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第5章 サディウス王国編

神前裁判

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 案内の兵士に先導されて辿り着いた場所は、謁見の間でも合議の間でもなく司法の間と呼ばれる場所だった。
 絶対王政に近い政治体制を敷いているサディウス王国では、民の諍いなどで起こる小さな裁きを除いて国賊や貴族の断罪などを行う裁判官は、宰相と国王が兼任していた。
そこへ呼ばれたということは、証人として経緯及び知り得た情報を開示せよ、ということだろうと理解した4人は、開かれた入口から室内へと足を踏み入れる。
 部屋の右手中央位置から入った形であるらしい室内は、右手奥側に1番高い位置となっている国王と宰相の席があり、左手側には1番低い位置となっている場所へ真っ直ぐ進むことになるのだろう扉が1枚設けてあった。
正面は、騎士団や文官達が使用するのだろう席が並び、自分達が入ってきた貴族達用の席なのであろうこちら側同様、既に何人かが腰を下ろしていた。
 他国の王族とはいえ、フィリアがいるのもあるのか兵士は4人を国王側に近い席へと案内し、その近くにはムスキアヌスの姿もあった。

「おう、来たか。勇者一行」
「ご機嫌よう、ムスキアヌス殿下」
「うむ。決闘は中止になってしまったが、私も国の者達も多くのものと精霊の友を得た。横槍が入った形の終わり方はともかく、結果としては悪くなかったと思うのだが、姫はどう思われる?」
「ええ。私も横槍が入ったこと以外は、よい方向に進んだと思っておりますわ。聖銃士様が行なっておられた方法が定着すれば、この国は精霊を友とする者達が住まう国となりましょう」
「おお、それは良いな! 皆も精霊達も住みよい国になるよう私も尽力いたそう!」
「はい。是非にそうなさってくださいませ」

 フィリアの応対に己の考えが彼女の目や立場から見ても間違ってはいないことを確認できたのもあって、ムスキアヌスは自信を持って笑顔で答えを返す。
フィリアもまた、そんな彼に蟠りなく笑顔を返した。

「それはそうと……その、何と言うか……エルメシア様に……勝手に、夫がいることにしてしまった連中のことなのだが……ええと……エルメシア様は、それについて、何か姫に申しておるのか?」
「まだお尋ねしておりませんの。まずは世界副神たるアルニーブ様に御報告してからと考えておりますが、私どもが神々から聞いたことを伝えても、あの方々は、きっと信じないだろうと思いまして?」

 それは確かにその通りなのだが、フィリアの浮かべる笑みの種類が先程のものとは全く異なる空気を纏っていることに、今度はちゃんと気がつくことが出来たムスキアヌスは、どこか伺うような目をして問いかけた。

「思ったから……どうするのだ?」
正義神ザティアス様と裁定神アリューズ様をお呼びした上で勇者様方にご協力をいただいて、世界副神アルニーブ様とのご連絡を直に繋いでお話を賜ろうかと?」

 またぞろ他の者達では出来ない手段を講じてきたことにムスキアヌスは過去、彼女に婚姻を無理強いしようとした時によくこれを喰らわずに済んだな、と小さな苦笑いを浮かべてしまった。

「噂に違わぬ苛烈ぶりよ。ふむ。そういうことなら、私が父上に取り次ごう。この場にて国王である父上に近づける者は限られてしまうゆえな。予告くらいはしておく方が話は合わせやすかろう」
「あら、気がきくじゃない殿下ちゃん。どんどんいいオトコになってくわね。最初に会った時が嘘みたいだわ」
「耳が痛いぞ、新勇者殿。忘れてくれとは言わぬが、あまりいじめてくれるな」

 褒めているのか貶しているのか微妙な具合でアストレイが言ったことにもこれまでの彼とは違い、腹を立てることも怒鳴ることもせずに困ったような声音で返すのみ。
 彼の中に芽生えた自覚と覚悟、そして自信が余裕や気遣いといった良い方向に出ているのが分かる対応だった。

「聖銃士殿」

 5人で固まっていた近くに用意された席があるのだろう。
最上位貴族席を持つ公爵夫妻が、連れ立って貴族席へと現れた。
本来であれば夫人に同席義務はないのだが、出廷している者達は皆、精霊連れが当たり前みたいな状況になってしまっている為、彼女の同席も認められたようだ。

「これはこれはヒルベルト公爵夫妻。お揃いで?」
「はっはっは。疑ってすまなかったな。この通りだ」
〔うふふ。私も皆様のお陰て帰ってこられたのですもの。感謝いたします〕

 ブルーが2人を指して「夫妻」と表現したことに ── 本来であれば夫人が1度亡くなっている段階で夫婦関係は解消されているのが一般的なので ── ヒルベルト公爵も隣の水精霊たる夫人も笑顔で頭を下げた。

「水の精霊にはいつ頃なられたんですか?」

 話題を転換することで、この件は不問で構わないという意を以ってスガルがそんな問いを夫人に投げた。

〔割合、こちらで死んですぐでしたのよ?〕
「わぁ、そうなんですかー?」
「うは。すげ。人徳貯金額半端ねぇ」

 彼女の答えにスガルもブルーも一体彼女は生前にどれだけ善行を善行と意識せず行って、神々や人々から感謝されていたのだろうかと感心しきりだった。
だが、そこで “ふと” ブルーがあることに気づいてしまった。

「あれ? ってことは、それから今まで、ずっと……?」
〔そーなんですのー! もー! 聞いてくださいまし! この人ったら水適正低くて水の中から幾ら呼びかけても全然気づいてくれなくて! あの暗部とかいう所の方? あの方のお仲間がいらした時だって、私、言うこと聞いちゃダメってずっと言ってたのに!〕

 思わぬ所から情報提供主が現れて、バツ悪げな顔をする公爵を捨て置いて、アストレイが極上の笑みを見せた。

「公爵夫人。そのお話、クワシク♡」
「じゃ、そっち任せるね。僕ら準備あるから」
「分かったわ。任せといて」

  公爵には悪いが、これを聞き逃す手はないとアストレイに聞き出し役を任せて3人は元々の話しに立ち返るべく、ムスキアヌスへと向き直る。

「それでは殿下。ご足労をお願いしてよろしいでしょうか?」
「うむ。上の端で待っていてくれ。行ってくる」

 すぐ対応に走ってくれたムスキアヌスを見送って3人は指定された貴族席の1番端上へと移動して、ブルーはコンソールグラスを使ってモニター設置やここから管理界へ繋ぐ為の準備を進める。

「姫。父上の許可が出たぞ。時期に捕らえた者達、全てが出廷するゆえ、そのタイミングで神々へのご照覧を賜りたいそうだ」
「分かりましたわ。お手数おかけいたしましたことにお詫びと御礼を申し上げますわ」

 戻ってきたムスキアヌスからの朗報にフィリアは、そう言って頭を下げ、彼は笑顔でそれを受けてくれた。

「お姫さん。どうせなら国王と宰相挟んで2柱に来てもらって、アルニーブ様には国王の後ろ上くらいの位置にモニター出して参加してもらったらどうかと思うんだけど、どうよ?」
「絶対感がとてもいい感じに演出されるので、よろしいかと思われますわ」
「よし、決定っと」

 フィリアの物凄く何かを含んだ声音に頓着することなく返事のままにブルーは了承された提案を実行に移した。

「お姫さん、2柱を呼ぶ時アルニーブ様へ、いつものトコへ顔出すように伝えてくれ」
「分かりましたわ」

 準備を終えたブルーの言葉にフィリアが答えて数分。
口上の兵士が室内へと告げる。

「被罪科者4名、入廷致します」

 この国独特の単語である “現行犯で捕縛されたのだから罪に問われることは確定しているもののまだ裁判で刑を確定されていない者” を指す言葉と共に縄で各自と全員とが繋がれている状態で4人が騎士と兵士に囲まれて入口から入ってきた。
それを確認した宰相が席より立ち上がり、入口の扉が彼等の背後で閉められたことを確認して口を開いた。

「では、これより本裁判の立ち会いをお願いした方々にご入廷いただこう。フィリア姫。よろしくお願い申し上げます」
「かしこまりました。それでは。〈正義神ザティアス様! 裁定神アリューズ様! 国王陛下を間に置き、裁判へのお立ち会いをお願い申し上げます。世界副神アルニーブ様! 勇者様方がご用意してくださったモニターにお姿をお見せくださいますよう、お願い申し上げます〉」

 幾分、いつもより “やんわり” した言い方でされた神力行使に答え3柱がフィリアの指定した位置へその姿を現わす。
予め聞いてはいたものの、こうも簡単に神々が姿を現わすという事実に国王と宰相は息を飲んだ。

「右におられますのが正義の神、正義神ザティアス様。左におられますのが裁定の神、裁定神アリューズ様。そして国王陛下の後上におられますのが、世界副神であらせられます世界副神アルニーブ様でございます」

 フィリアの言葉と彼等の纏う神々特有の神々しさ、そして漂う威厳にこの国の者達も被罪科者である暗部の者達も言葉を失って、ただただその姿を見上げた。
ここに、この国始まって以来の前代未聞裁判「神々同席の裁判」が幕を開けた。




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