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本編

19 〜 Side ルーファス (3)

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前世は、こことは違う世界で日本という小さな島国で暮らしていた。前世の俺の名前は鈴原瑠偉すずはら るい。父、母、妹の家族4人で都心で生活していた。


俺が小さい頃に父が再婚して、母と妹が出来た。俺の本当の母親は、俺を産んで間もなく病気で亡くなってしまったらしい。父が俺を1人で育てるのは大変だったと思う。当時、近所に住んでいたシングルマザーだった母とお互い子育てで相談したり助け合ったりしている内に、年齢的にも2人ともまだ20代後半であったこともあって、想い合うようになったようだ。

シングルマザーだったのは、母が妊娠中に元旦那さんがやらかしてしまい、離婚したとのこと。体調を崩して大変だった時期に、自分を思いやることもせず、他の女性と関係を持った人に自分の大切な子供を任せられる訳がないと強く思い、元旦那さんが縋ってきても迷わず離婚を選んだと、大人になってから母に聞いた。

その話を聞いた時には、母の意外な一面を見た気がして驚いた。

俺には本当の『お母さん』の記憶はない。写真で見たくらいだ。新しくお母さんになってくれた人は、柔らかい雰囲気を持ち、笑顔の似合う優しい女性で、自分の娘と同等に俺に接してくれていた。だから、俺にとっての『お母さん』は、その母だけだった。母は滅多に怒らず、いつでもおっとりして優しい印象しかなかったから、元旦那さんとの話は衝撃的で記憶に残った。



両親が再婚したことで、父は時間に余裕ができ、母と妹が加わった『家族の時間』は掛け替えのない大切な思い出となり、俺は家族が大好きだった。

弟か妹が欲しいと思っていたから、例え血が繋がってなくても、妹が出来たことをすごく喜んだ。それに、俺の妹は天使のように可愛い!!  小さい頃の愛梨は、本当にお姫様みたいだった。近所でも可愛いと評判で、無垢で天真爛漫な愛梨を見ると、皆が笑顔になっていた。「にーたん」って言いながら、俺の服を掴み、ちょこちょこと俺の後をついてきて、俺が愛梨に目を合わせると、すごく嬉しそうに笑うのがとても可愛かった!  この笑顔は俺が守るとはよく思っていたものだった。

こんな可愛い妹ができるなんて自分はなんて幸せで、すごく恵まれているのかと日々思っていた。愛梨は俺にとって目に入れても痛くない存在であり、俺の中での最優先は、いつでも愛梨だった。

愛梨が物心つく頃に家族となったため、高校を卒業する頃に両親から告げられるまでは、愛梨は俺たちが本当に血の繋がった兄妹だと思っていたらしく、真実を知った時には大層衝撃を受けていた。それでも、それを知ってからも変わらず仲の良い兄妹であった。


学生時代は変な虫がつかないように注意をしていたし、愛梨の楽しそうな顔を見るのが好きで、愛梨が興味を持ったことには俺も興味をもって取り組んだ。

その内の1つが、乙女ゲーム。ざっくり言うと、女性向けのゲームで、主人公の女性が攻略対象と呼ばれる複数の男性と会話をしたり、困難を乗り越えながら恋愛していくのを楽しむようなものが多い。ただし、中には、普通にゲームを進めているのに、バッドエンドばかりになる難易度が高すぎるゲームもあった。

俺が最初に乙女ゲームに興味を持ったのは、もちろん愛梨が好きだと知ったから。それでも、やってみると面白いと感じた。


あれは、俺が高校3年生になってすぐの頃だっただろうかーー


「ただいまー」

今日もたくさん運動して疲れたなぁと思いながら、部活を終えて空がすっかり暗くなった頃、家に着いてリビングの扉を開けると、愛梨が涙を流して嗚咽を堪えていた。

「っ?!  愛梨!?  どうしたんだ?  何があった!」

すぐに愛梨のそばに駆け寄り、愛梨の頬に手を添えて、顔をこちらに向かせる。

「あ、お兄…ちゃん。おか…えり…っ…」

愛梨は手の甲で涙を拭いながら、泣くのを堪えるようは顔で言った。

「愛梨!  何があったの!?」

「え?」

キョトンとした表情を向けられた。

「泣いてるじゃないか!」

「あ……あぁ、これは、シオンがっ……」

シオン?  誰だ?  初めて聞く名前だ。思い当たる人物を頭の中で検索するが、やはり聞いたことないな、と結論づけていると、愛梨が続けた。

「シオンがヤバイの!  途中離れ離れにならなきゃいけなくて……それが耐えきれない心の傷となるんだけどね。それからも悲しくて泣けるシーンも結構あるんだけど、それを乗り越えたところで予想外の展開からハッピーエンドになるの!!  シオンが幸せになって、本当に良かった!」

「は?」

流れ出る涙を堪えながら興奮気味に愛梨は告げるが、何を言っているのかわからず、どういうことか聞き返すものの、それをスルーして愛梨は話を続けた。

「あそこで、もう1つの選択をしてたら、シオンとは二度と会えなくなってた。バッドエンドに向かうと見せかけて、そっちが正解とか……」

ブツブツと喋り続け、自分の世界に入ってしまったようだが、未だに状況は掴めない。愛梨に説明してもらうべく、ハッキリとゆっくりと愛梨に話しかける。

「愛梨?  ねぇ、何の話をしてるのかな?」

「え?  だから、これ」

そう言って、取り出して見せてくれたのは……

「ゲーム……?」

「そう!  詩織ちゃんに勧められてやってみた乙女ゲームなんだけど、ストーリーがやばいの!  もちろん、どのキャラもカッコいいし、声も良いけど、惹き込まれて共感できるし、話の展開がどうなるのか読めないし想定外の事も起こるから、その後どうなるのか本当気になるんだよ!」

愛梨が泣いていた原因は、乙女ゲームだった。
どうやら、俺と同い年の幼馴染で隣人である詩織から勧められてプレイしたら、ハマったらしい。詩織がそういうゲームに興味を持っているのは知っていたし、話題にされる事もあったが、俺は今まで興味を持つようなことはなかった。乙女ゲームは、内容が薄く、攻略対象者が全員主人公を好きになって、アプローチされながら、好きなキャラとの恋愛を楽しむようなものだとばかり思っていた。


その後も愛梨から延々とゲームの面白さをプレゼンされ、どのようなストーリーなのか少し興味が湧いた。愛梨と一緒に盛り上がるためにもやってみたが、自分の想像してたものと違った。思っていた以上に面白く、ストーリーも深みがあり、乙女ゲームと一言でまとめられているが、様々なジャンルやゲーム性もあって、面白いものもあると知り、愛梨や詩織が勧める作品もやってみたりして、愛梨との日常会話にゲームの話が増えていった。

愛梨は大学進学した際には寮に入り、長期休みの帰省の時ぐらいしか会えなかったが、お互いに社会人になってからは、詩織も交えて3人で毎月飲みに行っていた。


昔から俺の周りにはシスコンだと言ったり、愛梨に取り入ろうとするやつら、そして、愛梨に嫉妬して嫌がらせする女達も居た。だから、愛梨を実の妹の様に可愛がり、俺に対しても普通に接してくれていた詩織といるのは心地よく、大学を卒業してから詩織と結婚し、子供にも恵まれて幸せな生活を送っていた。愛梨の事故の知らせを聞くまでは……。


そこから先の記憶はかなり曖昧だ。気づいたら、ルーファスになっていた。最初はかなり戸惑ったが、少しづつ落ち着いて現実を受け入れられるようになった。そして、ジェラルド殿下にあって、この世界が前世でプレイした乙女ゲームの世界だと気づいた。まさか自分が乙女ゲームのキャラクターに生まれ変わるとは思わなかったな。


アイリスを見ると、俺に笑顔を向けてくれていた愛梨をふと思い出すことが何度かあった。そして、その笑顔を守りたい気持ちが募るようになっていった。

ジルとアイリスはお互いが惹かれあい、俺とジルが10歳の頃に、ジルとアイリスの婚約が結ばれた。王命ではあるが、お互いが望んでおり、婚約が結ばれた時は2人ともすごく嬉しそうだった。


2人の婚約が結ばれた後も、俺と2人との距離感は変わらず幼馴染として仲が良かったが、想い合う2人を見ていて、俺の中でアイリスに対しての気持ちは完全に変わっていた。小さい頃の初恋であり、妹のような大切な幼馴染である事はこれからも変わらず、アイリスには幸せでいて欲しいという気持ちが大半を占めていた。


俺たちが学園に入るまでは、楽しく過ごせていた。
俺とジルが学園に入ってから、アイリスも学園に入るまでの2年できっちりと王妃教育の基礎となる部分を学ぶようスケジュールが組まれ、ジルも学園の勉強、生徒会、王太子に向けて公務や国王からの指示に従って、内政や外交の問題点を解決していくことに時間を取られ忙しくなって、俺たちが3人で集まる機会はほとんど無くなってしまった。


アイリスが学園に入学する年になった。
俺たちは学園の最終学年になり、ジルは生徒会長に選ばれ、俺は副会長に任命された。

昨年までは攻略対象となっているジル、クロードの動向も窺っていたが、特に問題ありそうな行動をするやつには見えない、というのが俺の評価だった。
自分も遊学せずに無事に学園に通えていることから、乙女ゲームの世界に類似している世界である印象が強くなった。最後まで油断は出来ないが、ゲームのような展開にならないのでは、と思うようにもなっていた。

それが間違いだったと気付くのは数ヶ月後だった。
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