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第1章 到達確率0.00001%の未来
家出青年の選択
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ペタン、ペタン、と足に突っ掛けた病院のスリッパで廊下に音を響かせながら彼に近づいた祀刕は、徐に彼の首後ろを左手で鷲掴みにした。
「〈浮遊魔法〉」
指示名と共に左手から彼の首を通って全身を包み込んだ鈍紺色の光は、彼の周囲に土星や海王星の環を連想させる斜め十字となって巡り始め、床からその身を膝丈くらいの高さまで浮かび上がらせた。
「今、蓮兄が感じてる目眩は、ただの召喚酔いだ。時期に収まる。そんなことよりもコレを見な」
奔走する医師や看護士は、いきなり入って来た2人に一瞬だけ目を向けたが、患者の状態が予断を許さないレベルの為か、すぐに自分達のやるべきことへと立ち返って行った。
「リドカイン1.5投与!」
「はいっ!」
「処置中です! 入らないでください!」
決して手が空いている訳ではないけれど、この2人の在室を許すと家族や関係者が雪崩れ込んで収拾がつかなくなる上、処置の邪魔になるからだろう。
看護士が2人を病室の外に追い出そうとして、駆け寄り、よせばいいのに気が付いてしまった。
黒づくめの青年の方が、宙に浮かんでいることに。
切羽詰まった状況に「気の所為」で片付けて仕事に戻ろうとするプロ意識と「何で?」と素朴な疑問を抱く生物としての本能が一瞬だけ脳内に於いてぶつかり合ってしまったことで、看護士の動きが止まる。
「彼女が誰だか分かるな?」
「………かあ、さん? っ‼︎ 母さんっ! 何でっ⁈」
「救助の助っ人に入った現場で妖魔人のD級と出会して、救助者を逃す時にやられたんだ」
「D……クラス……?」
まだこの世界には制定されていない妖魔人の区分わけを口にした祀刕に、蓮夜が不思議そうな声音を返す。
「最低でも円出のオッサンレベルの力がねぇと、撃退も討伐も難しいクラスの妖魔人のことさ」
「父さんくらいの力って……簡単に言うなよ‼︎ そんなのもう、この拠点じゃ藤峰おじさんしかいないじゃないか‼︎」
ずっと子供の頃から逃げ回る生活を送っていた蓮夜だったが、街角放送や人々の噂話しからある程度、拠点の現状戦力は把握出来ていた。
自分が家出する前から拠点のNo.1〈戦士〉は、己の父である円出 葉一で、今もそれは不動であった筈だ。
そんな強い力を持つ者が必要とされるような現場にメイン活動が救助な筈の母が投入されて、しかも生死に関わるような深手を負わされるなんて。
(〈戦士〉協会は一体何をやってるんだ⁈ 父さんと同等の力が有る他の〈戦士〉なんか、この拠点には居やしないって、お前達が1番分かってることだろうに‼︎)
「これからは〈勇者〉である俺がいる」
「えっ?」
「だから俺が居るウチは、もう敵の強さ云々に関する心配は必要ねぇ。それよりも問題は氷美子さんだ。このままだと彼女に残された命の時間は後、32分しかねぇ」
「‼︎」
〈戦士〉協会に心の中で悪態ついて憤りをぶつけていただけだった蓮夜に隣へ佇む祀刕から最期通牒じみた言葉が告げられたことで、無意識に吸い込んだ空気がヒュッ、と短い音を立てた。
「蓮兄。アンタの力が必要だ。俺1人だと時間的に間に合わねぇ。蓮兄の力を俺に貸してくれ」
「俺、は……」
発現した自分の力を病院での検査を通じて把握したのだろう大人達が、父や母が不在の時を狙って家にも学校にも、何度もやって来た。
妹の瑠璃華や弟の翔舞を人質に取るみたいな形で脅されたことも1回や2回ではなく、自分の存在は家族の迷惑になるんだと思ったからそこ家出して、ずっとずっとそいつらから逃げ回る日々を送って来た。
その自分に、この力を「使え」と言うのか。
あの、自分で自分を家族から切り離さなければならなくなった原因を作った大人達みたいに……!
「大丈夫。アンタより強い力を持つ人間は、ここに居る」
祀刕が、自分を右手の親指で指し示しながら言い切ったことは、蓮夜にとって、何を言われたのか咄嗟に理解出来ないことだった。
だが、唐突に放り込まれた言葉による驚きで、沸き上がっていた怒りと吐き気を催す程の嫌悪に塗れていた思考の流れは寸断されるに至る。
「その力の、もっと凄ぇ使い方も、適切な抑え方や制御の仕方も、俺なら教えてやれる。テメェの力を必要以上に恐れんな」
自分が得てしまった物より、もっと凄い力がある。
誰にも相談なんか出来なくて、どうすればいいのかも分からなかった力の抑え方や、制御の仕方を知っている人間が今、目の前に居る。
それは蓮夜にとって青天の霹靂とも言えるくらいの状況変化と心理的負担の軽減を齎した。
「アンタを利用しようとしたクソ汚ぇ大人どもなんざ、俺と俊さんと円出のオッサンが協力すりゃ、何てこたねぇ。最悪、叩き潰してこの拠点から身1つで放り出してやんよ」
笑顔だけど、悪い顔。
不遜とか傲岸とかそんな類いの表情を浮かべて言い切る少年の、でも、あの薄い汚い大人達の向けてくるそれとは明らかに違う、目の前が明るく開けて来るようなそんな印象を抱く相貌に自然、蓮夜の口元が緩んだ。
「だから逃げんな。これからは、アンタ目の前に居る、助けられる命に、心のままに手を伸ばせ」
目の前に居る、助けられる命。
「母さん……」
今尚、電気ショックや薬物投与を始めとした蘇生処置を施されている母の命をこの手で。
ずっと忌み嫌って来た自分の力でも、それで助けることが出来るのならば。
「分かった。やるよ。俺は、どうしたらいい?」
気づいた時には意を決していて、そう隣の少年へと問いかけていた。
「〈浮遊魔法〉」
指示名と共に左手から彼の首を通って全身を包み込んだ鈍紺色の光は、彼の周囲に土星や海王星の環を連想させる斜め十字となって巡り始め、床からその身を膝丈くらいの高さまで浮かび上がらせた。
「今、蓮兄が感じてる目眩は、ただの召喚酔いだ。時期に収まる。そんなことよりもコレを見な」
奔走する医師や看護士は、いきなり入って来た2人に一瞬だけ目を向けたが、患者の状態が予断を許さないレベルの為か、すぐに自分達のやるべきことへと立ち返って行った。
「リドカイン1.5投与!」
「はいっ!」
「処置中です! 入らないでください!」
決して手が空いている訳ではないけれど、この2人の在室を許すと家族や関係者が雪崩れ込んで収拾がつかなくなる上、処置の邪魔になるからだろう。
看護士が2人を病室の外に追い出そうとして、駆け寄り、よせばいいのに気が付いてしまった。
黒づくめの青年の方が、宙に浮かんでいることに。
切羽詰まった状況に「気の所為」で片付けて仕事に戻ろうとするプロ意識と「何で?」と素朴な疑問を抱く生物としての本能が一瞬だけ脳内に於いてぶつかり合ってしまったことで、看護士の動きが止まる。
「彼女が誰だか分かるな?」
「………かあ、さん? っ‼︎ 母さんっ! 何でっ⁈」
「救助の助っ人に入った現場で妖魔人のD級と出会して、救助者を逃す時にやられたんだ」
「D……クラス……?」
まだこの世界には制定されていない妖魔人の区分わけを口にした祀刕に、蓮夜が不思議そうな声音を返す。
「最低でも円出のオッサンレベルの力がねぇと、撃退も討伐も難しいクラスの妖魔人のことさ」
「父さんくらいの力って……簡単に言うなよ‼︎ そんなのもう、この拠点じゃ藤峰おじさんしかいないじゃないか‼︎」
ずっと子供の頃から逃げ回る生活を送っていた蓮夜だったが、街角放送や人々の噂話しからある程度、拠点の現状戦力は把握出来ていた。
自分が家出する前から拠点のNo.1〈戦士〉は、己の父である円出 葉一で、今もそれは不動であった筈だ。
そんな強い力を持つ者が必要とされるような現場にメイン活動が救助な筈の母が投入されて、しかも生死に関わるような深手を負わされるなんて。
(〈戦士〉協会は一体何をやってるんだ⁈ 父さんと同等の力が有る他の〈戦士〉なんか、この拠点には居やしないって、お前達が1番分かってることだろうに‼︎)
「これからは〈勇者〉である俺がいる」
「えっ?」
「だから俺が居るウチは、もう敵の強さ云々に関する心配は必要ねぇ。それよりも問題は氷美子さんだ。このままだと彼女に残された命の時間は後、32分しかねぇ」
「‼︎」
〈戦士〉協会に心の中で悪態ついて憤りをぶつけていただけだった蓮夜に隣へ佇む祀刕から最期通牒じみた言葉が告げられたことで、無意識に吸い込んだ空気がヒュッ、と短い音を立てた。
「蓮兄。アンタの力が必要だ。俺1人だと時間的に間に合わねぇ。蓮兄の力を俺に貸してくれ」
「俺、は……」
発現した自分の力を病院での検査を通じて把握したのだろう大人達が、父や母が不在の時を狙って家にも学校にも、何度もやって来た。
妹の瑠璃華や弟の翔舞を人質に取るみたいな形で脅されたことも1回や2回ではなく、自分の存在は家族の迷惑になるんだと思ったからそこ家出して、ずっとずっとそいつらから逃げ回る日々を送って来た。
その自分に、この力を「使え」と言うのか。
あの、自分で自分を家族から切り離さなければならなくなった原因を作った大人達みたいに……!
「大丈夫。アンタより強い力を持つ人間は、ここに居る」
祀刕が、自分を右手の親指で指し示しながら言い切ったことは、蓮夜にとって、何を言われたのか咄嗟に理解出来ないことだった。
だが、唐突に放り込まれた言葉による驚きで、沸き上がっていた怒りと吐き気を催す程の嫌悪に塗れていた思考の流れは寸断されるに至る。
「その力の、もっと凄ぇ使い方も、適切な抑え方や制御の仕方も、俺なら教えてやれる。テメェの力を必要以上に恐れんな」
自分が得てしまった物より、もっと凄い力がある。
誰にも相談なんか出来なくて、どうすればいいのかも分からなかった力の抑え方や、制御の仕方を知っている人間が今、目の前に居る。
それは蓮夜にとって青天の霹靂とも言えるくらいの状況変化と心理的負担の軽減を齎した。
「アンタを利用しようとしたクソ汚ぇ大人どもなんざ、俺と俊さんと円出のオッサンが協力すりゃ、何てこたねぇ。最悪、叩き潰してこの拠点から身1つで放り出してやんよ」
笑顔だけど、悪い顔。
不遜とか傲岸とかそんな類いの表情を浮かべて言い切る少年の、でも、あの薄い汚い大人達の向けてくるそれとは明らかに違う、目の前が明るく開けて来るようなそんな印象を抱く相貌に自然、蓮夜の口元が緩んだ。
「だから逃げんな。これからは、アンタ目の前に居る、助けられる命に、心のままに手を伸ばせ」
目の前に居る、助けられる命。
「母さん……」
今尚、電気ショックや薬物投与を始めとした蘇生処置を施されている母の命をこの手で。
ずっと忌み嫌って来た自分の力でも、それで助けることが出来るのならば。
「分かった。やるよ。俺は、どうしたらいい?」
気づいた時には意を決していて、そう隣の少年へと問いかけていた。
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