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本編

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ーー6月になりました。
日本では梅雨の時期にあたり、雨によって憂鬱になっている時期です。
こちらの世界には梅雨がないのに、それ以上に憂鬱な気分になっている私……。


6月ということは……そう。
アンナとジェラルド様の3回目のイベントが2週間以上も前に終わっている時期。そして、イベントはゲーム通り発生した模様。断言出来ないのは、今回は鉢合わせしなかったから。徹底的に校舎裏と保健室は避けたからね!


それなら発生してない可能性も……と、淡い期待を抱く間もなく、発生している事がわかりました。
だって、5月中旬以降に、何度かジェラルド様がアンナのそばに居るところを目撃してしまったから……。

まだ2人だけという状況には遭遇していない。でも、遠目だけど、一緒に居るのを見かける度に、心が締め付けられる様な痛みがあるから、会話や表情を近くで確認する事もなく、直ぐにその場から離れている。


私を憂鬱にしている原因はそれだけではなかった。強制力なのか?!  と思う様な出来事が起こっている。アンナの周りにいる攻略対象者が増えたことで、アンナへのいじめが始まった。それを守ろうとしてなのか、彼らがアンナの近くにいる時間が増える、そして、それにより更にいじめも悪化するという悪循環に陥りかけている。


私はまだアンナと話しをした事がない。それなのに、いじめの主犯が私であるという噂が流れ始めていると、エヴァから聞いた。
私とアンナの接触が一切ないのは一目瞭然なので、クラスメイトは、その噂に懐疑的な人が多い。でも、他の学年や他のクラスの人たちは違う。だから、噂はあっという間に広がってしまっている。


エヴァは自分の目で見たもので判断するから、と言い、私がいじめをするような人間ではないと信じてくれていて、根も葉もない噂が流れていることに対して憤りを感じているそうだ。


そんな噂が流れ始めたのは、学年も違い、身分も第一王子と男爵令嬢という全く接点がないはずなのに、ジェラルド様がアンナと一緒にいるのを目撃した人たちがいるから。そして、私がジェラルド様の婚約者であることは、周知の事実。そこから、噂に尾ひれがつき、憶測が混じり、伝言ゲームの様に事実が捻じ曲げられ、私が主犯に仕立て上げられている。


ただでさえ、一緒に居るところを見るだけで胸が痛んでいるのに、そんな噂が流れているせいで、私の心は完全に鬱々としてしまっている。




ーーそんな私が今居るのは図書館。
そして、窓の外に何気なく視線を彷徨わせた時に、視界に入ってしまった。ジェラルド様とアンナが2人で庭園近くにいる姿が。


2人を見た瞬間に、私はすぐさま目を逸らし、急いで荷物をまとめると図書館を出た。アンナとジェラルド様の距離は近く、ジェラルド様の右腕にアンナが両手を軽く添えるような形で腕を組んでいる様に見えた。そこに、ジェラルド様が下ろしていた左手をアンナの手に重ねる様に動かしていたのが、目をそらす際の私の視界の端に映った。
2人はこちら側を向いていたから、おそらく図書館に向かっていると思われる。



図書館には庭園側にある正面入り口以外にも、建物の反対側にあり、校舎と繋がっている扉からも出入りが出来る。そこから急いで校舎に入り、心を一旦落ち着けるために、図書館から少し離れた空き教室を探した。


図書館から繋がっているエリアにある教室は、専門授業で使用される部屋が多く、通常は誰もいない。
適当に扉を開けると、薬学の授業で使われる部屋だった。部屋の中には、薬草やハーブの香りが少し漂っていた。適当な席に座って、少し早鐘を打っている胸を抑えるため、深呼吸したところで扉が開いた。


「アイリス」


私の名前を呼ぶ声に一瞬ビクッとしたものの、声の主を認識し、顔を上げて彼に声をかけた。


「どうしたの?  私に何か用かしら?」


「……いや、研究中の薬草の様子を見るために、この部屋に向かっていたんだが、ちょうど、図書館から出てこの部屋に入るアイリスを見かけたから声をかけただけだ」

そう言って、彼は私の隣の席に座った。

「そう……」

「アイリス、何かあったのか?  1年目は、まだ薬学の授業はないから、アイリスは、この部屋に用事なんてないだろ?」

私は何も答えなかった。『なんでもない』と答えれば、この部屋にいる理由を聞かれるし、『何かあった』と言えば、何があったのか聞かれる。長年の付き合いから、適当な事を言っても、彼にはすぐに嘘を見抜かれてしまう。


「……ジルに関することか?」

「……」

ジェラルド様のことであることは、お見通しらしい。でも、私は返事をしなかった。



「素直だな、おまえは。顔に出てるぞ」

本当に顔に出ているかどうかはわからないが、反射的に両手で顔を包んで、表情を戻すよう意識した。

「アイリス。俺じゃ頼りないか?  何かあるなら、俺に話せ」


私の事を心配そうに見ながら、そこまで言われてしまっては、何も言わないことに少し罪悪感を覚える。だから、私は素直に白状することにした。
 


「まず、言っておくけど、ルーファスが頼りないなんてことは、絶対にないわ。……ちょっと考えがまとまらなくて、何て言えばいいのか、迷ってるのよ」

「大丈夫だ。言葉に迷いながらでも良いし、言いたくないことがあるなら、言わなくてもいい。ただ、アイリスが少しでも誰かに話して気が楽になるなら、俺はいつでも話をきく」


私を心配しながら、気遣ってくれる彼の優しさに心が少し温まる。


「ありがとう。……ルーファスは、ここ最近のジェラルド様の噂は知っているかしら?」

「あぁ。ピンクブロンドの男爵令嬢との噂の話か?  いくつか聴いたな。その令嬢がジルに纏わり付いてるとか、身分も釣り合わず接点もないはずなのに一緒に居ることがあって、ジルがその令嬢と一緒の時は楽しそうにしてるとか、あとは、……ジルがその令嬢に熱を上げている、とかだろ?」

「えぇ……」

私が何か言う前に、ルーファスは話を続けた。

「でも、どれもただの噂だ。どれが真実か、なんてわからない。俺はジルがその令嬢と一緒にいるところは一度だけ見たことがあったが、ジルは特に変わった様子はなかった。他の令嬢達に対する表情や対応をしていた。……俺からすれば、それらの噂の中で唯一事実だと認識している部分は、ジルがその令嬢と一緒に居るところを見かけた、くらいだ」

「そうね……ただの噂で真実でないものも混ざっているかもしれない。……でも、さっき図書館で見てしまったの。2人だけでいるところは、今日初めて見たわ。……2人で、腕を組みながら、図書館に向かっていたわ。だから、逃げてきたの」


先ほどの光景を思い出して、嫌な気分になった。感情的になりそうな自分を抑えるために、下唇を噛んで耐えた。


「それは、見間違いってことは、ないんだよな?」

「あんな特徴的な外見を持つ2人を見間違えることはないわ……」

「俺が図書館に行って、確かめてこようか?」

「嫌っ、やめて!  それが見たくなくて、ここに来たのよ」

「落ち着け、アイリス。……そうだよな。ごめん」



「……いいえ、私こそ取り乱してしまって、ごめんなさい」

「いや、今のは俺が悪い。……それにしても、ジルのやつは一体、何を考えてるんだ。アイリスをこんな気持ちにさせて、他の令嬢といるなんて」


ルーファスの呟きには、心の中で答えた。
ーーそれはきっと、ここがゲームの世界で、シナリオ通りに進んでいるから。だから、ジェラルド様はアンナに恋をしたんだわ……。


「なぁ。俺からさり気なく、ジルが何を考えているか探ってみようか?  俺は、大切なアイリスをこんな扱いしてるジルは許せない。一言でも言ってやらないと気が済まない」

「ありがとう、ルーファス。でも、大丈夫。ジェラルド様には何も言わないで。お願い」


「……何故だ?」

「私の噂も耳にした事があると思うけど、……その令嬢のいじめを私が裏で指示している、と言われてるの」

「あぁ、その噂も聞いた。だが、アイリスは絶対にそんな事はしない。だから、誰がそんな噂を流しているのか突き止めようと、すでに動いている」

ルーファスは怒りを抑えながら、サラッと告げた。

「え?…… 動いているって、もし、私のせいでルーファスに何か影響があったら……」

「大丈夫だから心配するな。これは、俺が好きでやってるだけだ。それに、そんな噂を流すやつは、俺が絶対に許さない」

ルーファスは、私に笑顔で伝えてくれているが……、なぜか威圧的な空気が出ていて、言葉にも迫力を感じる。


「わかったわ、ありがとう。でも、ジェラルド様やその令嬢ーーアンナに直接何かを聞いたりするのは止めてね。私がいじめの主犯って噂があるから、ルーファスが関わると、私の幼馴染として何かをしたと認識されて変な噂が立ってしまう可能性は高いわ。それは避けたいの。それに、これは……」

ゲーム通りだから仕方がない。そんなことをルーファスに言えるはずもなく。

「私の問題で、このぐらいの問題は自分で解決できなければ、王妃として、やっていけないわ」

私が王妃になる事はないだろう。ゲーム通りの結末が待ってるなんて、そんなのわかっている。
だから、これはただの強がりで、言い訳。ルーファスを巻き込みたくない私の我儘な嘘だ。


「わかった。アイリスがそこまで言うなら、俺は何も言わない。でも、1人では抱え込むなよ?  俺はいつでもアイリスの味方だからな」

ルーファスはいつでも私の事を大切に思ってくれていて、本当の妹のように扱ってくれるのがわかる。ルーファスに迷惑をかけないためにも、早く婚約破棄してもらうとか、他の手段も考えるべきかもしれない。

「ルーファス、本当にありがとう」

「それなら、この話はここでおしまいだな。そうだ!  最近王都で話題のカフェがあるんだ。ケーキの種類も豊富で、見たこともないようなのもあるらしい。だから、今度の休みの日に一緒に行かないか?」

「まぁ、ケーキ?!  えぇ、もちろん行くわ」

その後しばらく、ルーファスと他愛もない話をしたおかげか、色々と感じていた嫌な気持ちは払拭され、今度の休みの日に食べるケーキにワクワクした想いを馳せながら、迎えの馬車の時間まで過ごした。



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