司祭から私のことをこう、紹介されていた。
“女神のために全てを棄てた男”
“女神のために己の全てを捧げ続ける男”
それは、枢機卿という地位にありながら、未だ口さがない者達が叩き続けている私に対する、嫉妬と嘲りから来る代名詞とも呼べる陰口の代表格だった。
いつも通り擁護するフリをして見下している彼が、そんな噂など心配しなくても大丈夫だ、などと……ならば言わなければ良いような結び言葉で私のことを紹介し終えた時、2人の少女は言ったのだ。
『めっちゃわかるぅ~! むしろきょうかんしかないぃ~!』
は?
私も大司祭も同席していた公爵夫妻も同時に唱えた1文字が、全く同じなのは印象的だった。
キャピキャピとした少女達の声が続ける。
『ってゆうかー? さいおしにみつぎつくすとか、じょうしきじゃね?』
『ねー? すうききょうげいかって、サーシャエールさまおしがつきぬけすぎて、なまえまでかえちゃったの、すごすぎるよねぇ!』
『ねー。わかりみがふかすぎるぅ。サーシャエールさま、すたいるばつぐんなふぁびゅらすびじょだし? もはや、おんなとして、しっとすらしないレベルじゃん? おとこでもおんなでも、ちょうりすぺくとしたって、とうぜんじゃんねー?』
『だよねー! サーシャエールさま、わらうとホンワカするし、かんみぜめするとちょびっとおまけしてくれるの、げきかわだったよねー! ぜったいまた、おちゃかいやろー?』
『やるやる! ひっすっしょ!』
失礼。
御嬢様方は、サーシャエール様と御面識がお有りなので?
これまで御令嬢方には、無理矢理引き攣った笑みを浮かべて上辺を取り繕われるか、思い切り引かれるか。
さもなくば、気持ち悪いと忌避されるかしかなかった私は、生まれて初めて聞く様々な単語を一旦、全て意識の外に追い出して、そう問いかけていた。
『あ。わたしたちねー、まだかくせいはしてないんだけど、こないだこれもらったんだー』
そう言って、2人の御令嬢は魔導具も使わずに自身のステータスを開いて見せた。
そのステータスにある称号の欄には。
“聖女[覚醒前]”
そして。
“女神サーシャエールの愛巫女[覚醒前]”
何と!
……では、覚醒すれば御二方は……。
『うん。いつになるかは、まだだんげんできないんだけど、10ねんごくらいまでには、なんとかしようとおもってるの』
『きたるべきひ、というのがやってきましたなら、すうききょうげいかにも、ぜひ、ごじょりょくいただきたいので、どうかいまのあなたさまのまま。サーシャエールさまのみこころに、かなうままのあなたさまでいてくださいませ』
きたるべきひ……来るべき日!
それは、枢機卿になった時、私の目の前に御降臨くださったサーシャエール様が仰っておられた言葉と同じものだった。
私は思わず、2人の少女に向かって床に両膝をつき、跪拝の礼をとった。
この時は、イマイチ事態を理解していなかったカネンガースキー大司祭も上位である私の所作に慌てて習う形で床に膝をつき、改めて彼女達のステータスにある称号欄をマジマジと見詰め直していた。
次第に事を把握したのか、顔が色をなくし、目を見開いていく。
『かしこまりました。女神サーシャエール様からの御伝言と思い、万難を排しまして御心に叶う信徒として今後も邁進して参ります!』
私の回答に御二方は嬉しそうに『はいっ! ぜひ、わたくしたちのおなかまでいてくださいませ!』と言って微笑んでくれた。
カネンガースキー大司祭も、遅ればせながら理解に達したのだろう。
最後には、お2人に平伏していた。
国王陛下にもこんなことしないのにな、この男。
その御二方が、共に在ることを望んでいる。
それは、女神様がお望みでもあることなのだ。
ならば、それをお助けするのが私の役目。
サーシャエール様……それでよろしゅうございますね?
[貴方なら分かってくれると信じておりましたよ。カネンガースキー大司祭と共に、教会に於ける2人の後ろ盾を頼みます]
天界より柔らかに響くこのお声を聞き違う筈もない。
「かしこまりました、サーシャエール様」
私は審議の間で天へと掲げていた両腕を下ろし、国王陛下へと向き直った。
「女神サーシャエール様は、アリューシャ嬢がフランソワーヌ嬢と共に在ることを望まれておられ、私と大司祭の2人に教会に於ける御二方の後ろ盾となるよう仰せられました。以上のことからアリューシャ嬢は、ランドリウス公爵家に入られることが望ましいと判断いたします」
男爵家でも子爵家でも無理矢理ではあっても御二方が共に居ることを実現することは可能だろう。
だが、私と大司祭の2人が揃って後ろ盾となるなら話しは別だ。
自慢ではないが、私の地位は枢機卿。
カネンガースキーは大司祭。
2人揃っての面会を希望しようとするだけで、教会へ渡す寄付金が都度都度、数十枚の大金貨となって懐から飛んで行く。
男爵家や子爵家では、その出費を頻繁には用意することが出来ず、また継続していくことも出来ないだろう。
イロインジャネー子爵が完全に色を無くした顔で呆然としている。
正反対に自分にも女神の思し召しがあったことに喜色満面なカネンガースキー大司祭。
その2人を視界に入れながら、聖女と愛巫女を育む家として不適格と看做された男爵家と子爵家はともかく、大司祭がこちら側として含められた理由は一体、何なのだろうか? と、そんなことを考えていた。
2人の少女……アリューシャ嬢とフランソワーヌ嬢とは初対面ではない。
先立って公爵と公爵夫人に付き添われ、神殿を訪れた2人は当時、カネンガースキー大司祭から私のことをこう、紹介されていた。
“女神のために全てを棄てた男”
“女神のために己の全てを捧げ続ける男”
それは、枢機卿という地位にありながら、未だ口さがない者達が叩き続けている私に対する、嫉妬と嘲りから来る代名詞とも呼べる陰口の代表格だった。
いつも通り擁護するフリをして見下している彼が、そんな噂など心配しなくても大丈夫だ、などと……ならば言わなければ良いような結び言葉で私のことを紹介し終えた時、2人の少女は言ったのだ。
『めっちゃわかるぅ~! むしろきょうかんしかないぃ~!』
は?
私も大司祭も同席していた公爵夫妻も同時に唱えた1文字が、全く同じなのは印象的だった。
キャピキャピとした少女達の声が続ける。
『ってゆうかー? さいおしにみつぎつくすとか、じょうしきじゃね?』
『ねー? すうききょうげいかって、サーシャエールさまおしがつきぬけすぎて、なまえまでかえちゃったの、すごすぎるよねぇ!』
『ねー。わかりみがふかすぎるぅ。サーシャエールさま、すたいるばつぐんなふぁびゅらすびじょだし? もはや、おんなとして、しっとすらしないレベルじゃん? おとこでもおんなでも、ちょうりすぺくとしたって、とうぜんじゃんねー?』
『だよねー! サーシャエールさま、わらうとホンワカするし、かんみぜめするとちょびっとおまけしてくれるの、げきかわだったよねー! ぜったいまた、おちゃかいやろー?』
『やるやる! ひっすっしょ!』
失礼。
御嬢様方は、サーシャエール様と御面識がお有りなので?
これまで御令嬢方には、無理矢理引き攣った笑みを浮かべて上辺を取り繕われるか、思い切り引かれるか。
さもなくば、気持ち悪いと忌避されるかしかなかった私は、生まれて初めて聞く様々な単語を一旦、全て意識の外に追い出して、そう問いかけていた。
『あ。わたしたちねー、まだかくせいはしてないんだけど、こないだこれもらったんだー』
そう言って、2人の御令嬢は魔導具も使わずに自身のステータスを開いて見せた。
そのステータスにある称号の欄には。
“聖女[覚醒前]”
そして。
“女神サーシャエールの愛巫女[覚醒前]”
何と!
……では、覚醒すれば御二方は……。
『うん。いつになるかは、まだだんげんできないんだけど、10ねんごくらいまでには、なんとかしようとおもってるの』
『きたるべきひ、というのがやってきましたなら、すうききょうげいかにも、ぜひ、ごじょりょくいただきたいので、どうかいまのあなたさまのまま。サーシャエールさまのみこころに、かなうままのあなたさまでいてくださいませ』
きたるべきひ……来るべき日!
それは、枢機卿になった時、私の目の前に御降臨くださったサーシャエール様が仰っておられた言葉と同じものだった。
私は思わず、2人の少女に向かって床に両膝をつき、跪拝の礼をとった。
この時は、イマイチ事態を理解していなかったカネンガースキー大司祭も上位である私の所作に慌てて習う形で床に膝をつき、改めて彼女達のステータスにある称号欄をマジマジと見詰め直していた。
次第に事を把握したのか、顔が色をなくし、目を見開いていく。
『かしこまりました。女神サーシャエール様からの御伝言と思い、万難を排しまして御心に叶う信徒として今後も邁進して参ります!』
私の回答に御二方は嬉しそうに『はいっ! ぜひ、わたくしたちのおなかまでいてくださいませ!』と言って微笑んでくれた。
カネンガースキー大司祭も、遅ればせながら理解に達したのだろう。
最後には、お2人に平伏していた。
国王陛下にもこんなことしないのにな、この男。
その御二方が、共に在ることを望んでいる。
それは、女神様がお望みでもあることなのだ。
ならば、それをお助けするのが私の役目。
サーシャエール様……それでよろしゅうございますね?
[貴方なら分かってくれると信じておりましたよ。カネンガースキー大司祭と共に、教会に於ける2人の後ろ盾を頼みます]
天界より柔らかに響くこのお声を聞き違う筈もない。
「かしこまりました、サーシャエール様」
私は審議の間で天へと掲げていた両腕を下ろし、国王陛下へと向き直った。
「女神サーシャエール様は、アリューシャ嬢がフランソワーヌ嬢と共に在ることを望まれておられ、私と大司祭の2人に教会に於ける御二方の後ろ盾となるよう仰せられました。以上のことからアリューシャ嬢は、ランドリウス公爵家に入られることが望ましいと判断いたします」
男爵家でも子爵家でも無理矢理ではあっても御二方が共に居ることを実現することは可能だろう。
だが、私と大司祭の2人が揃って後ろ盾となるなら話しは別だ。
自慢ではないが、私の地位は枢機卿。
カネンガースキーは大司祭。
2人揃っての面会を希望しようとするだけで、教会へ渡す寄付金が都度都度、数十枚の大金貨となって懐から飛んで行く。
男爵家や子爵家では、その出費を頻繁には用意することが出来ず、また継続していくことも出来ないだろう。
イロインジャネー子爵が完全に色を無くした顔で呆然としている。
正反対に自分にも女神の思し召しがあったことに喜色満面なカネンガースキー大司祭。
その2人を視界に入れながら、聖女と愛巫女を育む家として不適格と看做された男爵家と子爵家はともかく、大司祭がこちら側として含められた理由は一体、何なのだろうか? と、そんなことを考えていた。
0
お気に入りに追加
49
あなたにおすすめの小説
【完結】お父様に愛されなかった私を叔父様が連れ出してくれました。~お母様からお父様への最後のラブレター~
山葵
恋愛
「エリミヤ。私の所に来るかい?」
母の弟であるバンス子爵の言葉に私は泣きながら頷いた。
愛人宅に住み屋敷に帰らない父。
生前母は、そんな父と結婚出来て幸せだったと言った。
私には母の言葉が理解出来なかった。
婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。
束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。
だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。
そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。
全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。
気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。
そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。
すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】
皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」
「っ――――!!」
「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」
クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。
******
・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。
悪役令嬢が美形すぎるせいで話が進まない
陽炎氷柱
恋愛
「傾国の美女になってしまったんだが」
デブス系悪役令嬢に生まれた私は、とにかく美しい悪の華になろうとがんばった。賢くて美しい令嬢なら、だとえ断罪されてもまだ未来がある。
そう思って、前世の知識を活用してダイエットに励んだのだが。
いつの間にかパトロンが大量発生していた。
ところでヒロインさん、そんなにハンカチを強く嚙んだら歯並びが悪くなりますよ?
私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?
新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。
※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる