水樹

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君の笑顔 ―彼女―

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私たちが出会ってからこんなに時が経っていたのね。
学生の頃に出会って、笑って、泣いて、時には喧嘩もして、互いに支えあって生きてきた。
ある日、あなたが体を悪くしてから、半年ほど経ったかしらね。
若い頃は、君となら百年でも二百年でも元気でいれるよ、なんて冗談をいっていたっけ。「若い頃は」なんて思う時点で、もう年をとっているのよね。
ふふふ。どうしたの、急に昔の話なんか。やめてくださいよ、恥ずかしい。
本屋さんも映画館もどの場所も、あなたと行くところは全部楽しかったわ。
ふと、気がついた。
あなたは私を見て、微笑んでいた。悲しそうな顔をして。
私は、何かを悟ったような気がした。
ああ、もうきっと……。
私たち人間は、どれだけ強く望んでも時というものには抗えない。
あなたと同じように時のなかを進みたくても、少しずつ少しずつわずかなずれが生じてしまう。
私は、時を止めたかった。今すぐに。
今にも泣きそうな目で、でも笑顔を浮かべて私に出会えて良かったと言うあなたを抱きしめて、そのまま時が止まってしまえばいいのに。
あなたの夢、初めて聞いたわ。「見えなくなってしまっても、ずっと見守っている、ずっと側にいる。」悲しいラブストーリーによくある台詞。
まさか、あなたの口から聞くことになるなんてね。
私はもう、涙が溢れて止まらなかった。笑ってと言われて笑顔を作っても、涙は流れ落ちていく。
それでも、きっとこれはあなたの最後のお願いになってしまうんだろう。そう思ってしまったら、笑顔を作るしかなかった。
そうして、あなたは笑顔のまま旅立った。

あなたが見た最後の私の笑顔はどんなに崩れた笑顔だっただろう。
それでも、いつものように綺麗だねと笑ってくれた。
そして、またね、と。
私は、これからあなたがいない世界で生きていく。でも、きっとすぐに会える。それまではあなたが見守ってくれている。
静かな部屋で、あなたの手を握りながら、「またね」と呟いた。
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