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本編
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お茶会後、『話をしたいから時間を作って欲しい』とジェラルド様からお手紙を頂いたけれど、学期末試験と夏休みの旅行を理由にしばらく会うことが難しいことを伝え、そのお詫びも添えて返信した。
お茶会では自分から婚約破棄について申し出たものの、数日経って冷静になった今、どうやら、心の底では覚悟が出来ていなかった事を実感した。『アンナと婚約したいから、その提案を受け入れる』なんて直接言われるのを想像すると、胸が痛いし、直接そう言われるのは、やっぱり怖いと思ってしまう。
夏休み中には完全に気持ちを切り替えたいとは、思っている。その事実さえ受け入れてしまえば、状況が悪化する未来はないのだから。
ただ、なんとなく、今すぐには考えたくない。問題を先延ばしにしてるだけだとわかっていても、まだ感情が追いついていないようで、踏み切れない。
そもそも感情がコントロールしやすければ、誰も困ることなんてないし、それが出来れば、誰も失恋で傷つかない。それが出来ないからこそ、みんな悩んだり、泣いたり、後悔したり、暴走したり、引きずってしまうのだ。だから、感情に影響を受けてしまうのは仕方がないこと、と少しでも現状を正当化しようと言い訳を考えてしまっている。
正直、今の私の気分は、なんかモヤモヤしている。言い逃げしてしまった事は、やはり良くなかったのではないかと思ったり、ジェラルド様からこんな事を言われてしまうのではないかと色々想像して、ダメージを受けている。そのせいで、さらにモヤモヤが増えて、ネガティブ思考に囚われて、と悪循環に陥っている気がする……。
気を抜くと、その事だけで頭がいっぱいになって、勉強が手に付かないため、意識して期末試験の勉強に集中した。つい考えてしまいそうになった時は、休暇中のシャルダン領への旅行に想いを馳せるようにして乗り切った。
8月に入ってから、クラスメイト達も勉強に時間を費やすようになった中、アンナや攻略対象者達の動向にも変化が見られた。これには、クラスメイト達も気になっているようだ。
アンナは、今まで通りに攻略対象者達に接している。クラスでもルイと楽しそうに話しながら、隣の席のクリストファーにも声を掛けている。
しかし、クリストファーは変わった。まず、表情が前と違う。挨拶は普通に交わしているようだけれど、アンナが話しかける時の反応はどこか余所余所しかったり、当たり障りのない返答をすることが増えたようだ。何よりもクリストファーからアンナにべたべたする事は一切なくなり、少し距離も作っているように見える。休憩時間に席を外す事も増えた。
クリストファーに関しては、おそらくジェラルド様から聞いた通り、現実に気づいたから変化したんだと思う。クリストファーの変わり様にルイは少し不思議に思っているようだが、あまり深くは考えていないらしく、気にせずアンナに話しかけている。対して、アンナはクリストファーの態度に困惑した表情を見せながらも、積極的にクリストファーに話しかけようとしている。
エヴァからの情報によると、最近クリストファーは昼休みもアンナ達とはご飯を食べていないらしい。
そんな変化はあったものの、私の方はあまり変わりはなく、何とか学期末試験が終わった。結果については、まずまずの出来だと思う。明日と明後日で各試験の結果が返され、3日後の終業式を終えると夏休みだ。
試験からの解放に心を弾ませ、シャルダン領についての本を席で読んでいると声を掛けられた。
「やぁ、アイリス」
本を机に置き、声を掛けた人物に顔を向ける。
クラスメイト達は、その人が私に声を掛けたことで騒めいた。学園では全く話すことがなかったので、一応、礼儀を弁えた返答をした。
「クリストファー殿下、ご機嫌よう」
「話があるんだ。今から一緒に来てくれないか?」
本当に珍しい。クリストファーから学園で話しかけられるなんて。しかも、人目を気にせずに、だ。一体何の話だろうかと考えを巡らせてみたけれど、思いつかなかった。ちょうど本を読もうとしていたところで、この後は特に予定もないので、クリストファーの提案を受け入れた。
「えぇ。かしこまりましたわ」
席を立ち、クリストファーについて教室を出ようとした時、ルイと一緒に居たアンナがこちらを見ていたのが一瞬視界に入った。まぁ、同じクラスになってから、クリストファーが個別に私に話しかけに来たのは、実はこれが初めてだったため、教室に居た全員が私達に注目していたが、クリストファーは周りの視線は一切気にしてないらしく、そのまま目的地に向かった。
着いた先は応接室だった。ここは使用者が限られており、セキュリティもしっかりしている。部屋に着くと、クリストファーの侍従がお茶を用意した。
「他の人には聞かれたくない話だから、こんな場所まで来てもらって悪いな」
「いいえ。それで、どうしたの?」
「ちょっと前の事だけど、失恋した……」
まさか前置きもなく、いきなり話し始めるクリストファーに驚く。しかも、話題が話題である。なんて答えればいいのか戸惑っていると、彼はそのまま話続けた。
「わかってると思うけど、アンナが好きだったんだ。でも、彼女は男爵令嬢だろう? 俺が婚約者にと望んでも、父様達が許してくれるかわからなかったから、まず兄さんに相談したんだ。そしたら、彼女の気持ちをちゃんと確かめたのか聞かれた。好意だけでなく覚悟もあるか、とね。アンナは俺を慕っていると言ってくれてたから、それは伝えたけど、兄さんが彼女に直接確かめるって言って、俺に王城の中庭で隠れて話を聞くように言ったんだ」
えーと?
これは恋話をしたかった、という事で良いのかしら? それを聞いていいのか迷う……。
とりあえず、王城の中庭の話はジェラルド様からも聞いていたし、私もその場にいたから知っている。でも、何て言えば良いのかわからず、黙って話を聞く事にした。
「ははっ。まさか、アンナの本音が……兄さんが好きで、俺を友人だと答えるなんて思ってもみなかったよ。その時は、裏切られた気持ちで目の前が真っ暗になったよ。彼女は俺を好きだと言葉や態度で示していたのに、それが全て偽りだったなんて。でも、それで目が覚めたんだ。彼女と仲が良い男達を彼女は俺に友人だと言っていたが、兄さんの前では俺の事も友人だと言っていた。だから、もしかしたら、彼らも俺と同じなのかもしれない……」
それを聞いて、衝撃を受けた。
ゲームのヒロインは心優しくて、攻略対象者達の癒しだったから、皆、彼女に惹かれた。
今のクリストファーの話を聞いて、なんとも複雑な心境だ。もし、攻略対象者達がアンナに惹かれたのは、彼女の心優しい言動からだったとしても、仲の良い令息達は皆友人で、好きなのは貴方だけと言う。本当にそうなら、好きな人以外には誤解させる様な言動は控えるべきであり、それぞれの男性に同じ様に言い寄っているとしたら、誠実さのカケラもない。無意識でも、それはない!
……アンナって、ヒロインだよね?
でも、アンナがやってる事って、全然ヒロインの行動ではないよね……。あれ? もしかして、ヒロインじゃないの? と、混乱が止まらない。
「この前、舞踏会があっただろ?」
「ぇ、えぇ」
引き継ぎ混乱しているが、話を聞いている状況なので、程よく相槌を入れる。
「あの日は、クロードがアンナのエスコートをしていたんだ。だから、一曲目のダンスは仕方ないとしても、その後にダンスを申し込んで二曲目を一緒に踊った。アンナと少しでも一緒に過ごしたくて、庭園に誘って移動したら、クロードが邪魔しに来て、アンナを連れて行こうとしたから揉めてしまった。そこに兄さんがやってきて、俺たちは頭を冷やせと怒られた。兄さんは連れてきた騎士にアンナを休憩室まで案内するように指示して戻っていったんだ」
え、でも、私が見た時、ジェラルド様とアンナは庭園を一緒に歩いていた。どういうことかと疑問に思っていると、それを見透かしたかのようにクリストファーが続けた。
「でも、アンナが俺たちは悪くないからって、兄さんに説明してくると言って、兄さんを追って行った」
私が見たのは、その時だったのね……。
あの時は、それを目撃して、アンナとの逢瀬のために、席を外したのかと思った。どうやら現実は少し違ったという事に、無意識で安堵した。
「その時、俺は、アンナにとってクロードは友人だと認識してたんだ。もちろんクロードがアンナに気があるのはわかってたけど、アンナの気持ちは俺にあると思ってた。だから、邪魔されて腹が立ったけど、その後にアンナの本音を知った……。情けないよな、全く見抜けてなかったって。今まで周りにいなかったタイプだったから、それが新鮮で、どんどん惹かれて彼女しか見えてなかったんだろうな。今は、ちゃんと真実を知って彼女への気持ちにケリをつけたし、見てわかる通り、距離を置く事にした。クラスメイトだから適度な距離を保って、ね。アイリスは前に晩餐会の時にアンナの話を聞いてたし、俺の婚約者になる令嬢は将来的にアイリスにとっても義妹になるから気になると思って伝えることにした」
「そう……教えてくれてありがとう」
アンナとジェラルド様の事ばかり気にしていたから、クリストファーとアンナが婚約して私の義妹になるかも、なんて微塵も思ってもいなかった事を言われて、少し動揺してしまった。
ふと気になったが、クリストファーは私の噂についてどう思ってるのだろうか? 先程の発言と雰囲気から、私がアンナに対する虐めの首謀者だと思っていないと思うけれど……。
クリストファーの発言を思い返していると、また新たな発見があった。アンナはクリストファーには他の令息達は友人だと言い、クリストファーへの好意を示していたと言った。でも、それって、私が目撃したジェラルド様とアンナの話し合いも同じ事では?
ジェラルド様が実はアンナの本命じゃないなんて事あるのかしら……? 中庭での雰囲気や声のトーン、今までのイベントの発生状況、私の婚約者である事からも、ジェラルド様のルートで間違いないとは思うけれど、ハーレムルートは存在しないし、アンナの行動や現在の様な展開はゲームでは有り得ない。
思わず深く考え込みそうになったが、クリストファーからの質問で、思考が途切れた。
「まぁ、それが報告なんだけど、今日の本題はここからだよ」
え、本題? どうやらまだ話は続いているらしい。
「実は、舞踏会の数日後から、兄さんの様子が少しおかしくて。元気もないし、アイリス何か知らないか?」
「え?」
舞踏会の数日後から、ジェラルド様は元気がないの? 最後にお会いしたお茶会では、そんな事はなさそうだった。
「それは、最近公務がお忙しいからとかではなくて? 学園にもあまりいらっしゃってないんでしょう?」
ジェラルド様から頂いた手紙に、今は忙しくて学園にはあまり行けないとは書いてあった。だからこそ、話す時間を事前に調整したいと。
「まぁ、ある程度忙しいのは確かだと思うけど、そういう身体的な疲れとは違うと思う。時々、思い詰めた様な悲しそうな表情をふとする時があるんだ。精神的な影響を受ける何かがあったと思うんだけど……」
お茶会で婚約破棄について話したけど、もしかして、それも影響してたりする……?
でも、ジェラルド様からお手紙も届いていて、話したいと言われてる。手紙からは元気がない様な印象も受けなかったし、もしかして、その後にアンナと何かあったのだろうか?
「えっと、私にはわからないわ」
「そうなの? 兄さんの様子がおかしくなるのって、アイリスの事に関する事だけじゃないの?」
え? クリストファーの発言に耳を疑った。
私に関する事でおかしくなったりする?
それは初耳だし、そんな事はないと思う。
とんだ濡れ衣を着せられてる気が……。
「私ではなくて、バジュー男爵令嬢と何かあったのでは?」
「いや、それはない。さっき言った通り、アンナは兄さんが好きなのかもしれないけど、兄さんはアンナの事好きじゃないと思うよ。むしろ、迷惑そうだし」
「え?!」
迷惑そう? そんな馬鹿な!
私が見ると、いつも親密そうで距離も近い。
クリストファーは何を根拠にそんな事を言っているのだろう。思わず眉間にシワが寄りそうになった。
「兄さんとアンナが一緒の所は見たことある? アイリスに対する態度と全く違うだろ? 基本的にアンナが兄さんに積極的に話しかけて、兄さんは当たり障りのない対応をしてるだけ。……ただ、少し疑問に思うところもある。兄さんなら煩わしい存在なんてすぐに遠ざける事は出来るのに、そうしないんだよね。何故かはわからないが」
次々に述べられてくクリストファーからの発言に衝撃を受けた。ジェラルド様はアンナに積極的に話に行かない? 私の時と態度が全然違う?
……思えば、私は常に、2人が視界に入るとすぐに目を逸らしてしまっていた。心変わりしたジェラルド様を見たくなかったから。
でも、私の認識と、クリストファーから聞く話がここまで乖離しているなら、もしかして、私は思い違いをしている可能性もあるのかしら?
怖がって逃げて居たけど、私の想像とは違う現実の可能性もあるかもしれない。
確かに、見た事だけが真実とは限らないから、シャルダン領から戻ったら、ジェラルド様に聞いてみようと決意した。
「……夏休みが明けてからになるかもしれないけれど、ジェラルド様とお話する時に様子を見て、元気がなければ理由を探ってみるわ」
「あぁ、頼んだ」
そこで話は終わり、私はクラスに戻った。
残って居たクラスメイト達は、クリストファーに呼ばれた理由が気になるらしく、こちらをチラチラと窺っていたが、特に話しかける勇気を持った猛者はおらず、私はシャルダン領の本を再び読み始めた。
お茶会では自分から婚約破棄について申し出たものの、数日経って冷静になった今、どうやら、心の底では覚悟が出来ていなかった事を実感した。『アンナと婚約したいから、その提案を受け入れる』なんて直接言われるのを想像すると、胸が痛いし、直接そう言われるのは、やっぱり怖いと思ってしまう。
夏休み中には完全に気持ちを切り替えたいとは、思っている。その事実さえ受け入れてしまえば、状況が悪化する未来はないのだから。
ただ、なんとなく、今すぐには考えたくない。問題を先延ばしにしてるだけだとわかっていても、まだ感情が追いついていないようで、踏み切れない。
そもそも感情がコントロールしやすければ、誰も困ることなんてないし、それが出来れば、誰も失恋で傷つかない。それが出来ないからこそ、みんな悩んだり、泣いたり、後悔したり、暴走したり、引きずってしまうのだ。だから、感情に影響を受けてしまうのは仕方がないこと、と少しでも現状を正当化しようと言い訳を考えてしまっている。
正直、今の私の気分は、なんかモヤモヤしている。言い逃げしてしまった事は、やはり良くなかったのではないかと思ったり、ジェラルド様からこんな事を言われてしまうのではないかと色々想像して、ダメージを受けている。そのせいで、さらにモヤモヤが増えて、ネガティブ思考に囚われて、と悪循環に陥っている気がする……。
気を抜くと、その事だけで頭がいっぱいになって、勉強が手に付かないため、意識して期末試験の勉強に集中した。つい考えてしまいそうになった時は、休暇中のシャルダン領への旅行に想いを馳せるようにして乗り切った。
8月に入ってから、クラスメイト達も勉強に時間を費やすようになった中、アンナや攻略対象者達の動向にも変化が見られた。これには、クラスメイト達も気になっているようだ。
アンナは、今まで通りに攻略対象者達に接している。クラスでもルイと楽しそうに話しながら、隣の席のクリストファーにも声を掛けている。
しかし、クリストファーは変わった。まず、表情が前と違う。挨拶は普通に交わしているようだけれど、アンナが話しかける時の反応はどこか余所余所しかったり、当たり障りのない返答をすることが増えたようだ。何よりもクリストファーからアンナにべたべたする事は一切なくなり、少し距離も作っているように見える。休憩時間に席を外す事も増えた。
クリストファーに関しては、おそらくジェラルド様から聞いた通り、現実に気づいたから変化したんだと思う。クリストファーの変わり様にルイは少し不思議に思っているようだが、あまり深くは考えていないらしく、気にせずアンナに話しかけている。対して、アンナはクリストファーの態度に困惑した表情を見せながらも、積極的にクリストファーに話しかけようとしている。
エヴァからの情報によると、最近クリストファーは昼休みもアンナ達とはご飯を食べていないらしい。
そんな変化はあったものの、私の方はあまり変わりはなく、何とか学期末試験が終わった。結果については、まずまずの出来だと思う。明日と明後日で各試験の結果が返され、3日後の終業式を終えると夏休みだ。
試験からの解放に心を弾ませ、シャルダン領についての本を席で読んでいると声を掛けられた。
「やぁ、アイリス」
本を机に置き、声を掛けた人物に顔を向ける。
クラスメイト達は、その人が私に声を掛けたことで騒めいた。学園では全く話すことがなかったので、一応、礼儀を弁えた返答をした。
「クリストファー殿下、ご機嫌よう」
「話があるんだ。今から一緒に来てくれないか?」
本当に珍しい。クリストファーから学園で話しかけられるなんて。しかも、人目を気にせずに、だ。一体何の話だろうかと考えを巡らせてみたけれど、思いつかなかった。ちょうど本を読もうとしていたところで、この後は特に予定もないので、クリストファーの提案を受け入れた。
「えぇ。かしこまりましたわ」
席を立ち、クリストファーについて教室を出ようとした時、ルイと一緒に居たアンナがこちらを見ていたのが一瞬視界に入った。まぁ、同じクラスになってから、クリストファーが個別に私に話しかけに来たのは、実はこれが初めてだったため、教室に居た全員が私達に注目していたが、クリストファーは周りの視線は一切気にしてないらしく、そのまま目的地に向かった。
着いた先は応接室だった。ここは使用者が限られており、セキュリティもしっかりしている。部屋に着くと、クリストファーの侍従がお茶を用意した。
「他の人には聞かれたくない話だから、こんな場所まで来てもらって悪いな」
「いいえ。それで、どうしたの?」
「ちょっと前の事だけど、失恋した……」
まさか前置きもなく、いきなり話し始めるクリストファーに驚く。しかも、話題が話題である。なんて答えればいいのか戸惑っていると、彼はそのまま話続けた。
「わかってると思うけど、アンナが好きだったんだ。でも、彼女は男爵令嬢だろう? 俺が婚約者にと望んでも、父様達が許してくれるかわからなかったから、まず兄さんに相談したんだ。そしたら、彼女の気持ちをちゃんと確かめたのか聞かれた。好意だけでなく覚悟もあるか、とね。アンナは俺を慕っていると言ってくれてたから、それは伝えたけど、兄さんが彼女に直接確かめるって言って、俺に王城の中庭で隠れて話を聞くように言ったんだ」
えーと?
これは恋話をしたかった、という事で良いのかしら? それを聞いていいのか迷う……。
とりあえず、王城の中庭の話はジェラルド様からも聞いていたし、私もその場にいたから知っている。でも、何て言えば良いのかわからず、黙って話を聞く事にした。
「ははっ。まさか、アンナの本音が……兄さんが好きで、俺を友人だと答えるなんて思ってもみなかったよ。その時は、裏切られた気持ちで目の前が真っ暗になったよ。彼女は俺を好きだと言葉や態度で示していたのに、それが全て偽りだったなんて。でも、それで目が覚めたんだ。彼女と仲が良い男達を彼女は俺に友人だと言っていたが、兄さんの前では俺の事も友人だと言っていた。だから、もしかしたら、彼らも俺と同じなのかもしれない……」
それを聞いて、衝撃を受けた。
ゲームのヒロインは心優しくて、攻略対象者達の癒しだったから、皆、彼女に惹かれた。
今のクリストファーの話を聞いて、なんとも複雑な心境だ。もし、攻略対象者達がアンナに惹かれたのは、彼女の心優しい言動からだったとしても、仲の良い令息達は皆友人で、好きなのは貴方だけと言う。本当にそうなら、好きな人以外には誤解させる様な言動は控えるべきであり、それぞれの男性に同じ様に言い寄っているとしたら、誠実さのカケラもない。無意識でも、それはない!
……アンナって、ヒロインだよね?
でも、アンナがやってる事って、全然ヒロインの行動ではないよね……。あれ? もしかして、ヒロインじゃないの? と、混乱が止まらない。
「この前、舞踏会があっただろ?」
「ぇ、えぇ」
引き継ぎ混乱しているが、話を聞いている状況なので、程よく相槌を入れる。
「あの日は、クロードがアンナのエスコートをしていたんだ。だから、一曲目のダンスは仕方ないとしても、その後にダンスを申し込んで二曲目を一緒に踊った。アンナと少しでも一緒に過ごしたくて、庭園に誘って移動したら、クロードが邪魔しに来て、アンナを連れて行こうとしたから揉めてしまった。そこに兄さんがやってきて、俺たちは頭を冷やせと怒られた。兄さんは連れてきた騎士にアンナを休憩室まで案内するように指示して戻っていったんだ」
え、でも、私が見た時、ジェラルド様とアンナは庭園を一緒に歩いていた。どういうことかと疑問に思っていると、それを見透かしたかのようにクリストファーが続けた。
「でも、アンナが俺たちは悪くないからって、兄さんに説明してくると言って、兄さんを追って行った」
私が見たのは、その時だったのね……。
あの時は、それを目撃して、アンナとの逢瀬のために、席を外したのかと思った。どうやら現実は少し違ったという事に、無意識で安堵した。
「その時、俺は、アンナにとってクロードは友人だと認識してたんだ。もちろんクロードがアンナに気があるのはわかってたけど、アンナの気持ちは俺にあると思ってた。だから、邪魔されて腹が立ったけど、その後にアンナの本音を知った……。情けないよな、全く見抜けてなかったって。今まで周りにいなかったタイプだったから、それが新鮮で、どんどん惹かれて彼女しか見えてなかったんだろうな。今は、ちゃんと真実を知って彼女への気持ちにケリをつけたし、見てわかる通り、距離を置く事にした。クラスメイトだから適度な距離を保って、ね。アイリスは前に晩餐会の時にアンナの話を聞いてたし、俺の婚約者になる令嬢は将来的にアイリスにとっても義妹になるから気になると思って伝えることにした」
「そう……教えてくれてありがとう」
アンナとジェラルド様の事ばかり気にしていたから、クリストファーとアンナが婚約して私の義妹になるかも、なんて微塵も思ってもいなかった事を言われて、少し動揺してしまった。
ふと気になったが、クリストファーは私の噂についてどう思ってるのだろうか? 先程の発言と雰囲気から、私がアンナに対する虐めの首謀者だと思っていないと思うけれど……。
クリストファーの発言を思い返していると、また新たな発見があった。アンナはクリストファーには他の令息達は友人だと言い、クリストファーへの好意を示していたと言った。でも、それって、私が目撃したジェラルド様とアンナの話し合いも同じ事では?
ジェラルド様が実はアンナの本命じゃないなんて事あるのかしら……? 中庭での雰囲気や声のトーン、今までのイベントの発生状況、私の婚約者である事からも、ジェラルド様のルートで間違いないとは思うけれど、ハーレムルートは存在しないし、アンナの行動や現在の様な展開はゲームでは有り得ない。
思わず深く考え込みそうになったが、クリストファーからの質問で、思考が途切れた。
「まぁ、それが報告なんだけど、今日の本題はここからだよ」
え、本題? どうやらまだ話は続いているらしい。
「実は、舞踏会の数日後から、兄さんの様子が少しおかしくて。元気もないし、アイリス何か知らないか?」
「え?」
舞踏会の数日後から、ジェラルド様は元気がないの? 最後にお会いしたお茶会では、そんな事はなさそうだった。
「それは、最近公務がお忙しいからとかではなくて? 学園にもあまりいらっしゃってないんでしょう?」
ジェラルド様から頂いた手紙に、今は忙しくて学園にはあまり行けないとは書いてあった。だからこそ、話す時間を事前に調整したいと。
「まぁ、ある程度忙しいのは確かだと思うけど、そういう身体的な疲れとは違うと思う。時々、思い詰めた様な悲しそうな表情をふとする時があるんだ。精神的な影響を受ける何かがあったと思うんだけど……」
お茶会で婚約破棄について話したけど、もしかして、それも影響してたりする……?
でも、ジェラルド様からお手紙も届いていて、話したいと言われてる。手紙からは元気がない様な印象も受けなかったし、もしかして、その後にアンナと何かあったのだろうか?
「えっと、私にはわからないわ」
「そうなの? 兄さんの様子がおかしくなるのって、アイリスの事に関する事だけじゃないの?」
え? クリストファーの発言に耳を疑った。
私に関する事でおかしくなったりする?
それは初耳だし、そんな事はないと思う。
とんだ濡れ衣を着せられてる気が……。
「私ではなくて、バジュー男爵令嬢と何かあったのでは?」
「いや、それはない。さっき言った通り、アンナは兄さんが好きなのかもしれないけど、兄さんはアンナの事好きじゃないと思うよ。むしろ、迷惑そうだし」
「え?!」
迷惑そう? そんな馬鹿な!
私が見ると、いつも親密そうで距離も近い。
クリストファーは何を根拠にそんな事を言っているのだろう。思わず眉間にシワが寄りそうになった。
「兄さんとアンナが一緒の所は見たことある? アイリスに対する態度と全く違うだろ? 基本的にアンナが兄さんに積極的に話しかけて、兄さんは当たり障りのない対応をしてるだけ。……ただ、少し疑問に思うところもある。兄さんなら煩わしい存在なんてすぐに遠ざける事は出来るのに、そうしないんだよね。何故かはわからないが」
次々に述べられてくクリストファーからの発言に衝撃を受けた。ジェラルド様はアンナに積極的に話に行かない? 私の時と態度が全然違う?
……思えば、私は常に、2人が視界に入るとすぐに目を逸らしてしまっていた。心変わりしたジェラルド様を見たくなかったから。
でも、私の認識と、クリストファーから聞く話がここまで乖離しているなら、もしかして、私は思い違いをしている可能性もあるのかしら?
怖がって逃げて居たけど、私の想像とは違う現実の可能性もあるかもしれない。
確かに、見た事だけが真実とは限らないから、シャルダン領から戻ったら、ジェラルド様に聞いてみようと決意した。
「……夏休みが明けてからになるかもしれないけれど、ジェラルド様とお話する時に様子を見て、元気がなければ理由を探ってみるわ」
「あぁ、頼んだ」
そこで話は終わり、私はクラスに戻った。
残って居たクラスメイト達は、クリストファーに呼ばれた理由が気になるらしく、こちらをチラチラと窺っていたが、特に話しかける勇気を持った猛者はおらず、私はシャルダン領の本を再び読み始めた。
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