お金がないっ!

有馬 迅

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第6章 <閑話> それぞれの胸中編

昆虫愛好家キャロリーヌ -2-

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「キャロリーヌ先生、こんにちわ!」
「あらー、デルフィニス皇太子。急にどうしたの?」
「いえ。近くまで来たものですからご挨拶をと。先生、宜しかったらこれから私とお昼ご飯でも一緒にいかがですか?」

 人好きのする笑みを浮かべて、立場の割に気軽な調子で昼食へと誘って来た彼は、ザナンザクト帝国というこの大陸の最東南端に位置する大きな国の皇太子……次期国王として育って来た青年だった。

 歳が近いことと彼が国の政策として考えている案件に虫人族の存在が組み込まれていたのもあって、国内で唯一、虫人族を研究している彼女がアドバイザーとしてその立案チームに選出されたことが、2人の出会いだった。

 親しみやすく、誰からも好かれる皇太子だったデルフィニスはこの時、奴隷であったり最下層の貧民よりも更に立場の悪い状況にあった虫人族を憂い、先ずは生活の基盤を整えさせる為に成人済みの者には国からの仕事を、子供達には市井で仕事が出来る程度の学問を学ばせる為の施策を作ろうとしていた。

 少なくとも彼は、この時点では虫人族に好意的な人物だったのだ。

 そして、この時点でもう彼はキャロリーヌを妻に迎えるつもりでいた。

 本人には、その類いのことを一言も話すことなく、彼の中では既に決定事項で既定路線で、訊ねてもいない癖に彼女も自分と結婚する気でいるのだと信じ込んでいた………らしい。

 彼女にとっては、全部、後になってから知ったことだったけれど。

 当時の彼女は、研究の為に大陸中をあちこち旅していた。

 これを運命の出会いというならそうなのだろう。

 彼女は、その旅先の1つで魔獣に襲われたのだ。

 命の危機に瀕していたキャロリーヌを救ったのは芥人族の族長、ゴキ=ラ=キングという青年と彼が自ら率いていた街周辺を巡回している警備隊の面々だった。

 その時、彼女は生まれて初めて目の当たりにしたのだ。

 半分が人で半分が蜚蠊だとされている彼等、芥人族の高い身体能力を。

 スキルなのか種族特性なのか、当時は分からなかったけれど、決して強くはない筈の彼等が気配に聡く、敵の攻撃を素早く巧みに避け、踏み潰されたと思ってもスルっと足と地面の間から抜け出して無傷。

 隠密性に優れ、周囲の木々へあっと言う間に登り、上空から弓で攻撃したり、自らの羽で滑空し、槍で直接攻撃もする。

(芥人族って、雄でも器用で攻撃が多彩だわ! きっと私達人間が思ってるより、ずっと賢いのね……!)

 ある種の感動を以って、彼等の戦闘を眺めていた彼女は、族長であるゴキ=ラ=キングが、何と雷魔法を使って魔獣にトドメを刺す瞬間を見てしまった。

「魔法凄い! 皆さんも凄いです! 強い! 器用! カッコいい‼︎」

 拍手喝采で彼等の勝利と活躍を賞賛したら、物凄く微妙な空気が漂ってしまったのを今でも覚えている。

「人間。この辺りはもう我等虫人族の……」
「あ! はい! 私、昆虫愛好家兼虫人族研究者のキャロリーヌと申します! 芥人族の皆さん、私、どう見たって人族なのに、それでも危ない所を見捨てずに助けてくださった皆さんの心優しさと魔獣を物ともしない強さに感謝致します!」

 取り敢えず言いたいことを全部纏めて宣った彼女に芥人族達は、有り得ないものを見た、とでもいうように戸惑いの空気を撒き散らしながら、忙しなく長い触角をヒヨヒヨ動かしていた。

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