お金がないっ!

有馬 迅

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第1章 ペンドリウス王家亡命編

異世界でも居た

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 彼女が腕に抱える赤ん坊から包んである布を取り去って、傍にあった石床から手桶を取って湯を汲み上げる。

「赤児の足元から少しずつ湯をかけ、温度に慣らしてやってから、こちらの浅い浴槽に身を浸ける」
「はい」

 俺の説明を聞いて、屈み込んだ彼女が浴槽の端へ赤ん坊を差し出した。

 抱え方が不慣れ全開で見てるこっちが怖いので、なるべく注意を彼女の方に向けながら右手で手桶の中の湯を掬って、ちょっとずつ赤ん坊の足へとかける。

「ぴゃっ!」

 ビックリしたのか、赤ん坊が変な声を上げて王妃様の身体が赤ん坊より、よっぽど驚いたようにビクッと跳ねた。

「問題ない。先程とは違って下は石床だ。放り出すなよ?」
「だ、大丈夫です! 頑張りますっ!」

 何を頑張るんだろうと思っていたら、赤ん坊を肘から先の力だけで保持しているようで、腕がぷるぷる震えていた。

(首の座ってない赤ん坊、その持ち方されんのマジ怖い! でも俺が代わりにやってお母さんが覚えられなくなっちゃったら意味ないしなぁ)

 お湯が気持ちいいのか、きゃっきゃ言い始めた赤ん坊にもういいか、と右手を足元に翳して直接、湯をかける圧力を与えないようにしながら手桶の湯をかける。

 2、3回それを繰り返してお湯を怖がる様子を見せない赤ん坊に、これなら大丈夫かな、と判断した。

「こちらの浴槽に、膝くらいまで、ゆっくりと浸けてやりなさい。嫌がったらすぐ上げるように」
「分かりましたわ」

 そおっとそおっと、未だぷるぷるしている腕を下に下げて小さい浴槽の縁に近い場所で赤ん坊の足を湯に浸けると特に意味はないんだろうが、足がパタパタっと動いて、ほんのちょっとだけ湯が跳ねた。

「こ、これは嫌なのでしょうか?」
「泣いてはいないから大丈夫だ。腰辺りまで浸けてみなさい」
「はい」

 赤ん坊が嫌なことされた時は、隠す気ゼロの渋面になって、我慢の限界がくると殺されかかってるみたいに凄い音量で泣き叫ぶことを知っている俺は、特に臆することもなかったけど、彼女は初めての育児で、どうしてもおっかなびっくり感が全面に出ていた。

 そっと腰まで湯に浸けられた赤ん坊が、にぱあっ、と可愛い笑顔を浮かべて彼女が、それに気がついて嬉しそうな顔をした瞬間。

 浴槽の中の湯に黄色いモヤが広がった。

 安心したような、満足そうな、開放感に浸っているような表情を浮かべた赤ん坊に王妃様が目を剥いて、信じられような物を見た表情を赤ん坊に向けながら愕然として凍りついていた。

(ああ……風呂とかプールとか、水の中入るとヤるヤツって居るよなー……)

 そんな感想を抱いていた俺の耳にポーン、とどこか機械的な音が浴室に響き渡ったのが聞こえた。

『浴槽の浄化を行います。人体に影響はありませんのでそのままお待ちください』

 音声ガイダンスみたいな声がそう言って、浴槽が白い光に包まれた。

 きっと放たれた黄色いものを消す為だろうと思っていたのに白の発光が収まった後、中を覗けば、湯に浸かっていた赤ん坊の腰から下と王妃様の肘から下だけが、元々の肌の色なのだろう綺麗な色になっていた。

(洗うのも全自動とか、風呂に入れてるってより洗濯機に放り込んでる気分……)

 恐らくは、異世界的にはそんなことないんだろうけど、これまでの自分の常識に照らし合わせると、どうしてもそんな印象が拭いされない俺だった。

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