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第8章 クストディオ皇国編

扉の向こうへ

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 スガルとブルーは、頭上の高さが十分ある場所まで出てから飛翔魔法を使って地下への階段を降りていた。
 ブルーのコンソールグラスに表示されている敵性存在表示は4つ。
そして、味方の表示になっている点が1つ。
この味方の表示に該当しそうな心当たりは1人しかおらず、戦闘になっているなら早めに介入した方がいいだろうというのが2人の判断だった。
 所々で平らな通路を挟んで時折、反対方向へと折り返しながら続く階段の中空を辿りながら降りて行くと程なくして、大きな石造りの扉がある広い空間へと到着した。
 そこには予想通りの人物が立っていて、足元には既に制圧済みらしいローブの人物が4人、意識を刈り取られて転がっていた。

「クルト」
「邪魔なヤツは片付けた。ここに皇王達が閉じ込められてるって情報は?」
「掴んでる」
「この中が障力塗れだってのは?」
「承知の上だ」
「そうか。この扉の開閉装置は、あそこ。開け方は、1度全ての魔導文字に魔力を通して文字を点灯させた後、2番目3番目5番目の文字に触れて消灯させればいい」

 クルトの指し示す先、石扉の向かって右側には壁の端に刳り抜かれたヶ所があり、そこに魔導文字が刻まれているのがここからでも見えた。

「渡さなけりゃならねぇ必須情報は、そんなとこだな。ここから先は、実行部隊であるお前達に任せる。これで俺もようやくこの星からオサラバできるぜ。あー……長かった」

 勇者派遣隊本部にも己の居場所を知られることなくこの街に潜伏して情報収集をしていたクルトは、やっと規定の仕事を終えたと首を左右に動かしてポキポキと音を鳴らしながらそう言った。

「仕事熱心なこったな。撤退命令出てなかったのか?」

 ブルーがそんな確認じみた言葉を投げかけながら収納へと銃2丁を仕舞い込む。

「魔王が出た時点で任意のヤツは出てた気がするな。またいつものか、と思って無視っただけだ」

 その時点で勇者派遣隊に出動がかかるかは何とも言えない所だが、もし彼等、実行部隊が魔王討伐にやってくると仮定するならば平時と魔王出現時、そして出現後の状況・情勢。
その変化変遷こそが情報として掴まなければ意味のない所だろうに、というのがクルト達の頭である情報部トップの主張だ。
それ故に本来ならば完全履行である筈の撤退命令、その1段階前に「任意撤退」という代物が存在している。
 彼等情報部所属の人間は、その意味をきちんと理解している者が大半なのだ。

「ミコさん残ってる情報部の人が居るって聞いて、すっごいビックリしてたよ?」

 スガルが光剣の認証を切って、剣先部分を消しながら言うとクルトは軽く肩を竦めて見せた。

「吃驚? 人がいいな、あの副主席も。俺達情報部の人間が任意撤退を無視るのは、今回が初めてじゃあるまいに」
「お陰で僕達、メッチャ助かりましたって言っといたから特別ボーナス期待しといていいよ?」
「…………そりゃどうも」

 にぱらりん、と屈託無い笑顔で告げられたことに鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしたクルトは、2、3度瞬いて見せてからそう答え、ポケットから魔導具を1つ取り出した。

「ともあれ、これで本部へ戻れば俺はしばらくFクラス待機スタンバイ確定だ」
「おー、いいじゃんか。羨ましいぜ」
「ハッ、休暇中に追加依頼受けたヤツの台詞じゃねぇよ。じゃあな、実行部隊」
「ああ」
「おつかれー」

 和やかな返事と左右に振られる右手に見送られ、クルトは何処ぞに転移して行った。
この星から生身の直で本部のあるプレートや星系へ飛べる訳ではないので、船を隠してあるのだろうと思われた。

「先に俺達だけで中、確認しとくか?」
「そうだね。敵性存在表示は?」
「この転がってる4人だけだな。この中は一応、中立表示だけみてぇだ」
「じゃ、この人達だけ捕縛結界で回収して僕とブルーで1回中に入ろう。障気中毒の深度によっては錯乱して襲ってくることもあるから確認しといた方が安全だと思うし」
「了解」

 スガルの判断に従って捕縛結界を4つ展開したブルーは、その中へ1人ずつローブの人物を入れてから空間へと詰め込んだ。
その間にスガルは、クルトに教えてもらった開閉装置の所へ行き、そこに刻まれている魔導文字を目で追った。

「よし、いいぜ?」
「じゃ、開けるよ?」

 断りを入れてから指先に魔力を込めて魔導文字の上を1撫でしたスガルは、それによって文字が全て点灯したのを確認して、2つ目と3つ目、そして5つ目の文字に触れてその部分を消灯した。
 大きく、何かが動いたような音がして、ゆっくりと壁の中へと引き込まれて行く形で石扉が左右に分かれて開いて行く。
 ほんの少し隙間が開いただけで、漏れ出してくる濃い障力に一瞬だけスガルとブルーの顔が嫌そうに顰められた。

「少し晴らさないとダメだね、これ」
「ああ。耐性ある俺達と神力使えるお姫さん以外、近寄れもしねぇぞ、この濃度」

 こんな中に閉じ込められていると言う人々は、最長でどのくらい中に入れられていたのだろうか。
 魔王戦の時でもなければ確実に御免被りたい濃度のそれにスガルが下を向いて、ブルーが上を向いてそれぞれに息をつく。
 徐にブルーが目元からコンソールグラスを外して先セル部分を口に咥えた。
それを合図に2人揃って両の掌を真っ直ぐに合わせ、目を閉じる。
 スガルが白銀を、ブルーが蒼を纏って、示し合わせたように全くの同時で手を打ち鳴らす。
 柏手を思わせる三拍置きの打ち手、その清廉な音は、階段上の者達にも聞こえていた。

「うん? 何コレ? 柏手?」

 音に反応したエルリッヒが、以前のフィリアと同じ感想を抱いたように疑問符を投げかける。

「近い行為だと思いますわ。御2人が同時に使われるのを見たことはございませんが、聖勇者様は障気や障力の除去に、聖銃士様は精霊の呼び出しに以前、使われておられましたわ」
「そう言えば、サディウスでブルーゼイがやってたのはアタシも見たわね」
「ああ、あれかぁ。うん。それなら俺も見た。中継でだし、精霊自体は当時見えなかったけど」

 フィリアの説明にアストレイが思い出したように答え、それで同じ記憶に行き当たったらしいエルリッヒも注釈付きで同意を口にした。

「ってことは、聖脈穴ってトコには辿り着いたってことだと思っていいんだね?」
「そうなりますわね」

 ラリリアの問いにフィリアが簡潔な答えを返した。

「ですが、御2人がその時と同じ事を下でなさっておられると言うことは、あまりよい状況ではないのじゃございませんこと?」
「やー?」

 サナンジェが、自身の魔法杖を握り直す仕草をしながら重ねた問いに否を示す尻上がりの1音を発したのはエルリッヒだ。

「障気とか障力ってさ、大量になると中毒起こしてヤッべーんだって。中のヤツら助けるにしろ、俺ら呼ぶにしろ、片付けねぇとダメだって判断したんじゃね? アニキ達」
「なるほど。2次被害を考えたら当然の選択ですわね」

 2人に聞いたのか、他の誰かに聞いたのかは分からないけれど、障力に関する知識はあるらしいエルリッヒが説明したことにサナンジェも納得の色を見せた。

「ならこの音が鳴らなくなって、2人が中の状態を確認してからね。呼ばれそうなのは。アタシも魔王に食われまくって、うっす~いのならサディウスで実体験済みだけど、濃いのは流石に自信ないわぁ」
「仕方ございませんわ。本来であれば神力が使えないと完全対応はできませんもの。お邪魔してしまうよりは大人しく待ちましょう」

 アストレイとフィリアの言葉にフェルディエンツとアルジェリクトが頷いたのとほぼ同じタイミングで、祈りの間の外から複数の人間の足音がこちらに向かって来ているのが聞こえて来た。

「ふむ。儂の出番のようじゃの」

 祈りの間に自分達が向かったことを旧創生教派にご注進した者が居るのだろうと踏んで、アストレイの張った結界を自ら越えた神殿長が、入口へと足を向けた。

「おじぃちゃんっ!」
「そなた達は、勇者殿達が戻るのをそこで待つがええ」

 エルリーリアの呼びかけにそれだけ答えて、神殿長は静かに扉の向こうへと消えて行った。




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